イルミンスール魔法学校へ

シャンバラ教導団

校長室

百合園女学院へ

死いずる村(前編)

リアクション公開中!

死いずる村(前編)
死いずる村(前編) 死いずる村(前編)

リアクション






■2――一日目――19:00


 山葉 涼司(やまは・りょうじ)から話を聴いた、高月 玄秀(たかつき・げんしゅう)は公民館へとやってきていた。
 ――村の中心から円状に結界の範囲を割り出し、なにか結界を維持する要になっているポイントが無いかを探そう。
 そんな心境で、彼は、注意深く黒い瞳で周囲を一瞥する。
「もう暗いし、危ないですよ」
 そこへたまたま居合わせた各務ルイスが、涙混じりの声を上げる。
 玄秀は、彼女に笑って見せたものの、内心決意していた。
 ――他人は誰であれ信用しない。
「どうやらコレが、結界の中心のようですね」
 暫し散策した後、彼はひとつの地蔵に目を落とした。
 ――予想通り、結界がはられていた。
 それは確かな様である。
 そうであるならば――もう一つ気にかかる点がある。
 ――『結界の外に死人を放り出すと、どうなるのか』。
 彼はそれを思案しながら、静かに腕を組んだ。
「どうしたんですかァ?」
 自分より強そうな人に、ついていこうと決意していたルイスは、動きを止めた玄秀に対し、不安そうな視線を送る。それには構わず、彼は逡巡していた。
 ――結界がはってあると、思わされている可能性が無いわけではない。
 ――無論、推論が間違っていてハズレを引く可能性は十分ある。
 だが。
「秘祭は3日間行われ、その後村は永遠になる」
 彼は、呟いた。
「はう?」
 ルイスは、彼の声に首を傾げる。
 だが彼女の声など気にする事もなく、玄秀は思案に耽る。
 それは――要するに、3日間はまだ『完全ではない』という意味ではないのか。
 ――現世に顕現している間は、なにかのフィールドで死人の村を維持している。この考えは、あながちハズレでもないはず。
「死人といってもコミュニケーションは可能なのだから、情報を小出しにして誘引は可能だろう」
「何を言っているのか、全然分かりませン」
「……そうですか。大体、貴方は誰です? 僕には、僕にやる事があるので、貴方も何かしてはいかがですか」
 思考を遮られた玄秀が、淡々とそう言うと、不安そうな瞳をしたままルイスが頷いた。
「分かったわ、私もちょっと調べに行ってくる!」
 一人意気込み断言して、彼女は歩き出した。
 それを見送ってから、玄秀は何度か瞬く。
 ――現状で、一体、どのくらいの数の死人がいるのだろうか。
 彼がそう考えていたその時の事だった。
「私に生気を寄越しなさい!!」
 唐突に叫声がかかり、玄秀は襲われかけた。
 彼は慌てて待避すると、殺気看破とディティクトエビル――そして歴戦防御を駆使して奇襲を回避した。
 現れたのは、小嶋 咲である。
 玄秀は、サンダーブラストと奈落の鉄鎖で、咲の動きを止めると、悪霊狩りの刀で、相手の首を刎ねようとした。だが、寸前でかわされる。
 ――結界の限界点を把握できたのだから、ぎりぎりの線で戦って、相手を外にたたき出す!
 そう決意した彼は、なんとか村の外れまで『死人』を誘導しようと、足を動かした。
 ――首を刎ねても、結界の外に放り出しても死ななければアンプルを使おう。
 そんな風に決意しながら、走り出す。ひとまず、アンプルの使用は後まわしとして、通常攻撃での撃破を試みる事にした。
 ――アンプルが効かなかった場合に、隙を突かれるとまずいですしね。
「もう少し余裕があったのならば、わざと隙を作って、誘い出したかったんですが」
 距離を取り、体勢を立て直しながら、玄秀が呟いた。
 ――彼は気がつかない。
 その首へと、水島 慎が両手を伸ばしている事に。
「!」
 玄秀が事態に気がついた時、彼の首筋には、慎の歯が突き立てられていたのだった。


