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すいーと☆ぱっしょん

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すいーと☆ぱっしょん

リアクション

 黒崎 椿(くろさき・つばき)は、机の上に置いてあるキャンディの群を見つめていた。その眼差したるや、今にも飛びつきそうな程である。
「にゅふぅぅ、龍兄…早く帰ってこないかなぁ…どこいってるんだろうねぇ」
 彼女の今いる場所には誰も人影がないので、勿論それ独り言である。
「でもぁ…食べたいし…うーん…」
 随分と迷っているが、彼女自身、随分と前からどうやら結論は出ていたらしい。その場ですっくと立ち上がると、キャンディの群に手を入れた。
「にゅふ〜♪美味しそうだなぁ〜龍兄に上げるのも勿体無いし…」
 にやり。と笑った。どうやらそこで、彼女の思考の最後の障害は取り除かれたらしい。群の中から引き上げた手には、キャンディが一粒乗せられていた。
「ボクが食べちゃおっと!いただきます♪」
 包み紙を取り払う様にして、椿はキャンディを口へと頬張った。滑らかな舌触りと、今にも溶けてしまいそうな甘さが口の中に広がっていく。
「お〜いしぃっ!って、あれ?」
 舌鼓を打っていた椿はしかし、自分の体の異変に気付く。本来ならば自由に動かす事など造作もない自分の手足が、全く持って動かないのである。
「おっ?ありゃりゃ?…何だか変だぞ?」
 驚いた表情のままに、彼女の体は遂にキャンディへと変わってしまった。
 暫くしてから、彼女が発見される。
「椿、いるでござるか?椿ー」
 椿のパートナーである、杉原 龍漸(すぎはら・りゅうぜん)である。いつもならば、彼の声を聞いてすぐさま返事を返す椿の声が、この時は聞こえない。不思議に思いながら、龍漸はキャンディになってしまった椿のいる部屋へとやって来た。
「椿、今日はなんと、バレンタインのお返しを買ってきたでござる!椿の口に合うかはわから――」
 当然、彼の言葉はそこで止まる。何せそこには、椿の代わりに椿の形をした巨大キャンディがあるのだから。当然誰でも、驚く。
「…っ!?」
 絶句。
「な、何でござるかっ!これは…」
 思考――。が、当然答えがそうそう簡単に見付かる訳もなく、彼は一人でその光景を見つめている。
 状況がよく掴めない龍漸は暫くの間、唖然としてその光景を見つめていたが、何やら良い匂いが彼を包んだ。
「そ、それにしても。随分と椿にそっくりでござるなぁ…それにとても良い香りがするで――」
 それはおそらく、彼の意思ではなかった。キャンディから発せられる、全く別の効力が彼を動かしたのだ。龍漸が自発的に行う行動ではない為に、当然彼自身それを理解出来ていない。だから彼は、セイニィからの連絡で我に返るや、驚いた。
「っ!?近っ!って、着信でござる。あぶなかったぁ…はい、杉原でござるが…おぉ!セイニィ殿!助かりもうしたぞ!」
 慌てて椿に良く似た飴(実際は当人であるが)から距離を置き、セイニィと話を始めた。内容は当然、この一件の事である。
「なんと!パッフェル殿がその様な事にっ…って、うん?」
 首を傾げ、背を向けていた椿に良く似た飴の方を向く。どうやらセイニィの言葉で、目の前にある椿型キャンディが本物の椿である事を理解したらしい。
「なんと!これは本当に椿でござるか!」
 少しの間、状況を受け入れるまでに時間があったが、彼はこの状況を完全に理解したらしい。返事もそこそこに、彼はセイニィからの協力要請を承諾すると、急いで電話を切った。
「これが椿である以上、此処に置いて行く訳にもいかぬか…に、しても。何処かにしまうにせよ、この匂いはちと厄介でござるなぁ…」
 龍漸は近くにあった洗濯バサミを見つけると、それを手にして自ら鼻へとそれを噛ませる。
「これでよし!さて、どうやら強度は本物の飴と大差がないとセイニィ殿が言っていたでござるからな、慎重に運ぶでござる」
 ゆっくりと、絶対に倒してはいけない為に慎重に、彼は椿を別の部屋にある大きな冷蔵庫の中へとしまった。
「椿、おぬしの事は必ずや、拙者が元に戻してやるでござる、だから暫くの辛抱でござるよ!」
 決意を胸に、彼はその場を後にした。冷蔵庫にしまわれた椿はしかし、この事を知る由はない。何せ彼女、この時は眠ってしまったのだから。


