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眠り王子

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眠り王子

リアクション


●塔を目指す者にも理由はいろいろあるわけで 1

 大荒野のど真ん中に、なぜか白い巨塔が建っている。
 いつから建っているのかは、だれも知らない。
 周囲をいばらの森に囲まれ、侵入する者を拒む塔。
 そのてっぺんには、とても美しい王子様が1人眠っている。

 王子様を起こすことができるのは、運命の人からの運命のキスのみ。
 それは、世界中のだれもが知っていること。

 王子様は眠りの中で待っている。
 運命の人が現れて、運命のキスで起こしてくれる日が来ることを…。


※注意
この物語は完全にフィクション、コメディであり、登場する人物などの名称はすべて架空のものです。
どこかに似たよーな外見・名前の人がいたとしても、それは別次元のキャラ、人物となりますので、決して「こんなのルドルフ様じゃないやい!」とか思う人がいたとしても苦情は一切受け付けません。





 まだ夜明け前の暗い中。塔に張り付きガサゴソよじのぼって来るつわものアリ。
 てっぺんにあるガラスのはまっていない吹き抜け窓までたどりつき、月の光に照らし出されたのは変熊 仮面(へんくま・かめん)だった。

「ぅわーーーーっはっはっは!! ついにたどり着いたぞ! てっぺんだ!!」

 息を荒げても高笑いは忘れない。
 全裸に薔薇学マント、赤いマスクの変熊仮面。

「よっこらしょ……っと、うわわわわっ」
 窓のすぐ横になぜかあったテントの端につまずき、すっ転ぶ。
 体から、バラバラといばらのつるが散らばった。
 よく見ればかなりズタボロの引っかき傷だらけだ。

「い、いたたたたたっ」
 石の台座で寝ている王子にゴンッと頭突きをするハメになり、こぶのできた額を思わず覆ってしまう。
 それだけの衝撃があったのに、それでも王子は目覚めない。
 自分と違ってすずしい顔で眠っているルドルフ王子を、変熊はしげしげと見下ろした。

 その世にもまれな、美しい顔に、唇に、そっと顔を近づけ――…………フンッと鼻で笑った。

「魔女の呪い程度で何日も眠りこけるとは。根性が足らん証拠だなッ」
 すーすー寝息をたてているだけだと確認したかったらしい。
 両手を腰にあて、ふんぞり返る変熊仮面。

「しかし……こうして寝てるだけで次から次へとキスを求められるとは、なんと羨ましい…。俺様以下世の一般人たちは、こっちからお願いしなきゃ、ほおにちゅーさえしてもらえないっていうのに…」

 ピコーーーーン!

 変熊の顔が、まるで電球でもついたようにパッと明るく輝いた。
 どうやらナイスなアイデアが思いついたらしい。

「ここへ来るまでは、唇をサランラップで覆うかプラスチックコーティングでもしておいてやろーと思ったんだが。もっといい方法があーるじゃないか!」

 言うなり、変熊は眠っていて無抵抗な王子を丸裸に剥きだした。
 べつに相手が抵抗できないうちに笑えないイタズラをするとか、そういうのではないのでご安心。
 単に、自分の服ととっ返ただけだ。――といっても、変熊の服とは薔薇学マントしかないのだが。

「あとはルドルフのマスクと俺様のマスクを取り替えて、っと」
 ルドルフ仮面となったルドルフ王子を、続き小部屋の壁際の丸椅子に座らせる。
 そして自分はルドルフの寝ていた台座の上へ。

「ふっふっふ。これでルドルフ王子ならぬ変熊ルドルフのできあがりだ! さあみんな。この変熊ルドルフにちゅーちゅーしてくれたまえっ」

 ああそのときが待ちきれない! ふふふのふー。
 ふくらむ妄想で胸いっぱい。変熊ルドルフは高い塔のてっぺんで、そのときが来るのをいまかいまかと待っていた。

★          ★          ★

 暗い夜の闇の中、闇よりも濃い影となって立つ塔に向け、赤い炎が走った。
 リリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)の放つファイアストームの炎である。
 しかしその猛き炎はいばらを包む白い光に阻まれて届かず、わずかもいばらを傷つけることはできなかった。

