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空賊よ、風と踊れ−フリューネサイド−(第2回/全3回)

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空賊よ、風と踊れ−フリューネサイド−(第2回/全3回)

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第3章 探検! 発見! 空の街!・後編



 時刻は二時、遺跡に挟まれた路地裏の細道。
 黒崎天音(くろさき・あまね)は携帯に着ていたメールに苦笑いを浮かべた。
『なあ……、有益な情報以外は送ってこなくていいんだぞ』
 昨晩ヨサーク側にいる友人に、こちらで得た情報を送ったのだが、余計な情報も送ってしまったようだ。
 彼はフリューネとは距離を保ち、その動向を観察している。目的は五獣の女王器に関する情報だ。
「青龍の女王器が水場にあったから弱いけれど、この空峡で逆巻くもの、風を司るものと云えば、白虎かな?」
「またお前の女王器病が始まったか……、近頃少し治まっていたかと思えば」
 相棒のブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)がうんざりした顔で言う。
「朱雀にはその気配はなかったようだし、聖冠も具現化したという噂は聞かないけれど……、五獣の女王器にはその名が象徴する獣に具現化する特性があるのかどうか、その辺りも興味深いね」
 ユーフォリアと女王器の関係を調査するため、彼はここにいる。
「しかし、マダムからの依頼を無視するのは気が引けるな……」
「まぁ……、一宿一飯の恩もあるからね、罠の解除ぐらいは手伝うさ」
 周囲を見ると、草を結んだ足を引っ掛けるトラップ、落とし穴の上に小銭を置いたトラップ、縄が見え見えの吊り上げるトラップ、パンくずばら撒いた上にザルを用意した雀用トラップ、があった。
 誰が引っかかるんだろうと言った感じである。
「……これは無視しても良いでしょう」
「それにしても、ヨサークもこの島にいるとなると戦闘の危険もありそうだな」
「相手も血気盛んな空賊だしね。もしもの時は、身を盾にして守ってくれるんでしょう?」
 ブルーズは「……むぅ」と言葉を飲んだ。
「ふふ、今度は前みたいに酔っ払っているのは無しにして欲しいかな」

 そこにクマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)が走ってくる。
 遺跡調査をしていたエース・ラグランツのもう一人のパートナーである。彼は両手にたくさんの小型爆弾を抱えて、無邪気に笑っていた。お子様にしか見えない彼なので、その光景はちょっとギョッとする。
「なんかさー、向こうに向こうに大量に爆弾がしかけてあるんだ、手ぇ貸しておくれよー」
 彼は遺跡に設置された罠の解除に奔走している。
「随分とヨサーク側の人間が入りこんでるみたいだね……」
「まあ、古代の罠だったら爆弾はありえないもんなー」
 天音とクマラが話していると、高村朗が路地裏沿いの入口から顔を出した。
「おい、大変だ。フリューネさんが飛び出して……って、うわあぁっ!?」
 路地に脚を踏み出すや否や、彼は豪快にスッ転んでしまった。
 見れば、足下には謎の白濁液がたっぷりと撒かれているではないか。ヌルヌルドロドロのその液体は、朗の身体に否応もなく絡み付き自由を奪う。まったくふんばりが効かず、彼は立てなくなってしまった。
 背後にいたルーナ・ウォレスが悲鳴を上げた。
「なんですか、その白いの……!? す、すぐ助けてあげますから……」
「こ、こっちに来るな! おまえまで引っかかったら、検閲に引っかかる描写になりかねない……!」
 そうこうしてると、路地の反対側から、蝶の入れ墨を手に施した一組みの男女が現れた。
「ほら、見てください。誰かさんが見事にどろどろになっていますよ」
「まさか本当に引っかかるとは……」
 男女は目配せすると、朗に目がけ、酒瓶やら雷術で生成した球雷やらを投げつけ始めた。
 まともに避ける事もままならず、朗はその場でゴロゴロ転がって、攻撃を避けた。
「ヨサークの手下め……、しょうのない罠を仕掛けおって……」
 ブルーズは諸葛弩を構えると、スプレーショットで射る。
 入れ墨の男女の顔色が変わった。この狭い路地でスプレーショットは凶悪である。しかも、諸葛弩は連射が可能な弩だ。壁に跳ね返り飛び交う矢に、男女は慌てて退却していった。
 追うべきかと問うと、天音は首を振った。
「やめておこう、この卑猥な罠の解除が先だよ」
「そうしてくれると、ヒジョーに助かる……」
 白濁液にまみれながら、朗は「まさかこれ、本物の白濁液じゃないよな……」とか、思った。


