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ホレグスリ狂奏曲・第2楽章

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ホレグスリ狂奏曲・第2楽章

リアクション

 第1章 バレンタインデー・スタート!


 深夜の空京遊園地。装飾された電飾が観覧車の骨組みを強調し、他のアトラクションは全て闇に飲まれている。それが――
 14日0時ジャスト。
 一気に彩りを取り戻した。
 メリーゴーランドやコーヒーカップ、果てはジェットコースターの土台までが白く眩く輝き、夜空を照らす。
 噴水の周囲に用意されたガラスの棚の中では、光を受けたピンク色の小瓶と水色の小瓶が整然と並んでいる。水色の中身は直接飲むと激マズなわけだが、そんなことは知ったこっちゃない。演出だ。
 むきプリ君はイルミンスールの制服を着て、噴水の前に立っていた。おでこにはマジックで『むきプリ君』と書いてある。メイクをすると偽って、少年の1人が書いたものだ。当人は気付いていない。後ろには薬の入ったダンボール箱が積まれていて、隣には『ホレグスリはこちら ムッキー・プリンプト』というプラカードを持った少年がいる。彼らの他にも、20人程の少年や青年が噴水を囲んでいた。クリスマスにレオタードを着てダンスを披露した面々である。ホレグスリに恥ずかしい思い出しかない彼らは、エリザベートをぎゃふんと言わせてやりたいとむきプリ君の計画に乗ったのだ。
「おや? 何名か見覚えのある方がおりますね」
 チョコレートを48個持った明智 珠輝(あけち・たまき)が、桐生 ひな(きりゅう・ひな)と共にやってきた。ひなも大きな箱をもっている。
「私は60個用意したですー、合わせて108個と煩悩の数ですねっ。これを全部ホレグスリに交換してくださいっ」
 少年達の陣形が早速崩れる。レオタードを勧めてきた変態が今日は制服で女性同伴とはなんということか。
「どうせ覚めるならば解毒剤は要りませんよ……! 夜通しホレグスリエロスに興じます。観覧車に近寄る者全ての顔を真っ赤に……!」
 その様子を想像したむきプリ君はにやっとした。そんな破廉恥なことをされれば、遊園地は間違いなく薬の採用を見送るだろう。エリザベートの財布が空になり、蒼空学園に借金をする日が近くなる。
「存分に持っていくがいい! それこそ、この薬の本来の使い方だ!」
 むきプリ君の妨害を期待していた少年達が、イイ思いをさせてなるものかと動く。
「きゃーーーー、ですーっ」
 楽しそうに言うひなの前に出て、珠輝は妖しく笑う。
「観覧車に来て下さればいくらでもお相手いたしますよ、ふふ」
 ぴた、と止まる取り巻き。まだ距離があるのに下半身の危機を感じ、それ以上近寄ることが出来なかった。
「むきプリさんもぜひどうぞ。その筋肉……実に美味しそうです」
 ホレグスリを受け取ると、珠輝とひなは観覧車へと歩いていった。
 完全硬直した男共を残して。

 次に交換に訪れたのは、女性の3人組だった。華やかな雰囲気を纏った宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)神倶鎚 エレン(かぐづち・えれん)冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)は、高級チョコをムッキーに差し出した。解毒剤分としてエレンだけ2個である。
「ホレグスリ? 正直効くのでしょうか……?」
 半信半疑の小夜子に、もうばっちり効くわよと思いつつ祥子は彼に笑いかけた。
「企画運営お疲れさま。これはささやかなお礼よ。受け取って」
「あ、ああ、ありがとう」
 あまりの高級さにすっかり本命だと勘違いしたムッキーは、求められた薬を取り出しながらも誰からいただこうかと考えていた。わざわざ飲ませる必要は無いな! とうぬぼれた妄想をしながら薬を渡す。
「俺は、1人だけ選んでお前達の仲を引き裂くようなことはしない! さあ、3人まとめて俺の胸に飛び込んでこい!」
 勝手に自分の世界に入っている間に、エレンはホレグスリを霧吹き器に入れてむきプリ君に噴霧した。吸引でも効果があるかチェックする為である。
「うつくしい……」
とろんとなった彼に、今度はキュアポイゾンを仕掛ける。しかし、こちらには効き目が無かった。
「ホレグスリと解毒剤、多めに頂けますか? ……そう、それくらいは欲しいですわね」
 ちゃっかりと薬をせしめて、面倒なので解毒剤を口に突っ込む。
 その横では、小夜子が躊躇いなく小瓶の中身を呷っていた。薬というものは、自分の身で試さないと信じられない。飲み終わった小夜子は、キラキラとした瞳で言った。
「エレンさん、祥子さん、さあ行きましょう! お2人の言う事ならもう何でも聞きますわ!」
 どうやら、2人共に惚れてしまったらしい。――開発以来初である。

