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ワルプルギスの夜に……

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ワルプルギスの夜に……

リアクション

 
    ☆    ☆    ☆
 
 回路がまったく反応しない。鉄九頭切丸は、未だ稼働できないままだった。かろうじて、センサーだけは反応する。けれども、そこに映る物は敵の姿だけだ。
 いや、変化がある。
 蠢く炎の魔獣の姿が、一瞬にしていくつか消え去る。敵の間を、白い蛇のような物が逆巻きながら移動していた。そのデータには、メモリと合致する物がある。
「九頭切丸、どこにいるの?」
 水無月 睡蓮(みなづき・すいれん)は、パートナーを求めて周囲に視線を配った。
 九頭切丸は、身体を動かして自分がここにいることを伝えようとした。だが、先ほどから全身がピクリとも動かない。彼のすぐ背後には、すべてを焼き尽くす青い炎が迫っていた。
 自分はここにいる。なんとかしてそれを睡蓮に伝えたい。それを伝えなければならない。
 そのとき、右手だけが奇跡的に動いた。高々とそれを突き上げて水無月睡蓮に手を振る。
 青き炎の前に浮かぶ漆黒のシルエット。水無月睡蓮は、探していたパートナーを見つけた。
「九頭切丸!」
 急いで駆けよろうとする彼女の行く手に、炎の魔獣が立ち塞がった。
「水流陣」
 水無月睡蓮は、自らの銀髪を腕に巻きつけると、炎の魔獣の方へむけた。その腕から螺旋を描くようにして、水龍神の姿を模した水流がほとばしった。炎の魔獣を呑み込むかのように直撃し、水蒸気とともに魔を消し去る。
「動いて、九頭切丸!」
 まさに青い炎に呑み込まれようとする鉄九頭切丸に、水無月睡蓮は解呪符を貼りつけた。そのまま二人とも炎に焼かれるかと思われた瞬間、鉄九頭切丸が弾けた。一瞬にして水無月睡蓮の身体をかかえ、迫りくる死の炎から脱出した。
「!!」
 立ち塞がる氷の魔獣を左腕の一振りで粉砕し、鉄九頭切丸はそのまま安全地帯にむかって走っていった。
 
「未羅ちゃんと未那ちゃんの自由と平和は、あたしが護るんだから!」
 姉と慕ってくれる朝野未羅と朝野未那との間に立ちはだかるスケルトンにむかって、メイド服姿の朝野 未沙(あさの・みさ)は大声で怒鳴りつけた。斬りかかってくるところをハルバードで受けとめると、身を沈め、オーバーニーソックスに覆われた脚で回し蹴りを見舞う。
「はいはい。ゴミは散らかしちゃだめだよー」
 倒れたスケルトンをハウスキーパーでバラバラにすると、竹箒で掃き出して青い炎の中へと放り込んだ。灰も残さずに、骨の山が焼却される。
「お姉ちゃん……」
「さあ、急いで」
 解呪符を手渡して、朝野未沙は妹たちに手をさしのべた。
「火が、火が……」
 火を怖がる朝野未那が、強い力で朝野未沙の腕にしがみついた。
「大丈夫、大丈夫よ、未那ちゃん。さあ、ゆっくりと立ちあがって。そう、歩ける?」
「うん」
「じゃあ、行きましょう」
 なんとかうなずく朝野未那に、朝野未沙は肩を貸しながら歩きだした。だが、朝野未那は相当参っているようだ。
「そうだ、未羅ちゃん。競争をしない?」
「えー、なんでこんなときになの?」
 唐突に言われて、朝野未羅は戸惑いを隠せなかった。
「でもやるでしょ?」
「うん」
 再度言われて、朝野未羅は素直に首を縦に振った。お姉ちゃんの言うことだから、悪いことのはずがない。
「足を紐で結ばないけれど、三人四脚ね。さあ、準備はいい? 行くわよ。よーいどん!」
 朝野未沙のかけ声で、ぐったりした朝野未沙を左右からかかえた二人は、追いくる炎から全速力で離れていった。
 
