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リアクション
なななはその頃、氷漬けに成る前のパルテノン神殿で出会ったエリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)、ノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)達と行動を共にしていた。
「修学旅行楽しーね!!」
ノーンはエリシアやなななとパルテノン神殿を観光した後、神殿の南にあるディオニュソス劇場跡を訪れていた。
「さて、色々と見物しましょう。ノーン・クリスタニア」
「うん。パビモン ナウディ(ぱびもん・なうでぃ)ちゃんも、元に戻せれば良かったんだけどなぁ……」
ノーンは【石を肉に】で、ナウディも回復して旅仲間に誘うつもりであった。
ひょっとしたら他の石像さんも元に戻るのかなぁ、と試しに、箒に乗って上空から動く石像に【石を肉に】をかけてみたノーンだが、効果は全く無かった。
「わたくしが思いますに、あの魔法はわたくし達の魔術とは構成が違うようです」
「どういう事、おねーちゃん?」
ディオニュソス劇場の最前列の貴賓席に腰掛けたエリシアが、少し考えた後、口を開く。
「魔術を解除するというのは、つまりは科学反応を逆から行う、という事ですわ……けど、いくら逆から行おうとも『触媒』が無ければ無理な事もあります。あの石像達にかけられた術は、恐らくそれが無いから解除出来ない、という事です」
エリシアは出来るだけわかりやすく伝えたつもりであったが、ノーンと横で聞いていたなななが同時に首を斜め45度に倒す。
「……まぁ、難しい事はよいでしょう。わたくしが知り得た情報は既に伝えましたし……」
「情報? あー、石像さんから【サイコメトリ】で読んだ事?」
「はい」
エリシアは、動く石像を止めようとするノーンに呼びかけられたので、少し協力していた。
方法は、蛇々達が行った作戦と同じである。
「自称が美術商の男としか読めませんでしたけどね……」
「犯人はあの場にいたの?」
「それはわかりません、金元ななな。確かに、姿形がサイコメトリで読めましたら、わたくしの【ホークアイ】で素早く見渡せたかもしれませんが……生憎、石像が聞いた声だけでしたので」
ノーンとエリシアは、石像が暴れる姿に驚きつつもハプニングとして歓迎し、現地の人が困ってそうなので鎮圧しようとした……と言っても、ペット(賢狼、火蜥蜴、銀狼)主力で応援中心だったので、エリシアのサイコメトリが終了すると同時に、なななを連れて抜けだしてきたのである。
「ふーん……ところで、ノーンちゃん?」
「なぁに? なななちゃん」
「ななな達が座ってるココに、何時になったら宇宙船は降りてくるのかしらね?」
なななの言葉に、エリシアが呆れた顔をする。
「ここはね、えーと、ディオニュソス劇場は、紀元前5世紀後半に立てられたギリシャ最古の劇場だよ。1万7000人もの観客を収容できる大劇場で、数々のギリシャ悲劇や喜劇が上演されたんだ」
「なーるほど、劇場なんだ。どうりで、宇宙船の着陸地点にしたら規模が小さいなぁって思った。ね? じゃあいつ戦いが始まるの?」
「へ……戦い?」
「ノーン・クリスタニア、恐らく彼女はイタリアのコロッセオについて言っているのではないでしょうか?」
「コロッセオは闘技場だよね?」
「はい」
「コロッセオは、『殺せよ』が訛ってその名前が付いたって言われてるんだよ?」
「えぇー!? 本当! なななも行きたかったなぁ」
「ね? おねーちゃん」
「はい。ノーン・クリスタニアは隣国の事まで詳しいですわ」
ノーンは、【観光地識】でギリシャの薀蓄を得意そうに披露できる反面、少しそこから離れたら知識がガクンと落ちる。そんなノーンの得意げな【観光地識】に、【博識】で誤りに気付いても、エリシアは、特には訂正せずにニコニコと相槌を打って聞いていた。
「ほう、ななな殿やノーン殿も、コロッセオに目を付けられましたか……」
黒のオールバックの髪をした戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)が、手に何かの肉の串焼きを持って立っていた。
「小次郎ちゃん!? どうしてこんな所に……」
「はい、美女と仲良くなるには旅先で良いところを見せるのが手っ取り早……いえいえ、皆さんと同じ石像事件の調査ですよ。ところで、お一つ如何ですか?」
小次郎が手に持った串焼きを差し出す。
「何、これ?」
「スブラキだよ、なななちゃん」
「はい。トルコ料理のシシケバブや日本の焼き鳥、と同じようなものです。最も、これは羊肉ですが」
小次郎はノーンやエリシアにも配る。
「戦部小次郎? 先ほど石像事件を調べていると言ってましたわね? 何かわかったのですか?」
エリシアの問いかけに小次郎は、肩をすくめた自身の調査記録をゆっくり語りだす。
「ぶっちゃけ貴重な文化財といえども、このままの状態では死傷者が出かねません。まぁ、そのまま放っておいて警察や軍隊が投入されて最終的には破壊されるというオチも考えましたが、そこはそれとしてなるべく(金額的にも)被害が出ないようにするのが得策であろうと考えました」