 建物の陰から噴水の様子を伺っていた城定 英希(じょうじょう・えいき)は、むきプリ君の周囲にチョコレートが積みあがってきた頃合でミュリエル・フィータス(みゅりえる・ふぃーたす)に話しかけた。
「よし、ミューさん、ターゲットはあの筋肉だよ。オトしてメロメロにした後、物欲しそうな顔で上目遣いで相手を見てチョコをくすねてきて!」
「大丈夫です……手筈は全て覚えました、プロジェクターにも記録済みです。マスター、声が焦ってます」
 筋肉油断用のチョコレートを渡そうとしていた英希の手が止まる。
 今日はバレンタインデー。告白された場合の断り方まで考えている自分だが、実際はそもそも、パートナー以外にプレゼントされるかも怪しかった。しかし、貰ったチョコレートの数で友人達には負けたくない。絶対に負けたくない。だって十中八九イジられる。イジるのは俺だ!
 ということで最悪の事態を考え、見栄を張るためのチョコを此処で調達しておこうと思ったのだが――
「ははは……俺はチョコが食べたいだけ食べたいだけ……焦ってなんか……ミューさん、頼んだ」
 真顔でぽんと肩を叩くと、ミュリエルは噴水へと歩いていった。手には野球のバットを持っている。
「ん? なんでバットなんて持ってるんだ……?」
 ミュリエルは、身を屈めたむきプリ君にチョコレートを渡すと、オトすために思いっきりバットで頭を殴った。反撃する暇もなく、むきプリ君は悶絶して蹲る。
「…………」
 上目遣いが出来ない状況に困った彼女は、バットを相手の顎の下に入れ、そのままグイっと顔を上げさせた。
「チョコをいただけませんか?」
「うう……何を……」
 頭から血を流してそれどころじゃないむきプリ君。再びミュリエルは思案気になり、今度は脇腹をくすぐり始めた。『くすねる』を『くすぐる』と聞き間違えていた。
「流石ミューさん……俺の考え付かない事をやってのける!」
 頭を抱えながら笑いこけるむきプリ君。だがこのままではまずい。チョコレートはゲット出来てもいないし、何よりもミュリエルが危ない。
「……のかな? ミューさんの方が強……あ、やっぱりダメだ!」
 押し倒して腕をがっちり固定し、ホレグスリの小瓶を飲ませようとする。
「……離れてください」
 ミュリエルが言う。
 英希は使い魔のカラスを放ちむきプリ君をつつかせると、その隙に飛び出してミュリエルを抱えた。ついでにチョコレートもローブに入るだけ突っ込んだ。小瓶も1つ頂いておく。
「あ、あの時の片割れだ!」
 少年が叫ぶ。英希は、こんな出会い系みたいな犯罪臭がする企画を実行する奴に嫌われても別に困らないし、恨まれるのも上等なので覆面や変装はしていなかった。
 そのまま空飛ぶ箒で逃げようとしたが――
 少年達が彼を包囲する方が早かった。イルミンスールの生徒だけに箒の所持率は高く、空も押さえられてしまう。
「どうしました私の部下よ! さあ、道を開けなさい!」
 言ってみるが、ホレグスリの効果が切れてひと月以上の彼らが聞くわけもない。
「なんで……計画は完璧な筈なのにッ……」
 氷術で対抗してみるも空しく、包囲網は狭まっていく。
「飲むよ? これ飲むよ?」
 小瓶を手に脅してみるが、どうぞお飲みください的な空気で全く効果がない。そこに、ヒールをかけたむきプリ君が復活し、輪の中心へと入ってきた。
「ぬおおおおおおおおおお!」
 走りこんできたむきプリ君は、怒涛の勢いで英希の口に瓶を突っ込んだ。ごくん。
「マスター?」
 ぼーっとしてきて、何やらむらむらと湧き上がってくる。
 それは、キスへの衝動だった。
(恋なんてするか! 俺はオチないぞ!)
 そう思うものの、心も身体も言うことをきかない。気がつくと、英希はむきプリ君とキスをしていた。むちゅーーー。
「ぎゃーーーーーーーーーーーーー!!!」
 叫んだのはむきプリ君だった。急いで英希をひっぺがし、解毒剤を持ってこいと指示を出す。その間にも、少年達がキスの餌食になっていく。
 特定の誰かに惚れず、キス魔になるという妙な症状だった。本人の傾向もあるのだろうが、むきプリ君もしかして、配合間違えた?
 その後、解毒剤を飲んだ英希は「うー……男にキス……俺が男に……」とぶつぶつ言いながらミュリエルを乗せ、箒でふらふらと帰っていった。使い魔のカラスが横を飛んでいる。ローブから落ちるチョコレートを、少年達が回収していった。