 ◇◇◇


 椅子に身体を縛り付けられた椎名真は、遺跡の一室に押し込まれた。
 取り乱す真を無言で見つめ、九条風天(くじょう・ふうてん)はもう一つ椅子に腰を下ろした。
「ふ……、風天さん、一体これは何のつもりなんだ……?」
「それはこちらの台詞です。罠を仕掛けながら、誰と電話をしていたんですか?」
 そう言われて、真は言葉を詰まらせた。
 真は島村幸と連絡を取っていた。フリューネをある場所に誘導するため、誰かの仕掛けた邪魔な罠を排除し、一行の行動を制限するように、罠を仕掛け直していたのだ。ちなみに解除した罠は、てんぷら粉が上から落ちてくると言うものだった。何故、てんぷら粉なのかはわからない。ヨサークサイドを読んで欲しい。
 その光景を風天は目撃していたのである。
「今日は真さんのことを警戒していたんです。島村さんと数名の生徒が昨晩キャンプを抜け出したと、瀬島さんから情報がありましたから。確か、真さんはこの間『島村組』として活躍してましたよね?」
 前回その名を轟かせた集団だ、隠せるはずがない。
「あなたの行動……、『島村組』の作戦行動と捉えていいですね?」
 キッチリ仕事をしている彼だが、元々『賊』嫌いなので、フリューネに良い感情は持っていない。ただ、依頼を受けた以上は全力でことにあたる所存だ。一に情、二に義を信条とする彼は、とても真面目なのである。
「……俺は俺の目的で動いただけだ。島村さんは関係ない」
「では、まさか……、あの忌々しい裏切り者と精通してるわけじゃありませんよね?」
 冷たい無表情で風天は問いただした。
 環菜誘拐事件の際、校長救出の約束を反故にしたヨサークに怒り心頭なのだった。
「この行為は単独犯であり、実在の人物、団体とは関係ない上に、俺は何も喋らない」
「……何の騒ぎだい?」
 と、そこへ天音とブルーズがやってきた。
 事情を説明してる間、真は天音が持つタッパーに注目していた。先ほど、回収した白濁液である。
「……そっ、そんなもので俺の口を割らせようと言うのか?」
「これはさっき……」
「くっ……、なんて酷いことを思いつくんだ。その白濁液を頭からぶっかけようだなんて……」
「真さん、落ち着いて下さい。ボクは手荒な真似をするつもりは……」
「けど、俺は決して屈しないぞ。どうしたんだ、手が止まってるぞ。さあ、やってみろ」
 風天と天音は顔を見合わせ、風天はタッパーを受け取った。
 堪え難い拷問であるが、どうかプレイの一貫として堪能して頂きたい。


