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第二章

――スパ施設プールサイド。普段はそこには休憩用の椅子やテーブルを設置してある。
 だが今日はその景色がいつもとは違う。椅子、テーブルはあるが、円を描く様に設置されており普段とは異なる並びであった。
 そしてそれらの中央にある広い空間。そこに置かれた四角形の台座。四隅に設置された鉄柱を支点として張り巡らされた三本のロープ。プロレスのリングが、そこに設置されていた。
 普段ならば異様な物質。だが今日、スパの利用客はその光景を受け入れ、観客となっていた。
 
『スパ施設を御利用の皆様、お待たせいたしました! 間もなくプロレスリングHCとのタイアップイベント、第一部が開催されます! 実況は私、プロレスリングHC所属天野翼!』
『同じく和泉空が務めさせていただきます』

 リング横に設置してある実況席。マイクを通してアナウンスが響いた。
 同時に観客達から歓声が沸き上がる。

『さて、第一部は一般参加者によるプロレス! 果たしてどのような試合が展開されていくのか、今から楽しみですね! それでは早速、第一試合を始めましょう!』
『第一試合はレティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)さん発案企画、【子供プロレス】です。その名の通り、小さなレスラー達のバトルがリングで繰り広げられます』

 プールサイドの隅に簡単に作られた入場口。カーテンが開き、現れたのはミリィ・フォレスト(みりぃ・ふぉれすと)桜葉 春香(さくらば・はるか)のチーム【サムライガールズ】であった。
 観客の歓声に手を挙げて応えるミリィと、恥ずかしそうにしながらも笑顔で応える春香。アピールをしつつ、二名がリングへと上がる。
 それに続いて入場してきたのはユウキ・ブルーウォーター(ゆうき・ぶるーうぉーたー)佐野 悠里(さの・ゆうり)。こちらも観客の迫力に呑まれず、堂々と歓声に応えながらリングへと上がる。
 どちらのチームもまだ幼さが残る子供が選手としてリングへと上がっていた。企画名【子供プロレス】の名の通り、この試合は子供達が選手として試合を行うのである。
 リングサイド、
「ミリィー、教えた事をしっかりー」
「春香ー、無茶はするなよー」
「そうじゃぞー! 己を出し切るんじゃぞー!」
ミリィ・春香サイドには涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)桜葉 忍(さくらば・しのぶ)織田 信長(おだ・のぶなが)が、
「ユウキー! 無茶だけはしないようにねー!」
「悠里ちゃん、試合を楽しんでですぅー」
ユウキ・悠里サイドではリアトリス・ブルーウォーター(りあとりす・ぶるーうぉーたー)佐野 ルーシェリア(さの・るーしぇりあ)、其々の保護者達がリング内を生暖かい眼差しで見守っている。
 否。保護者達どころか、会場の観客までもが何処か眼差しは生暖かい物だ。
 そんな生暖かい眼差しで見守られつつ、ゴングは鳴り響いた。

 始まった第一試合。現在リングで試合権利を得ているのは、春香とユウキ。
「え、えいっ!」
 春香がユウキの胸に、張り手を放つ。ぺちん、という何とも気の抜けた音が小さくしただけ。音の通り、威力も大したことは無くユウキにとっては痛くもかゆくもない。
「て、てやっ!」
 それでもなお、春香が張り手を放つ。だが、それをあっさりとユウキは避けると春香の身体を抱える。
「いっくよー!」
 そして春香ごとユウキは倒れ込み、リング内をゴロゴロと円を描く様にローリングクレイドルで転がる。二度、三度、四度、と転がり、やがて止まると春香の両肩をリングに押し付ける。
 レフェリーがカウントをとる。軽く目が回っていたが、『3で負け』という事を思い出し、春香は肩を浮かした。カウント2。
「春香さん! 手を伸ばして!」
 コーナーからミリィが手を伸ばす。クレイドル終止点はミリィ側のコーナー近く。春香が必死に手を伸ばす。二人の掌がパン、と音を立てタッチ成立。
「さぁて行きますわよ!」
 春香がコーナーに戻るのを待たず、ミリィがリングイン。すぐさまユウキを捕らえると、アッパー気味のエルボーを数発放つ。
「うぁっ!」
 よろけたユウキをミリィはロープへ押し込んでスルー。だがユウキはこれを好機と狙い、ロープの反動を利用しての真空飛膝蹴りを狙う。が、
「あれっ!?」
意外に強い反動にユウキが驚く。ゴムの様に撓むが、実際にあのロープはキツく設置されており、反動は意外と強い。
 驚き、技を仕掛けるタイミングがズレてただミリィに飛びかかる格好になる。
「うぇっ!?」
 それにミリィも驚くが、慌ててユウキの身体を抱えると旋回するようにスパインバスターで背中から叩きつける。
「っくぅ……!」
 呻き声を漏らしつつも、転がってミリィから距離を取り立ち上がるユウキに自軍の悠里が手を伸ばす。
「ユウキさん! こっち!」
 その声にユウキは振り返ると、伸びた手にタッチ。
「今度はこっちの番よ!」
 リングに入るや否や、悠里が走る。カウンターを狙い身構えるミリィだが、正面からぶつかる直前、悠里は回り込んで背後を取り腕をクラッチ。
「てぇッ!」
 持ち上げるとそのまま後方に反り、勢いよくブリッジ。少し崩れた形になっているが、高速のジャーマンスープレックスでミリィがリングに叩きつけられた。
 悠里自身はそのままホールドするつもりであったが、勢いでクラッチが外れてしまい投げっぱなしの形になってしまう。
「い、いったぁー……」
 崩れた際、少し打ったのか頭を押さえつつ悠里が立ち上がる。
「すっごくいったぁー!」
 涙目で頭を押さえるミリィが叫んだ。