「無料なんだから、利用しないともったいないよ!」
 霧雨 透乃(きりさめ・とうの)霧雨 泰宏(きりさめ・やすひろ)の手を引っ張って明るく言った。チョコレートは持ってきていない。……クスリの力に頼るなんて、あんまりよくないのではないかなあ、と個人的には思う。それにしても、夜の遊園地で遊ぶなんて、恋人同士ではないけど、ちょっとデートっぽいかも?
 そんなこと、口には出さないけれど。
「ねえやっちゃん、何から乗る?」
「ん? ああ、透乃ちゃんの好きなもんでいいぜ!」
 表にこそ出さないものの、泰宏はデート同然のこの状況に大喜びしていた。とはいえ、彼もホレグスリに関わるつもりはない。透乃に飲ませようという奴がいたら、ディフェンスシフトで庇って代わりに受けてやろうとすら思っている。
 とにかく折角の機会だし、できるだけ楽しみたい。
「じゃあ、まずはジェットコースターだね! 普通のやつとー、水に飛び込むやつとー、山の中を走るやつとー、あ、そうそうコーヒーカップも外せないね!」
(とりあえず、トイレの場所はチェックしておいたほうがよさそうだな。……吐くために)
 一方、入口ゲートを潜った先では、アルカリリィ・クリムゾンスピカ(あるかりりぃ・くりむぞんすぴか)本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)が向かい合って挨拶をしていた。涼介はストライプシャツにジャケットとスラックス、アルカリリィは白いピーコートに格子柄のスカート、黒のロングブーツという格好である。
「きょ、今日はよろしくね、本郷さん」
 バスケットを提げたアルカリリィは普段の口調が出ないように気をつけながら言った。
「よろしくお願いします。ゆっくり、遊園地を見て回りましょう」
「あまり来たことないから……ルートは、任せちゃってもいいかな」
「わかりました。アルカリリィさんは、どんなものが好きですか?」
 はにかんで言うアルカリリィの手をそっと取る。間違って薬を飲ませられないように、ちゃんと守れるように。涼介は、ポケットの中に忍ばせてきた解毒剤を確認した。自ら作ってきたカプセル入りの物だ。
 そして、2人は歩き出した。

