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ワルプルギスの夜に……

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ワルプルギスの夜に……

リアクション

 
    ☆    ☆    ☆
 
「まったく、なんてていたらくだ」
 怒りに全身を震わせながら、ラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)が絞り出すように言った。その全身に漲る氣を押さえきれないせいだろうか、風に逆らって膨れあがった波羅蜜多ツナギがひらひらと翻る。
 襲いかかってくる敵を一切避けようとせず、ラルク・クローディスは、パートナーたちの許へただただ一直線に歩いてむかった。
「ぬるい!」
 正面から突っ込んでくる炎の魔獣を、両手から発したドラゴンアーツで真っ二つに引き裂いた。二つの焚き火と化したモンスターの残骸の間を、何事もなかったかのように越えて進んでいく。何者も、今の彼の怒りを抑えられはしなかった。
「やれやれ。乱戦じゃ、戦術も何もないな。もっとも、その分単独では動きやすいとは言えるけれど」
 戦闘の隙間を縫うようにして進みながら、鷹村 真一郎(たかむら・しんいちろう)は囚われている仲間たちの許をめざしていた。さすがに、ラルク・クローディスほど大胆ではない。
「戦術ぅ!? んな細かいことはいいんだよ。俺のリズムを狂わす奴らは叩き潰す。それで充分だぜ」
 シャカシャカという音をヘッドホンからもらしながら、比賀 一(ひが・はじめ)が、近づいてくるスケルトンだけを確実にアサルトカービンで仕留めていった。
「そうは言いますが、シャンバラ教導団員としましては、こういう戦いは気持ちが悪いんですよ」
 貫いた氷の魔獣をランスの穂先に残したまま、鷹村真一郎は炎の魔獣にむかってバーストダッシュで突っ込んでいった。異なる属性の魔獣が、互いの身体を食い合い消滅する。
「ふう」
 一息ついたとき、近づいてこようとしたスケルトンの頭が吹っ飛んだ。
「弾だってただじゃないんだ。あまり手をかけさせるんじゃねえぜ」
 比賀一が、あっさりと鷹村真一郎の横を通りすぎていく。
「申し訳ない。助かります」
 礼を述べた鷹村真一郎の横を、別の者が凄いスピードで通りすぎていった。
「アーチボルト様、どこにいるでございますか!」
 買ったばかりの自転車で戦場を走り抜けながら、深見 ミキ(ふかみ・みき)はパートナーを探していた。
「ここにきて、迷子というのも困りますです」
 一生懸命、周囲を見回す。
「おられました!」
 青い炎の前に、ひときわ目立つ赤い服が見えた。
「今行きますですよー」
 立ち漕ぎに変えてさらにスピードをアップする。メイド服のスカートが大きくふくらむが、そんなことを構ってはいられない。鮮やかなコーナーリングで敵を次々と避けていったが、さすがにすべて避けられるわけでもない。炎の魔獣が、眼前に立ち塞がった。
「あなた様に必要な物は、これでございます」
 ポケットから台所用液体洗剤を取り出すと、深見ミキはそれをモンスターに投げつけた。炎の熱によって、液体洗剤が一瞬にして泡だち、モンスターの身体の火をつつみ込んで消してしまった。
「ジェイダス校長の名にかけて、我が愛馬以外の乗り物が前を走ることは許さぬのだ。ゆけ、イフィイよ!」
 突然割って入ってきた白馬に乗った藍澤 黎(あいざわ・れい)が、火が消えて消滅しかかっていた炎の魔獣を白馬の蹄で踏み消した。そのまま、さらに加速して走っていく。
「フィルラ、迎えにきたぞ!」
 真っ先にパートナーのところへ辿り着いた藍澤黎が、ひらりと愛馬から飛び降りながら言った。雪白の薔薇の学舎の制服の裾をひらめかせて、パートナーのそばに片膝を着いてその手をとる。
「もぉなんでキミは、まいどまいど、そうなんや! 危ないやろが」
 無謀とも思える藍澤黎の暴走に、フィルラント・アッシュワースがか細い声で怒鳴り返した。
「大丈夫だったか?」
 藍澤黎は、それだけを聞いた。都合の悪いことは、一切聞いていない。それでも、人の心配だけは、真っ先にしてくれるのだ。
「はい」
 解呪符を受け取りつつ、フィルラント・アッシュワースは答えた。
 藍澤黎にわずかに遅れて、深見ミキはアーチボルド・ディーヴァーの許に辿り着いた。きちんとスタンドを立ててママチャリを停める。
「大丈夫でございましたか?」
 ぐったりと地面にへたり込んだアーチボルド・ディーヴァーに、深見ミキは心配そうに聞いた。顔がかなり青い。
「我にかなうものなど……ほんの少ししかいないのだ。たまさか、今回がそうだったというだけのことだ!」
「はいはい。わかりましたでございます。ぺたっ」
 アーチボルド・ディーヴァーの負け惜しみを適当に聞き流すと、深見ミキは彼の額に解呪符を貼りつけた。
「ふぅ〜。任務完了でございます」
 満足したように、深見ミキは額の汗を拭いた。
「では、脱出しましょう。アーチボルト様は荷台の方へ」
「それはどういう意味だ」
 怪訝そうに、アーチボルド・ディーヴァーが聞き返す。
「二人乗りでございます。当然でございます。しっかりと、私の身体につかまってくださいね」
 深見ミキは、ニッコリとそう言った。
「油断しすぎよ、二人とも……」
 ケタケタと笑いながら近づいてくるスケルトンを睨みつけながら松本可奈はなんとか叫ぼうとしたが、くやしいことに声に力が入らない。自由に動ける傍らの二人は、自転車の二人乗りの件で口論の真っ最中だ。今が、戦いの真っ最中だと分かっているのだろうか。
「動けさえすれば……」
 松本可奈は自分のふがいなさに歯がみした。
 だが、ふいにその耳障りな笑い声が途絶えた。のけぞった髑髏が、そのまま後ろに折れ曲がったのだ。
「よう、遅くなってすまなかった」
 鷹村真一郎が、まるで平時であるかのように挨拶をした。そのまま、スケルトンのむきだしのあばらに回した腕に力を込める。ガントレットをつけた腕の、その有り余る力で敵が粉々に砕け散った。
「待たせたね、補給物資だよ」
 そう言うと、鷹村真一郎は解呪符を手渡した。
「それとも、介抱が必要かな」
 その言葉に、松本可奈は、彼との出会いを思い出した。
「ええ、お願いするわ」
 松本可奈は解呪符を再び鷹村真一郎に返すと、彼自身の手で貼られるのを待った。
 
