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 1―魔法の飴は密の味

 清泉 北都(いずみ・ほくと)は、自室で独り、ただひたすらに、考え込んでいた。
「んー…何だろうね、これ」
 彼が手にしているのは、紛れもなく『飴』である。綺麗に包装されてはいるが、ところどころに手作りの感が散りばめられていた。
「何でまた、僕なんだろうね。ティセラさんとは面識がないし、バレンタインに僕が何かを渡したわけでもないんだけど…」
 それは今朝の事だった。少し早く目が覚めた北都がぶらりと散歩に出かけた時。ヴァイシャリー付近にティセラ・リーブラ(てぃせら・りーぶら)が立っていて、急に北都へとこの飴をくれたのである。
 いきなりの事で驚いた彼は、一応渡された飴をポケットにしまうと、帰路に着いた。
そして今に至るという訳だがしかし、どうにも合点がいかなかった。本人の独白の通り、北都はティセラと面識がない。十二星華の一人であり、有名であるティセラを知ってはいても、ただそれだけであり、直接的な接触などは殆どないのだ。故に、彼はひたすら困惑している。自分の経験から、面識もない人間から突然プレゼントを渡された事のある人間の方が、希少価値は高い。当然北都自身、そんな経験は殆どなく、だからこそそこに、不信さがあった。
「無暗やたらと貰うんじゃぁ、なかったかもねぇ…ほんと、どうしようか」
ソファに仰向けに横たわりながら、天井と手にする飴を交互に見つめる北都の視界に、突然顔が現れた。にこやかに北都の顔を覗き込んだのは、クナイ・アヤシ(くない・あやし)
「どうしました?その様な難しい顔をして」
「ああ、クナイか。いやぁ、僕さ、今朝ティセラさんからキャンディ貰ったんだけど」
「あの十二星華の、ティセラ・様ですか?」
「うん。おかしいとは思わないかい?」
 両の腕を振って、その勢いのままに上体を起こした北斗が、今やって来たクナイにそう言った。今まで北都が占拠していたソファが空いたので、クナイはそこに腰をかけると、北都が手にする飴を見つめた。
「密かに北都に想いを寄せていた。とか?」
「まさか。僕とは面識がないし、何よりそんな事があったって、何で今日なんだ?」
 二人はそう言うと、目の前にあったカレンダーを見つめた。おそらくその行為で、二人はピンときたのだろう。北都は一層険しい顔になり、クナイは平静を繕っている。
「…確かさ、バレンタインに何かあったよね。こう言うの」
「ええ、ありましたね」
「じゃあさ、やっぱりこのキャンディもそう言う――…あ」
 今まで北都の掌にあったそれは、即座になくなっていた。当然、飴の所在を北都は知っている。
「疑うなんて良くないですよ。戻し方は判るのですし、一ついただいてみましょう」
 言いながら、クナイは綺麗に包装された飴を、無駄な動作なく即座に剥がして口へと放った。飴を頬張った顔が、本当に嬉しそうな顔をしている辺り、途中から大体の事態は予想していたのだろう。
「何で食べるんだよ。クナイ」
 呆れた顔で隣に座るクナイを見ようとする北都だったが、時既に遅し。北都が真剣に考えていた問題の種を、その大元を口に含んだクナイが突然に目を見開く。
「き、きたぁぁ!この感じ、この感じですよぉぉ――…!」
 息の抜けた様な声の後、北都の隣にいたクナイはソファから立ち上がり、恍惚にも似た表情のままキャンディになってしまった。
 思わず北都は頭を抱えた。
「戻し方って、そんなもん前回を考えたら…
あ」
 北都はそこで、ようやくクナイが嬉しそうな顔をしていた意味を理解する。
だからこそ、暫くの沈黙の後、彼は誰にともなく呟いたのだ。静かに、噛み締める様に、
ただただぽつりと、呟いた。