 白テンの毛皮コートを着たクエスティーナ・アリア(くえすてぃーな・ありあ)三浦 晴久(みうら・はるひさ)は、手に入れたホレグスリと解毒剤をサイアス・アマルナート(さいあす・あまるなーと)に渡した。クエスティーナが言う。
「じゃあ……お願いね」
「わかりました。お任せください」
 教導団衛生科の2人はホレグスリを持ち帰って研究し、「安心薬」に改良するつもりだった。持続時間を維持し薬効を薄めれば、精神病治療に使えるだろうと考えたのだ。前回も同じ案はあったのだが、うっかり全部使ってしまった。
 分析には半日かかるので、その間にクエスティーナは遊園地を楽しみ、朝方にサイアスが迎えに来るという予定である。
 サイアスが帰っていくと、彼女は晴久を振り返った。彼とサイアスがいたおかげでむきプリ君に襲われずに済んだのだ。
「ホレグスリが、幸せな気持ちになれるような良い薬になるといいな! うしっ、んじゃどんどん攻略しようぜ。全部のアトラクションを回るんだろ?」
 パンフレットを手に持った晴久とクエスティーナは、まずはミラーハウスに向かった。
「きゃっ!」
 中に入った途端、全方位に張り巡らされた鏡に迎えられて彼女は悲鳴を上げた。自分達の姿が沢山あって、なんだか足元がふらふらする。
「すごい……すごいです……三浦様、ほら、私がこことあそこと……数え切れません」
「はははっ、クエスがいっぱいだー」
 興奮するクエスティーナをポラロイドカメラで撮影する。ぺろんと出てきた写真を見て、晴久は笑った。写真の中にもクエスがいっぱいで、どれが本物なのやら状態である。見せてやると、彼女は一瞬きょとんとしてからふふふ、と楽しそうにした。
「ここは……素敵な所ですね。見えますかー?」
 鏡の中の自分に手を振ったり別の角度から写真を撮ったりと、2人はミラーハウスを満喫した。次に入ったのはお化け屋敷で、晴久の袖を無意識に握り締めてクエスティーナは進んだ。作り物と知っててもドキドキしてしまう。ふいをついて出てくるゾンビや骸骨や幽霊の幻影に目を瞑ると、晴久が先導して歩いてくれた。
(クエスが不安になるといけないから我慢っ)
 その彼の笑顔がかなり引きつっていたことを、クエスティーナは知らない。
 屋敷から出た時は涙目だったが、晴久と顔を見合わせると、彼女は安心して微笑を浮かべた。

「わー、やっぱりバレンタインデーはイベントが派手ですね〜、凄いなぁ」
 電飾がいっぱいのアトラクション群を仰ぐと、ティエリーティア・シュルツ(てぃえりーてぃあ・しゅるつ)はのほほんと言った。首を上に向けたまま幸せそうに歩いていく。微笑ましくそれを見守っていたスヴェン・ミュラー(すう゛ぇん・みゅらー)は、彼がフリードリヒ・デア・グレーセ(ふりーどりひ・であぐれーせ)と話をし始めたのを機に、そそくさとむきプリ君の所へと走っていった。目的はもちろん、ホレグスリである。
 誰に飲ませるかといえば、それはもちろん、ティエルである。
「すっげー人だなー。よしティエル、お化け屋敷入ろうぜ!」
「え、ええっ、そういうのは僕、ちょっと……」
 慌てるティエリーティアに、フリードリヒはにやりとする。
「ここは中に洋風の墓地があったりゾンビが出たりするぐれーってパンフに書いてあったぜ? 本物のお化けなんかいねーから大丈夫だって!」
「お、お墓、ですか? こわいなあ……」
 俯いて焦りつつも一生懸命に考えるティエリーティア。足は止めずに、もう何だか周囲も見えていなかった。
「でも、フリッツがどうしてもって言うなら…………っ!」
 顔を上げた先は、お化け屋敷の前だった。入口にいるフランケンメイクの案内人と目が合い――
「きゃー!!! ごめんなさいー!!!」
 くるりと反転して、フランケンから逃げ出した。フリードリヒが売店の食べ物につられて気を逸らした間だった。
「ティエルー、ここにうまそーなもんが……ん? ティエル?」
 薬を手に入れ、きっちりジュースに混ぜたスヴェンがきょろきょろしながら戻ってくる。
「フリッツ、ティティはどこですか? 姿が見えませんが……」
「んー……どこ行ったんだろうな?」
「な、なんですってーーーーーーーーーーーー!!!!!!」