『両選手、あれは頭を打ちましたね』
『勢いだけでやるとやりがち。私達も昔はよくやった』
『『脳内麻薬出てるから痛くない』とか言うけど、実際は痛いもんは痛いんだよね。その時痛くなくても、後になってから痛くなったりするし』

 序盤は粗が見えていた試合であったが子供特有の飲み込みの早さ故か慣れてきたのか、動きにギクシャクしたものが取れだし、技も決まる様になり攻防が見られ、試合と呼べるものへと近づいていった。
 だが時間経過と共に徐々に動きが鈍くなり、肩で息をする姿も見られた。子供故のスタミナ不足。いくら契約者と言えども、常に動き回るプロレスの試合でスタミナ配分をしろと言うのが難しい。
 それでも、子供達はリングに立ち試合を続けていた。

 今、リング上にいるのはユウキとミリィの二人。
「はぁッ!」
 打撃を躱し、ミリィはユウキを肩に担ぐと、そのままの勢いでオリンピックスラムで叩きつける。大技が決まり、そのままフォールへとミリィが立ち上がろうとした瞬間、
「せぇっ!」
リングに入ってきた悠里が膝を踏み台にし、シャイニングウィザード。顔面ではなく、側頭部に膝を受けミリィが倒れる。
「いやぁっ!」
 技の後、起き上がった悠里を次は春香のラリアットが襲い掛かった。威力は大したものではないが、タイミングが良かった。喉に腕が引っ掛かり、そのままリングへと押し倒す。
「え? 今の決まったの?」
 自分の技が決まったことに驚きを隠せない春香。だが、その隙に回復したユウキに捕まってしまう。
「……いくぞぉー!」
 一呼吸置き、春香を屈ませクラッチ。そのまま高く持ち上げパワーボムで叩きつける。そのままフォールへと移行しようとしたが、春香に試合権利は無い。その事に気づき解除した瞬間であった。
「さぁて、いきますわよ! MKO!」
 既に立ち上がって、狙いを定めていたミリィが叫ぶと同時に走り出す。そして飛びつきながらユウキの頭を捕らえ、顔面から落下。ジャンピング式ダイヤモンドカッターがユウキに決まった。
 フィニッシュとして狙っていた技だけに威力は高い。ユウキはそのまま起き上がれない。だが、ミリィも同様に動けない。
 リング上、四人がダウンした状態にレフェリーがカウントを取る。増えていくカウント数。しかし起き上がれない選手達。
 レフェリーが十、カウントを数え、ゴングが鳴り響く。

『選手達立ち上がれない! ここでゴングが鳴り響いた!』
『初めての試合でよく頑張った、うん』

 レフェリーの手を借りて、漸く起き上がった選手達に観客から拍手が送られる。そんな中、何者かがリングへと歩み寄っていった。
「いやいや、みんなよく頑張りました。いい試合でしたねぇ」
 この企画発案者であるレティシアであった。
 しかしレティシアの姿を見て、その場にいた者達全員が首を傾げる。彼女の今の格好は、これから試合をするようなリングコスチュームを纏った物であった。
「ですが……試合はこれだけでは終わらないんですねぇ……これからあちき、レティッツ・キャット対ちびっ子全員のエキシビジョンマッチがあるんですよぅ!
 そう言うと、レティシアが身構え子供達にかかってこい、と挑発する。すると、試合後の昂揚感のせいか、あっけなく子供達全員は挑発に乗り、レティシアに挑みかかった。
「ふむ、中々面白い余興じゃのぉ」
 この状況に、セコンドについていた信長が愉快そうに笑う。
「……レティ、何やってんのほんとに」
 同じく、リング下であんぐりと口を開けていたリアトリスが呆れた様に呟く。
「続けて試合とか、不安ですぅ」
「いや、でもまぁ大丈夫だろ」
「大丈夫だよ、彼女もわかっているはずだよ」
 うんうんと、保護者達が頷いた。

 結論から言うと、大丈夫じゃなかった。

「なぁーにやってるんですかぁー!」
「ぼぐぁッ!」
 レティシアに対し、ルーシェリアの鉄拳が飛んだ。
「い、いえですね! ほんのちょっとこう子供達に現実の厳しさって言うのを教えてあげないとダメだと思うんですよぉ!?」
 必死にレティシアが弁解する。
 彼女が何をしたのかと言うと、最初は向かってきた子供達をただ躱すだけであった。しかし興が乗ったのか、将又狙っていたのか、子供達全員にジャーマン炸裂。
「勿論あちきは手加減しましたよ!」
「当たり前じゃあッ!」
 涼介がレティシアを回転して抱え、逆さ吊りになった状態で頭からツームストンで叩きつける。マットに沈むレティシア。レストインピース(安らかに眠れ)。
「あーよしよし、痛かったなー」
 忍が頭を撫で、漸く春香はぐずる程度にまで収まっていた。
「……レティ、今回は僕も擁護できないや」
 ユウキに御褒美と用意していたモンブランを与えつつ、沈んだレティシアにリアトリスは呆れて溜息を吐いた。