「死者は人間を『死人』にするのが目的らしいから、危険な存在として、近づいてくる相手を――……」
 鎮守の森の外れで、相田 なぶら(あいだ・なぶら)が呟いた。
 ――『禁猟区』を使って判別できないかな……。
 日が落ちてから、森のあちこちから悲鳴が聞こえてきている。
 それには、なぶらも気がついていた。
 一見頼りなさそうに見えて、性格も、ものぐさと表される事のある彼だったが、見る者が見れば分かる正義感を持ち合わせているのが彼である。だからこそ、それらの叫声をひとえに見過ごすことは、彼の矜持に反する事だったのかも知れない、が――今の現状は、甘い見通しを許してはくれない。彼は冷静な思考で、その事を把握していた。
 だからこその、禁猟区である。
 危険な存在が、即ち死人とは限らないだろう。だが少なくとも、『死人』と『危険な人間』の集団、そしてそれらと相反する『普通の人間』のグループは大別出来るだろうと彼は考えていた。
「さて、ここからどうやって、死人を見つけるか……」
 呟きながら、なぶらは思案した。
 ――普通に襲ってきてくれるなら、ただアンプルを打ち込んで試してみるだけだからまだ悩みも少ないんだけどなぁ。
「周りと協力しようにも、誰が死者なのかも分からない状況だし……」
 腕を組んだ彼は、眉間に皺を刻む。
「うぅむ、いっそ怪しい人の前でわざと一人になって、襲って来るのを待とうかねぇ……」
 そんな事を口にして、なぶらは一人で苦笑した。
 ――まぁ、死者が俺よりずっと強かったらどうしようも無いんだけどね。
 彼には相応の実力があったが、それに奢らないのが、冷静沈着な、なぶらである。
 暫しの間熟考した後、彼は暗い森を歩き始めた。

「一人で歩いているなんて、良い度胸ね。私の餌になりなさい」

 そこへ唐突に声がかかった。
 息を飲んで、なぶらが顔を上げる。
 するとそこには、中谷冴子の姿があった。
 反射的になぶらは、白衣から覗く彼女の手首を取り、地面に引き倒す。
「まさか、こんな風に計画通りに出てきてくれるとはねぇ」
 額からしたたる汗には知らん顔で、なぶらは静かに笑った。
 そのまま冴子の華奢な首に、手を宛がう。
「悪いけど、此処で死ぬ気は無いんだよ」
 死人と化した女医の頸椎を折るように、そのまま彼は力を込めた。
 ――罪悪感が、彼の思考に、少しずつ忍び寄る。
 けれどきつく目を伏せ、彼は、そうして一人の死人を屠る決意をする。
 骨を折るだけでは心許なかったから、そして、自分の罪を噛みしめるようなそぶりで、彼は近くの木にたてかけてあった鉈で、その頭部を切断したのだった。
「――あ」
 すると『死人』の動きが止まった。
 ――首を刎ねると、死人の動作を止める事が出来るのだろうか?
 それとも単に再生するまでに時間を要するだけなのか。
 思案した末、なぶらは、所持していたアンプルを打ち込む事にした。
 まだ生々しい、生きていた人間とほとんど差違がみられない女医の腕に、注射器を宛がう。
「これは……」
 途端、冴子の肉体が水を吸った泥人形のようにひび割れ、崩れ始めた。
 切断された頭部と首の合間からは、何か粘着質の液体が漏れだしてくる。半透明の紅いソレは、一見して血液とは異なる代物のようで、流れ出て暫くするとその一角に、人の顔じみた凹凸が現れた。
 ――これは、今しがた襲ってきた死人の顔じゃないか――。
 その事実に気付いたなぶらは、唾を嚥下すると、慌ててその場を後にした。
 本能的に、なにか危険なものが、流れ出しているように感じたからだった。


