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リアクション
第二章 石造りの神殿
「お願いです、こんなコトはどうかやめてくださいです」
ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)は、目の前のヴァルキリーの少女に必死で訴えた。
石造りの神殿の最深部にある……祭壇の間。部屋の中心に石を積んでぐるりと囲われたそれは、こんな場所でなければ小ぶりな浴槽のように見えた。その中で、「血塗られた女神」と呼ばれる少女は一糸纏わぬ姿で長い黒髪を揺らし、困ったように笑った。
後ろ手に縛られ、震えているのは、生贄として連れてこられた数人の人々だ。攫われてからこれまで牢に繋がれていた彼らが、見張りである藤原 優梨子(ふじわら・ゆりこ)に連れられてやってきた場所がここだ。
ヴァーナーと寄り添いつつアリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)は、他の一般人を庇うようにして少女を見つめていた。
「どうしてこんなことするの?!」
強気な言葉とは裏腹に、その声は震えていた。
祭壇の床や壁……特に、その浴槽のようなものはいたるところに黒い血痕が付着しており、これからどんな呪われた儀式が行われるかは想像にたやすかった。
「血がね、いっぱい必要なの」
そう言った少女の目は澄んでいて、それでいて申し訳なさそうだった。その様子に、ヴァーナーは違和感を覚える。とてもじゃないけれど、生贄を求めるような人物には見えなかった。
もしかしたら、女神として祭り上げられているだけで、本人にそんなつもりないのかもしれない。
「ボク、ヴァーナー・ヴォガネットっていいます。女神さんはお名前、なんていうんですか?」
「サラ」
「サラ……ちゃん」
サラが素直に返事をすることに、アリアは戸惑う。一体どこに、これから生贄にしようとする相手と仲良くお喋りしたい人物がいるのだろう。
「サラちゃん、生贄とか、いくないです。そんなことしたら、いっぱい人が悲しむです」
ヴァーナーは諦めず、一生懸命にサラに話しかける。生贄の人々はこの異様な光景を、少しの期待を胸に食い入るように見つめていた。
「うん、ごめんね。私もそう思うよ」
少女はごく真面目に答えた。生贄が逃げないように威圧しながら、優梨子が楽しそうにこの光景を眺めている。
お話すれば、わかってくれる子だ。ヴァーナーが顔を輝かせ、サラを見あげて……
アリアが叫ぶのと、サラが動いたのは同時だった。
「……だから、ちょうだい?」
「ヴァーナー!逃げて!」
それは、あまりに性急で。
ヴァーナーは一瞬何が起こったのかわからなかった。アリアと、他の生贄たちの悲鳴でようやく状況を把握する。
胴からプシュッと音を立てて、血が噴き出していた。サラの手には赤い槍が握られており、その顔は返り血に染まっている。
「っあ……」
よろめくヴァーナーの手がサラの黒髪を掴み、そのまま下にずり落ちた。
ずるりと、触れた部分だけ色がはげて、おそらく本来の銀髪が隙間からのぞく。黒髪に見せていたのは、こびりついたいろんな人の血液だったのだ。
石の床に崩れ落ちたヴァーナーの目に、涙がにじんだ。その目に見つめられて、サラはもう一度腕を振り上げる。
「やめて!」
アリアが、ヴァーナーに覆いかぶさる。その背中を無造作に槍が貫く。
「っぁあっ、……くぅっ!!」
サラの手は、他の生贄にも及ぼうとしていた。逃げようとする者は、容赦なく優梨子の糸で切り裂かれる。
「駄目ですよ、逃げようとされるなんて」
「やめて、その子たちには手を出さないで!!」
無理やり身体を立ち上がらせ、間に入ったアリアの前に、サラが迫っていた。
ドン!!
下腹部に響くような音を、アリアは意識の遠くに聞いた気がした。
クロト・ブラックウイング(くろと・ぶらっくういんぐ)は目を瞠った。
「おい!あんた、大丈夫か?!」
後に集まってくるだろう味方やパートナーと敵を挟み撃ちにするため、クロトは空から偵察に乗り出していたのだが……。神殿内の様子を伺ってみたら、そこには惨状が広がっていた。
壁際で震えているのが攫われてきた人たちだというのはわかる。その前で、彼らを守るようにして、ヴァーナーとアリアが血だまりを作っていた。
「しっかりしろ!」
困惑から、クロトの普段は丁寧な口調が乱れる。軽く抱き起こすと、アリアの口から苦痛の声が漏れた。ホッと息をつく。二人とも、命は取り留めていた。
手早く拘束を解くと、生贄の一人が嗚咽を漏らしながら話してくれる。
「おねえちゃんたち、私たちを守ろうとしてっ……」
「犯人は?」
「なんか、おっきい音がしてどっか行っちゃった」
「そうか……」
辺りに敵がいないことを確認すると、クロトは足元に紛れて落ちていたヴァーナーの救急箱を失敬し、簡単に治療を施した。……手遅れにならなくてよかった。
「う……」
「すまないな、勝手に借りるぞ」
傷がふさがると、二人の呼吸が落ち着く。やがて、アリアがうっすらと目を開けた。ぼんやりとしているものの意識はあるらしい。失血が多かったのか、ヴァーナーは気を失ったままだ。
「歩けるか?ここから逃げるぞ」
攫われてきた人々を連れて、ひとまず神殿を離れようとするクロトを、アリアが引き止めた。
「だめ、地下の牢にまだいっぱい人がつかまってるの……」
どうやら、地下に閉じ込めている人の中から定期的に、数人ずつが生贄としてここに連れてこられるらしい。
「だからって、あんたこの状態じゃ戦えないだろ。一般人もいるんだし……」
「私なら大丈夫。治療、ありがとね」
行って、三歩でよろめく。傷がふさがったといって、すぐに体力が回復するわけはない。咄嗟に支えてから、クロトはぎくりと身を強張らせた。
アリアの衣服は至るところが切り裂かれていた。今更に目のやり場に困って、……クロトは着ていた上着をぶっきらぼうに突き出した。
「……わかった。俺が行ってくるから、あんたはこいつらを安全なところまで連れて行ってくれ」
上空から見て手薄だったルートを早口に伝え、余力のある者にヴァーナーを運んでもらうと、肩を借りつつアリアも神殿を後にした。
「ありがとう、後で上着返すね!」
追い出すようにアリアを逃がして数秒。タッチの差で入れ替わるようにして、祭壇に蛮賊が複数戻ってきた。……一人で相手できる数ではない。
「……テメェ、生贄をどこにやった?!」
気配に気づいた時点で外へ飛び出せば、逃げ切ることができた。しかし、今逃げたらまだ近くにいる彼女たちの身が危なくなっただろう。
「地下牢までは迷わず送り届けてもらえそうだ」
自身のお人よしさに呆れて、クロトはため息をついた。
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