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リアクション
レースもいよいよ大詰め。上位陣は固定しつつあったが、連続する急カーブで、順位が大きく変動する。
「うわお!」
カーブを曲がり損ねて、祥子とティセラを乗せたソリが大きく膨らんだ。コースアウト寸前で留まったが、その間にクレーメックと熊谷直実のソリに抜かれる。
「ごめんなさい!」
ティセラが体制を立て直してソリを走らせる。
「大丈夫、まだ追えるわ」
祥子はティセラの肩をポンと叩く。下りに入ってから、抜いたり抜かれたりの繰り返しだ。
「入賞狙いにしようかな……」
チラと弱気が頭をかすめたが、勇気を振り絞って、ティセラに指示する。
「ここまで来たんだもの、行ける所まで行ってみましょう」
うなずいたティセラがシルバーウルフ達をスピードアップさせた。
下りに入ったクレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)は、遠慮は無用とスピードをアップさせる。
自らは士気高揚で、エイミー・サンダース(えいみー・さんだーす)は歴戦の回復術で、引き手の調子を伺いながら、次第に順位を上げていった。
「このまま行けそうだな」
ここに入って、ようやくクレアの表情が明るくなる。
「ボス、油断は禁物だよ」
言った途端に、クレアの左右をソリが追い抜いていった。
「その通りだ」
笑みを見せつつも、クレアは気を引き締めなおした。
「これはまずいんじゃないかなー」
意図せずウーマ・ンボー(うーま・んぼー)とカモスゾーにソリを引かせたアキュート・クリッパー(あきゅーと・くりっぱー)の表情は暗い。失格同然なだけに、優勝や入賞を狙う気は失せていたが、ウーマが予想以上に頑張って上位に食い込んでいた。
「このままごまかす……って訳にはいかねえだろうな」
もはやソリを操縦することもあきらめて、隣に座ったシルバーウルフの頭を撫でた。
「邪魔だ!」
クレーメックは追いすがる緋王輝夜の乗るソリを蹴散らそうとしたが、輝夜は余裕をもって切り抜ける。併走を続けるものの、再度の隙は見当たらないかった。
「ここまで来てトップグループなら、そう簡単には飛ばせないか」
下りに入り、東チームに絞って何度か体当たりを試みたが、全てきれいにかわされていた。
「備えられていたのではやるだけ無駄か」
クレーメックは走ることに集中させた。
余裕を持って上位を維持する小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)がスクリーンに映ると、高根沢 理子(たかねざわ・りこ)が拍手を贈る。
それが伝わっているわけではないだろうが、美羽は一層、賢狼達の操作に熱がこもった。
「ねぇ、エッツェル、応援してくれてるかな」
「……多分……してるは……ず」
緋王 輝夜(ひおう・かぐや)とネームレス・ミスト(ねーむれす・みすと)がソリの操縦に励んでいる時に、エッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)はナンパに精を出していた。
勢いの付きすぎた熊谷 直実(くまがや・なおざね)のソリがパラミタセントバーナードごとコースから外れる。
そこを別のソリが駆け抜けていく。
「なんの! まだまだ!」
すぐに立て直してコースに戻ると、スクリーンを見ていた観客から拍手が起こる。
激しい順位争いの中で喜んでいる選手もいた。
「なぜそんなにくっつく」
「バランスを取るためだろ」
真田 幸村(さなだ・ゆきむら)は柳玄 氷藍(りゅうげん・ひょうらん)に後ろから抱きつかれていた。
「し、しかし」
「これが前に体重をかけるのに一番良い姿勢なんだよ」
氷藍は両腕に力を込めると、幸村に密着する。普段は意識しない柔らかな2つの塊が、幸村の背中に押し付けられる。
「ホラ、集中しろよ」
杜守 柚(ともり・ゆず)も高円寺 海(こうえんじ・かい)の操縦するソリにつかまっていた。
「あっ」
危うく振り落とされそうになったところを、海に引き戻される。
「ここにつかまってろ」
「え? 良いの?」
言われるがままに、海の腰に手を回す。
「言っただろう! 最後まで一緒だって」
『なんだか夢みたい』
柚は夢中でしがみついていた。
「あたしも出れば良かったぁ」
「今更、何言ってるのよ」
セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)とセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)は先頭グループを追っかけている。
「よし、行くよ!」
「本気?」
セレアナの意向に構わず、セレンフィリティは突撃インタビューを敢行する。
「危ないじゃない!」
睨みつける高天原 鈿女(たかまがはら・うずめ)にマイクを突き出した。
「一言だけ、お願い」
観客席の横で、雪の上から顔だけ出しているコア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)が大喜びする。
「がんばるわ。でも無駄遣いはダメよ」
「ありがと。無駄遣いって?」
聞こうとしたセレンフィリティを鈿女はすり抜けていく。
ゴール側ではラブ・リトル(らぶ・りとる)が頬を膨らましていた。
「よーし、次はあっちの彼女」
小鳥遊美羽にマイクが向けられると、またも高根沢理子が大喜びする。
「優勝、行けそう?」
「もっちろん! ここまで来たら狙わなくちゃ」
そう言った横をリリィ・クロウ(りりぃ・くろう)がパラミタペンギンを操って追い抜いていく。
「もうやめなさいよ、危険だったら」
止めるセレアナに「あと1人だけ」とセレンフィリティが懇願する。
アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)に同乗していたルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)がインタビューを受ける。
「うむ、ナビが良し悪しの決め手と言っても良いくらいじゃ。サイコキネシスもあるしの」
アキラの髪に捉まりながらアリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)がカメラに手を振った。
「は、はげる……」
「よーし、もう1人」
意気込むセレンフィリティに、セレアナが「危ない!」と叫ぶ。避ける間も無く、コース横の立ち木に激突した。
「ええ、はい、遺体が2つ」
「ちょっと! 死んでないよ」
救護班のヴァイス・アイトラー(う゛ぁいす・あいとらー)は、笑って伝え直す。
「訂正します。軽傷が2名。いずれも打ち身やかすり傷です」
すぐに布袋 佳奈子(ほてい・かなこ)とエレノア・グランクルス(えれのあ・ぐらんくるす)も駆けつける。本部に搬送する準備を整えた。
「無理してはいけませんよ」
「ゴメンゴメン、ジャーナリスト魂が抑えきれなくって……イテッ」
あっけらかんとしたセレンフィリティに、セレアナがこぶを1つ追加した。
「えー、追加します。頭部に打撲。一番の大怪我と思われます」
救護班に所属した3人にとって、この日一番の仕事になった。
ヴィゼント・ショートホーンが叫び続ける。
「ボンバー! いよいよゴールだ! 誰が一番かなんて賭けてるんじゃねえぞ。まぁ、中華まんくらいなら許すがな。スクリーンも良いが、あっちのゴールも見逃すな!」
観客席からもゴールテープの向こうから雪煙が近づいてくるのが分かる。