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空賊よ、風と踊れ−フリューネサイド−(第2回/全3回)

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空賊よ、風と踊れ−フリューネサイド−(第2回/全3回)

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第2章 真夜中戦線異状なし・前編



 夜、そろそろ生徒も寝ようかという時間。
 玉藻前(たまもの・まえ)はフリューネを連れ、キャンプの傍にある遺跡の中を歩いていた。
「こんなところに連れて来て、私に話っていうのは……?」
「この前、お前が指を折った男が今夜ヨサークの所から此処へ来る、お前に話があるそうだ」
 フリューネはその言葉にいぶかしむ。
「我に問われても困る、直接本人に聞いてくれ。さ、屋上に着いたぞ」
 地上8階にある遺跡の屋上、夜風が優しく傍を吹き抜ける。
 瓦礫の上に置かれた小さなランタンだけが照明だ。ほのかな灯りが、暗闇の中の人物の輪郭を浮き彫りにしていった。一人は見知らぬ少女だった。夜風に黒髪をなびかせる彼女は、漆髪月夜(うるしがみ・つくよ)だ。もう一人は知っている。この間、フリューネが制裁を加えた樹月刀真(きづき・とうま)だ。
「来てくれて、ありがとうございます」
「……ヨサークの所にいたそうけど、私の前に現れるなんてどういう風の吹き回し?」
「俺は今回、双方の依頼を受けてしまいました。なので、ヨサークの所へ行ってスジを通してきたんです」
 刀真は真剣な表情で語る。
「俺の目的はある人物を討つ事です。その人物もユーフォリアを探していると聞きました。この先、もし奴が立ちはだかる事があれば、俺が相手をします。奴からユーフォリアを守ってみせます。君は自分のすべきことに集中してくれればいい。どうか俺に背中を預けてもらえませんか?」
「キミを信用しろって言うの?」
「ヨサークの所から来た人間を信用できないのはわかります」
 刀真はバスタードソードを抜いて構えた。
「俺と勝負して下さい。刃を交えれば、君の背中を守るに相応しいかわかるハズです」
 だが、フリューネはハルバードを構えようとはしなかった。
「……今のキミには務まらないわね。その左腕で本気で渡り合えると思っているの?」
 刀真の左腕には添え木があてられ包帯が巻かれていた。
「俺の左腕のことなど、気にしないで下さい!」
「自分を大切に出来ない人に、私は背中を預けようとは思わないわ」
 はっとした表情で刀真は武器を下ろした。
 そして、フリューネの所に行くけじめとして、ヨサークの前で自ら叩き折ったことを告げた。
「ヨサークに不義理な真似をする対価です。俺なりのけじめのつもりだったんですが……」
「頑固なところがあるようね。でも、信念を貫き通すのは立派なことだわ」
 フリューネは微笑むと手を差し出した。
 驚いた様子の刀真だったが、右手を差し出し固く握手を結んだ。
「俺はただ君の力になりたかっただけなんです。手が必要ならいつでも声をかけて……」
 フリューネはねじ切るように刀真の右腕をへし折った。
「ふぉおおぉお………」
 突如右腕を襲った激痛に、刀真は悲鳴すら上げられなかった。
「このフリューネ・ロスヴァイセ。樹月刀真の信念のため手を貸すわ!」
 ヨサークへの不義理のけじめで左腕を捧げるなら、当然フリューネへのけじめでは右腕を捧げねばならないだろう。少なくともそう受け取ったフリューネは、刀真の信念に報いる行動を取ったのだ。
 だが、ヨサークの前でそれをやった際、月夜に本気で怒られ、信念のため自分を傷つけることを控えると約束した矢先であった。フリューネには知る由もないことだったが。
 そして、フリューネは良い事したような顔で去っていった。
「な、なんだかよくわかりませんが、少しは信頼を得られたんでしょうか……」
「刀真……、フリューネの前で絶対に油断したらダメだよ」
 月夜の治療を受ける刀真の姿を、玉藻前は呆れた顔で眺めていた。
「この前、我を置いて何処かへ行った事と月夜を泣かせた事を叱ろうかと思ったが……」
 両腕をぷらぷらさせてる彼を見ると、これ以上責め立てる気にはなれなかった。


