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荒野の空に響く金槌の音

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荒野の空に響く金槌の音

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■ 荒野の空に響く金槌の音【5】 ■



「さぁて、はじめっぞ。野郎共、サボったら承知しねぇからな」
 気合は十分かと煽る姫宮 和希(ひめみや・かずき)に、パラ実一般生徒達は「オゥ!」と腕を振り上げ、応える。
 ドスの効いたお腹に重く響く唱和に、シェリーとニカはびっくりして怯えたが、先程彼らが和希に怯えさせるなと注意していたのを思い出して、すぐに笑う。笑って、誤魔化した。
 ガイウス・バーンハート(がいうす・ばーんはーと)は設計図から顔をあげた。
「分担作業が適切であろうな」
 集中か分散かで迷ったが、想定していたよりも建物が古かった。流石に全員で屋根に登ったら潰れてしまう。
 和希達が修繕するのは屋根と外の柵と井戸だ。中でも井戸は最低でも昼前と夕方前の二回使用タイミングが挟まれると予想する。その間は中断ないし、完成させないと駄目だ。特に昼前はお昼の休憩の関係で水が全く使用できない状況は避けるべきである。本腰を入れるとしたら午後からになるだろう。
 なら、先に屋根と外の柵を直すべきか。
「俺は先に屋根だな」
 午前中にさっさと終わらせて、午後から本格的に弄れる井戸へと作業を移す。
 ドラゴンアーツの怪力を借りて右手に重たい道具箱、左肩に木材を乗せた和希は地面を蹴った。
「どうしたのだ?」
 身軽功で軽々と屋根の上に消えていった和希を見送り、ヒソヒソと語り合うシェリーとニカに気付き、ガイウスは、あと誰が屋根の作業をするのか指示を飛ばした後、声をかけた。
 疑問を投げかけられて、二人はハッと居住まいを正す。
「ごめんなさい。契約者ってなんでもできるのねってふたりで話してたの」
「前に一度助けてもらったので憧れがあるんです。まさかまた間近で見られるなんて……」
 それで盛り上がっていたのかとガイウスは呆れた。
「怪我の元だ」
 注意を受けて謝る二人にガイウスは井戸の方へと誘う。
「作業をしないわけではないから、見に来るか? 興味が有るのなら説明もしよう」
 誘いにシェリーが食いついた。ニカがそれに付き合う形で子供達はガイウスの後を追った。



 屋根の上に登って、その見晴らしの良さに和希は眩しそうに目を細める。
 孤児院は村より少しだけ外れた場所にある。ここから村が見えるが、振り返ればシャンバラ大荒野が広がっていた。
「いいねぇ」
 知らず声が漏れた。
 大荒野の復興に力を注ぐ和希から見れば、この広大と言って差し支えない広さは張り合いがあり、今日の活動がその一歩のひとつになると思うと遣り甲斐がある。
 振り上げる金槌を下ろせば、荒野の空に高い一音が響いた。
 吹き抜ける乾ききった風に掻き消される事無く、どこまでも響いた。
 体を動かしていると実感して、楽しくなってくる。
 気づけば和希は歌い出していた。
 天から降ってくるように聞こえる幸せの歌に、何人かが空を見上げた。



