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空賊よ、風と踊れ−フリューネサイド−(第2回/全3回)

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空賊よ、風と踊れ−フリューネサイド−(第2回/全3回)

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第5章 ユーフォリア争奪戦・前編



 戦艦島の中央に、とある遺跡がある。
 大きさは比較的小規模だ、地上三階ほどの高さしかない。外観は普通に見る分には特徴がないが、上空から見ればその特別性がわかる。平らな屋根には、鏖殺寺院の紋章が刻まれているのだ。上から見ればハッキリわかるが、屋根の上にいると単なる傷と見落としかねないほどの、些細な意匠である。
 さて、この中央遺跡にいち早く到着したのはフリューネか、ヨーサクか……。
 それとも『第三勢力? Exactly、島村組です』の皆さんだ。
「おっ宝、おっ宝〜! どっこかいなぁ〜!」
 リーズ・ディライド(りーず・でぃらいど)の能天気な声とともに、重厚な石の扉は開いた。
 遺跡は数千年ぶりに新鮮な空気を吸った。しんと音を反響する内部は、暗闇によって隠蔽されていた。上方に採光用の小さな窓があるが、この暗黒とした様相を見るにつけ、機能していないように思える。
「急いでユーフォリアを手に入れんとなぁ……、どっちかに先にゲットされたら計画がオジャンやし」
 リーズの契約者、七枷陣(ななかせ・じん)が呟くと、隣りの少女が優しく声をかけた。
「流石にすぐ見つかるわけではありませんし、焦りは禁物ですよ、ご主人様」
 彼のもう一人の相棒、小尾田真奈(おびた・まな)だ。
「ともあれ、灯りが必要ですね。待ってください、今、光精を呼び出します」
 リュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)は光精の指輪をかざした。
 指先から溢れた光が収束し、柔らな光を放つ精霊が傍らに現れた。続いて、アスクレピオス・ケイロンも光術で創造した光球を部屋に飛ばし、照明を確保する。すると、内部に様々なものが見えてきた。
「すぐ見つからないと言いましたが……、意外にすぐ見つかりましたね」
 真奈が指差す先には、台座に乗せられた石像があったのだ。

 どうやら部屋はこの大広間だけのようだ。
 中央に例の石像が置かれた台座があり、壁の一面にはなにやら文様が装飾されている。見上げると、天井は高く作られているのがわかる。上のほうがよく見えない。横には階段がある。おそらく屋上に続くものだ。
 リュースとピオスは、まず壁の文様の調査を始めた。
 壁に描かれているのは、おぼつかない形状の黒と赤の円が並んだ文様だ。
「……う、うーん、困りましたね。わかりません」
 リュースは途方に暮れていた。博識を自負する彼であるが、この文様はさっぱりだ。
「ピオスさん、どうですか、何かわかりましたか?」
「来る前に古代シャンバラ史は予習して来たんだが……、美術史のほうは手を付けてなかったな」
「線の感じからすると、きちんと計算されて描かれているようなんですが……」
 二人して壁の前で唸っている。
「まあ……、一応記録しておく。あとから何かわかるかも知れねぇーからな」
 リュースの光精に照らしてもらい、ピオスはカメラにその壁画を納めた。
 他の調査対象を探し、きょろきょろしていたリュースは、何気なく天井を見上げた。闇が溜まった天井に、なにかが見えたような気がする。光精を飛ばして、天井を観察した。
「こんなところにも、壁画が……」
 そこには円を描くように図形が並んでいた。
「この並びと形状はおそらく……、月の満ち欠けの変化を表したものでしょうか……?」

 リュースが天井の撮影を始めた頃、島村幸が石像を見上げて思案していた。
 石像の大きさは幸の身長と同程度だ。形状は人間の形をしているが、背中に翼のようなものが見える。と言う事は、ヴァルキリーか守護天使を模したものだろう。色は黒い。着色した痕跡はないので、黒い石から掘り出したと思われる。腐食が進んでるため、細部がどうなっているのか、男か女かすらよくわからない。
 黙視で、幸にわかるのはこれぐらいだ。
「幸さん、もう好きに調べてええで。罠とか仕掛けの類いはなさそうや」
 トラップチェックを担当する陣とパートナー達は、幸に笑顔を向けた。
「ありがとうございます。では、さっそく……」
 ぺたぺたと石像を触診してる間、陣たちも博識を披露しようと頑張っていた。
「にはは、三人よれば珍獣の知恵だよ!」
「文殊の知恵、な」
 どうやら博識は期待出来なさそうだ。
「鑑定が終わりました。おそらく約5000年前のもの……、古王国時代の品です」
 幸はそう言うと、それ以外の事はわかりません、と付け加えた。
「じゃあ、これがユーフォリアか?」
「誰よりも速く天を駆ける力を授けるとの噂です。飛空艇にくくりつけて実験してみましょう」
 眼鏡を煌めかせる幸の顔は、今すぐ取りかかりたそうである。
「じゃあ、屋上に運びましょう。もうすぐ誰かやって来そうな予感ですぅ」
 メイベル・ポーターは、階段を指差しながら提案した。
「……歌菜の報告だと、フリューネ組にもトレジャーセンスの持ち主がいるようですからね」
 リーダーである幸が許可すると、メイベルは石像を運ぼうと掴む。見た目より重くなかったが、それでも乙女には厳しい。セシリア・ライトとフィリッパ・アヴェーヌも手伝う。
「あ、あの誰か手伝ってください〜」


