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空賊よ、風と踊れ−フリューネサイド−(第2回/全3回)

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空賊よ、風と踊れ−フリューネサイド−(第2回/全3回)

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序章 はじまりは蜜楽酒家



 【蜜楽酒家】
 タシガン空峡のとある小島に存在する酒場である。一帯を根城にする空賊たちが集まるため、連日連夜この店は多くの人でごった返しているのだった。集まる人間の人種や種族は千差万別。芸者のような和装の人物もいれば、火吹き芸を披露するインド人もいたりする。ここはあらゆる文化を受け入れる器広き酒場なのだ。

 屋根裏部屋からレン・オズワルド(れん・おずわるど)が降りて来た。
 空賊として名を上げることを志す彼は、屋根裏部屋を間借りしている。
 賑やかな店内を見回すと、サングラスの奥の紅い瞳が、テーブルに荷物を広げている相棒の姿を見つけた。
「メティス、【戦艦島】の情報は集まったか?」
「ええ、レン。頼まれていた情報はある程度整理が終了しました」
 パートナーのメティス・ボルト(めてぃす・ぼると)はそう答えた。
 彼女の周りには、なんとも言いがたい異様な空気が漂っていた。空賊たちはメティスの姿を見るなり、驚愕の声を漏らし、次の瞬間には目をそらして何も見なかったことにして通り過ぎていく。
 無理もない。彼女は中世の拷問器具、鉄の処女(アイアンメイデン)の中に閉じこもっているのだ。曰く、何かに包まれてないと落ち着かないとのこと。おかげで、周りの空賊たちが落ち着かない様子である。
「戦艦島の目撃情報から空路を割り出しておきました」
「……思いのほか、遠いようだな。俺たちの到着は夕刻になるか」
 周囲の空賊のどよめきには気にせず、レンは渡された空峡の地図に視線を落とした。
「それから、疑問でした戦艦島が最近になって発見された理由ですが……」
「何かわかったのか?」
「どうやら、逮捕された【ブル・バッドマックス】が原因だったようです。バッドマックス空賊団が交易ルートを荒し回った結果、商会が新しい交易ルートを開拓するため調査に乗り出したそうです」
「その課程で発見されたものだと?」
「ええ、戦艦島のある空域は気流が安定しない区域で、ほとんど調査が行われていなかったと聞きました。このほど調査が行われ、未踏の遺跡が存在する浮遊島が発見されるに至った、というのが経緯のようですね。余談ですが、バッドマックス空賊団の壊滅により、新ルートの開拓計画は凍結したそうです。戦艦島のある空域も安全性に難があり交易ルートには適さないとの結論が出た、と……」
「悪事が新発見を生むか……、なんとも笑えない話だ」
 レンはため息まじりに呟き、生徒たちの到着を待った。


 ◇◇◇


 店内には、すでに到着した生徒たちの姿がチラホラと見受けられた。
 御凪真人(みなぎ・まこと)もその一人だ。
 相棒のセルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)と肩を並べ、人で溢れる広間を歩く。
「……まったく、確認せずに依頼を受けるなんて、何をやっているのですか」
「だって同じヴァルキリーだし、ほっとけないじゃない」
 真人に咎められると、柔らかそうな頬を膨らませ、セルファは小さな唇を尖らせた。
 どうやらこの二人、依頼を同時に受けてしまったようだ。
 真人がヨサークからの依頼を受け、セルファが【マダム・バタフライ】からの依頼を受けた。
「気持ちはわからなくもありませんが、両陣営に迷惑をかけるわけにはいかないでしょう?」
 はあ、とため息を吐いて真人は結論を出した。
「……仕方がありません。中立の立場を取ります。気が引けますが、双方に手を貸しましょう」
 両陣営への公平な情報提供と、空峡を騒がせる危険因子【空賊狩り】に対する警戒だ。
「うん、それしかないわよね。それじゃ、皆が到着する前に情報を集めておこうか」
「はい。そして、集める情報についてなんですが、一つ俺の中で引っかかることがあるんです」
「えーと……、やっぱり空賊狩りのこと?」
 視線を漂わせるセルファに、真人は首を振った。
「それも気がかりですが、違います。気になるのは【ユーフォリア】の噂の出所です。元々は夢物語の中で語られる秘宝だったとか、それが近年になって現実に存在すると噂が流れた……。それに今回の件も出来過ぎてるとは思いませんか。フリューネとヨサークがほぼ同時期に戦艦島の情報を得ています。まるで誰かが二人の行動を操っているような……」
「真人の考え過ぎじゃない?」
 しかし、用心するにこしたことはない。先ほどマダムから聞いた話だと、ユーフォリアの噂話の出所はわからないが、何年か前に店で働く芸者から聞いた気がすると教えてくれた。
「……ユーフォリアの噂の出所ねぇ」
 とある空賊団の宴会に、件の芸者は花を添えていた。
 他人の銭で酒を飲むのが彼女の信条であるらしく、日本酒を盃に浮かべて飲んでいる。
「ええ、あなたはどなたからユーフォリアの噂を聞いたのですか?」
 真人が尋ねると、芸者の姐さんは紅い唇の端を歪めて微笑んだ。
「どなたもなにも、あたしの隣りで酔ってる旦那から聞いたよ」
「ん? ああ、ユーフォリアの話か、たしかに俺が姐さんに言ったが……?」
 その空賊団の長らしき男が答えた。
「ええと、じゃあ、おじさんは誰から聞いたの?」
「おじさんって……、まあいいけどよ。ホラ、後ろの席で一杯やってる空賊、あいつから聞いたよ」
 セルファの一言に顔をしかめつつも、彼は別の空賊団に所属する男を指差した。
「……あの、もう一つ伺ってもよろしいですか?」
 ヨサークに戦艦島のことを教えた人間に心当たりがないか尋ねた。
「さあ。ただ言えるのは、ここは誰がどんな情報を交換しててもおかしくない場所、ってことくらいかねぇ」
「……そうですか。宴会中に失礼しました」
 ヨサークに情報を提供した人間を突き止めるのは難しそうだ。
 ユーフォリアの噂の出所に絞り、噂の流れを追った二人だったが、こちらも壁に突き当たってしまった。20人ほど遡ると、またマダムに戻ってしまったのだ。がっくりと肩を落とす真人であったが、同時にこの結果に疑問を抱く。一周することがありえるだろうか……と。
 深く考えを巡らせる真人を、セルファは心配そうに見つめた。