「イライザ、どこにいる」
 レーゼマン・グリーンフィール(れーぜまん・ぐりーんふぃーる)は、念のためとテーブルの下にまで入り込んで小柄なパートナーを探した。
 だが、あちこちにモンスターが徘徊しているときに、そんな行為は無謀だ。すぐにそれを見た炎の魔獣がやってきた。大きく上体を持ちあげると、テーブルにのしかかるようにして押し潰す。当然、テーブルも、その下にいたであろう者も、炎に焼かれて灰になった。
 そのはずであった。
「所詮は、自分の死角も認識できない擬似生命体か」
 敵の認識能力を利用して攪乱したレーゼマン・グリーンフィールは、回り込んだ敵の後ろから小型のグレネードを放り投げた。爆発と言うほどではないが、ボンという音とともに白い粉が大量に周囲に飛び散った。
「化学消火弾だが、エレメント依存のおまえたちには効くだろう。さて、本当にイライザはどこにいるのやら」
 炎を消されて消滅した炎の魔獣から離れると、レーゼマン・グリーンフィールは急いでイライザ・エリスンを探した。他の学生たちは、パートナーである機晶姫たちを回収しているのに、自分だけ手間取ってしまっている。
「レーゼ……」
 微かな声が聞こえた。
「そこか!」
 やっと場所を特定すると、レーゼマン・グリーンフィールはパートナーの許へ走った。
「よかった。動けるか」
「申し訳ありません。現在移動は実行不可能です。最後に会えてよかったです。危険です。私はこのままお見捨てください」
 迫る篝火の死の炎を暗に示唆して、イライザ・エリスンは答えた。
「何を言っているんだ。まだ情報認識が甘いな」
「しかし、わたくしと一緒では、レーゼがお困りに……」
「ああ、困るだろう。イライザが一緒に来てくれないとな、私は困る」
 そう言うと、レーゼマン・グリーンフィールは解呪符をイライザ・エリスンのボディに貼りつけた。機晶姫の自由を奪っているものが、呪術的な呪いなのか、ナノマシンなどによるシステム障害なのかは分からないが、この解呪符で人間の解毒同様の効果があるはずだ。
「動けるか」
「はい」
 元気に、イライザ・エリスンは答えた。
「では、戦線を移動する。同行せよ」
「了解しました、レーゼ」
 
「おお、本当にこんなとこにありやがった。まったく、いつの間にこんなとこに放置されたんだ」
 南 鮪(みなみ・まぐろ)は、テーブルに突っ込んで横転しているハーリー・デビットソンを見つけて首をかしげた。
 なんだか、パートナーが集められて大変なことになってるから一緒に来いと言われて拉致られたのだが、未だに何が起きているのかよく分かっていない。ただ、パートナーであるハーリー・デビットソンがガレージから姿を消していたのは確かだったので、一応探しに来たというところだった。
「チッ、エンジンがかからねえ。いったいどうなってるんだよ」
 しかたなく、南鮪はハーリー・デビットソンを手で押していった。
 だが、そんな彼の背後に、すべてを焼き尽くす炎が迫っていた。
「なんだか、熱いな。うお、俺の波羅蜜多ツナギの裾が、燃えてる、燃えてるぅ!!」
 南鮪はあわてて全力でハーリー・デビットソンを押して走りだすと、燃え移った火をはたいて消し止めた。
 だが、すでに丘の半分ほどを焼き尽くした篝火は、なおも拡大しながら追ってくる。
「やべえ、こりゃ、やべえよ。おい、このポンコツ、いいかげん動きやがれ!」
 南鮪はハーリー・デビットソンをばんばんと叩いた。だが、そんなことで動くはずもない。
(ち、違う、ぺたっ、してくれ〜。べたっを〜)
 ハーリー・デビットソンは声にならない声で叫ぼうとしたが、どうにもならない。
「そう言えば、なんか駐禁切符みたいのもらったな。これを貼れとかなんとか言ってたみたいだが。あー、わかんねー。わかんねーから貼ってやる」
 南鮪は、解呪符をハーリー・デビットソンに貼りつけた。
 ドゥルルルルルルルルルルル……(やったね)。
「お、エンジンがかかった。よし、行くぜ行くぜ行くぜ!!」
 南鮪はハーリー・デビットソンに飛び乗ると、一体と化して走り出した。
 そのまま逃がさないとばかりに、氷の魔獣が行く手に立ち塞がった。
「なんだ。いい度胸じゃねえか。ときやがれ。どかないんなら、やるぜ、相棒」
 南鮪がハーリー・デビットソンのスロットルを全開にした。同時に、ハーリー・デビットソンの側面から、カルスノウトが真横に展開する。
「やれ、爆炎波だ!」
 ブィィィィンドゥンドゥンドゥン!
 剣が炎につつまれた。そのまま、敵の攻撃をウイリーで躱すと、叩きつけるようにして氷の魔獣の身体を炎の剣で切断する。
「よし、このまま突っ走るぜ。おや?」
 南鮪は、他のバイクのエンジン音を耳にして、そちらへむかって走っていった。
 