 ◇◇◇


 壁画の前でたき火が燃えていた。
 コーヒーポットを火にかけると、カルナス・レインフォードは挽いてきた豆を順番に並べた。真っ白な湯気が立ち上り始めた頃、ちょうど彼の待ち人が通りかかった。傍の遺跡から出てきたフリューネである。
「やあ、フリューネ。どうだい、一杯飲んでいかないか?」
 彼は笑顔を浮かべ、おもむろに手を振った。
 前回果たせなかった彼女とのコーヒータイムを、今宵ここでリベンジだ。
「良い香りがするわね。じゃあ、一杯だけもらおうかな」
 椅子代わりに置かれた瓦礫に、フリューネは腰を下ろした。
「この間、戦闘中にナンパしてた人だよね? 名前はたしか……カルナスだっけ?」
「覚えていてくれて嬉しいよ。やっぱりオレの口説きは印象に残るよな、うん」
「まあ、ある意味。でも、戦場で口説くのは危ないからやめたほうがいいわよ?」
「オレは女性を口説く時はいつだって命がけさ。ほら、オレの自慢のコーヒーだ」
 マグカップを受け取り、フリューネは一口すすった。
 暖かい液体が身体に染み渡る。カルナスが自信を持って薦めるだけのことはあった。ほっとした表情の彼女に気付き、彼は自分のコーヒーに下された評価を受け止めた。
「気に入ってもらえたなら良かった。飲み終わるまでゆっくり話をしよう」
 今夜はいい夜だ、と彼は思った。無粋な奴の邪魔も入らない。
「そうだ。キミの話が聞きたいな。空峡の名物空賊の話でも……」

 噂をすれば影と言う。
 誰かの名前が頭をよぎる時、それは登場の前兆である。キャンプ周辺の巡回に行っていた閃崎静麻(せんざき・しずま)と相棒を務めるレイナ・ライトフィード(れいな・らいとふぃーど)が戻ってきた。
「なんだ、また負け戦に挑んでいるのか、カルナス」
 静麻の言葉に、カルナスは口の端を釣り上げ不敵に笑う。
「生憎、負ける戦はしない主義だ。しかし、この間に引き続き無粋な真似が好きだな、キミは」
「この間はともかく、今日は偶然だって、なあ、俺たちにも一杯くれないか?」
 カルナスはしばし視線を漂わせたが、ポットをまた火にかけた。
 二人の時間を邪魔されたのは不満だったが、自分のコーヒーを誰かに入れるのは嬉しいものだ。
「お節介が大勢押し掛けてすまないな」
 フリューネの向かいに座ると、静麻は仲間たちの騒がしさを謝った。
「いいのよ。そもそも、マダムのお節介だし。それに賑やかなのは久しぶりで楽しかったわ」
「そいつは良かった。お節介おば……じゃなかった、マダムも依頼したかいがあっただろう」
「今のは聞かなかったことにしておくわ」
 静麻が咳払いをすると、フリューネは苦笑した。
「そりゃどうも……。しかし、探検の本番は明日だ。もしかしたら妨害する連中が出てくるかもしれないが、あんたは気にせず目当ての宝に向かうといい。賑やかでお節介な連中が、あんたの背中を守ってくれるからさ」
 と、静麻の前にマグカップが突き出された。

「さあ、飲んだら帰ってくれ。あ、キミはゆっくりしていってね」
 カルナスは静麻に雑にカップを渡すと、レイナには笑顔を見せそっと手渡した。
「ありがとうございます」
 レイナは真面目な顔で受け取ると、カルナスではなくフリューネを見つめた。
 平静を装っている彼女だが、フリューネへの憧れは強い。ただ、生来の委員長気質が、空賊に憧れる気持ちを咎める。レイナはざわめく心を鎮めるべく、コーヒーの香りに身を委ねるのだった。
 そこへもう一人、夜の徘徊者が現れた。
「良かったら、私にも一杯もらえない?」
 モニカ・アインハルト(もにか・あいんはると)は寝付けず、夜の散策を行っていた。
 モニカはちらりとフリューネを一瞥する。生徒と随分打ち解けたように見えるフリューネだが、モニカの目にはそうは映らなかった。彼女は明るく皆に接するが、自分のことをほとんど話していないのだ。
「……フリューネには心を許せる人がいるの?」
 不躾な質問だったが、フリューネは表情を変えなかった。
「今日はなんだかよく質問をされる日ね。それがキミになんの関係があるの?」
「例え翼が折れても、止まり木があればそれを癒す事が出来る。何度でも飛び立てる。けど、折れたまま空を飛び続ければやがて翼は腐り落ちる。落ちた翼は二度と元には戻らないわ」
 やはり本心の見えないフリューネに、モニカはガラにもなくお節介をやいた。
 昔、誰にも背中を預けられずいた彼女は、フリューネに対し思うところがあるのだろう。
「今のあなたに止まり木はあるの?」
 すると、カルナスがモニカの肩にそっと手を置いた。
「全ての女性の止まり木なら、ここに」
 清々しいほどの笑顔、前歯がキラリと輝きを放った。