 ◇◇◇


「空賊狩りの噂デスか?」
 尋ねられたインドの火吹き芸人は、皿のような目を見開いた。
 浅黒い肌に彫りの深い整った顔立ち、なかなかハンサムな男性である。年は三十過ぎぐらいであろうか。吸い込まれそうな大きな瞳と、ピクリとも頬を動かさない鉄壁の無表情、何の感情も彼からは読み取れなかった。
「ええ、空賊狩りの容姿や戦闘能力について知りたいのです」
 質問したのはホウ統士元である。
 彼もまた先行した生徒の一人。インド人に負けず劣らずのギョロ目がじっと見据える。
「出来れば、実際に空賊狩りに襲撃されたかたにもお話を伺いたい。どなたかご存知ありませんか?」
「残念デスが空賊狩りにツイテ、ワタシがお話できるコトあんまりアリマセン。空賊狩りに襲われたヒト、ミンナ死んだ聞いてマス。姿を見た人いないデス。タダ、襲われた船に、獣の爪痕アッタ聞いてマス」
 カレーを食べている最中だった彼は、スプーンを空中に浮かべたまま答えた。
「……爪痕ですか。となると、空賊狩りは近接戦闘を得手とするようですね」
 うむむ、とホウ統は唸った。
 壊滅した空賊団の中には30名以上の大規模な集団もいたと聞く、いささか常軌を逸した戦闘力だ。
 思索を巡らせる彼に、ふと声がかけられた。
「よう、ホウ統。役に立ちそうな情報は手に入ったか?」
 ホウ統の契約者、風祭隼人(かざまつり・はやと)だ。
「ほぼ情報がないのが情報といった感じですね。そちらの首尾はいかがですか?」
「うーん、こっちでも大した情報は得られなかったな……」
「お役に立てナクテ、スミマセン」
 インド人は鉄壁の表情を崩さぬながらも、申し訳なさそうな口調で二人に言った。
「あ、いや、別にあんたが悪いわけじゃないし、謝んなくてもいいって」
「ア、そう言えば、空賊狩りの噂よく聞きマス。ケド、雨の日に船襲われたって話聞かないデスネ」
「……雨の日? それは雨天の時には被害報告がないということですか?」
 ホウ統の問いに、インド人はこくりと頷いた。
「……そう言えば、空賊狩りは晴れの日に派手に暴れてるとかなんとか」
 一人で情報を集めている時に、隼人も似た話を耳にしていた。
「きっと、空賊狩りも雨の日はお休みスルんデスヨ」
 もう少し情報を集めたほうがよさそうだ。隼人とホウ統は席を立つ。
「……ワタシ、インドの家族に仕送りスルため、ココで働いてマス」
 むんずとホウ統の服を掴み、インド人は身の上話を語り始める。
 彼にとって二人は久しぶりに見つけた自分の話をまともに聞いてくれる相手であった。
「ワタシ、国に帰りたいデス……」
 隼人とホウ統は顔を見合わせた。面倒くさい奴に捕まってしまった、と。

 気が付けば、店内に多くの生徒の姿が見受けられた。
 マダムと挨拶を交わし、必要な準備を整えたあとは、いよいよフリューネの待つ戦艦島に出発だ。