校長室
早苗月のエメラルド
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For Your Eyes Only-1 翌日の早朝。 ジゼルはザラザラと暖かい感触を感じて目を開いた。 「ねこさん?」 頬を舐めていたそれに手を伸ばして抱き上げると、茶色と白の体毛の小さな猫だった。 「えーっと、キミのご主人様は何処に行ったの?」 周囲にご主人は居ないらしく大人しくジゼルに撫でられていた子猫が、突然鳴き声を上げて彼女の腕から飛び降りる。 「あ。勝手にあちこち行ったら……」 子猫が走って行った先に白と黒の二匹の猫が待っていた。 「あのねこさん達は確か……」 ジゼルが猫達から視線を上げると、二匹の猫の飼い主のセリーナの座る電動車椅子と、その隣に立つリースがこちらへやってくる。 「おはようございますジゼルさん。 あ、あの、良く眠ってらしたから起こさないようにって思ったんですけど、 猫さん達が……」 「うん、何か起こされちゃった」 赤く充血した目で恨みがましそうに子猫を見ながらそれでも背を撫でるジゼルに、セリーナは言う。 「その子のご主人様なら、さっき船の様子を見に戻ったよぉ〜」 「聞いてマセンヨ?」 「そぅかなぁ? そういう顔に見えたけど」 「…………で。リースとセリーナはこんな所で何してるのよ」 「あのねぇ、皆の朝ごはんにできそうなお魚さんや貝さんを探そうと思って、早起きしたのぉ〜」 ねぇ〜。 とおっとり続けてリースに視線を向けると、リースがため息が出そうな顔でセリーナを見た。 「……セリーナさん、朝一人で行っちゃったじゃないですか」 「だねぇ。でもリースちゃんなら分かると思ったから」 「そ、それは勿論、というか勝手に分かりましたが……」 今度こそため息をついたリースに、セリーナはうふふと意図の分からない笑みを向けると、ジゼルに向き直る。 「それでねぇ。 ただお魚さんや貝さんを探すだけじゃ面白くないでしょ?」 「んー……」 「だから一緒に競争しましょう。 どっちが多く捕まえられるか。リースちゃんは審判さんで時間とかを見てもらうの」 「面白そうですね」 笑い合う二人に、ジゼルは何と答えれば良いのか分からない。 ”本来の姿”に戻るのは躊躇われたが、彼女達の気持ちを無下にしてしまうのもまた嫌だった。 ――それに私なんにも昨日役に立ててないし、お魚とか有ったら皆お腹減らないよね…… ジゼルが考え倦ねて黙っていると、突然大きな声が海岸に響いた。 「その勝負、面白そうね!!」 盛り上がった土から一気にジャンプして飛び降りてきたのは、シルヴィアだった。 「私も混ぜて貰っていいかしら」 「そうね。人が多い方が楽しいし」 後からゆっくり降りてきたローザマリアがリースとジゼルに朝の挨拶をしている中、シルヴィアは不敵に笑い出した。 「ふっふっふ〜。 セリーナちゃん。ジゼルちゃん。勝負だよ! 同じ半人半魚とは言え、果たしてあなた達がほ乳類最兇と言われる鯱の獣人にあたしに勝てるかしら!?」 腰に両手を当てて既に勝ち誇った様子の挑戦者に、セリーナは何時もの様におっとりとしつつも自信のある声で答える。 「うふふ、花妖精代表として負けられないわね」 四人の視線を向けられて、ジゼルは観念した様に笑って両手を上げた。 「分かったわ、乗らせて貰う。 でも私も負けるつもりないわよ」 * 「ふっ!!」 息を吐く音と共に振り下ろされた刃は、空気を切り裂きかまいたちを起こした。 刀真は誰も居ない海岸で一晩中イメージトレーニングを続けていた。 昨日襲ってきたあの鯨の姿を思い出しながら。 どんな断片的な記憶でも、無いよりはマシなのだ。 頭の中で何度も何度も、あの鯨の攻撃を受けてはその剣で戦う術を考えていたのだ。 そして今も、彼の目の前には獰猛な爪をむき出しにした鯨が彼を見下ろす姿がある。 攻撃を避け、駆け上がり、首に向かって刃を突き立てる。 ――奴はここで必ず仕留める。 「はぁッッ!!」 それは砂浜の砂が全て吹っ飛ぶような衝撃だった。 「……このくらいにしておくか」 漸くの満足感を得て、刀真が愛剣を納めていると話し声が耳に入ってきた。 「ジゼル達か……」 浜辺に集まった彼女達は何かを話しているようだが、こちらを向く気配はない。 そう言えばそこでやっと思い出したのだが、砂浜には刀真がトレーニングの為に運んでいた大きな岩で一杯だったから、彼の姿はその影になって気づかないらしいのだ。 「それじゃあルールの確認するわね。 今から私の合図でスタート」 腕を組んで説明するローザマリアを、シルヴィアとセリーナ、ジゼルの三人は高揚気味の表情で見ている。 「十分建ったらリースが魔法で合図をするからここに戻ってきて頂戴。 魚は10点、貝は5点で計算するわよ」 「はーい、しつもーん」 「なーにセレン」 「他のヤツはどうするの?」 「んーじゃあエビとかカニは――、同じく5点でいいかな。 タコとかは……流石に無いわよね?」 「はーい、質問」 「なぁにセリーナ」 「ナマコさんやウミウシさんはどうしようかしら?」 「それは取ってこないで頂戴……」 食卓に並べられた軟体生物を想像して眉を顰めるローザマリアだった。