「!」
 暫し遡ること、それは日中の事だった。
 木の幹に、偶然拾った鉈を立てかけておいた村主 蛇々(すぐり・じゃじゃ)は、取りに戻ったその場所で遭遇した光景に息を飲み、思わず両手で口を覆った。
 黒い瞳が、信じられない光景を、必死に受け入れようと見開かれている。
 ツインテールの黒髪が静かに揺れていた。
「どうしたんだよ――……!」
 声をかけようとしたアール・エンディミオン(あーる・えんでぃみおん)も、また同様に声を失った。
 二人は日中から、村中を移動して過ごしていた。
 だから死人に遭遇するのも、死人に対抗する人間に会うのも、これが初めての事では無かった。けれど、目の前で命が潰える瞬間を目撃するのは、この村で初めて目にする事に他ならなかった。
 ――……大勢の生きてる人の中に居たら心強いし、安心出来るけど、不確かな情報で惑 わされ易いから単独行動した方が良いってアールが言うのよ……だから。
 そんな思いでここまで来た蛇々は、木陰で、唇を両手で覆ったまま、目が離せないでいた。
 理性では分かっていた。
 ――……自分自身で確かな情報を得るまで誰も信じるなって事かな……。
 ――だから……ええと……ずっと同じ場所に留まると奇襲されるかも知れないから村の中を常に移動するんだもん。
 ――それでも……たまに物陰に隠れながら……うう……。
「うっ」
 まさか直接的に、人と人が命のやりとりをする瞬間に立ち会うとは思っていなかった彼女は、襲ってきた嘔吐感に呻く。
「おい、大丈夫か?」
 彼女の手を引き、その場を遠ざかりながら、アールが普段無口な彼にしては珍しく、気遣うような声をかけた。
「も、目的は……死人の弱点や特徴を掴む事……だし」
 青い顔をしたまま、蛇々が言う。
「嗚呼、その通りだ。戻るか?」
「た、た、戦うの!?」
「――いや、一度様子を見て、体勢を立て直そう」
 アールの声に、安堵するように、小刻みに蛇々が頷いた。


 死人が闊歩する林の中で。
 山場弥美の後を追ってきた赤嶺 霜月(あかみね・そうげつ)アイアン・ナイフィード(あいあん・ないふぃーど)は、ブナの木々の影で顔を見合わせる。
 ――間に合ったならば、助けに入りたかった。
 そう考えながら、秘祭の神技を代々手伝ってきたという水島家の人間とその友人が、結果として『死人』の毒牙にかかるのを見送る事になった霜月は、悔やむようにきつく奥歯を噛んだ。
「どうにもならない事だって有るだろ。それより、当初の目的通り、山場弥美をなんとかするべきだ」
 アイアンがぶっきらぼうな調子ながらも、どこか励ますように声をかける。
「そうですね」
 頑張って笑みを作って見せているような表情で、霜月がパートナーの言葉に頷いた。
 その表情を一瞥しながら、アイアンは腕を組む。
 ――霜月の特訓に付き合って来たは良いが、いい感じにニンゲンどもが疑心暗鬼になってやがる。
 精霊である彼は、この村に来てから邂逅した様々な人々のことを思い出し、嘆息した。
 ――霜月のフリをして適当な奴に襲いかかってもいいが……。
 パートナーと瓜二つの容姿をした彼は、そんな事を考えながら、茶色い瞳を瞬かせた。片方の目が闇夜の最中、一時だけ赤く光って見える。
 ――霜月がわざわざ外に出ると言いやがったから、それに付き合う、そっちの方が面白そうだ。
 どこか享楽的な心情で、アイアンはそんな風に考えた。
「それにしても死人は強いのかねえ……?」
「どうでしょうね」
 顎に手を添え、霜月が首を捻る。
「あら、貴方達、私を捜していたのかしら」
 そこへ唐突に声がかかった。揃って二人が視線を向けると、そこには、山場弥美が立っていた。暗がりの中で一際目立つ、白いワンピースを纏っている。
「――夜歩きは危険ですからね。弥美さんのように愛らしいお嬢さんには、特に」
 霜月が、柔和な表情で、心にも無い事を言ってのける。
「ありがとうね。流石は、涼司ちゃんのお友達ね」
「さっさと帰るとするか」
 警戒を怠らないよう注意深く周囲を伺いながらも、アイアンが話を合わせた。
 彼の背筋を汗が伝っていく。
「そうね――貴方達がもう少し考えの足りない人達だったなら、今頃、『死人』の餌食になっていたでしょうけれど」
 弥美は喉で笑うと肩を竦めた。
 ――それは、いつでも自分達を襲えるという脅迫か?
 思案しながら霜月は、弥美の隣へと立った。


