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ワルプルギスの夜に……

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ワルプルギスの夜に……

リアクション

 
    ☆    ☆    ☆
 
「さあ、急いでこの場を離れましょう」
 ティータ・アルグレッサをだきかかえたまま、ヴェルチェ・クライウォルフが言った。
「身体さえ動けば、自分で逃げられますのに……」
 迫ってくる青白い炎に、ルゥース・ウェスペルティリオーは身をよじらせた。
「しかたない。それじゃあ、引きずっていってやろうか?」
 その言葉に驚いて振りむくと、間近に猫塚 璃玖(ねこづか・りく)の顔があった。
「御主人様、なぜ、ここに」
 髪が触れ合うほどの距離で、ルゥース・ウェスペルティリオーは猫塚璃玖に訊ねた。隠れ身を解いてしゃがんでいた猫塚璃玖が、ルゥース・ウェスペルティリオーの額に解呪符を貼りつける。
「風のむくまま、気のむくまま。理由なんか、重要じゃない。重要なのは、今ここにルゥースがいるから俺がここにいるということだ。さあ、肩を貸してやる。逃げるぞ」
 猫塚璃玖は、すっくと立ちあがって言った。
「はい」
 のばされた手をとって、ルゥース・ウェスペルティリオーも立ちあがった。
「やれやれ、私だけ取り残されそうですか。でも、私のために、ミレイユがこんな場所に来ないでよかったと思うしかないですね」
「さあ。黄昏れるにはまだ早いと思うぜ。ほら」
 猫塚璃玖が、シェイド・クレインに言った。
「月虹よ、月の光を我が魔力に……」
 ハーフムーンロッドを持った、ミレイユ・グリシャム(みれいゆ・ぐりしゃむ)が雷術を詠唱する姿が、シェイド・クレインの目に映った。
 スケルトンの持つ剣が雷光を受けてモンスターの手ごと溶ける。ミレイユ・グリシャムは、ハーフムーンロッドをスケルトンのあばらの間に突き入れた。
「ハーフムーンよ、フルムーンに!」
 ロッドの先で、火術の爆発が起きる。小さな爆発ではあるが、スケルトンの脊髄を破壊して余るあるだけの威力はあった。
「シェイド、今日はワタシが迎えにきたよ」
 ミレイユ・グリシャムが、シェイド・クレインを見つけて元気に手を振った。いつもは、自分がふらふらとあちこちに行って、シェイド・クレインに注意される立場であった。だが、今日は立場が逆だ。ミレイユ・グリシャムとしては、それが以外と嬉しい。
「なぜ、ミレイユがここに。私のせいですか……」
「何言ってるのよ。さあ、敵をどついて脱出するわよ」
 そう言って、ミレイユ・グリシャムは、シェイド・クレインの麻痺を回復させた。
「私は、もっと強くならなければ……」
 大胆に敵の中を突き進むミレイユ・グリシャムを見て、シェイド・クレインはその思いを強くした。
 
    ☆    ☆    ☆
 
「やれやれ、こんな所にいたか。あまり世話をかけさせるなよ」
 レティシア・トワイニングを見つけた高崎 悠司(たかさき・ゆうじ)が、面倒くさそうに言った。
「きてくれたんだ。早く早く、助けてよ」
「分かった分かった、ぺたりと」
 急かすレティシア・トワイニングに、高崎悠司は解呪符を貼りつけた。
「悠司、後ろ!」
 身体が動くようになったレティシア・トワイニングが、高崎悠司の後ろを指さして叫んだ。一体のスケルトンが、カチャカチャという耳障りな音をたてて走ってくる。
「ああ、めんどくせえな」
 パチンと、高崎悠司が指を鳴らした。それを合図にして、トラップが作動する。迫りくるスケルトンの真下から、リターニングダガーが勢いよく飛び出した。もちろん、回避する暇などはない、あっけなく縦に切り裂かれたスケルトンは、左右に分かれて倒れるとバラバラになった。
「許可なく、俺に近づくんじゃないぜ。それをしていいのは、レティシアだけだ」
 戻ってきたリターニングダガーを指先でつまみ取ると、高崎悠司は言った。
 
