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荒野の空に響く金槌の音

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荒野の空に響く金槌の音

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■ 荒野の空に響く金槌の音【7】 ■



 柔らかポムクルさんの賑々しい談笑が敷地内に響き渡る。
 建物の土台直しの大規模な作業は精鋭クルーと調律機晶兵に任せて、ミニショベルカーによる無駄岩を撤去したルカルカ・ルー(るかるか・るー)は、周囲に菜園兼花畑兼防風林になる畑作りへと工程を移そうとトラックの荷台に乗っていた。
 荷台でポムクルさんと植える苗をどうしようか悩みに悩む。
 ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は、どんどんやっちゃうぞー的に張り切って効率よく働くルカルカを眺めている破名に気づいた。
 その暇そうにしている姿に、少しだけ考えてからダリルは破名に近づいた。持ち物の中に確かアレが入っていたはずだ。アレなら暇つぶしにはなるだろう。
「破名、少しやらないか?」
「やらないか……って、これは」
「そう、古王国ゲームだ」
「後にしよう」
 持ち出されたゲームに即座に遠慮を示した破名。ああこれは知っていて遊べるんだなと判断したダリルは、遠慮するなと、椅子を指差す。
「どうせ暇だろう? とにかく、座れ」
 うんざりしている顔の破名を促し、ダリルは盤面を広げた。促され席に座った破名に駒の入った箱を渡す。
「俺は博覧強記な方だし、先日プログラムを修正したから破名独特のシステムも知った」
 渡しながらダリルは言う。
「だから古代語的な話にも知恵を貸せるしアドバイス出来ると思う。医師としてもな……」
 ゲームで遊ぶ。それを口実に、今後の事を話し合おうという意思を見せるダリルに、破名は受け取った箱を盤面の上に置いた。そのまま口を開く。
「……なぁ、俺の顔はどう見える?」
「顔って……顔じゃないか?」
「他には?」
「他って……」
 突然に質問され、他に回答は無いのかと詰問されて、ダリルは戸惑った。見るからに受け身な破名から質問を重ねられ答えを求められて、うっすらと変わった雰囲気にダリルは気づく。
 これは、顔の美醜がどうとかそういう世間話の流れではない。破名の探るような紫色の瞳を、初めて見た。
「この話をするのは好きではないが、まぁ、いい。少しだけ仕組みの話をしてやろう。誤解されがちだが脳は単なる処理部にすぎない」
 振られた話題は歓迎すべき事柄である。あるが、空気がおかしい。
「情報の保存先は肉体(うつわ)だ」
「うつわ?」
「情報が膨大過ぎて深層だけでは足りず表層にも滲み出る。言う成ればこの肌全て文字で埋め尽くされている」
「肌、全て?」
「そうだ。想像しただけでも面白い。だが、見えるか? 見えないだろう? 見えないのは無いと同じだ」
 ダリル、と破名はまっすぐにダリル・ガイザックを見つめた。
「無い文字をどう読み、どう理解し、どう動かすことができると言うのだろう?」
 まっすぐと見つめている。
「さっきダリルは俺のシステムは独特だと言った。そう、独特なんだ。俺自身が装置だから、容易に解析されないようになっている。俺が意図的に表示する以外では、必要と思っている人間にしか、この文字は見えない」
 また破名は規則故に機密を守らねばならない。見せて欲しいです、では見せましょう、という流れは無い。
「俺は必要と思っている」
「思って、仮に見えて読めて、そしてどうする? 俺を使うか?」
「使うわけがないだろうッ」
「ならそれは必要ないと同じ……」
「破名!」
 押し問答をするつもりはないと名前を呼ばれて、破名は言葉を選んだ。探すのではなく、選んだ。
「なぁ、ダリル。俺はロストテクノロジーだ。世に残されなかった技術の塊だ。名前すら残されなかった事実の意味を、俺は今はっきりと実感している」
 必要とされたものは残り、不要とされたものは消える。とても単純なものだ。子供でも理解できる。
 破名が扱うのは本当に古い文字で、残ることも出来なかった脆弱な文明の残滓なのだ。
「世界が要らないと判断した技術を更に発展させてどうするんだ?」
「いや、だからそれを俺がなんとかしようと」
「なんとかしようと? ダリル、自分が今どれだけ残酷なことを言ったのか自覚しているのか?」
 見つめたまま寂しく笑う。
 笑って、真顔になった。
「有りもしない希望を目の前にちらつかせて、ようやく忘れかけた欲望を、俺に再び思い出せと言うのか?」
「……破名、俺は」
「なんてな。悪魔の言葉に真剣に耳を貸すな。要らぬ悩みが増えて禿げるぞ。まぁ、セキュリティの話は本当だから、見えないなら諦めた方が早い。それに俺は男に肌を晒す趣味もないしな」
 言って、椅子から立ち上がり、破名はさっさと場を離れた。
 背中を見送ってから、ダリルは破名が言葉巧みにまんまと逃げおおせたことに気づく。
 異変に気づいたルカルカがパートナーに振り返った。
「ダリル?」
「いや、なんでもない」
 古王国ゲームは飽きるほどやらされた。それこそ嫌だと感じるくらいに。ただ相手が相手なので、嫌だからと我を通し喧嘩することも避けたいから、こういう姑息な手段を破名は身につける他無かったのだが、まさか再びこの手法を使うことになろうとは。
 まんまと逃げられて思わず額を押さえたダリルと、一緒に作業しようと思っていたのに居なくなったと不満を漏らすルカルカの視界から消えた後、我慢できずに破名は捨てるように短く声を出して笑った。