「魔法使いには嫌な相手なのだ」

 眉をしかめつつツルで覆われた石窓に近寄り、光条兵器・ニケの翼とつながったグローブをした手でいばらを引き千切っていく。
 いばらは物理攻撃には弱く、ただのトゲだらけの植物のツルでしかない。
 シュルシュルと伸びて自分に向かってくるツルも一緒にばっさばっさと千切っていき、人1人が通れるぐらいの隙間を作る。
 雲間から突然差した月光に、王子の面が照らされた途端――

「ルドルフーッ!!」
 リリをぽーんと跳ね飛ばす勢いでララ サーズデイ(らら・さーずでい)が飛び込んだ。
「わわっ……しまったのだ!」
 リリはシュルシュルといばらに巻きつかれ、引きずり下ろされてしまう。
 しかしこのときばかりはララの目にも心にも、王子の姿しか入っていなかった。


第1幕 塔で眠る王子とララ

「ルドルフ……あんなにも優しい君が、こんなふうになってしまうなんて…」
 大切そうに、眠る王子の頬にそっと指先をすべらせる。(ここでオーケストラによる音楽挿入。ゆっくりと、忍び寄る感じで)
 と、その感触にはっとなり、指を握り締め、胸に押しつける。

「もしもでき得ることならば、君の完璧な唇にこの唇を重ね、そのあまやかな吐息ごとこの身に呪いを移し変えもしただろう。私の命を君に吹き込み、たとえこの身が悪しき呪いに侵されようとも私は笑って死ねるだろう」
 苦悶の表情で身を引き、月光のスポットライトの中央で、顔を上げる。
 空にまたたく星を見上げるように。

「だが君を救えるのはただ1人、運命の相手からのキスのみというのか!」
 両手を広げ、台座で眠る王子を指す。

「ルドルフ、君の望まぬ者になど、決して君を渡したりしないよ…。私がずっと傍にいて、片時も離れず君を守るから…」
 苦い思いを噛み締めながら、王子から顔をそむけ、身をひるがえす。
 下手、部屋の入り口近くまで歩き、どうしても振り切れぬ思いからもう一度王子を振り返る。

「ああ! この世のだれよりも美しき君! もしも私が君の運命の相手だったなら! 君を決してだれにも渡したりしないのに!」
 駆け寄り、台座にすがりつく。(ここで音楽最高潮に。強く、激しく、高らかに)
 そっと王子の横顔を見上げ、憧憬の表情を浮かべるララ。

「ルドルフ……魔女の呪いをその身に受けながらも、君は気高く、こんなにも美しい。私はただ君の背を守るために、ここへ…。
 いや、もう嘘は止めよう…」
 王子にすがりつき、くちづけをする。
 月光のスポットライトはいばらの回復により、薄くなり、再び闇へ。
 重なった2人の姿は再び影となる。

「そう。君は私ごときのくちづけでは目を覚まさない…」
 声を震わせながら身を引く。(音楽は再びゆっくりと、なめらかに、フェードアウト)
「守るよ……ルドルフ。たとえ幾百幾千のかけらにこの胸が引き裂かれようとも、君の運命の人が君を目覚めさせるまで…」
 よろめきつつ、ララ退場。
 緞帳降下。

 第1幕 終了――


  ――なんですか? これ。

★          ★          ★

 そんなこんなで夜は明けて。

 塔を目指して大荒野を突き進む3人組東雲 秋日子(しののめ・あきひこ)奈月 真尋(なつき・まひろ)遊馬 シズ(あすま・しず)

「ちょっと待てーーーーっ! もう一度考え直せーーーっ!!」
 両腕をとられて仰向けでずるずる引きずられているシズの足元で、砂煙が上がっている。

  ――訂正。突き進んでいたのは秋日子と真尋だけでした。

「えぃかげん、観念したらどげっす? もっす、荒野まで出て来てんじゃから」
 右腕を抱き込んだ真尋が、あきれ顔で言う。
「ちょちょっと唇触れ合わせるだけでねっすか。しかも相手は世界一の美人さんとくりゃ、何も困ることねぇですよ。減るもんじゃなし」

「適当なことを言うなぁっ!! そりゃおまえはいいだろうさ! するのは俺なんだぞ!!」
 男とキスするなんざ、冗談じゃねぇ〜〜〜っ。
 どんなキレイな男だろーと、男は男じゃないか!!