「――…成る程ね」


 ヴァイシャリー近郊の町――。近くにヴァイシャリー、そして百合園女学園がある為に若い女性が多いこの町の一角。道に備え付けられた小洒落たベンチに一人、四谷 大助(しや・だいすけ)は腰掛けていた。隣には、それはそれは随分な両の買い物袋が並んでいる。やや疲れた顔をしながら、行き交う人々をただ見つめていた。
「二人とも…遅いな、全く。ほんの少しって言うから、此処で待ってんのによ」
 彼の言う二人、とは大助のパートナーであるグリムゲーテ・ブラックワンス(ぐりむげーて・ぶらっくわんす)と、同じくパートナーのルシオン・エトランシュ(るしおん・えとらんしゅ)の事であり、彼らはこの日、買い物をしていた。が、この町を通りかかると突然にグリムゲーテが服を見に行くと言い出し、ルシオンを連れて彼の座るベンチ前にある店へと消えてしまったのである。大助は暫く店の前で待っていたのだが、なかなか二人が戻ってこないので、今の場所へと移動した訳である。
 二人が店へと消えてから十五分。グリムゲーテ、ルシオンを待っている大助の元に突然、ティセラが現れた。
「御機嫌よう」
「ん?ああ、どうも…」
「此処で誰かをお待ちですの?」
ティセラは腕に提げたバスケットの中をなにやらごそごそと漁りながら、そんな事を大助に尋ねる。突然声をかけられたので若干驚いたままの大助は、「ええ、まぁ…」と、気のない返事を返した。するとティセラは、お目当てのものが見付かったのか、綺麗に包装された飴の様な物を手にし、にこやかにそれを大助へと差し出す。
「待ち人はのんびりと待つのがいいと聞いた事がありますの。詰まらない物ですが、よろしかったらこの飴、舐めて見て下さい。手作りなので、味の保障は致し兼ねますが」
大助がティセラからその飴を受け取ると、彼女は軽く会釈をしてその場を去って行った。
「んー…今のって確か、ティセラさん、だよな。何だってオレにこれを?まさかバレンタインのお返し…てな訳でもないし」
不思議そうな表情のままに一人呟き、しかし貰ったものだから、と、大助は包み紙を剥がしてそれを口放り込んだ。
「なんだ、手作りって割には美味いじゃ――おぉ?」
 見る見る内に大助の体は白くなっていき、飴を食べている大助自身が飴に変わってしまった。
『おいおい嘘だろ、なぁ、おい!』
 大助は叫んだ。が、どうやら声にはなっていないらしい。身動きはとれず、思うように言葉も発する事が出来ないでいると、ようやく彼の待ち人二人が店から姿を現した。
「やっぱりさ、洋服見るならヴァイシャリー辺りに限るわよね!なんたって可愛い服が一杯あるし、結構ウィンドウショッピングで楽しめるもんね!」
「そうっスね!いやぁ、久々に可愛い服が沢山見れたっスよ。お値段はちょっと…」
「あなた、いっつもそこ気にしてるわよね。っと、そうだ。大助、大助がどこかに待ってる筈なんだけど…」
 どうやら二人は、随分と満足したらしく、大助の異変には気付かずにいたらしい。どころか、店に入る前にいた場所に彼がいない事を、ようやく今認識したらしかった。
「そう言えば…あたしたちがこの店に入る時、確かこの辺りに大さんいたっスよねぇ…」
 グリムゲーテの言葉でルシオンも大助を探し始めた。二人が暫くきょろきょろしていると、グリムゲーテが何かを見つけ、眉を顰める。
「ねぇ、ルシオン。私の見間違えならいいんだけど、あれ。あそこの白いなんか。あれ、大助っぽくないかな」
「どれどれっ…って、ええぇ!」
グリムゲーテが指を差した方に目をやったルシオンは、思わず声を荒げて走り始める。
「ちょ、ちょっと!ルシオン!あなた突然走り出したって状況読めないじゃないのよ」
グリムゲーテもルシオンに続いて走り始め、
大助がいるベンチ付近にやって来る。
「(真っ白に)燃え尽きてる!?ちょっと離れてるうちに何があったんスか!?」
 飴になった大助を前に、呆気に取られる二人。が、グリムゲーテが何かを感じた。それは主に匂い。なにやら甘い、おいしそうな匂いが大助の方から漂ってくる。
「何よ、この甘い匂い。それにこの、大助に似た白い物体は何なのかしら」
 言いながら、まじまじとキャンディと化した大助を見つめるグリムゲーテ。あれこれ触り、匂いをかいではまた触り、かすかに手についた物を舐めると、甘さが口の中に広がる。
「でもでも、この荷物、あたしたちと買い物した物っスよ?正真正銘の、大さんなんじゃ…」
「え?嘘でしょ?」
 この間、大助本人は二人に叫んではいるが、当然ながら二人には聞こえる訳もない。
『オレだって!大助だよ!二人とも、聞こえてるなら返事してくれよ!』
 が、当然彼の言葉は二人には届く筈もない。
すると大助の耳付近で、何かが割れる音がした。何とも軽い、何とも乾いた音が響く。
『え…?』
 声にならない声でリアクションをとるが、当然体が動かない彼が、その音の真相を知る術はない。目の前の二人の反応以外は。
「グリムさん、それ…」
「折れたね。なんだろう。これ」
 グリムが手にしているのは、大助のモミアゲ(右側)だ。これで、身動きの取れない大助でも、あの乾いた音の真相がわかった。
『お、おい!オレのモミアゲ!』
「大さんのモミアゲ、すよね」
「…右のね」
「う、う…うわぁん!大さんごめんっス!」
「ちょ、ちょっとルシオン!私知らないわよ、
これは、その、あの…大助が勝手に割れたのよ!これはその、万有引力で」
「グリムさん、それを言うなら不可抗力っス」
「そう、それよそれ!とにかく私は悪くないのよ!でも、荷物にしろ、モミアゲにせよ、
これが本当の大助だとしたら大変なのよね」
 グリムゲーテはおろおろしながら手にする大助のモミアゲ(右側)を強く握った。
『あぁ、オレのモミアゲそんなに強く握らないでぇ…』