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第七章 雪だるま王国の参戦

「控えい、控えい、控えおろう!この紋所が目に入らぬかっ!」
 それは、突然やってきた。雪だるま印の国旗を掲げ、どこから持ってきたのかスピーカーを神殿に向けて、マナ・ウィンスレット(まな・うぃんすれっと)が高らかに口上を述べる。
「こちらにおわす御方をどなたと心得る!恐れ多くも雪だるま王国が女王、赤羽 美央(あかばね・みお)陛下であらせるぞ!」
 堂々と行進してくる者、その数10名。うち、三名が騎馬を組んで、その上に無表情な女の子が一人仁王立ちになっている。異様な光景に一時停止する蛮賊の間を縫って、一同はまっすぐ神殿の前まで来て止まった。
 マナにマイクをわたされ、美央がきりっと顔を引き締める。平坦な口調の中に熱く込み上げるものを感じたなら、あなたはもう王国民だ。
「雪だるま王国が女王、赤羽 美央です。私が著した童話であり、わが国の王子である童話 スノーマン(どうわ・すのーまん)があなた方に拉致されました。これをわが国への宣戦布告ととり、我々雪だるま王国は徹底抗戦することをここに宣言します」
 それは、王国としての宣戦布告返しだった。蛮賊が正気に戻って身構えたときにはとき既に遅し。
 美央は、大きく息を吸い込み、号令をかけた。
「王国民よ、武器を取れ!突撃―――!!!」
 かくして、雪だるま王国が乱入……もとい、参戦した。

 美央からアイスプロテクトとファイアプロテクトのあわせ技――通称「雪だるまの加護」を受けて、氷術への耐性をつけた王国民は怒声をあげて蛮賊と激突した。
 白魔将軍こと鬼崎 朔(きざき・さく)は、雪だるま王国騎士団長クロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)と共に、禁じられた言葉で強化した氷術を辺りに乱射する。
 あっさりとかわして、蛮賊が笑いながら襲い掛かってきた。
「どこを狙ってるんだヘタクソめ!!」
「いえ、狙い通りですよ」
「は?」
再び笑ってやろうとした蛮賊から、表情が消える。
 ……身体が、妙に重い。慌てて周囲を見渡すと、ところ構わず乱射した氷術で辺りは凍りつき、それが彼の動きを鈍くしていた。
「くっそ、さっき加護とかなんとかやってたのはそういうわけかよっ……」
 外だからまだよかったものの、室内ならもっと効果があっただろう。
「さっきまではあなた方のものでしたが、もうここは我々の氷のフィールド。痛い目を見る前に降伏をオススメしますよ」
「断るッ!」
 モロに冷気に当てられたにも関わらず、果敢にも女王の申し出を断った蛮賊は、ブラッドクロス・カリン(ぶらっどくろす・かりん)の号令と共に、スカサハ・オイフェウス(すかさは・おいふぇうす)尼崎 里也(あまがさき・りや)によってその場で雪だるまの刑に処された。
 すなわち、スコップ滅多打ちののちに氷術で雪だるまにされた。
「目指すは血塗られた女神の首、ただ一つ!」
「うおおおおおおお!!!」
 恐ろしい刑に盛り上がる中、シャーミアン・ロウ(しゃーみあん・ろう)だけがスノーマンの安否を気遣う良識を見せていた。
「あのー、打倒女神もいいですが、先にスノーマンを助けてあげるべきでは……」
が、しかし。
「女神を倒して、この神殿に王国の旗をかかげようではないか!」
「そうですよねー、さすがマナ様!」
キラキラとはしゃぐマナの愛らしさに、シャーミアンもまたあっさりと意見を飲み込んだのだった。ドンマイ、スノーマン。

 雪だるまにされる様を目の当たりにして、同じ鉄は踏みたくないと思ったのか蛮賊たちは氷のフィールド外から弓などの遠距離攻撃を試みてきた。
「王国民になれば歓迎するぞ」
という提案も、血塗られた女神が怖いのか聞き入れてもらえない。
 結果、戦いは意図せずして、ちまちまと遠距離魔法や飛び道具を用いた地味な攻防戦に移行していった。
「くそ、倒しても倒してもキリがない」
 苦戦を強いられる中、SPや飛び道具の尽きが勝負の分かれ目となるわけで。
 戦闘開始から仲間のために歌い続けているラスティ・フィリクス(らすてぃ・ふぃりくす)もSPルージュが尽き、そろそろつらそうに見えた。
 その時。
「ラスティさん……貴女にこれを」
 無意味にかっこつけて高い梢から登場しなおすと、クロセルは優雅にラスティの前に舞い降りた。
「ん?何も持っていないじゃないか」
「そうでしょうか?」
怪訝に見つめるラスティに、クロセルが優しく囁く。
 瞬間、彼女の視界に、バラの花束が捧げられた。それは、子どもでも出来る簡単なマジックではあったが、戦場で見せる演出としては懲りすぎているくらいだった。
 ラスティの腕の中に花束を収めると、クロセルがうやうやしくおじぎして見せる。
「こ、これを……私に?」
あまりに意外な出来事に、戸惑い、赤面し、やがてラスティは笑みを浮かべる。
「まさか戦闘中にこんなものをもらうとは…………これまで考えたこともなかったが。ふむ……。正直に言えば私の理想とは、いささか違うが……うん」
 もじもじ。
 ラスティは目を細めてじーっとクロセルを眺めてみた。目立ちたがりのクロセルのこと、凝視されて嫌な思いをするはずがなく、あまつさえポーズすらとってくれている。
「……仮面をとればなかなかの男前か」
「そうおっしゃっていただけると光栄ですね」
 二人はじっと見詰め合った。無駄な演出のおかげで、二人の間で明らかに誤解が生じていた。
 バラを抱いて、ラスティが呟く。
「何故だろう。今まで歌うのが苦しくなってきていたのに、今ならいくらでも歌うことができる気がする。…………そばに、お前がいるからか?」
 花束のおかげだ。
「だと、嬉しいですね」
 お前も否定しろ。
「これが……もしかして、愛の力……?」
 ラスティの言葉に、クロセルが力強くうなずく。完全に、何かが芽生えていた。
「って、人が必死で戦ってるときに何してんだお前らーーー!!!」
 ついに我慢できなくなった椎堂 紗月(しどう・さつき)のツッコミが冴え渡った。

 その背後で、新たな怒声が森の中に響き渡った。

「今度は一体なんだ?!」
 ずっと戦い続けていたウィルネストは、その光景に唖然とした。
「うっそ……」
 それは、血塗られた女神に属さないジャタ族による援軍だった。
「ジャタ族の評判を貶めやがって!ジャタの森は蛮賊だけのものじゃないんだ、あたしたちの森を取り戻せーー!!」
 魅世瑠が、蛮賊の横暴に不満を持つ有志のジャタ族を扇動して戻ってきたのだ。傍らにはフローレンスやラズ、アルダトも控えている。
 その数は神殿への道を妨げる蛮賊たちを圧倒するのに充分なものだった。
 多人数を相手に善戦を続けていた相沢 洋(あいざわ・ひろし)は、心底愉快そうな口ぶりで豪快に言った。
「我々も負けてはおれんな。行くぞ、みと!全火力投入!全弾叩き込めぇぇええ!!!」
「了解です!!洋さま!」
 かくして。
 怒りに燃えるジャタ族の応援で元気を盛り返す戦士たちにこの場は任せて、雪だるま王国はついに神殿内部へと殴りこみをかけたのだった。