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栄光は誰のために~火線の迷図~(第1回/全3回)

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栄光は誰のために~火線の迷図~(第1回/全3回)

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第1章 君は生きのびることができるか

 眼下いちめんに広がる、鬱蒼とした樹海。
 「計器上はこのあたりのはずなんだけど……完全に樹海に埋もれちゃってるわね」
 セスナ機を大きく旋回させて地上を見下ろしながら、シャンバラ教導団航空科一年の早瀬咲希(はやせ・さき)は呟いた。
 「んー……かろうじて、ちょっと盛り上がってるように見える所がそうなのかなあ、っていう感じだけど……木の茂り加減にも見えるし」
 現在咲希が飛行している空域の下には、教導団の歩兵科がつい先日のサバイバル訓練中に発見した遺跡があるはずだ。だが、樹海の木々はその姿を覆い隠し、地表がほぼ見えない状態で、上空からでも遺跡の全容は把握できない。樹海の中を遺跡に向かっている教導団の生徒たちの姿も、まったく確認できなかった。
 「もし、盛り上がって見える所がそうだとしたら、相当大規模な遺跡ね。一日二日じゃすみずみまで探索出来そうにないわ」
 『お待たせしましたー』
 ヘッドセットから、パートナーのドラゴニュート、ギルバート・グラフトン(ぎるばーと・ぐらふとん)の声が聞こえてきた。燃料補給から戻って来たのだ。
 『そちらは、燃料はまだ大丈夫ですか?』
 「ええ。もう少ししたら戻るわ」
 咲希は燃料計を見て答えた。
 シャンバラ教導団の現在の航空戦力は、地球上の空軍に比べれば微々たるものだ。地球から兵器を運び込むことが出来ず、すべてパラミタ製でなければならない上に燃料の問題もあり、近代的な戦闘機や輸送機はまだ開発段階で、実用に至っていない。咲希とギルバートが今回使用を許可されたセスナは言わば『虎の子』で、いかに教導団が今回の作戦に力を入れているかがわかる。
 『当区域では、シャンバラ教導団の作戦行動が行われています。たいへん危険ですので、当校の関係者以外の方は早急に退去して下さい。従わない場合は強制的に退去して頂く事になります』
 樹海付近に飛来して来たり、逆に樹海から飛び立つものがないか目を光らせながら、咲希とギルバートは拡声器で警告のメッセージを流す。
 (これを聞いて、大人しく樹海から出てくれれば良いんだけど……)
 咲希は心の中で小さくため息をついた。他の学校と全面的に争うのは、たとえ金鋭峰の意向がなくても、できることなら避けたかった。


 「セスナまで出して来たのか……教導団、本気だな」
 樹海の入り口に小型飛空艇を停めた蒼空学園の葉山 龍壱(はやま・りゅういち)は、樹海上空を旋回するセスナを目を細めて見上げ、呟いた。セスナだけではなく、ジャイロコプターとおぼしき機体も数機、警告メッセージを流しながら飛んでいる。
 「どうしましょう、予定通りこのまま行きますか?」
 パートナーの守護天使空菜 雪(そらな・ゆき)が訊ねる。
 「……いや」
 しばらく航空部隊の動きを観察した後、龍壱は首を振った。
 「もともと、警備状況を調べるために来たんだ。樹海の中に小型飛空艇で入るのも難しそうだし、ここはいったん引こう」
 そして、龍壱は小声でつけ加えた。
 「……おまえに、怪我はさせたくないからな」
 雪は、ほんのりと頬を染めて目を伏せた。
 「行くぞ」
 龍壱は小型飛空艇のエンジンを入れ、樹海とは逆の方向へ発進させた。雪も、それに続く。


