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とりかえばや男の娘

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とりかえばや男の娘

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2章 狂気の月
「敵は、竜胆様の情報は仕入れたもののこの中の誰が竜胆様であるかをしっかりと掴んでいるわけではないようだ」
 皆で夕餉を囲みながら十兵衛が言う。
「本来、兄君の藤麻殿と同じ顔なのだから、すぐに分かってもよさそうなものだが、それだけ竜胆君の女としての立ち居振る舞いが完璧という事か……とにかく、不幸中の幸いだろう」
「一体どこが幸いなのでしょう?」
 竜胆が言う。
「私のせいで養父母や村の人達が危険な目にあうかもしれないというのに」
 すると、十兵衛が言う。
「源八夫婦や村の者にはすまないと思っている。しかし、今は耐えてくだされ。日下部家のために……」
「日下部家のためであれば、里見村の人々や養父母の命を危険にさらしてもいいとおっしゃるのですか?」
「それを言われると、辛い。しかし、ヤーヴェに取り憑かれた刹那殿が日下部家の当主になれば里見村はおろか、葦原島すべての人を危険な目にあわす事になりかねないのだ」
「邪鬼恐ろしさや危険さは分かっております。しかし、私の人生はあなたがたの都合で、めちゃくちゃにされてしまいました。望みもせぬのに、男なのに女として育てられ、自分自身を見失った者の気持ちがあなたに分かるでしょうか?」
「それも、あなたをヤーヴェの呪いからまもるためがこそ……。竜胆様、これは、避ける事も、引き返す事もできない戦いなのです。これは16年前から日下部家にも、あなた自身にも定められた戦い。もし、この宿命から逃れたければ、戦って勝つよりございません」
「戦って、勝てと?」
「左様。ヤーヴェを倒し、日下部家を呪いから解き放たないかぎり、あなたに真の自由は来ない。そして、呪いを解けるのは、あなたしかいない」
「ああ……」
 竜胆はため息をついた。
「……何の因果で、そのような運命の元に生まれたのでしょうか……?」
 そう言うと、竜胆は立ち上がった。夕食など食べる気になれない。

 そして誰もいない場所で、いつものように一人、笛を吹きはじめた。
 見上げると、月が煌煌と輝いている。しかし、吹いても、吹いても心が晴れない。
 竜胆とて、心の奥底では、十兵衛の言わんとする事が分かっているのだ。
 けれど、この運命は、あまりにも背負うには危険で重すぎる。
 ……なんの因果でこんな者を背負わされるのか……。
 竜胆は再び自問自答した。

「笛の音に迷いが出てますよ」
 ふいに、背後から声がした。振り返ると、獅子神 ささら(ししがみ・ささら)が立っている。
「単独行動は危険ですよ」
 さららの後ろから獅子神 玲(ししがみ・あきら)が現れて言った。さらにその後ろには山本 ミナギ(やまもと・みなぎ)もいる。
「夕餉、食べないんですか?」
 玲が言った
「食欲がありませんから」
 竜胆がいつになく素っ気なく答えと、さららがくすっと笑った
「よほどショックだったのですね。六角達が村に行った事。それとも、出生の秘密が重すぎますか?」
 さららの横からミナギが割って入って来て話を遮る。
「っていうか、羨ましい! 何がってその出生の秘密ってところが特に「主人公」っぽい! くっ悔しくないもん!!(うるっ)」
 ミナギはなんだか不思議なうらやましがり方をした。しかし、竜胆は黙ったきりだ。ミナギは怒った。
「なによ、なによ! あたしより主人公っぽいのに何をウジウジしてるのよ! もっとシャキっと誇りなさいよ!!」
「……?」
 竜胆が不思議そうな顔でミナギをみた。紫色の瞳がミナギを突き刺す。
「…な、何よ!」
 一瞬怯むミナギ。しかし、彼女は負けなかった。
「とにかく、あたしはそんなウジウジしてる奴なんて『主人公』に認めないんだからね! あたしが敵を撃って『主人公』になるんだから! 悔しかったら堂々としてみなさいよ!」
 実はミナギは自分を「主人公」だと思ってる(存在が)可哀そうな娘らしい。しかし、仲間を思う気持ちにはあふれていた。それが伝わったのか……
「おもしろい方ですね」
 竜胆がやっと口を開く。
「私が、主人公っぽいですか……。でもそれが、いい事なのか悪いことか……私にはただ、重すぎるだけです」
「分かりますよ、その苦しみ」
 ささらが言った。
「……私もそうでしたから。親の趣味で私も15歳まで自分の事を女だと思ってましたよ」
「え?」
 竜胆は、驚いてさららを見た。自分と同じような境遇の人がいた。しかし、目の前のさららは、とても男らしく見える。
 さらに、さららは少し自嘲ぎみに言う
「おかげでその後遺症で私は両性愛せる精神になってしまいました」
「両性を?」
 その言葉にも竜胆は驚く。
「でもねそれをなかった事には出来ません。だから、竜胆さんも昔の自分を受け入れて大切にしてください。焦らずいきましょう。男らしくなど……私みたいに自然になれるのだから」
「私にも、受け入れる事ができるのでしょうか」
「できますよ。私にもできたのですから。なんなら、力になりますよ」
「力に?」
「ええ。なんでも相談して下さい。とりあえず、友達になりましょうよ? 私達」
 さららは、そう言うと竜胆に向かって手を差し出した。
「……はい!」
 竜胆はうなずくと、さららの手を取った。
「あなた方のおっしゃる通りですね。ウジウジしていても仕方ないですね」
 自分に与えられた運命に、まだ心から納得できたわけではないが、さららたちのおかげで少しだけ気持ちが軽くなった気がする。
 玲が言った。
「ふ……竜胆さん。……こういう時はご飯をいっぱい食べればいいですよ。なんでしたっけ……心と体は繋がってる? でしたっけ?? とにかく、体が元気なら自然と心も元気になりますよ、多分。……まあ、同じ釜の飯を食えば仲間と言います。ご飯を食べましょうよ」
「……はい」
 竜胆はうなずいた。
「よし、じゃあ、夕食を食べにいきましょう」
 今度は竜胆もうなずいた。