…※…※…※…




「それでうさぎさんなの?」
「う、うん。 ……そう、なの」
 うさぎさんグッズで飾られる食堂内で、はにかみ顔のネーブル・スノーレイン(ねーぶる・すのーれいん)にシェリエはなるほどと頷く。
 二階で内装作業をしていたフェイ・カーライズ(ふぇい・かーらいど)とシェリエはフェオルとヴェラに好みを聞きながら部屋のレイアウトを考えていたのだが、どうせなら同じく女の子で飾り付け作業をしているネーブルにも話を聞きに来ようと食堂に降りてきていた。
「えっとね……こっちは青い背景で雪兎の柄……でね♪ こっちは……ロップイヤー……でね♪」
「ろっぷ……? うさぎさんのおみみながい? ふぇおるのとんがってる……」
 説明を受けて、狼系の茶色い耳を持つフェオルは自分のと違うそれに、うー、と小さく唸る。
 ヴェラはネーブルに手に持った布を広げた。
「こっちのは、レースですの? 刺繍もうさぎさんですの?」
「うん……うさぎさんの刺繍。男の子でも……大丈夫なように……レースがないのも……用意してみたんだけ――」
「うさぎさんの刺繍があるほうがいいですわ! 男の意見なんて要らないんですの!」
 兎模様にすっかりと虜になったらしくヴェラがネーブルをせっつく。選べるだけたくさんあるとわかれば、早く次のを見せてとせがみ、選べる特権を持っていると知れば、自分が可愛いと思ったものを遠慮無く推す。
 子供の中では発言力が強い方なのか、自分が選んだものに文句は言わせないという自信に満ちていて、押し付けみたいになってはいないかと若干不安になってきたネーブルは、あのね、とヴェラの注意を自分に向けた。
「うさぎさん……嫌な子が居たら……言ってね?」
「大丈夫ですわ」
「本当?」
「ヴェラにお任せになって」
 どうお任せなのか根拠がわからずネーブルは困った。別の箱を開ける。
「あのね……違うのも……用意してみたから……その…………黒うさぎさんのだけど」
 代わりにと持ってきた黒いうさぎさんグッズを恐る恐る出すとヴェラの目の色が変わった。
「その……い、嫌だったら言ってね?」
「嫌なんて言うわけありませんわ! ネーブル様そんなに心配せずともお任せになって。このヴェラに逆らう輩などこの院には居ませんもの、やりたい放題ですわ!」
 ザパーンと拳を振り上げたヴェラの背中に荒波の飛沫が見えた気がして、ネーブルはきょとんとした。
 どうやらうさぎさんグッズはどれ一つ持ち帰ることなく済みそうである。
「子供の好みってはっきりしてわかりやすくていいわね」
 ヴェラとフェオルそれぞれの反応を見てシェリエが笑った。
「だから悩んでしまうのよ」
「……そうね」
 ヒントの一つも欲しくて、どんなのが良いかと聞けば「全て任せる」としか返してこない代表者に、シェリエを困らせるなと思うフェイは、んーと小さく唸る。
「どうせなら、それこそ私達が好む部屋ってどう」
「え?」
「だってほら、私達も女の子だし。だから、その、シェリエはどういう部屋……というか家が好きなのかな?」
「私の好きな家?」
「その、友達の好みはもっと知りたいってだけで、参考よ。他意はない……よ?」
 聞かれたシェリエは、人差し指を顎に押し付けると、思考の為数秒間押し黙り、目をつぶった。
「そうね。木のぬくもりが感じられるのとか、好きね」
「木のぬくもり?」
「ええ。あと室内や屋外でもガーデニングが楽しめると嬉しいわ」
「そういうのが、好きなの……」
「ええ」
 目を開けて頷くシェリエから好みを聞き出せたフェイは、その内容を心のメモに書き留める。
「結構重いなこのテーブル」
「でしょー。みんなでもちあげるんだよ。でもおにーちゃんたちはすごいね、ふたりだけで、もてるの!」
 うさぎの置物を両手で抱えたフェオルは、難なく食卓テーブルを移動させる匿名 某(とくな・なにがし)を手放しで賞賛した。
 足元から聞こえた声に某は何事かと驚くが、それがフェオルだとわかり、反対側で共にテーブルを動かしていた大谷地 康之(おおやち・やすゆき)に、一旦止まれと声をかける。
「側にいると怪我するぞ」
「ふぇおる、じゃま? これ、てーぶるのうえにおきたいの」
 グラビティコントロールの重力操作で楽に持ち運びできるようにはしているが、テーブル自体は重たいままだし、フェオルは小さく、死角に入られると厄介で、この組み合わせはなんとなく不慮の事故という単語が連想できてしまい、この状況は歓迎できない。
「邪魔じゃないが、もう少し待ってろ。テーブルは邪魔だから動かしただけだから、元の場所に戻したら、その置物を飾ろう」
「はい。ふぇおる、あっちで待ってる」
 危機は去ったと康之に目配せした某はふたりでテーブルを持ち直した。