 ◇◇◇


 馬用の仮設テントから声が聞こえた。
 エネフとアルデバラン、グラニが仲良く並んで眠りに落ちている。その前に三つの人影あった。一人の少年がエネフをじっと見つめた。好戦的な瞳をしたこの少年の名は李 ナタ、道教で崇拝されるナタタイシの英霊とのことだ。彼の闘争心をあらわすような、真っ赤な漢服がよく似合っている。
「ペガサスって……、美味いのかな……」
 そう言えば、お腹が空いてきた。ナタはぐきゅるるる〜と腹の虫を鳴らした。
 そこにすかさず、ソニア・アディール(そにあ・あでぃーる)の平手打ちが飛んでくる。
「な、なんて事言うんですか、ナタクさん! 私たちはペガサスの警護に来たのに……、酷い……!」
「ま……、待て待て! 冗談だ! 話せば分か……!」
 返す刀で二度三度と頬を打つソニアを押さえつけ、ナタは謝った。
「……ちょっと、もう夜なんだから静かに。こんなところで何してるの、キミ達?」
 怪訝な顔で現れたフリューネに、ソニアは慌てて笑顔を作ってみせた。
「あの、実は私たち……」
「別に……ただの夜の散歩だ……」
 ソニアを遮って、二人の契約者グレン・アディール(ぐれん・あでぃーる)が言った。
 フリューネとは初顔合わせとなる彼は、そっと手を差し出し握手を求めた。
 シャンバラ教導団に所属する以前、グレンは傭兵として戦場に身を置いていた。過酷な戦場での出来事は、彼から人間らしい感情を奪い去った。与えたものと言えば頬の他全身に刻まれた傷跡ぐらいだ。人と深い関係を築かない彼でがあるが、フリューネの活躍には何か思うところがあったらしい。
 フリューネと握手を交わした彼は、じっと彼女の瞳を覗き込み誓いを立てた。
「フリューネ・ロスヴァイセ……、お前が義を守る限り、俺は誓いを守り通す。一つ、お前を裏切らない……。二つ、殺し以外の頼みなら聞く。俺が誓いを守らなかったら、煮るなり焼くなり好きにしろ……」
「な、なんだか大げさね……」
「おまえの挨拶は硬過ぎるんだよ、グレン」
 そう言って、今度はナタとソニアが握手を求めてきた。
「噂にゃ聞いてたが、イイ女だな。俺はアンタみたいな強い女は好きだぜ」
「フリューネさん……ですね? 初めまして、ソニア・アディールです」

 三人が挨拶していると、やって来たのは白砂司(しらすな・つかさ)だった。
「もう消灯時間は過ぎてるんだ。そろそろテントに戻ったらどうだ?」
 司はフリューネに気が付き、目を細めた。
 前回の空戦でフリューネと邂逅している彼だが、まだ彼女への警戒を解いてはいない。悪い人間ではなさそうだが、法に抵触する空賊行為を続ける意図が不明だ。全てが明瞭になるまで信頼は置けないのだ。
「……良い機会だから言っておくぞ、フリューネ」
 険のある司の口ぶりに、フリューネは眉を寄せた。
「俺はお前も含め空賊は好きになれない。だが、一時そのことは忘れよう。お前の刃となり盾となり、決して裏切らないことを誓う。だが、思い違いはするな。俺がこちら側についている理由は、他の空賊の手にユーフォリアが落ちるよりは、お前のほうがまだ信用できるというだけの話なのだからな」
「……思うのは勝手だけど、わざわざ私に言うことないんじゃないの?」
 さすがにむっとしたのか、フリューネは険しい目で睨んだ。
「ごめんなさいね、フリューネさん。司君は素直になれないだけなんですよ」
 険悪な空気を裂いて、司の相方のサクラコ・カーディ(さくらこ・かーでぃ)が笑顔で現れた。
「こんなこと言ってますけど、司君はフリューネさんを傷つけるつもりなんて、ちっともないんですよ」
 獣人である彼女は、ひょこんと飛び出した猫耳をぴくぴくさせながら話した。
 ニコニコしながら話すサクラコに、司は思わず言葉を詰まらせた。
「カ、カーディ、余計なことを言うな」
 司はコホンと咳払いした。
「……今夜はカーディをお前の護衛に付ける。何かあったら彼女に言え」
 なんだかんだで彼もまた、深夜にフリューネを探していたようだ。