「あー、うるさいっ」
 左腕を取り、先頭きって進んでいた秋日子がぽかりと頭を叩いた。

「いわれのない呪いを受けて眠り続けている王子様をかわいそうだと思わないの? 助けてあげたいって思わない?」
「そ……そりゃ……思うけど」
 種族・悪魔のわりに根っからのお人好しなシズは、そう言われると弱い。
 しゅん、となったところをさらにズルズル引きずられていき――――ハッとなる。

「ち、違うっ!! それはそうなんだが、これは違うっっ!!」
 再びじたばた。

「違わないの! 王子様を助けるにはキスが必要なんだから! そしてそのキスは男性からじゃないと駄目なの! つまり遊馬くん、キミならやれる!!」
 秋日子は今、これ以上ないほど義憤にかられていた。
 何も悪いことはしていないのに、呪いをかけられて塔に閉じ込められるなんて。
 しかも大切な王子がそんな目にあうなんて、ご両親の王様、お后様の心中は察してあまりある!

 ひと助けのためならば、大切な(?←今ここには疑問符がつくと思う)パートナーを差し出すことだっていとわない。
 これは、王子に魔法をかけた魔女や大国の女王様との戦い。
 そして犠牲がともなわない戦いなんて、ないのだ。

 ちなみにシズは先ほどからの発言通り、薔薇ではない。ノーマルだ。
 両刀でもない。完全ノーマル。
 男でなくて女が好き。胸も尻もあって、股間にアレのない者が。

 そりゃあ必死になるのも当然だろう。

「だーかーらー! 俺はそういう趣味趣向の持ち主じゃないんだってば! おまえがひと助けしたいのは止めないが、それにひとを巻き込むなぁああ!!!」

「大丈夫大丈夫。『この物語は完全にフィクション、コメディであり、登場する人物などの名称はすべて架空のものです』って書かれてるし」
 国中の掲示板に張り出されているおふれがきを取り出して、顔の上でひらひらさせる。
「遊馬くんも遊馬くんじゃないんだから、王子様といくらでもキスしていいんだよ!」

「その言い方だとまるで俺が普段男とキスしたいのを我慢してるみたいじゃないかーっ!!」

 ああうるさい、とたまらず真尋もぽかりと入れる。
 だが本気で目じりに涙をにじませているシズに、ふうとため息をついた。

「あんですねぇ、そらぁ私も三次元男のことなんか、正直知ったことじゃねぇっす。わざわざ起こしにいかんでもええと思うっちゃけど、秋日子さんがどうしても言うんやけぇ、しゃあねぇでしょう」
 と、せっかく同情を示してやったというのに。
 今のシズにはそれと気づく余裕もなかった。
「っておまえはキスするのが自分じゃないからそんなこと言えるんだ!!」

「こらこら遊馬くん、真尋ちゃんに八つ当たりしないの」

 そんなことを言う秋日子の方を振り向き、キッとにらみつける。

「よく読め! そのおふれがきの注意部分に「性別男性に限らず、外見性別が男でもOK」って内容があるぞ! いい案思いついた! おまえが男装してやれ! 胸もしりもぺったんだから、薔薇男たちに混じってても分かりゃしないって!」

 シズがそう言い終わるより早く、秋日子の指がシズのほっぺたにかかった。
「どの口がそんなこと言うのかなぁ〜? んん〜?」
 むにーっと引っ張る。
 反対側も痛いと思ったら、真尋まで引っ張っている。
 両腕はがっちりホールドされているので逃げられない。真尋は外見はかわいらしい少女だが、強化人間なのだ。

 シズは、謝るしかなかった。
「すひまひぇん……(この状態のときは)にどとひひまひぇん…」
「よろしい」

 秋日子と真尋は再び、ずるずるシズを引っ張って荒野を突き進み始めたのだった。