 時刻は昼過ぎ。昼食を取り終わっていた榊 朝斗(さかき・あさと)ルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)はのんびりと過していた。
「ねぇ、ルシェン。何をそんなに考え込んでるのさ?」
「いえ、大した事じゃないのだけれどね?どうやったら、朝斗がメイドさんの格好をしてくれるのか、考えていただけだから」
 にこやかに言うルシェンに苦笑を浮かべる朝斗。と、彼女は何かを思い出したのか、突然に小さな箱を取り出す。箱は綺麗にラッピングされている為、事情を知らない朝斗が見ても、誰かからのプレゼントと言う事がわかった。
「これね、今朝ティセラさんからいただいたの。食べ物みたいね。朝斗、一緒に戴く?」
「ふぅん…そうなんだ。じゃあ一個貰おうかな?」
 ルシェンから手渡されたのは、キャンディ。が、何やら違和感を覚えた彼は、訝しげに手にあるキャンディを見つめた。
「何だろう、何か嫌な感じがするんだけど…」
 ふと、彼は隣に座るルシェンに目をやった。すると今まで話していたルシェンの姿が、キャンディに変化していたのである。
「ルシェン!?何か変だと思ってた…この前のチョコと一緒じゃないか…」
 が、朝斗は冷静に状況を理解したらしく、慌て負ためる様子は何処にもない。すぐさまルシェンの唇に、自らの唇を重ねてキャンディ化の呪いを解いた。
「…ごめんなさい。また朝斗に迷惑を」
 元に戻ったルシェンは申し訳なさそうな表情を浮かべながらに俯く。
「大丈夫だよ、しょうがないと割り切っていいんと思う。それより、これ、この飴。何でルシェンに?」
「わからないけれど、私に配ると言う事は、恐らく不特定多数の人たちに配ってる可能性が高いわよね…」
「それ、まずいよね…」
 暫く考え込む二人だが、朝斗がひらめいた様に突如、机の上に残っているキャンディを一つ手に取った。
「朝斗、一体何を…?」
「残留思念を拾えば、何かヒントが得られるかもしれないと思って」
 そう言うと、彼は一気に精神を集中させ、手にある飴へと集めていく。心配そうにその様子を見守るルシェン。自分が呪いに掛かったと言う自責の念もあってか、祈る様に両手を胸の前で組んでいる。
「…」
 どうやらサイコメトリーが終わったのか、朝斗がゆっくりと顔をあげる。何かがしっかりと定まった様な表情のままに、ルシェンへと向いた。
「大丈夫だって、ルシェン。君が責任を感じる必要はないと思うんだ。それに――」
「…?それに?」
「犯人が判ったかもしれないんだ」
 それが、彼の手に入れた最大の情報であり、行動理由だった。仮定が確信に変わった出来事、それが、この事件の犯人像。
「僕はこれから朔さんにこの事を教える。前も同じ事があったし、朔さんなら何かしらきっと、力になってくれると思うから」
「わかったわ」
 ルシェンは立ち上がる。どうやら彼女も、この騒動に対して並々ならぬ何かを思ったのだろう。決意は瞳に現れているのだから。


 マッシュ・ザ・ペトリファイアー(まっしゅ・ざぺとりふぁいあー)は、どこまでも傍観者としてそこにいた。
「うん、いいじゃん!順調だね!くっふふ」
 ティセラが色々な人に対して呪いのキャンディを配る、その近くで、しかし誰にも、決して見付からない様に、彼はそんな事を言いながら事態の経過を観察していた。
 それこそ、傍観者さながらに。
「どうしてこう、人がチョコやキャンディになるときってああ、ドキドキするんだろうねぇ…まだ一人、二人くらいしか見ていないけど、それは後でのお楽しみっ!あぁ、昂るよ…」
 一人、恍惚な表情を浮かべながらに、これから起るであろう出来事、そして今現在、起っている出来事に対して思考を巡らせる。
「はやくはやくっ♪色々な人間が身悶え、モノに堕ちて行く瞬間を早く、俺に見せて頂戴よ」
 そう言い残すと、マッシュは姿を晦ました。