 その頃、各務ルイスは、死人とは何なのか調べようと決意し、山場神社へ向かって歩いていた。金色の巻きが、汗でうなじに張り付いている。
 だが彼女はそんな事は気にせず、青い瞳をしっかりと正面に向けて、歩いていた。
「なにやってんだよ、お前」
「はうう!」
 唐突にかかった声に、ルイスが瞠目する。
 現れたのは、煙草を銜えた六角要だった。形ばかりの僧服を着た彼は、辺りを見回しながら、首を傾げる。
「お前は生きてるのか? それとも、死人?」
「私は生きてますぅ……」
「証拠は?」
 数珠を揺らしながら、要が煙草を指の間に挟んで、煙を吐いた。
 その光景を見ながら、嫌煙家の少女は目を細める。
 するとその時、声が響き渡った。
「死人なんて早々戦える相手じゃねえ。ちょいと相手させてもらうか」
 その声に、二人が揃って目を見開く。
 そうして視線を向けたその先には、白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)が立っていた。
「それはそうですけド――どうやって、死人を区別するんですかア? ううう、ごめんなさい」
 何故なのか謝り始めたルイスをまじまじと見て、竜造が小首を傾げた。
「それもそうだな。まぁ――どいつか、わからない? なら皆殺しだ」
 その言葉に、感動したように要が手を打った。
 小気味のいい音が辺りに響く。
「成る程、全員殺せば、生き残れるんだな」
「なんだこの生臭坊主は」
 自分で提案したにもかかわらず、竜造が僅かに目を細める。
「まぁいい。小耳に挟んだところによると、どうやらこの村で秘祭なるものをやるらしいな」
 その言葉に要が頷く。
「俺も、記憶がないから詳しくは知らないんだけどな」
「てめぇは誰だよ――ああ、で、なんだ? そいつが終わればこの村は永遠になるらしい。なんだ、完全不死身のアンデッド誕生ってか? まさかな。そうだとしたらどれだけ愉快な事か。永遠に死なない奴を殺し続ける。これほど楽しそうな事はねえ」
「戦うことが好きなのですカ」
 ルイスが呆然としたように言うと、竜造が唇の片端を持ち上げた。
 残忍な笑みが浮かぶ。
「なんとかして、死人と生者を見分ける方法が分かると良いんだけどな」
 煙草を深々と吸い込み要が言う。すると、肩を竦めて竜造が笑った。
「そんな事するまでも無え。最初から自分以外を敵と思えばいい。下手に信頼して寝首かかれたら笑い話にしかならねえ。だったら己だけを信じて行動すりゃいい」
 その言葉に、ルイスと要が顔を見合わせた。それには構わず竜造が続ける。
「……だから最初に宣言しておく。生死問わずこの集落にいる全員が俺の敵だ。これから先、徒党を組む事も無ぇだろうし、助けてやる気もねぇ。殺されたくなったらいつだってかかってきな」
「無理に決まってるだろ、俺は逃げる」
 断言して、要が走り出した。
「ちょ、ちょっと待って下さいヨォ!」
 慌てた様子でルイスが声を上げる。
 そんな光景は気にせず、竜造が武器を振りかぶった。
 ――ギン。
 そこに、甲高い音が響きわたった。
「大丈夫。逃げて」
 現れたのは、スウェル・アルト(すうぇる・あると)だった。刀で受け止めた彼女は、後ろへと静かに飛ぶ。その左右には、ヴィオラ・コード(びおら・こーど)作曲者不明 『名もなき独奏曲』(さっきょくしゃふめい・なもなきどくそうきょく)――ムメイの姿があった。
 それに安堵するように、ルイスが走り始める。
「面白くなってきたな」
 にやりと笑った竜造の隣には、松岡 徹雄(まつおか・てつお)アユナ・レッケス(あゆな・れっけす)が静かに立つ。
「こんな事言ったら非難轟々だろうが、綺麗事ほざける状況かって話だ。相手が手段選んでくる保証が無えんだ。だったらこっちだって同じだろって事で、敵たる俺は勝手に動かせてもらうぜ」
「今、私は戦うつもりが無い」
 スウェルはそう述べると刀をしまい、竜造をまじまじと見据えた。
「それに辛いことだけど――貴方の言葉は、間違ってはいない」
 スウェルはそれだけいうと、ヴィオラとムメイを伴って、その場から離脱した。勿論、ルイス達が逃げ切ったことを確認してからだ。
 竜造もまた、深追いする様子はなく、武器をしまう。