「助けが来たの?」
 ステージで倒れ込んだまま、半ば諦めかけていたヒメナ・コルネットはつぶやいた。身動きがとれなくなっていても、蒼空寺 路々奈(そうくうじ・ろろな)から託されたギターだけはしっかりとかかえて守っている。
 そんな中、聞き慣れたアコースティックギターの音がした気がした。あれは、パートナーに預けてきた自分のギターだ。
「あの音は、路々奈!?」
 ヒメナ・コルネットは、絶望の中からゆっくりと顔をあげた。
「さあ、ここからはあたしたちのステージよ!」
 そう叫ぶと、蒼空寺 路々奈(そうくうじ・ろろな)はギターをかき鳴らした。
「まだまだ、盛りあがるわよ。そこ、乗りが足りない! 燃えあがりなさい!」
 ジャンとギターをかき鳴らした手をクルリと翻して、蒼空寺路々奈は近くにいた氷の魔獣を指さした。次の瞬間、派手な音をたてて火柱が地面から噴きあがって敵をつつみ込んだ。
「派手すぎたかな」
 てへべろでごまかすと、蒼空寺路々奈は、美しくのびた脚をタンと半歩前に踏み出した。
「蒼空寺路々奈、歌いまーす!」
 かき鳴らすギターの音に乗せた歌声に合わせて、フラッシュのごとく輝く雷術の落雷が、別の氷の魔獣を砕いてアイスダストに変え、近づいてくる篝火の光を美しく散乱させた。
「いた!」
 その光の中にパートナーの姿を見つけて、蒼空寺路々奈はステージに駆けあがっていった。すかさず、解呪符で、パートナーの呪縛を消し去る。
「いける?」
「だ、大丈夫ですっ。頑張ります! 」
 助け起こされたヒメナ・コルネットが、蒼空寺路々奈愛用のギターをかかえて答えた。
「ようし、いっけー!」
 炎と雷鳴を轟かせながら、二人は歌いだした。
 その歌は、新田実の耳にも届いていた。
 動かなくなっていく身体を酷使して、なんとかモンスターのいない方向へと這い進んでいったのだが、それが裏目に出てしまっていた。丘の中央の篝火に近づいてしまったのだ。今や、それはモンスターたちよりも確実な死の象徴だった。
 なんとか逃げなければ、焼き殺されてしまう。だが、救援がきたようではあるから、なんとかはなりそうだ。どうせならタマに助けられたいと思いながらも、それはないだろうと新田実は勝手に決めつけた。
「いたいた、みのるん、早くこっちへくるのですよー」
 狭山 珠樹(さやま・たまき)は、巨大に成長した青い炎の前に倒れている新田実を見つけて、あわてて手招きした。このままでは、炎に呑み込まれてしまう。
「行きたくても、行けないんだよ。見れば分かるだろうが!」
 尻餅をついたまま、新田実は言い返した。まさか本当にパートナーが助けにきてくれたとは、嬉しいのに、口からは正反対の言葉がもれてしまう。
「そ、そうだったですね。今、助けますよ」
 言いつつも、狭山珠樹はなかなか新田実の許へ行こうとはしない。それが、新田実には気にくわなかった。助けてくれるのなら、なんですぐにここへこない。
「どうせ、他の奴のついでで助けにきたんだろ。ミーのことはもういいから、早く別な誰かを助けに行けばいいじゃないか」
 新田実は叫んだ。本当はすぐにでも助けてほしいのに……。はっきり言って、これでは子供の駄々だ。
 だが、死の炎は、すぐ後ろまで迫っていた。
「だめ……、だめー!!」
 意識よりも、身体が動いた。狭山珠樹は飛び出すと、新田実の身体を乱暴につかんだ。そのまま有無をも言わせず、引きずるようにして炎から引き離す。
「いてててて。何をし……」
 狭山珠樹の手を振り払おうとして、新田実はその動きを止めた。微かな震えが、その身体に伝わってくる。
 そう言えば、タマは火事が苦手だった。昔家族が……。
 新田実は、ぎゅっと狭山珠樹の腕を握りしめた。
「これを」
 狭山珠樹が解呪符を新田実に手渡した。身体の自由が戻る。
「さあ、逃げようぜ、タマ。俺が一緒だ!」
 新田実は、狭山珠樹の手をとると走りだした。
 