 そして十兵衛達の元に戻り、竜胆は再び夕食を食べはじめた。
 そこに、金髪の少女が「はじめまして、竜胆さん」と近づいてくる。
「あなたは?」
 首を傾げる竜胆に、
ルカルカ・ルー(るかるか・るー)だよ。よろしく」
 と、少女は頭を下げた。
「よろしく」
 竜胆が頭を下げ返すと、楽しげにルカルカは話しはじめた。
「ルカルカはね、葦原は初めてだからすっごくわくわくしてるんだよ。ねえ、竜胆さんは葦原城行った事ある?」
「いいえ。私は生まれてから一度も村から出た事がありません。
「出た事がない?」
「はい。今思えば、父も母も不自然なぐらい、私を外に出そうとはしませんでした」
「きっと、邪鬼を警戒してたんだね。でも、どこにも出られないなんて、辛くなかった?」
「辛くはなかったです。父も母も、惜しみない愛情を私に注いでいてくれていたし、それに、村の人達もとても優しかった」
「そっかあ。だから、村の人達が大好きなんだね」
「ええ。実の親でないと知らされた今も、私の両親は源八夫婦以外に考えられません」
「ルカ!」
 赤色の髪の少年がこちらに駆け寄ってくる。
「まだ、飯を食っておったのか。探したぞ」
 そこまで言うと、少年は竜胆に気付き、ぺこりと頭を下げた。
「はじめまして」
 竜胆が微笑むと、少年も「はじめまして」と答える。そして、言った。
「俺は夏侯 淵(かこう・えん)だ。よろしく」
「夏侯 淵さん……?」
 竜胆は少年の姿をまじまじと見る。どこかで聞いたような名前……それに、まるで少女のようだ。すると、少年はまるで竜胆の心を読んだかのように言う。
「うん? 俺は女ではないぞ。誤認は慣れておるが……」
「いや……そんな事思っておりませぬ」
 とっさにごまかし、
「それより、蛇が……」
 と、竜胆は夏侯淵の後ろを指差した。そこに小さな蛇がいたからだ。
「ああ。小蛇(化身)はお守りみたいな物だ」
「お守り?」
「そう。異国を旅した時に付いてきたのだ。結構なつっこくて可愛いぞ。旅はよい。見聞が広がるしな。人生も旅…最も俺は一度死んでおるのだが」
 そう言って、夏侯淵は笑った。
「それより、向こうに温泉があるぞ」
「温泉?」
 その言葉に、竜胆の目がぱっと輝く。
 村から出た事のない竜胆である。温泉という言葉は知っていたが、当然ながら入った事はない。
「竜胆殿も入るか」
「ええ……ぜひ!」
 竜胆は先ほどまでとはうってかわって元気になりはじめた。