 ◇◇◇


「なら手伝ってやろうか。ただ、そいつは俺がいただくけどな」
 朝霧垂(あさぎり・しづり)が腕組みしながら現れた。
 メイド服を纏った彼女は、ローグだけどメイド、と言う二律背反な設定の持ち主だ。
 その背後から、相棒のライゼ・エンブ(らいぜ・えんぶ)夜霧朔(よぎり・さく)も続く。白いワンピースを着た女の子がライゼ。その隣りでパワードスーツを着用してるのが朔である。
「朔、見たもんは全部記録しておけよ。教導団に戻ったらチェックするからな」
「わかりました、垂さん」
 彼女は返答すると、壁の文様をメモリープロジェクターに記録し始めた。
 垂たちは当初マダムの依頼を受けた生徒としてやってきたが、島に着くなり別行動を取った。彼女たちの使命はユーフォリアを教導団に持ち帰ること。空賊の手に渡すより、教導団で保管するべきと考えてる。
「どうやら、あなた達もユーフォリアを狙っているようですね」
「だったら、おまえらはどうするんだ?」
 微笑を携えた幸に対し、垂は挑戦的な視線を送り対峙する。
 とそこへ、もう一つの勢力が登場するのだった。
「ハーハッハッハッハ! 皆さん、お待たせしました! お待ちかねの俺がやってきましたよーっ!!」
 一同は、高笑いの聞こえるほうを見た。
 そこには、小窓の縁にしがみついたクロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)の姿があった。
 目元を白いマスクで隠し、黒いマントを闇にはためかせる姿は、怪盗。怪盗と呼ぶに相応しい。だが、今回登場した彼は、白マスクの上にさらにサングラス、そして口元をカラスマスクで覆ってる。
「ハーハッハッハッハ! ……ええと、ちょっと待ってくださいね」
 ヒーローのお約束として高所から登場するのは、譲れない彼のスタンダードである。
 だが今回、下りるのに手間のかかる場所だった。石壁の継ぎ目を伝い、10分かかって下りてきた。
「……何をやっとるのだ」
 下では、二人のパートナーが待ちくたびれていた。
 彼らは、フリューネ一行に潜伏していたマナ・ウィンスレットとシャーミアン・ロウである。鏖殺寺院の紋章のある遺跡、の情報を得て、フリューネを探しにいった生徒に紛れて消えたのだ。幸い、マナが空飛ぶ箒を用意していたため、遺跡の発見は容易だった。ちなみに彼らも、クロセル同様の扮装を行っている。
「あ……、あなたもユーフォリアを狙っているんですか?」
 リュースが若干、戸惑いながら訊くと、クロセルは不敵に笑った。
「愚問ですね、空賊に秘宝を渡すわけにはいかないでしょう?」


 ◇◇◇


 そして、三つどもえの戦いが始まった。
 誰よりも早く動いたのは、垂だ。
 彼女は右手を閃かせると、クロセルの顔面をダークネスウィップで打ち付けた。スパァンと痛快な音が鳴り響き、彼は無言で顔面を押さえたままうずくまってしまった。泣いているのかもしれない。
 登場シーンは彼的に合格点だったものの、その先のことはあんまり考えてなかった。まさか戦闘になるとは想定してなかったのだ。思案に耽っている所をスパァンいかれたわけである。
 マナとシャーミアンも、応戦するべきかと一瞬考えたがやめた。
 よく考えたら、武器も防具も持って来てなかったのだ。戦ったら間違いなくお医者さんのお世話になる。
 そして、三つどもえの戦いが終わった。ここからは『島村組』対朝霧垂をお届けします。