 「遠くで、何か言っているような気がいたしません?」
 パラミタ人ジュスティーヌ・デスリンク(じゅすてぃーぬ・ですりんく)は、パートナーの百合園女学院生ジュリエット・デスリンク(じゅりえっと・ですりんく)に訊ねながら空を振り仰いだ。……と言っても、空のほとんどは木の葉と枝に覆われていて、木漏れ日がきらきらと光るのが見えるだけだったが。
 「特に聞こえないように思いますが……」
 ジュリエットは首を傾げた。アップにした金髪からほつれた縦ロールが、汗でべったりと首筋にはりついている。夏も盛りなこの時期、いくら森の中とは言っても長袖長ズボンのジャージ上下で歩いていては、汗もだらだら流れると言うものだ。
 この日、樹海のごく外縁に近いあたりでは、シャンバラ教導団の体験入学サバイバルツアーが行われていた。サバイバルと言っても、必要最小限の装備で樹海のど真ん中に放り出される正規のサバイバル訓練ではなく、教官と上級生の同行のもと、日帰りで行われるトレッキングのようなものだ。
 (教導団に素敵な男子生徒がいると噂を聞いて参加しましたのに……あてが外れましたわ)
 ジュリエットはどうやら、体験入学の申し込みで男子生徒に見初められ、親交を深めて……などと思っていたらしいのだが、残念ながらそんなことはないまま、体験入学の日を迎えてしまったのだ。
 一方、ジュリエットとジュスティーヌ同様、この日の体験入学に参加していた百合園女学院の笠岡凛(かさおか・りん)は、ジュスティーヌが聞いた声が上空からの呼びかけだと気付いた。
 (やはり、この樹海のどこかに例の遺跡があるようでございますね……)
 せめて上空を飛んでいるであろう飛行機の姿をとらえようと、凛は上を向こうとしたが、肩車しているパートナーの吸血鬼メアリ・ストックトン(さら・すとっくとん)が邪魔になって、空を見上げることが出来ない。
 「凛……枝が刺さって痛い……」
 ほとんど道がないような場所で肩車されているために、さっきからバサバサと木の枝に顔や体が突っ込んでいるメアリが言う。
 「では、歩かれますか?」
 凛が訊ねると、メアリはいやいやと首を振って、凛の頭にしがみつく。歩くのは枝が刺さる以上に嫌なようだ。
 「つきあわせてしまって申し訳ございません、お嬢様」
 凛はほう、とため息をついた。彼女は査問委員会に入るために教導団に偽装入学しようとしたが、公的書類の偽造ができず、入学の手続きが完了しなかったのだ。百合園の生徒のまま査問委員になれないかと問い合わせもしたが、
  『教導団だけでなく、一般的に考えて、ある学校の生徒が別の学校の委員会に所属することは出来ないだろう? ましてや、風紀委員会や査問委員会は、校内でも通常の委員会や部活動とは一線を画する特殊な位置付けにあるので、他校の生徒が所属することは絶対に許可できない』
 という、つれない返事が返ってきた。それでも何とかまぎれ込むことが出来ないかと、体験入学に参加することにしたのだが、そこはやはり『体験』で、教導団の生徒たちと一緒に行動はさせてもらえないようだ。教導団の生徒たちが同じ樹海の中にいるなら、とわざと脱落することも考えたが、参加者の安全を守るため、先頭には教官が、最後尾には上級生数人がいて、さらに隊列の途中にも上級生たちが付き添っている状態では難しい。
 (仕方ない、次の機会を狙いますか……)
 もう一度ため息をついて、凛は肩の上にいるメアリの身体をゆすり上げた。と、
 「すみませーん、誰か助けて下さーい」
 行く手から、助けを求める女性の声がした。先頭を行く教官が皆を止め、様子を見に行く。しばらく間があって、今度は教官が上級生のうち数人を呼ぶ声がした。そして、マジックローブを着た少女と、シートを使った簡易担架に乗せられた丸眼鏡の男と、迷彩柄のドレスを着た少女が、教官に先導されてやって来た。担架の男と少女は怪我をしているらしく、二人ともぐったりとしている。
 「た、助かりました。あたしだけでは、もうどうしようもなくて」
 先程の助けを求める声の主らしい少女は、蒼空学園の生徒でルーシー・トランブル(るーしー・とらんぶる)と名乗り、一行にぺこぺこと頭を下げた。教導団の遺跡探索部隊の、衛生科の生徒たちに力を貸したくてこの樹海までやって来たが、道に迷ってうろうろしていたところ、怪我をして倒れている男と少女……酒杜陽一(さかもり・よういち)とパートナーの魔女フリーレ・ヴァイスリート(ふりーれ・ばいすりーと)を発見したのだが……
 「薬や包帯は教導団のを使わせてもらうつもりだったから、絆創膏とバンダナくらいしか、手当てに使えるものがなくて。あたし自身も道に迷ってたし、本当に助かりました」
 ルーシーの話によると、陽一とフリーレは樹海の中で小型飛空艇に乗っていて、木に衝突して怪我をしたらしい。実は、陽一とフリーレは、遺跡に忍び込むために樹海に入ってルーシー同様道に迷い、事故に遭ってしまったのだ。二人は教導団の生徒に紛れ込んで遺跡に侵入する作戦を立てており、万一の時に逃走するために無理やり小型飛空艇で樹海に入り込んで事故に遭ったのだが、ルーシーにはそこまではわからない。
 「この樹海は教導団の生徒がサバイバル訓練に使う場所で、今のところ武装した生徒が応戦して太刀打ちできないようなモンスターは確認されていないが、毒蛇や毒を持った虫はいるし、迷えば外へ出るのは難しい。安全な自然公園ではないんだ」
 教官はルーシーに注意すると、腕を組んで担架の二人を見て、ため息をついた。
 「けが人を連れてこれ以上進むことは出来んな。予定を切り上げ、帰還する!」
 そうして、ジュリエットとジュスティーヌ、そして凛も、重たい担架を交代で持たされることになったのだった。