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リアクション
■ 荒野の空に響く金槌の音【8】 ■
学習室。
中は佐野 和輝(さの・かずき)とアニス・パラス(あにす・ぱらす)の二人だけだ。
破名は半開きの扉をノックする。
「目立つのは嫌いだと思っていた」
言われた和輝は肩を竦めた。机の上の書類は和輝の手によってすっかりと報告書としての体裁を整えている。
「成り行き上としか言えない……」
好意からではないと言われて、そうだなと破名は頷き、一拍を置いてから口を開いた。
「和輝、俺は聞かれてもわからないとしか返せない」
世間話をするように、軽く放り投げられた言葉に和輝は顔を上げた。
「手伝いにとか言いながら結局の所本命はこっちだろ。和輝のところの魔導書と仲が良かったからな。気になると言われても不思議じゃない」
突如として消えた魔女ルシェード・サファイス。学習室内の空気の色は彼女の話題で染め上げられている。
「残念だが、所在がわからないからな」
「捜さないのか?」
「自力で俺を見つけて封印を解いた女だ。動く必要性があるならあっちからコンタクトを取ってくるだろう。ただ、まぁ、多分、それは無い」
「何故そう言い切れる」
「ルシェードが転移魔法で姿を消したのは確かだ。ちゃんと確認した。ただ――
俺は『楔』の転移魔法の負荷がどんなものか知っている。完全どころか不完全な転移に結果がどうなるかくらい予測はつくし、そんな無理無茶をした契約者に、絆で結ばれたパートナーはどうなるだろう。ただでさえあの女は危うかった。すぐに動かなかったのなら、もう動かないだろうと俺は思う。それに研究者たる情熱を失った彼女に俺は何の魅力も感じない」
「捜す気は無い、か」
「ああ」
直接行って確認した。そこに『破名の知っている魔女』は居なかった。
世界からあの魔女は、存在しない。
存在しない者を、破名は捜せない。
「聞いていいか?」
「なんだ」
「ルシェードの目的って何だったんだ?」
共に作り上げた研究すら単なる遊びだったのではと勘ぐってしまいそうになるくらい、呆気無いものだった。
和輝の目から逃れるように窓の外を見た破名は、首を緩く横に振った。
「さぁ、俺は答えられない」
言って、「ああ」と破名は思い出したように声を出した。
「そう言えば監視の目が増えたぞ」
「監視?」
「色々とバラしたからな。秘密を守ってもらう条件で、定期的に連絡と報告を取り合っている」
「何故そんな事を?」
他人の目が自分に向くのは最も嫌う事ではなかったかと問う和輝に破名は言葉を選ぶように視線を下げた。
「今後の事を考慮せざるおえなくなったからだ」
視線を下げたことでアニスと目が合った。アニスが、サッと目を逸らす。
「俺は俺の研究を進めることができない」
「どうして?」
「責任を取れと言われたが、それ以前に、次に『系図』が起動したら俺はメインプログラムとして機能するだろう。実験が失敗した場合、メインでも対処は出来るがそれでは間に合わない。トラブルの対処はサポートプログラムが担うんだ。その為の『楔』だからな」
対象を強制停止させるコードを打つために特化された転移魔法の機能が目立つが、突き詰めれば、事故処理専門のプログラムである。
「メインが手に入ったから楔の精度等はバカみたい上がったが、それは系図が起動してない状態での話だ。系図を動かしたら……あー、まぁいい。そっちの話は面倒だ。
とにかく、俺の担当者は責任を取れが信条でな、責任が取れないことはしないんだ。失敗に対処できた時は続けてもよかったんだが、それができないなら、続けられない。それに――」
「破名」
自分のことを話すという珍しさに違和感を覚えて、更に続けようとした破名を和輝は止めた。
「結論を聞きたい」
促されて、破名は観念する。
「責任を取れと言われた。でも、何かあった場合、俺は『助けて』の一言も言えなくなるだろう。だから、
――俺から動くことはもう無い」
破名は今までがそうであったように、これからも誰かの手を借りなければ問題を解決できない。自分で対処できないことを強引に推し進める考えは破名にはない。内蔵していたメインプログラムが起動してしまって優先順位が変わったが、元々破名はサポートプログラムという生体補助装置だ。事故に対応できないなんて事情は破名自身我慢できない。それならしないほうがまだマシだった。
自分では対処仕切れないと判断し、イルミンスールの校長に情報を開示した。また、直接の窓口は先の事件で知り合ったシェリエにしてもらい連絡と報告のやり取りをしている。
「告白は終わりだ。
けれど世界を巡ることは止めない。稼がねばならぬし、何より確かめたいことがある。ただ、もうああいうことはしない」
互いの関係を。その継続をどうするかの判断を破名は和輝に任せた。
任されて、和輝は「そうか」と呟く。
「まぁ、お前がソレでいいのなら、構わないがな」
「ありがとう。と言うべきか迷うが、理解を得られて嬉しいよ。まぁ、最悪――」
「じゃじゃーん、サンドイッチの山盛り〜♪」
アニスが突如、歓声を上げた。
サンドイッチが山盛りになっているバスケットを両手で持ち、やりきった顔で和輝を見ている。
「できたのか?」
「うん♪ コーヒーと紅茶、あとは果物ジュースも用意したのだ!」
和輝の手伝いが難しいと空いているスペースで間食用にとサンドイッチを作って暇つぶしをしていたアニスはバスケットの山盛り具合にふふんと得意気だ。
ご機嫌にニコニコしているアニスは、はたと気づいて破名を見る。
「飲む?」
怖ず怖ずと聞かれて、アニスに破名は首を横に振る。
「飲まないのか?」
「俺のことは気にしなくていい」
そういえば飲食をする姿を見たことが無いなと和輝は思い出した。
「館では警戒していたのかと思ってたが。なんだ飲めないのか?」
「だから気にしなくていい。それより、ヴェラ、盗み聞きは良くないといつも言っているだろう?」
注意されて扉の影からヴェラが出てきた。肩口で切り揃えられた緩やかな癖毛の青い髪と反射する艶が紅を帯びる金目。子供達の中で一番濃く艶やかな色彩を持つヴァルキリーの少女。
「盗み聞きって」
「聞かれてない」
盗聴されたのかと確認をとった和輝は問題無いと返答を受けて、そうかと頷いた。
休憩の時間を知らせに来たと言い訳するヴェラに破名は両腕を組んだ。
「それよりも美味しそうですわ」
「ヴェラ」
「美味しそうですわ!」
「話を」
「美味しそうですわ!!」
少女の声は絶叫に近い。
アニスお手製のサンドイッチへの食いつきっぷりが尋常じゃない。
「…………ヴェラ」
「普段何を食べさせているんだ?」
片手で額を抱えた破名に、和輝はツッコミの言葉を言わずにはいられなかった。
少女の訴える姿に圧倒され、脅えに唇の内側を軽く噛んだアニスは、ズイとバスケットをヴェラの方に動かした。
「えと、そこに置いておくから、勝手に食べていいよ」
言って、和輝の元へと、小動物みたいな素早さで椅子を降りてアニスは移動を完了する。
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