 ……悪いことばかりではない
 竜胆は岩陰に隠れて着物を脱ぎながら思う。今の竜胆の頭の中は始めて入る温泉の事で一杯だった。
 ……これがもっと、楽しい旅であれば言う事ないのだが……。
 その時、背後からズシーン、ズシーンと大きな足音がした。とても、巨大な『誰か』が来たようだ。しばらくすると、頭上から声がした。
「うむ……『竜胆』か。良い名だな」
「……だ……誰です?」
 思わず着物で前を隠す竜胆(隠す必要ないのだが、癖になっている)。見上げた先には巨大なロボットがいる。
「ああ。失礼。私はコア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)というものだ」
「コアさん?」
「ああ。リンドウの花の花言葉は『誠実』と『正義』。君は優しい真っ直ぐな心を持った人なのだろうな」
 どうやら、コアは見かけによらぬロマンチストのようだ。その、コアの肩の辺りから、小さな羽のついた妖精が現れて竜胆に向かって飛んで来た。そして、竜胆をまじまじと見て言った。
「っていうか、竜胆ってば、かんっぺきに女の子ね〜。歩き方とかパーフェクトよパーフェクト。あんた、ここから男になるって結構大変よ」
「あ……あなたは、どなたですか?」
「あ、あたしラブ・リトル(らぶ・りとる)。しばらくの付き合いになるんだし、仲良くしましょ♪よろしくね?」
 ラブはそう言うと竜胆の肩にぽすっととまった。
「それにしても、あんたよくこれまで男ってバレなかったわね〜。女の子の中で16歳まで生活でしょ? ……お風呂、水泳、お泊り会……普段の友達との会話を考えるだけでも…バレるわよね普通……。どうやって凌いだのよ? そりゃこんな完璧な女の子にもなっちゃうってもんよね〜。
「私は、学校には行っておりませぬ。12才をすぎた頃から、村の女友達との付き合いも極度に制限されました」
「ええ?」
 ラブが同情したような表情を浮かべる。
「そうだったんだ……。でも、ま、とりあえず今は女の子同士、お風呂も一緒なんだから色々話を聞かせてよね♪」
「二人ともゆっくり入るといい」
 コアがうなずく。
「竜胆。君は立場上女性メンバーと同時に入浴するだろう。できれば、私も護衛として入浴時に同席したいが、他の女性メンバー達は許さないだろうな。私は機械ゆえ女性の裸を見ても欲情はしないのだが、どうにもそういう理屈では納得してもらえないようだ……」
「いいえ。私は女風呂には入りません。ここにいる皆さんは、私の正体を知っていることですし、その必要もありません」
「そ……そうなのか?」
 気のせいか、コアは残念そうだ。

 風呂の中はうまい具合に(男性陣には残念な事に)大きな岩で二つに分かれていた。
 湯の中につかっていると、体も心もほぐれてくるようだ。
 ……これが、温泉か……
 竜胆は体の力を抜きリラックスして、
「気持ちいい」
 と、つぶやく。
 それから、竜胆は色々考えてみた。自分の上に降り掛かった運命。十兵衛の言葉。そして、ささらや、ミナギの言葉を……。
「本当に、闘うしかないんだろうか?」
 と、竜胆は思う。
 正直言って、日下部家にも、自分の実父である重宗にもなんの愛着もない。けれど、これが自分に与えられた運命なら、立ち向かい、闘うしか無いのかもしれない。闘った先に、本当の自由と、本当の自分の姿が分かるのかもしれない。
 ……けれど、どうやって闘えばいいのだろう? 私には実戦経験もない。彼ら、契約者達とくらべると、あまりにも非力でちっぽけな存在だ。
 しばらく考えた後、湯船から上がり再び岩陰で着物をつける。そして、岩陰から出たところで、水鏡 和葉(みかがみ・かずは)と出くわした。
「ああ、竜胆さん!」
 和葉はそう言って軽く手を振った。竜胆も微笑み、手をふり返す。
「竜胆さんもお風呂だったんだね。気持ちよかったでしょ?」
「ええ。まさか、こんなところで温泉に入れるとは思いもしませんでした」
「ボクもだよ。いいお湯だったね」
「はい。久しぶりに、心も体も癒された気がします。温泉とはよいものですね」
「だね」
 そういうと、和葉はにっこりと笑顔を見せた。
「あのね、竜胆さん。ボクら、きちんと守って葦原城まで連れて行くから、どーんとお任せだよっ!」
 竜胆は、その言葉に笑顔でうなずく。
「何となく、だけどさ。ボク達似てるかなって……。だから、ボクに守らせて?竜胆さんが自分を取り戻せた時、ボクもボク自身を取り戻せる……そんな気がするから、さ」 
 そんな二人の傍らに神楽坂 緋翠(かぐらざか・ひすい)がそっと控えている。話を聞きながら、辺りにも気を配っているようだ。
「あ……!」
 突然、竜胆が小さく叫んだ。
「どうしたんです?」
 緋翠が尋ねる。
「温泉の近くに大切な守り刀を忘れて来てしまったようです。取ってこなければ」
「一人じゃ、不用心ですよ」
「大丈夫です。すぐそこですし……」
 そう言って竜胆が走り出そうとしたとき、
「きゃああああああ!」
 どこからか、悲鳴が聞こえて来た。