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リアクション
第六章 下り坂は危険が一杯
スクリーンに最終セクションの全景が映る。
「ここでは引き手と操縦者との呼吸だけでなく、同乗者のウェイトコントロールも肝心だ。ただ乗っているだけで済んだこれまでとは違う」
イーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)が自らの体を使ってソリの乗り方を解説する。キャンディス・ブルーバーグ(きゃんでぃす・ぶるーばーぐ)も真似して体を傾ける。
「一度コースアウトすると、大きくタイムロスしそうだネ」
「うむ、しかし優勝を狙うとすれば、勝負に行くしかないだろう。安全を重視していては入賞できるかどうかだな」
「中段グループから、優勝や入賞の可能性はあるかナ?」
イーオンは交代ポイントの様子を見る。
「乗員や引き手の交代をするところがかなりあるようだ。対応によっては一気の逆転もありそうだな」
「夏季ろくりんピックでも、最後に逆転したことが何度かあったネ。最後まであきらめないのが肝心だヨ」
続いてヴィゼント・ショートホーン(びぜんと・しょーとほーん)にカメラが向けられる。
「ボンバー! 皆、聞いてたか。参加者だけじゃないぜ。応援も最後まであきらめてくれるなよ。皆の一言が選手の後押しをするかもしれないんだからな!」
「オー!」と観客席から返事がある。
「ねぇ、ねぇ、あたし頑張ったでしょ」
先頭で飛び込んできたラブ・リトル(らぶ・りとる)の頭を、高天原 鈿女(たかまがはら・うずめ)が撫でる。
「それでね……」
「ダメよ」
ラブが言いかけたところでぶった切る。
「まだ言ってないじゃない」
「無駄ね」
シルバーウルフと賢狼を繋ぎなおすと、鈿女は坂道に突入していく。ラブの「ケチー」との叫びは耳に入らなかった。
「さぁて、後は一気に駆け抜けるだけですね」
御茶ノ水 千代(おちゃのみず・ちよ)は引き手をDSペンギンに切り替えると、下り坂へと飛び出していった。
ペンギンを腹ばいで滑らせると、コーナーを一気に攻略していく。千代が予想していた以上にスピードが出た。急カーブの連続も、抑えの効いた操縦で難なく走り抜けていく。
軽そうな女の子を乗せたソリが振り回されているのを見て、フッと笑みが浮かんだが、反面気が重くなる。
一瞬、注意を怠ったために、雪のコブに乗り上げて、大きくコースを外れる。
「いったーい」
運営委員の指示に従って、ソリを立て直した。
『余計なコト考えてても仕方ないですわ。あの人は、特に何も言ってませんでしたし、このままで良いですよね』
気を取り直して、再びペンギン達を滑らせて行った。
佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)からソリを乗り代わった熊谷 直実(くまがや・なおざね)は、愛馬ならぬ愛犬パラミタセントバーナードの手綱を握った。
「いささか不本意ではあるが、仕方ないな……」
「じゃあ、よろしくねぇ」
「おう!」
熊谷直実は坂道に身を躍らせる。
「急な角の連続は……一の谷以来だな……」
トラウマを思い出しそうになりながらも、パラミタセントバーナードの力強さを確認した。
「どうかしら?」
「ソリは問題なし。ペットだけ代えたよ」
リリィ・クロウ(りりぃ・くろう)に確認すると、ナカヤノフ ウィキチェリカ(なかやのふ・うきちぇりか)は交代ポイントを飛び出した。
「みんな〜、疲れたでしょ〜」
ナカヤノフの背中にバイバイをすると、4頭のチルーをねぎらう。
「リリィちゃん、もしかして勝っちゃうかも」
引き手を飛装兵に変えたクレーメック・ジーベック(くれーめっく・じーべっく)は、猛然とスパートをかける。
「少々強引に行くからな。しっかりつかまってろよ」
島津 ヴァルナ(しまづ・う゛ぁるな)は言われるがままに、ソリにしがみついた。
「できました!」
湖の騎士 ランスロット(みずうみのきし・らんすろっと)が引き手を交代させると、宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)とティセラ・リーブラ(てぃせら・りーぶら)を乗せたソリが飛び出す。