    ☆    ☆    ☆
 
「さすがに、この状況は面白い。とはいえ……」
 緑色のマントの裾を翻しながら、エリオット・グライアス(えりおっと・ぐらいあす)は無造作に進んでいった。隣には、ウィルネスト・アーカイヴス(うぃるねすと・あーかいう゛す)がいる。
「ファイエル!」
 ときどき襲いかかってくるスケルトンは、ファイヤーボールで薙ぎ払う。
「これだけの仕掛け、簡単にできるとは思えないが、謎解きはまた今度というところか。なにしろ、こちらが押しているとはいえ、周到さではこちらがいささか分が悪いようであるからな」
 敵の殲滅は必要だが、それはあくまでも手段でしかない。目的は、パートナーの救出だ。
 だが、ウィルネスト・アーカイヴスの目的は、いささか手段と入れ替わっていたようだ。
「今日は、虫もいない。スライムもいない。ふふふふふ……、イルミンに俺ありと謳われた、紅蓮の暴走魔ここに参上!」
 夜の闇にエメラルドの瞳を輝かせて、ウィルネスト・アーカイヴスは不敵に言った。
「右にサラマンダー……」
 呪文とともに、開いた右手のひらの上にオレンジ色の火球が生まれる。
「左にフェニックス……」
 今度は、開いた左手のひらの上にエメラルドグリーンの火球が生まれた。
「英知の輝きは不滅の炎となりて、滅すべき者を灰燼(かいじん)へと帰する」
 ウィルネスト・アーカイヴスは、両手の間で二つの火球を合わせた。一つとなった火球が、白熱する。
「舞い踊れ閃火(せんか)よ、邪なる者に浄火の祝福を!」
 一気に火球を押し出すと、それはいくつもの小さな火球に分裂し、輝く光の尾を引いて氷の魔獣の身体に全方向から突き刺さった。そして、内部でまた一つに合わさり、激しい爆発で魔獣を粉々に打ち砕いて周囲に飛び散った。
「はあ、すっきりした」
 満足そうに、ウィルネスト・アーカイヴスは大きく息を吐き出した。
「馬鹿、ウィル、やり過ぎだ。俺まで消し炭にするつもりか」
 すぐ近くに飛んできて未だに燃えている炎を横目で見ながら、ヨヤ・エレイソンが叫んだ。
「いたのか」
 しれっと、ウィルネスト・アーカイヴスは言った。
「大火事になる前に、俺を解毒してくれ、早く。何が嫌だって、お前に焼き殺されるのだけはまっぴらだ!」
「うーん、もうちょっと暴れたかったのになあ」
 しぶしぶ、ウィルネスト・アーカイヴスは、ヨヤ・エレイソンを助けにむかった。
 エリオット・グライアスは、そのそばにパートナーの姿を見出した。
「いたか、フロイライン・ウェインレイド。さあ、一緒に帰るとするぞ」
 片膝をつくと、エリオット・グライアスは、やっと発見したメリエル・ウェインレイドに解呪符を手渡した。その隙を突いて、スケルトンが襲いかかってくる。
「エリオットくん!」
「アイスヴァント」
 エリオット・グライアスは、あわてず騒がず、左手をクイと上にむけた。地面から飛び出すように、分厚い氷の壁が現れる。スケルトンの振り下ろした剣が、がつんと氷壁に食い込んで止まった。
「お化、お化、お化け……」
「心配ない。さあ、さっさと、解毒する」
 あたふたするメリエル・ウェインレイドをたしなめつつ、エリオット・グライアスは氷壁をぐいと押した。あっけなく倒れた氷壁が、スケルトンを下敷きにして粉砕した。
「よし。長居は無用」
 エリオット・グライアスは立ちあがると、パートナーにそう言った。
「でも、まだ他の人たちが……」
 すぐそばに倒れている漆髪月夜とグレッグ・マーセラスをさして、メリエル・ウェインレイドが言った。
「解呪符は、パートナーの分しかもらってないのでな。だが、それなら心配することもないであろうよ、じきに……」
 エリオット・グライアスが言いかけたとき、ソニックブレードの剣圧が炎の魔獣を消し飛ばして近くを飛んでいった。
「どけどけどけ! 月夜、どこだ!!」
 容赦なくモンスターを蹴散らしながら樹月 刀真(きづき・とうま)がこちらへむかってくる。
「これ、少しは落ち着くのだ」
 暴走気味の彼のすぐ後ろを、姫神 司(ひめがみ・つかさ)が追いかけていた。
 二人の行く手に、今度は氷の魔獣が立ちはだかった。繰り出される氷の爪を、すかさず樹月刀真が受けとめる。そこへ、魔獣がアイスブレスを吐きかけようとした。
「我は願う、冷たき御手も我らが熱き魂を凍えさすことかなわず。我が行く手を、氷雪が閉ざすことかなわず!」
 姫神司がアイスプロテクトを唱えた。二人をつつむ温かな氣が、敵の冷気を跳ね返す。
「砕け散れ!」
 二本の剣が、氷の魔獣を粉々にした。
「おおい、こちらであるぞ」
 エリオット・グライアスが、二人を手招きした。
「月夜、心配したぞ」
 心底ほっとしたように、樹月刀真が言った。すぐさま、解呪符を渡す。
「すいません、守護天使であるのに守っていただくとは」
 解呪符で麻痺を中和しながら、グレッグ・マーセラスが姫神司に言った。
「なあに。騎士が戦って人を守るのであれば、守護天使は、戦わずして人を守るのではないのかな。わたくしは、いつも、そなたに守られておるからな。おあいこであろう」
 姫神司は、そう答えた。