「幸さん、メイベルちゃん……、ユーフォリアを運び出してや」
「この場は、オレと陣くんで引き受けます。行って下さい、またあとで合流しましょう」
 陣とリュースは肩を並べ、彼女たちの背中を守る。
「真奈! ケンカは最初が肝心や! キッツイの一発かましたれ!」
 振り返らすに陣が言うと、後方でなにやらガサゴソやってた真奈が、どんと床に機関銃を設置した。クロセルが作ってくれた空白の10分間(人生のエアポケット)に、地道に組み立てていたようである。
「ちっ……、そんなもん作ってたとは……!」
「邪魔をするならば遠慮はしません。GO HOME! ……と言う奴です」
 垂の顔に緊張が走ると、真奈は間髪入れずに射撃を始めた。
「下がって、垂。あっぶないよぉ」
 くるんとターンを決め、ライゼが銃弾の前に立つ。
 ターンの最中に取り出したのだろう、彼女の手に光条兵器の大傘が握られていた。開くと悠に大人数人が入れるほどの大きさだ。それをドッスンと床に下ろし、銃弾を遮る盾代わりにする。
 そのまま垂は傘に隠れつつ、両手の鞭で陣を打ち据える。
 垂は片手にダークネスウィップ、片手に光条兵器の鞭を持つ戦闘スタイルだ。
 チェインスマイトで繰り出される変則攻撃は、容易く見切る事は出来ない。飛び交う攻撃が頬を裂き、陣の頬から血がにじむ。攻撃に転じる隙を見いだせないでいると、リーズがライトブレードを構えて割り込んだ。
「チャンスだよ、陣くん! 今のうち今のうち!」
「んー、リーズ、今のは花マルや。よっしゃ、こっから攻めに転じるで!」
 そう言うと、右手から蒼紫色の炎が溢れ始めた。
 荒れ狂う大蛇のような炎を手足のごとく操り、彼は天井に向かってそれを投げた。中空で爆ぜた炎は雨のように降り注いだ、ライゼは大傘を真上に向けて仲間を炎から守る。

「島村組は陣くんだけではありませんよ……!」
 リュースはラウンドシールドを構えると、バーストダッシュで急速に間合いを縮めた。炎に気を取られてるライゼに、盾を打ち付ける体当たりを行う。彼女は「うわぁっ!」と声を上げて転んだ。
「あ、すみません、強くは押してないと思うんですが……、大丈夫でした?」
 お子様を突き飛ばしてしまって、リュースはちょっと罪悪を感じてしまった。
 手を差し伸べようと、リュースが近付くと、その前に朔が立ちはだかった。
「あ、あの……?」
「ライゼさん、弾幕援護します」
 彼女が両手を突き出すと、リュースをはじめ他の『島村組』の面々は怪訝な顔を浮かべた。
 先ほど、彼女の装備をパワードスーツと一言で片付けてしまったが、きちんと説明しよう。スーツには重装甲アーマーが使用され、背部には加速ブースターを搭載。固定具付き脚部装甲を採用。腕に装着されたマジッチェパンツァーは駆動音をあげ、全身に魔力を供給し始める。
 掌に内蔵された機晶キャノンが飛び出し、すぐさま掃射された。
「私の射撃から逃れることはできません」
 スプレーショットでバラ撒かれる光弾が、場を蹂躙する。
 慌てて退避する『島村組』だが、よく考えるとここには遮蔽物がない。唯一、隠れられそうな所と言えば、ユーフォリアの台座だ。みんな、そこに身を隠そうとして、おしくらまんじゅう状態になってしまった。
「す、すみません、リーズさん。あんまり押さないで貰えますか?」
「どーんどーん、リュースくんにどーん。おしくらまんじゅ、押されて泣くなっ」
 完全に状況を楽しむリーズを尻目に、陣はこっそり様子を伺う。
「お……おいおい、それが遺跡探検に来る装備か? なんだその重装人型決戦兵器は!?」
「本日は垂さんから許可がおりましたので、晴れ着なんですよ」
 微笑む朔のバックパックが稼働し、六連ミサイルポッドが台座に標準を定めた。
「うう……、よくも押したわねぇ……!」
 むくりと起き上がったライゼは、大傘の尖端を台座に向ける。
 心なしか大傘の発光量が増えた。いや、確実に増えている。というか、異常な発光を始めている。
「あれ、ビーム的なもんと違うか……? ちゃんと謝ったほうがいいで、リュース」
「たぶん、もう遅いんじゃないですか……?」