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「……何故、こんなことに」
 リング下佐野 和輝(さの・かずき)が嘆くように呟く。彼は今これから試合に出るパートナーを応援する、ということで付き合わされていた。
「まぁ応援はいいんだよ……でも、何でまた……」
 和輝の今の格好は、両手にボンボンを携え短いスカートのチアガール姿。女装である。
「何でこんな恰好を……はっ!?」
 嘆いていると、リング上からアニス・パラス(あにす・ぱらす)ルナ・クリスタリア(るな・くりすたりあ)が笑顔で和輝を見る。その眼は『さぼってんじゃねーぞ』と語っていた。
「が、がんばれー! 二人ともがんばれー!」
 自棄になりボンボンを振り回すと、アニスとルナが満足げにリングへ目を戻す。
「はぁ……ん?」
 ふと、対戦相手に目をやる。アニスとルナの対戦相手は御剣 渚(みつるぎ・なぎさ)明智 光秀(あけち・みつひで)。そしてリング下には、
「フレーフレー! 渚に光秀ちゃんも頑張れー!」
自棄になって笑いながら同じようにボンボンを振り回す猫耳メイド――の格好をした夜月 鴉(やづき・からす)がいた。
 リング下の女装共の目が合う。

――ああ、お前も同類か。
――そういうお前こそ。


 お互いの境遇を理解するのに、言葉なぞいらない。ただ格好だけを見ればいい。
 全てを把握し、仲間を得たような気がして和輝と鴉がふっと笑みを浮かべる。
――女装チアをするという黒歴史を共有した、という仲間を、彼らは得ていたのだ。
 その笑みになんというかこうグッと来るものでもあったのか、観客席から歓声が上がっていたとかなんやらあったらしいが、それが語られることはまず無い。

『続いて第六試合、通常ルールタッグマッチとなります! リング下では互いのセコンドによる応援が送られています!』
『どちらも可愛らしい……二人とも股間にいらんものぶら下げているのが残念でならない』
『その件に関して私はコメントを控えさせていただきます。さぁ間もなくゴングです!』

 試合開始から数分経過。試合展開は完全に一方的な物となっていた。リング上にいるのはアニスと光秀。
「にゃははは〜♪ さーちあんどですとろ〜い♪」
「ごふぅ!」
 アニスの突撃……というか単なる頭からの突進が鳩尾に当たり、光秀が蹲る。
「く…この……ってあひゃひゃひゃひゃ!」
 体勢を立て直そうとした光秀が、再度笑いながら蹲る。
「ふむ、光秀さんの弱点発見ですぅ」
 嬉しそうにひょっこりとルナが光秀の肩から飛び降りる。アニスが突撃した際、ひっそりと光秀に飛びついてくすぐっていたようである。
「こ、この……」
「よし! 加勢しよう!」
 目を爛々と輝かせ、嬉々としてリングに入ってきた渚がロープに走り、
「せぇッ!」
飛び上がりドロップキックをぶちかます。光秀に。
「はぐぉッ!?」
 吹き飛ばされ、ダウンする光秀。さっと渚はコーナー――アニス陣営の方へと戻る。
「ふっふっふ、泣く準備が必要だったのはそっちだったようですねぇ?」
 そんな光秀に、ルナがニヤリと笑みを浮かべた。

 何でこんな光秀フルボッコな試合、というかリンチ状態になっているかと言うと、試合開始直後まで話は遡る。
 ゴングが鳴った直後、光秀はマイクを握りアニスたちに向かい『今の内に泣く準備をしておいた方がいいですよ?』と挑発をかました。
『その体格、勝負は目に見えているでしょう?』
『ふっふっふ……体格の差が戦力の差、だというそのふざけた思想が間違いだというのを教えてやるですよぉ〜♪』
 そう言うと、ルナはさーっと渚の耳元で何かを囁きだす。ふんふん、とルナに対し頷くと、渚はふっと笑みを浮かべる。
「さぁ、盛り上がっていこうじゃないか!」
 そして叫んだ。アニス陣営で。
「ってえぇー!? あなた何でそっちついているんですかぁー!」
「アニスこっちにいるから私はこっちつく! 貴様とは敵対する、というわけだ!」
 渚の堂々とした裏切り宣言に、光秀は口をあんぐりと開けるだけである。
「これで戦力は三対一……戦争は数ですよぉ〜♪」
 自身の悪魔の囁きでコロッと渚を寝返らせ、ルナが愉しそうに笑みを浮かべる。
「にゃっほ〜い♪」
 アニスはただ楽しそうにはしゃいでいた。多分現状よく理解していないに違いない。

『最早タッグというより三対一のハンディキャップマッチ状態! 光秀選手反撃を試みるも身を守るので精一杯です!』
『尚この試合はいじめではありません。合意の上でのことなので無問題』
「いやもういじめですよこれ!」
 フルボッコにされ涙目状態の光秀が叫ぶ。
『繰り返します、いじめはありません』
『これは合意の上の可愛がりです』
 実況席が機械的に対応する。昨今色々と問題が多いのでこの辺りはしっかりとしておかねばならない。レフェリーも同意しているようにうんうんと頷く。
「ぐぬぬ……裏切りとか、最低ですよ!?」
 涙目でビシィッ! と渚に指さす。
『お前が言うな』
 会場中からツッコミが入った。
「うるさい! まずはあなたから!」
 そう叫ぶと、光秀は渚に駆け寄り素早くジャブを連打する。
「うぉっ!?」
 突然の攻撃によろけた渚を、光秀が捕らえてブレーンバスターの体勢を取る。
「まずはあなたから終わらせます!」
 そう言うと光秀は渚を抱え上げ、体勢を変える。SSDという危険技の体勢であった。このまま垂直に頭から落とせば技は完成。
「ふぅ〜♪」
「ひゃうん!?」
 だが、首筋に感じた冷気に技は崩れ、渚を下ろしてしまう。光秀の首筋にいたルナが冷たい吐息を吹きかけたのである。
「にゃっほぉ〜い♪ いっけぇ〜♪」
 その隙を見計らったように、アニスが頭から突進してくる。何故か周囲にはヒヨコの幻影が見える。
「え……あぐぉッ!」
 ヒヨコの幻影に戸惑う中、アニスの頭が光秀の鳩尾に再度ヒット。シャレにならない勢いでぶつかられた為、呼吸が止まる。
「せぇの!」
 着地し、背後に回った渚が光秀の片足を抱えると、そのまま背後に投げるトルネードジャーマン。そのままフォールにはいかず、引き起こす。
「な、なんであなただけガチなんですか……」
「プロレスとはガチなのだろ? よぉし、そろそろ決めるぞ!」
 渚が叫ぶと、光秀をコブラツイストの形で捕らえる。だがそのまま絞り上げず、持ち上げて肩に担ぐと頭を抱えながら倒れ込み光秀の後頭部から背中を叩きつけた。E.V.Oという変形のエメラルドフロウジョン、またはエゴイストシュバイナーと名付けられた技である。
「フォール行くぞ!」
「にゃっほぉ〜♪」
「ひゃっほぉ〜♪」
 光秀に渚が、渚の上にアニスが、アニスの上にルナが圧し掛かる。フルボッコにされた上、三人(実質二人に近い)に圧し掛かられて跳ね返す事も出来ず、カウントが三つ数えられてゴングが鳴り響いた。

『えー……以上、通常ルールタッグマッチの予定でしたが急遽ハンディキャップマッチをお送りいたしました』
『繰り返し言うけれど、これはいじめではない。合意の上でのこと』
『さて試合もいよいよ後半戦、どんどん参りましょう!』