 ◇◇◇


「ど、どこから攻撃が……!?」
 遺跡の間を飛行していたフリューネは、突如誰かの襲撃を受けた。
 襲撃者の姿は見えない。おそらく光学迷彩で姿を隠しているのだろう。どこからかゴム弾が彼女を狙って飛んでくる。殺傷能力はないが、急所に直撃すれば気を失うぐらいの威力はある。
 フリューネは襲撃を避けるため、遺跡の窓に飛び込んだ。
 だが、それは襲撃者の思惑通りだった。
「……亮司。希望通り、例の場所に追い込んだぞ」
 見えざる襲撃者ジュバル・シックルズ(じゅばる・しっくるず)は、契約者に連絡を入れた。
「了解。あとは俺がケリを付ける……!」
 彼の名は佐野亮司(さの・りょうじ)
 ミリタリージャケットのフードを目深にかぶり、漆黒のサングラスを光らせる教導団所属の少年だ。
 彼のいるのは、かつて講堂として使われた場所だった。汚れの付着した大きなガラス窓が、ぼんやりとだけ光を通す。そこそこの広さがあり、大小様々な瓦礫が散らばる中、石造りの長椅子が幾つも並んでいる。
 講堂に侵入したフリューネを確認し、光学迷彩でその身を隠した。
「来たな、フリューネ……! この間のリベンジ、果たさせてもらうぜ……!」
「だ……、誰っ!? このフリューネに用があるなら出てきなさい!!」
「用ならこの間、言ったハズだぜ。義賊だろうが空賊を野放しには出来ないってな!」
 亮司は機関銃の照準をフリューネに合わせ、暴風のごときゴム弾を撃ち込んだ。
「きゃあっ!!」
 屋内でのゴム弾は跳弾により、飛躍的にその威力を高める。四方八方から叩き込まれる攻撃に弾かれ、瓦礫の中にフリューネは吹き飛んだ。彼女の整った顔に、苦痛の表情が張り付いていく。
「そ……、そうか、キミはこの間の……。油断したわ……」
 左肩を強打したのか、フリューネは肩を押さえ、よろよろと立ち上がった。
「……佐野亮司だ。おまえの首に縄をかける男の名をよく頭に刻んでおけよ」
 そして、再び銃口を向けた。
「空戦じゃ遅れを取ったが、この場所、この状況でなら……、俺の勝ちだッ!!」

 その瞬間、ガラス窓を突き破り、レン・オズワルドとメティス・ボルトが突入した。
 見た目『鉄の処女』のメティスは、殺気看破で亮司の居所を見破ると、加速ブースターの力を借りて、ロケット弾のごとく突撃する。途中、鉄の処女は二つに割れ、中から可憐な少女が飛び出した。
「仲間を守るため、この拳をふるわせて頂きます……!」
 亮司が銃口を向ける前に、メティスの手刀が機関銃に突き刺さった。
 一瞬の動揺の隙を彼女は逃さない。全身を鞭のようにしならせ、回し蹴りを亮司の脇腹に叩き込んだ。思いがけぬ威力に吹っ飛ばされるもの、すかさず亮司は受け身をとり『実力行使』に切り替える。
「俺はフリューネに用がある。おまえらとやり合う気はない、大人しく引っ込んでろ!」
「では、尚更引き下がるわけにはいきませんね」
 二度三度と打ち込まれるメティスの拳撃を、熟達した護衛体術で捌ききると、カウンターの掌底を彼女の腹部に叩き込んだ。ドンという音とともに彼女の身体は宙に浮き、そのまま後方の壁に叩き付けられる。
 メティスはむくりと起き上がった。ほとんどダメージはない、亮司は加減して打ち込んだのだ。
「おまえら、空賊の肩を持つ気か……!?」
 亮司は光学迷彩を解くと、フリューネを守るように立つレンを睨んだ。
「……おまえの言い分にも一理ある。でも、それだけだ」
「なんだと……?」
「おまえは彼女が空賊をする理由を知らないだろう?」
「それを知ってどうなる? 大体、おまえらも知らないんじゃないのか?」
「俺は……、俺たちは、それを知るためにここにいる。知りたいからここにいるんだ。何も知らずに引き金を引く傲慢さを、俺は許しはしない。そして『仲間』に銃口を向けたこともな!」
 レンが言い放つと、フリューネははっとした表情で顔を上げた。
「フリューネは俺たちが守る!」
 気が付けば、外からフリューネを呼ぶ声が聞こえてきた。生徒たちの声だ。彼女を捜すため追いかけて来たのだろう。その声からは、彼らが必死で彼女を捜し、心配している様子がありありと想像出来た。
 苦虫を潰した顔で、亮司はレンに名前を問う。
「レン・オズワルド……、空賊だ」
「空賊を名乗ったからには、覚悟しておけよ……」
 亮司の傍に、光学迷彩を解除したジュバルが出現した。
「時間切れだ。生徒たちが、ここに集まってきているぞ」
「……フリューネ、次は必ず!」
 ジュバルは煙幕ファンデーションを展開させた。もくもくと煙が充満する中、あちらこちらで爆発音が聞こえる。集結しつつあった生徒たちが爆発で混乱している隙に、亮司とジュバルは姿を消した。