操縦はティセラのままだが、祥子が野生の勘で妨害行為を回避する計画だ。ソリを引くのは、シルバーウルフが先導、続いてケルベロスと賢狼と言った犬系でまとめた。これも祥子の発案だ。
「さーて、ここまで来たらトップを狙いたいトコね。そうなると多少の無理は覚悟の上か」
祥子が合図すると、ティセラはシルバーウルフの手綱を緩める。彼らの足の回転が早くなった。
登りと湖面をほぼミスなしで進んできたシャーロット・モリアーティ(しゃーろっと・もりあーてぃ)達は上位に食い込んでいた。
下りも息を揃えつつカーブを攻略していったが、引き手のシルバーウルフと賢狼の息があがってくる。
セイニィ・アルギエバ(せいにぃ・あるぎえば)は余裕を持って手綱を操作したつもりだったが、それでもウルフ達に疲労は蓄積されていた。
「交代させれば良かったかも」
「今更後悔しても始まらないよ。ラストスパート、行く?」
振り返ったセイニィに、シャーロットは首を振った。
「ペースを落としましょう。完走できれば、入賞の望みはありますわ」
シャーロットの髪をなでたセイニィは、うなずいて手綱を絞った。
ウーマ・ンボー(うーま・んぼー)の引くソリは勢い良く坂道を下っていった。急なカーブもウーマのリードで見事にクリア。
「そんな競技だったら良かったのによぉ」
シルバーウルフと共にソリに乗るアキュート・クリッパー(あきゅーと・くりっぱー)はため息をつく。もはや行ける所までと諦めの境地にあった。
酒杜 美由子(さかもり・みゆこ)はわたげうさぎをパラミタペンギンに交代すると、何杯目かのココアを飲ませた。
「しゃんとしなさい!」
背中をバンと叩いて酒杜 陽一(さかもり・よういち)を送り出す。
「おっし!」
いくらか気を取り直した陽一は、パラミタペンギンを滑走させて、坂道を下り始めた。
軽い体重でソリが振り回されているが、気力を振り絞って操作する。
『体当たりされたら、一気に飛ばされそうだなぁ。コースに集中して振り切るしかないか……』
第2ポイントで賢狼を雪だるまとミニ雪だるまに切り替えた童話 スノーマン(どうわ・すのーまん)は快調に飛ばす。
「そろそろ回復させるでござる」
ブリザードを雪だるまとミニ雪だるまにかけると、雪だるまとミニ雪だるまがパワーを取り戻した。
しかし一方でシルバーウルフの足取りが重くなる。寒さに強いとは言っても、ブリザードを直接受けてはたまらない。
「いかん! まともにかかってしまったでござるか」
急ぎソリを止めると、凍傷になりかかったシルバーウルフを手綱から外す。クールダウンどころかコールドダウンの有様だ。
「プリンスたる拙者が、ペットを見捨てるなどありえぬ」
シルバーウルフをソリに乗せると、再び走り始める。
「入賞はもはや難しいでござろうが、拙者は後悔せぬでござるよ」
乗せたシルバーウルフの頭をなでた。
交代ポイントで七殺の獅子から賢狼などに切り替える。
曹丕 子桓(そうひ・しかん)はいくらか気力体力を残していたが、真田 大助(さなだ・たいすけ)は息も絶え絶えだった。
「後は任せろ!」
乗り換えた柳玄 氷藍(りゅうげん・ひょうらん)と真田 幸村(さなだ・ゆきむら)が、勢い良く坂道を下って行った。
「幸村、どう思う?」
大助のことを聞かれた幸村は「なんとか及第点かと」と答えた。氷藍も満足そうに笑みを返す。
「運良く実戦が最高の修業になったな。2人が頑張った以上、俺達もベストをつくさなきゃならん……そうだろ?」
「はい」
「なら俺の嫁! 前方はお前に任せたぞ。後ろのことは俺に安心して任せるといい!」
幸村には今ひとつ繋がりが分からなかったが、とりあえずは操縦に専念することにした。
杜守 三月(ともり・みつき)が疲れの見え始めていた何頭かの賢狼を交代する。その間、杜守 柚(ともり・ゆず)と高円寺 海(こうえんじ・かい)は配られたココアを飲んでいた。
「できたよ!」
三月の合図で海が乗り込む。が、柚は乗ろうとはしなかった。
「海くんだけで行って! その方が勝てると思うの」
海は柚の腕を強引に取って、ソリに引っ張り込む。
「バカなことを言うな!」
そのままソリを走らせた。三月はハンカチを振って見送ると、飛行艇に乗り込んで一足先にゴールへと向かう。
「海くん……」
「しっかりつかってろ。ここまで来たんだ。最後まで一緒にゴールするぞ!」
柚にとっての至福の時間は、もう少し続きそうだった。