「――全く、何だっていうんだろうな。どうしたもんか」
 呟いた彼は、均整の取れた筋肉がのぞく両腕を静かに組んだ。
「するべき事はいくつもあるねぇ」
 徹雄はそう言ってから、首を傾げた。
 竜造は必ずしも短絡的なだけではなく、相応に頭が回ることを、徹雄は知っていたのかも知れない。
「そうだな。まずは集落を散策。地理を頭に叩き込んでおく。散策時はこちらに敵意を向けている奴らがいないかも見ておくか」
 淡々と口にした竜造は、それから徹雄に向き直った。
「ある程度把握したら寝床を確保だが、そこはおっさんに任せる。そんな親切な村人サマがいるかは知らねえが、ホントにいたならご招待させてもらおうか」
 おっさんと呼ばれたことには触れず、徹雄が頷く。
「で、寝床を確保できたら平静を保ちつつ襲撃に備えて――百戦錬磨の経験と勘で感覚を研ぎ澄ませながら過ごすか」
 その言葉に、徹雄は顎を縦に振った。
 それを見て取り、竜造はアユナを見る。
「もちろん出されたものは水一滴でも飲まねぇ。いいな?」
「は、はい!」
 髪を揺らしながらアユナが頷くと、再び竜造は腕を組んだ。
「寝る時も浅く眠る程度に留めるか。もし寝首かく奴が来たら、あらかじめ取り出せるようにしておこう、光条兵器をな。それで反撃させる余裕なんて与えず、そんな暇なんてなくして――ぶっ殺す」
 断言した竜造の正面で、徹雄は考える。
 ――三日間の秘祭の後、永遠になるか……なんだかホラーな雰囲気を感じるねぇ。
 ――ともあれ、この命死人にあげるわけにはいかないからね『正当防衛』させてもらうよ。
 彼らの動作を見ていた他者からすれば、必ずしもそれが『正当防衛』の範疇にはいるのかは、ほとほと怪しいと言えなくもない。
 だが、誰に指摘されるでもなかったから、彼は思考を続けた。
 ――まずは自分たちのいる場所の情報を手に入れるのが先決。
 ――て、事で竜造と一緒に集落をまわろう。
 パートナーの先程の言葉に同意する形で、彼は今後の方策を練っていた。
 ――その最中に村人に不審な動きは無いか、こちらの動向を探ってる奴がいないかもチェックしておこうかな。
 徹雄は組んでいた腕をほどくと、竜造をまじまじと見据えた。
 ――それに寝床だけど、これにはおじさんも策がある。て事でアユナちゃんに一軒一軒訪ねてもらって寝床貸してもらえるかお願いしてまわってもらおう。ほら、男がやるより女の子がやったほうが有功だから。
 続いてアユナへと視線を向け、彼は一人頷いた。
 ――……できれば、悪意ある人の家が望ましいけどね。
 しかし彼のそんな思考は、アユナの知る所にはない。
「竜造さん達が、集落を見て回るというのであれば、それに同行させてもらいます」
 とうのアユナはそう言うと、茶色い髪を揺らした。
「移動中は、殺気看破を使用したいです。悪意や敵意ある人がいるかを確認しておきたいですし――寝床を貸してもらうために動く時は、それを参考に、得た情報を利用して、一軒一軒尋ねてまわります。安心して下さい。きっと一生懸命頼めば、一軒ぐらい、よそ者を一泊させてくれる家があるはずです……」
「まかせたぜ」
 竜造が何気なくそう言うと、アユナが、両頬を持ち上げた。
 心底嬉しそうに笑う彼女の顔には、花が咲いたようである。
「は、はい! もし泊まれたら、ディテクトエビルで警戒しながら、出されたものに手をつけようと思います。竜造さん達の毒見役みたいなものでも、お役に立てればと思って……勿論、何も無ければそれに越した事はないんですが……」
 アユナはそこまで言うと言葉を句切った。
 ――もし何かあれば容赦なく抵抗します。
 内心誓った彼女に向かい、不思議そうに竜造と徹雄が視線を向ける。
「どうかしたのか?」
 尋ねた竜造に対し、アユナは大きく首を振ったのだった。


 彼らがそんなやりとりをしていた頃、林の奧では。
 ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)が、各務ルイスの腕を爪で傷つけ、小さく裂けた白い二の腕に指を絡ませ、生気を奪い取っていた。
 その光景を、周囲を警戒していたアンジェラ・クリューガー(あんじぇら・くりゅーがー)が、気配を殺して見守っていたことは、未だアンジェラ以外の誰も知らなかった。