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第六章 ジャタの森の戦い

「よ〜し、やっちゃうよ〜!」
 真っ赤なポニーテールをなびかせて、霧雨 透乃(きりさめ・とうの)が木々の間を跳びまわる。相手を撹乱しては、則天去私で直接片をつける。
 派手な立ち回りは彼女の目立つ容姿も合間って、自然と敵を引きつけるのに成功していた。
「調子にのるなぁあ!!」
 蛮賊が勢いで突っ込んでも、一対一では到底透乃の体術に敵わない。軽くいなしてしまうと、殺気を感じて透乃ははっと木陰へと避難した。これまで居た幹に、何十本もの矢が降りかかる。
「うひゃ〜、怖いなー」
 分が悪いと判断した蛮賊は、物陰に潜んで遠距離からの攻撃に切り替えてきた。
 常に殺気看破を発動しているから位置はつかめるものの、接近戦を得意とする透乃にとってやりづらいことこの上ない。透乃が回避に専念していると、ここぞとばかりに飛び道具で狙ってくる。
「う〜……ずるい」
 じれた透乃が飛び掛ろうとするより早く、草陰から顔をのぞかせた敵が、一人、また一人と声をあげて倒れ伏した。緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)が遠当てで援護しているのだった。
「透乃ちゃん!あんまり無理につっこまないでくださいね」
「ありがと!わかってるって」
あんまり気にしてない返事だなぁ……と思いつつ、透乃が複数に囲まれることがないよう自分がサポートしなくては。陽子は気合を入れなおすと、透乃とつかず離れずの位置を保って敵をひきつける。
 あとは、数との戦いだった。


「っしゃぁっはぁぁっ!俺・見・参!覚悟しろ!それとも何か?人質を盾にしなきゃ怖くて戦えねーのか?!卑怯者ォ!」
 大谷地 康之(おおやち・やすゆき)の売り言葉に、蛮賊が沸き立つ。人さらいに関して怒りを湧かせていた康之のそれは、売り言葉と言うよりは本心が8割といったところだろうか。
 匿名 某(とくな・なにがし)は、自分らしくないなと苦笑しつつ、康之とともに湧き出る敵の中にその身を投じていた。
 今は、どんどん戦って強くなりたい。
 多勢に無勢にはならないように牽制しつつ、なるべく多く蛮賊を引きつけるため、わざと押されるふりをする。倒せる相手と踏んだのか、物陰から飛び道具で狙っていた者たちも何人か引っ張り出すことに成功した。
「こんなもんだろ……康之、逃げるぞ!!」
「おうよ!」
 一目散に撤退する二人を追った時点で、蛮賊たちは罠にはまっていた。
 二人が逃げてくるのを確認してから、ブラックコートを羽織って潜んでいた結崎 綾耶(ゆうざき・あや)は某から受け取っていたギャザリングヘクスを飲み、魔法力を強めた。
 そして、来るべき合図を待つ。
 充分に敵が来たのを見計らってから、某は最高のタイミングで二人に声をかけた。
「今だ!」
 康之のアイスプロテクト、綾耶のアシッドミストと氷術が発動する。
 辺りに霧がたちこめ視界を奪うと同時に、寒さが森の住人の俊敏さを奪う。
 こちらのペースで一対一の戦いに持ち込み、少しでも多く戦闘経験を積むために編み出した最高の罠だった。



「ふむ、そろそろ戻るか」
 ジャタの森で情報収拾をしていた羽入 綾香(はにゅう・あやか)は、戦闘状況を確認すると宿り樹に果実に足を急がせた。あまり遅くなってはキィちゃんの治療にあたっている栗が心配する。
「しかし、森で携帯がつながらんとは。不便じゃのう」
 ぽつりとこぼしてから、視線を感じてバッと振り返る。敵に見つかったのかと思いきや、そこにはどう見ても非武装な一般人の子どもがビクビクしながらこちらを伺っていた。武器をしまって、できるかぎりおだやかに近づいてみる。
「どうしたのじゃ?」
 なぜこんな戦闘地帯に……疑問より先に、子どもの指さす先に弱りきった女の子の姿を認めた。
 それは、数人の生贄たちを守りつつ、命からがら逃げ延びてきたヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)アリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)だった。
「よかった、やっと味方に会えた……」
二人は力なく、しかし微笑んで見せる。
「この人たちを、早く安全なところへ……」
綾香は素早く状況を把握すると、彼らを無事に森の外へと逃がすことに成功した。
 森で戦ってくれているみんなのおかげで、追っ手がなかったのが幸いした。
 宿り樹に果実にたどり着き、体力を使い果たしたアリアとヴァーナーはすぐさまベッドで寝込むことになったが、顔を見合わせて微笑みあう彼女たちの間にはおだやかな友情と共に満足感が漂っていた。



 神殿内にも、外の喧騒が迫っていた。
 血塗られた女神――サラは、困り顔で宙波 蕪之進(ちゅぱ・かぶらのしん)を見つめた。
「どんどん人が来るね。やっぱり悪いことなんだ」
「ここまで来るのも時間の問題だろうな」
蕪之進は愛想なく答える。
「優梨子さんは?」
「お嬢ならまだ悪いお友達と楽しそうに遊んでるよ」
「そう……」
 噂を聞きつけて、トルメンタの指の酒詰めを手土産に藤原 優梨子(ふじわら・ゆりこ)がここを訪れたのは、ごく最近の話だ。女神と信仰されてはいるものの、サラに感慨などなく、蛮賊に対する気持ちも「生贄を連れて来てくれる便利な人たち」程度でしかない。
 だから、人の血を浴びるようになってからというもの、サラにとって優梨子は単に手伝ってくれる人物というだけでなく、初めて共感することができる友達でもあった。
「相談にのってほしいけど、それじゃ仕方ないね」
 蕪之進は優梨子に言われているからサラの傍についてはいたが、互いにそれだけの間柄だった。
「で、どうするんだ?」
「んー……」
眉間にしわを寄せて、しばらく首を傾げて。
「……よし、ちゃっちゃと生贄さんたちを使い切って逃げよう!」
 愛らしい笑顔で下された決断は、そのほのぼのした物言いに全く似つかわしくなかった。

 追い詰められた蛮賊たちは、殺気立っていた。
 非武装の子どもたちを盾に言い放ち、檻の中から引っ立てられる。
 「抵抗すれば、一人ずつ殺す」
 次の生贄となるメンバーの中にはミリア・フォレスト(みりあ・ふぉれすと)も含まれていた。