 ◇◇◇


 照明が完全に落ちたキャンプの裏手。
 静寂の目を盗んだ幾つかの影が、そっとキャンプから抜け出した。
「……大丈夫、誰もいないよ。急ごう」
 先頭を歩くのは、遠野歌菜の相棒のリヒャルト・ラムゼー(りひゃると・らむぜー)だ。
 ブラックコートを纏い気配を遮断した彼は、背後から来る仲間に合図を送った。同じくブラックコートを着た島村幸(しまむら・さち)、そのパートナーアスクレピオス・ケイロン(あすくれぴおす・けいろん)が続き、メイベル・ポーターとセシリア・ライト、フィリッパ・アヴェーヌが暗闇の道に飛び出してくる。
 彼らは瓦礫の裏に隠した小型飛空艇に向かっていた。
「一匹見たら三十匹はいると言うが……、今夜は大量に釣れたな」
 一行は背後からの照明に照らされた。
 振り返ると、そこにはランタンを持った瀬島壮太が立っていた。
「おまえらが動いてくれて助かったぜ」
 リヒャルトとピオス(アスクレピオス)をにやにや見つめた。
 裏切り者の監視をしていた彼だが、不本意ながら制作に携わったバリケードにより、女子テントの監視が出来なかった。さすがに戦艦島の38度線を超える勇気はない。しょうがないので男子テントを重点的に監視していたのだ。二人がテントを抜け出したのは、彼にとって幸運であった。
「……誰かと思えば、壮太くんではないですか。夜更かしとは感心しませんね」
 眼鏡を怪しく光らせ、幸はふらりと前に出た。
「島村幸……、ってことは、おまえら『島村組』か?」
「くくく……、あっははは! Exactly、『島村組』です!!」
 バッドマックス空賊団壊滅時に、やたら暴れ回っていた集団として、『島村組』の名前は広まっている。
「フリューネを売るのかヨサーク裏切るのか知らねえけど、どっちつかずの事やってると後で痛い目見るぜ」
 苦虫を潰した顔で壮太が言うと、幸は不敵に笑った。
「ご忠告どうも。で、どうするつもりです? この人数を相手に挑むつもりですか?」
「……行けよ。でもヨサーク側におまえらがいるのを見つけたらただじゃおかねぇ」
「ヨサーク? 私たちがいつまでもそんな所に収まっているとでも?」
 東の空に『島村組』の駆る数機の小型飛空艇は消えていった。
「……島村さん達は脱出出来たようだね」
 椎名真(しいな・まこと)はしんと静まる遺跡の窓から、その様子を見つめていた。
 彼もまた『島村組』の一員、仲間の作戦をサポートするためキャンプに残っている。今夜の任務は、罠を仕掛けに夜間活動をする生徒の妨害だ。罠を仕掛けられると、彼らの計画の妨げになりかねないようだ。
「……準備は完璧だ。さあ、出てくるなら来てみろ」
 体格の良さのわりに童顔な顔に緊張を浮かべ、彼はキャンプから抜け出す生徒に警戒する。
 妨害のため用意した煙幕ファンデーションを地面に並べて、その時を待った。
「……まだ、来ないか」
 ここで残念なお知らせだ。
 フリューネ側の生徒たちの中に、罠を仕掛けようと考えた人間は一人もいなかった。
 今すぐにでも彼に教えてやりたい所だが、そういうわけにもいかない。まるで変化のないキャンプを、夜通し真は見張る事になる。どうか放置プレイの一種と考えて、堪能して頂きたい。
「……暇だなぁ」