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第一章 カフェでのひと時

 日曜日の昼下がり。空峡にあるこの遊園地は恋愛応援を謳った企画に惹かれて訪れた人々で混み合っていた。
 遊園地のメインストリートの外れ、中央広場に面したカフェ『アリス』も、朝から常時満席だ。混雑対策に、と配られた時間指定予約の申し込みも、昼前にはとっくに配布を終えてしまうほどの人気だった。
 そんなカフェの中央にある一席に、山葉 加夜(やまは・かや)山葉 涼司(やまは・りょうじ)が座っていた。
 二人は午前中にアトラクションを回ってきた後、昼下がりの休憩にと訪れたのだった。
「観覧車からの眺め、本当に綺麗でしたね。夕焼けの時間になったら、もう一回乗りませんか?」
「ああ。それにしても、ここのカフェは混んでいても落ち着いた雰囲気で良いな」
 加夜と涼司は見つめ合い、どちらともなく幸せそうに微笑む。
 そこに現れたウエイターは、二人の邪魔をしないようにそっとテーブルに近寄った。
「限定スペシャルケーキセットになります」
 ウエイターが運んできたのは、小さめのホールケーキと紅茶のセットだ。苺やクランベリー、ブルーベリーがたっぷり乗った、ショートケーキだ。一口サイズのハートを象ったチョコレートが二つ、中央に飾られている。
「美味しそう……」
 加夜の顔に、自然と笑みがこぼれる。ふと、何かを思い出したように加夜はウエイターを引き止めた。
「すみません。このケーキに合うシャンパンは、どのような種類なんでしょうか?」
「ショートケーキでしたら、甘口のシャンパンがオススメですよ」
 ウエイターは一礼をすると、邪魔をしないようにとの配慮か、すぐに去っていった。
「なんだ、飲みたいのか?」
「今ではありませんよ」
 ふふ、と微笑んだ加夜は、ゆっくりと辺りを見回した。このカフェの席は、一席一席が半透明の間仕切りや衝立で仕切られており、人目が気にならないように分けられている。
 加夜はフォークでケーキを小さく切り、その上にちょこんとハートのチョコレートを飾って涼司に差し出した。
「はい、涼司くん、あーん」
 涼司は辺りを見回し、人目を気にするように素早く口を近付けた。
「……ちょうどいい甘さだな」
 そう言いながら、涼司もケーキを小さく切ってフォークに乗せた。もう片方のチョコレートもすくって乗せると、涼司は黙って加夜に差し出す。心なしか耳を赤く染めているように見えて、つい加夜は微笑んだ。
「ねえ、涼司くん。クリスマスは一緒にケーキを作りませんか?」
 二人の間に、ゆっくりとした時間が流れていった。


 *

 シャウラ・エピゼシー(しゃうら・えぴぜしー)は、金元 ななな(かねもと・ななな)と共にカフェ『アリス』にやってきた。予約しておいた窓際のカウンター席につくと、シャウラはなななに見えないように肩を落とした。
 なななが好きそうだから、と絶叫系のアトラクション巡りを提案したはいいが、予想以上に食いついたなななに半ば引きずられるようにしてアトラクションを乗り回したシャウラは、ようやく人心地ついたといった様子だった。
「落ちる軌道エレベーターも、無事ななな達の力で大惨事を免れたね!」
 対するなななは興奮覚めやらぬと言った様子で、はしゃいでいる。そんななななを見ているだけで、シャウラはやっぱり提案して良かった、と思う。そんな二人の元に、ウエイトレスがメニューを持ってきた。
「あ、どれでも好きなの頼めよ」
 そう言ってなななにメニューを渡したシャウラは、カップル限定のケーキが目に留まった。
(でも、俺たちまだ恋人じゃないしな……)
 などと思いながら、なななの手にしているメニューを覗き込んでいたシャウラだったが、はっ、と顔をあげると、なななの視線がシャウラの顔にじっと突き刺さっていた。なななはシャウラの顔を見て、にっこりと笑う。
「ゼーさん! これ、内容確認しよ?」
 そう言ってなななが指差したのは、カップル限定のスペシャルケーキだった。

「みてみて! ここに電波が集まって来てるみたいだよ!」
 ぴょこぴょこと髪を揺らして、ハート形のチョコレートを指すななな。すかさずフォークを手に取ったなななは器用にケーキを二つに分け、取り皿に乗せた。
「はい、ゼーさんの分! これで電波も半分こだよ!」
 楽しそうに笑うなななを見て、シャウラは心の中で、いつかお互いに食べさせ合えるようになったらな……と、思い描く。
「ここは最後に取っておこうかな。まずは周りからー」
 美味しそうにケーキを食べるななな。
「んー、おいしー!!」
「それはよかった」
 シャウラはそんななななの姿を見ていると、今はこうしているのも悪くないな、と思えるようだった。
「よし! 補給を終えたら、また落ちるよー! 今日は、宇宙刑事なななと宇宙刑事見習いシャウラの結構激しい遊園地パトロール、だからね!」
 シャウラは先ほどまで経験していた浮遊感を思い出しながら、ケーキを口に運んだ。ほどよい甘さが口の中に広がる。
「でも、まずはパレードから電波を受信するのが先かな!」
 そう言って心底楽しそうに笑うなななを見て、シャウラは微笑んだ。誘ってよかった、と心の中で思いながら、シャウラは紅茶のカップに手を伸ばした。