    ☆    ☆    ☆
 
「ほら、いつものように、ふらふらと動くのだ……」
「無理言わないでほしいですわ……」
 セシル・ライハードは、オリヴィエ・クレメンスの靴の裏に両手をあててなんとか彼女を押し出そうとしていた。炎が、すぐそこまで迫っていた。なんとか、彼女だけでも、遠くへやって、時間を稼ぎたいと思う。そうすれば、きっとパートナーであるシャーロット・マウザー(しゃーろっと・まうざー)が助けに……。
「それは、ないか」
 へたな期待をだかない方がいいと、セシル・ライハードは自分を戒めた。
「何が、ないんですの。ああ、こちらを見ちゃだめですわ」
 セシル・ライハードのつぶやきに聞き返したオリヴィエ・クレメンスは、彼が視線をこちらにむけるのをあわてて制止した。今の態勢では、まともにスカートの中をのぞかれてしまう。
「そんな物気にしてられる状況では、ないだろうに」
 もう一度、腕に力を込めようとセシル・ライハードは努力した。
「気にしますわ。ああ、誰か通りかかってくれないでしょうか」
 そのとき、二人の方へ足音が近づいてきた。
「助かりました、そこの人助けて……ひええええ」
 声をかけようとした人物から、ケタケタケタと乾いた笑い声が響く。こちらへやってくるのはスケルトンだ。
「何もできずにやられるわけには……」
 セシル・ライハードは立ちあがろうとしたが、それができるのであればここまで苦労はしていない。
「だめなのか」
 彼が覚悟を決めたとき、ふいに閃光が輝いた。
「悪しき者は、ナラカの闇へ堕ちるべし。輝きに映し出された自らの影に沈め」
 バニッシュを唱えているのは、聞き覚えのある声だった。
「シャーロット!?」
 オリヴィエ・クレメンスが、素っ頓狂な声をあげた。彼女に襲いかかろうとしていたスケルトンは、その足許に現れた光の穴にストンと落ちて消滅していた。
「助けにきましたですぅ。はい」
 シャーロット・マウザーは、解呪符をオリヴィエ・クレメンスにぺたりと貼りつけた。
「動けますわ!」
 オリヴィエ・クレメンスが、元気よく飛び起きた。勢いがよすぎて着地のときに広がるスカートを、あわてて手で押さえる。
「見ましたわね」
 じろりと、倒れたままのセシル・ライハードを睨む。
「不可抗力だ、いや、濡れ衣だ」
「シャーロット、セシルなんかほっといて早く帰りましょう」
 セシル・ライハードの返事に、オリヴィエ・クレメンスがそっぽをむく。
「こらこらこら。早く助けるのだ。まじ、熱い、燃える、死んじゃいます」
 セシル・ライハードが哀願した。
「はい、ぺたっ」
 すぐに、シャーロット・マウザーが解呪符をセシル・ライハードに貼った。
「ふっかーつっっっ!」
 飛び起きたセシル・ライハードが、あわてて炎から逃げだす。
「感謝いたします、シャーロット・マウザー」
 格好をつけて、セシル・ライハードがシャーロット・マウザーに深々とお辞儀をした。けれども、彼もオリヴィエ・クレメンスも酷い格好だった。せっかくお祭り用にコーディネートした一張羅は、どこもかしこも泥だらけだ。おしゃれなミニシルクハットとコロネットもゆがんでしまっている。
 おやと、セシル・ライハードは変なことに気づいた。シャーロット・マウザーはいつも通りの可愛い純白のロリータファッションだが、彼に負けないくらいにあちこち汚れたりかぎ裂きができていたりする。ここにくるまで戦闘をしてきたせいであるのだろうが、でも、そうすると相当の激戦をくぐり抜けてきたのではないのだろうか。
「私たちを助けにここへくるまで、苦労なされたのでありましょうな」
「そんなことないよ」
 いつもと変わらぬ調子で、シャーロット・マウザーが明るく答えた。
「承知いたしました。帰り道は、不肖セシル・ライハード、御先導させていただきます」
 セシル・ライハードは、優雅に己のパートナーに一礼した。
 さっそく、生き残りのスケルトンが行く手に現れる。
「集え、我が情熱の炎。我が道を阻む者、その存在をゆるさじ。さあ、我が魔力の前にひれ伏すがよい!」
 オーバーアクションで呪文を唱えると、セシル・ライハードは敵めがけて火球を放った。狙い違わず、スケルトンが爆発で吹き飛ばされる。
「お待たせしました。道はあけさせましたので、どうぞお通りください」
 セシル・ライハードは、そう言ってシャーロット・マウザーたちをエスコートしていった。