小次郎は、観光目的で魔法を依頼して暴走しているのだから、まずはそれを依頼したギリシャの観光協会に出向いて状況を確認した。
そこでわかった事は二つ。
『観光協会』が公務員天国のギリシャの中でも、現時点で本気で仕事してないベスト10に入る組織であり、その当時誘致に関与した職員は世界一周旅行に出て不在だという事と。
その職員がイタリア生まれであり、何か名前も聞いたことにないような胡散臭い商人を連れて、石像を動かし始めた事である。
尚、過去のデータでは、ギリシャは2010年代、欧州で『人口比辺り、最も高級車を持っている国』として有名であったらしい。
次に小次郎は、最も被害の少なそうな解決策での解決を試算してみた。
例えば魔力が切れるまで動かし続けるとか、こちらの力を見せ付けることで言う事を聞かせるようにする等……。破壊するしかないのであれば躊躇なく破壊するが、それは本当に最後の最後の手段だ。
「商人?」
エリシアがその単語に反応する。
「エリシア殿? 思い当たるフシでも?」
「はい。サイコメトリをかけた時、石像の記憶の中に、自分を美術商だと語っている男の声が聞こえました」
「美術商ですか……」
小次郎が腕組みしてじっと考える。
その後ろでは、なななとスブラキを食べるノーンが「はい、チーズ!」と携帯で写真を撮り、ツァンダに住む御神楽 陽太(みかぐら・ようた)に写メを送っていた。
地球と時差のあるパラミタのツァンダはその時、まだ朝早い時間であった。
新婚夫婦ながら、家事は8:2くらいの割合で陽太が行うことが多い。朝も大体は陽太が先にそっとダブルベッドから起きて朝食の準備をする。
エプロン姿でキッチンに立つ陽太は、いつものように朝食の支度の真っ最中であった。
「よっと!」
フライパンを器用に操り、プレーンオムレツをひっくり返す。料理も随分手馴れてきた。陽太的には妻の喜ぶ顔が大好きなので何の不満もないが、妻は妻で、少しずつでも自分の割合を増やしたいと考えているらしい。
テーブルに並べられた品をチェックする陽太。
「オムレツ、サラダ、フルーツ……よしよし、イイ出来です。後は起こしてからいつものようにトーストを……ん?」
ポケットに入れた携帯からメールの着信音が鳴る。
「こんな朝早くから?」
陽太がエプロンを外しつつ、携帯を見ると、ノーンとなななが何かの肉の串焼きに齧り付いている写真が添付されていた。
「なになに……おにーちゃんへ。わたしは今パルテノン神殿の近くにいるよ! 石像さんが暴れて大変だけど、旅にハプニングはつきもの……って旅行ガイドに書いてあるよ! みんなで楽しんでくるね!…‥」
ノーンから届いたメールにクスリと陽太が笑い、返信する。
「ノーンへ。大変ですね。怪我や病気に気をつけて、エリシアと楽しんできて下さい……と」
メールを返信しながら新居の廊下を寝室まで歩く廊下。
扉を開けて中へ入ると、朝日が差し込むベッドで、彼の妻はまだ安らかな寝息を立てている。
「さて……」
これもいつもの日課とはいえ、陽太は照れながら目覚めのキスで妻を起こすのであった。
「ん……おはよう、陽太」
「おはよう、環菜」
× × ×
小次郎は、ノーンやななな達と別れ、一人ギリシャの街を歩いていた。観光協会にエリシアから聞いた『美術商』を探すためである。
元々彼は石像解決に動く人間が多いようならば、その人たちに戦闘は任せる事にしていた。
先ほどのスブラキも、実は今回の騒動を見に来た現地の美女にさり気無く話しかけるためのアイテムであった。小次郎の中には、それを食べながら一緒に観戦する(要はナンパ)というプランもあったのだが、結局ノーンやななな達にあげてしまったので、今は手ブラである
「(さて、問題はその美術商ですね……)」
考えながら歩く小次郎がギリシャの観光協会前につくと、銀色のポニーテールの
ルクセン・レアム(るくせん・れあむ)が観光協会の扉をゲシゲシと蹴っていた。
「ん?」
「ああ、もう! 観光の為に来たのに、目も当てられないじゃない!」
小次郎が見ると。観光協会の扉に『天気が良いので皆で旅行に行ってます』との札が掛かっていた。
「……成程。蹴りたくなる気持ちはわかります」
「あんた誰?」
ルクセンに尋ねられた小次郎は、自分の事と石像事件を追っている事を告げる。
「ふぅん。私と同じね」
「同じ? ルクセン殿も?」
「そ。魔法をかけた人物、または暴れる原因となった人物の捜索をしてたの。折角の修学旅行に観光で来たのに事件とは災難だけど、解決しない事には後味が悪いような気がするからね」
「同感です。しかし、何故この観光協会に?」
「パルテノン神殿回りで聞き込みをしてたら、村主蛇々って子から情報を得たの。よく肥えた『フレド』て男が犯人だって。それでその人の事をココで調べようと思ったんだけど……本っ当に働かないわね!」
ルクセンが観光協会のドアにもう一発蹴りを入れる。
「来た甲斐がありました」
小次郎が精悍な顔に笑みをたたえる。
「来た甲斐?」
「はい。ルクセン殿と私の情報を統合すると、どうやら私達は犯人像の直ぐそこまで来ているようです」
「ちょっと? 小次郎、あんた一人で解決するつもり?」
「いえいえ、ルクセン殿。共に参りましょうか?」
「どこへ? ナンパなら御免よ?」
「イタリアです。そこでフレドという美術商を追います」
ルクセンは、暫く値踏みする様な目で小次郎を見ていたが、「いいわ」と言うのであった。