「それにしても、ざまはないな。どこでヘマをこいたんだ」
 遅れてやってきた比賀一が、座り込んでいるハーヴェイン・アウグストに言った。
「ああ、面目ない。おまえの言うとおりだ」
「珍しく殊勝だな」
「まあ、時にはこういうのもいいだろう。それより、そろそろ解呪してはくれないか。この姿勢は腰にくるんでな」
 できれば一服したいとばかりに、ハーヴェイン・アウグストは手持ち無沙汰だという仕草をして見せた。
「おっさんのふりなんかするなよ。これから、敵の突破を手伝ってもらわないといけないんだからな」
「ふっ、あまり無茶はするなよ。お前はまだ未熟なんだからな」
「言ってろ」
 この状況では全然説得力がないと、比賀一は苦笑した。
 
「それで、アイン、オウガともあろうおまえたちが、なんでこんなことになったんだ」
 腕組みをして仁王立ちになったラルク・クローディスが、パートナーたちに大声で怒鳴った。
「面目ねえ」
「私としても、今回は不徳のいたすところ」
 素直に、アイン・ディスガイスとオウガ・クローディスが自分たちの非を認めた。武に生きるつもりであるならば、自分の失敗を認めない男はいつか失敗ではなく破滅を経験する。
「いいだろう。俺たちに手を出したこと、奴らの短い一生に、後悔しようのない恐怖として刻み込んでやろうぜ」
 怒りを隠すことなく、ラルク・クローディスは言った。彼の怒りに火をつけているものは、パートナーたちの失敗ではない。敵がパートナーたちを傷つけようとした、その事実が彼の怒髪を天に衝かせているのである。
「ああ。落とし前はきっちりつけさせてもらおう」
 解呪符をもらって身体の自由を取り戻したアイン・ディスガイスが、威圧感をともなってゆっくりと立ちあがった。
「まったく……困った主についてしまったものだ」
 伊達眼鏡を外しながら、オウガ・クローディスがランスを手に取った。
「だが、戦う以上。我らの通りすぎた後に、一切の魔はその存在の欠片すら残すまじ! 剛力招来! 伏魔調伏!!」
 オウガ・クローディスが、ビュンとランスを振り構えた。巻き起こる風が、鷹村真一郎が倒したスケルトンの残骸を遙か遠くへと吹き飛ばした。
「いざ!」
「行くぜ、野郎ども」
「おうよ」
 横一列にならんだ三人は、丘の外まで新たな道を造りながら進んでいった。