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真赤なバラとチョコレート

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真赤なバラとチョコレート
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リアクション

1章

1.

「うわぁ……」
 ずらりと並べられたお菓子の数々に、レモ・タシガン(れも・たしがん)は目を丸くした。
 もっとも、レモだけではないだろう。本日は閉店の札が下げられた喫茶室には、そのテーブルを埋め尽くす勢いで、種々様々なスイーツが並べられていたのだ。
 相性を見るために入れられたコーヒーの香りと混じって、チョコレートや砂糖、リキュールといった類の華やかな甘い香りが立ちこめる。甘いものが苦手ならば、これだけでもう退散してしまいたくなるくらいだ。
 そう。本日は、喫茶室リニューアルオープンのための第一歩。
 新メニュー開発のための、大試食会が行われているのだ。

「とりあえず、取り寄せたモンはこれで全部やな」
 大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)が、満足げに腕組みをして頷いた。
「あ、あの、これ全部、泰輔さんが……?」
「まぁな」
 あっさり肯定するが、それなりにお金もかかったことだろう。レモは驚いた声をあげて、それから、困ったように口元に手をあてた。
「あー、レモ君が気にすることちゃうわ。ジェイダスはんも協力してくれはったし。それより、これをどう活かすかっちゅーんが、問題やで?」
 小銭を愛してはいるが、使うときには金離れも異常にさっぱりしている泰輔だ。ここぞというときには、これくらいのことはしてのける。
「『新しくする』んやったら、まず『古いモンはなにか?』をきっちり知らんとできひんからな」
 泰輔の主張のもと、並べられたのはまずカフェの旧来のメニュー全種類。それから、バレンタイン商戦で賑わう空京から取り寄せた、上等の各種スイーツだ。
 あるいは、パラミタで手に入る色々な果物や香料といった、原材料にまで至っている。
 もちろん、ただ取り寄せたわけではない。数も多く、場合によっては今後長く贔屓にするんだから、との駆け引きの上で、それなりに値切ったのは当然だった。
「さ、まずは食うてみんと」
「うん。えーと、これは……なんだろ?」
 ころんとしたお菓子を手にとり、レモは首を傾げる。キレイな色だが、味が想像がつかない。
「マカロン、だそうですよ」
 取り寄せたお菓子の資料を手に、レイチェル・ロートランド(れいちぇる・ろーとらんと)が優しくレモに教えてやる。
「へぇ〜。すごくキレイな色だね」
「そうですね。見た目の美しさも重要ですね。それから、コーヒーとの相性もありますし」
 頷いて、レモは一口、ピンク色のマカロンを口に含む。見た目に反して柔らかく、マカロンはふわりと口の中で崩れていった。
「美味しい!」
「確かに、これはなかなかですね」
 同じように口にしたレイチェルも微笑んで、資料にメモを書き付けていく。
 カールハインツ・ベッケンバウワー(かーるはいんつ・べっけんばうわー)は、やや離れた場所でその様を見守っていた。レモに周囲を巻き込めとアドバイスをしたのは彼だが、どうやら思った以上に上手くはいっているらしく、一安心だ。
「んー、これは美味いけど、コーヒーとはいまいちやなぁ」
「こっちはどうです?」
 メモをとりつつ試食を続けていく一行に、華やかな歌声を響かせ、フランツ・シューベルト(ふらんつ・しゅーべると)がわってはいった。手には、艶やかな茶色のケーキを携えて。
「さぁ、どうぞ! コーヒーにはぴったりだと思うよ。なんたって、ウィーン仕込みのザッハトルテだからね」
「フランツさん、今のは、『コーヒー・カンタータ』?」
「ああ。カフェにはぴったりかなと思ってね」
 レイチェルの問いかけに、フランツはウインクで答えた。
「へー。音楽以外にもでけたんやな」
 意外そうに泰輔は言うと、さっそくザッハトルテを一切れ、フォークで口に放り込んだ。
「生クリームを添えて食べるもんだよ!」
「そうなん? あー、でも美味いわ。たしかに、コーヒーとあうわ」
 泰輔の言葉に、フランツは得意満面だ。
「そうですね……この喫茶店ならではにするなら、生クリームは上にバラの形にデコレーションするというのはどうかしら?」
「レイチェル、それはとても素敵なアレンジだね!」
「それは、僕も素敵だと思う!」
 早速レモも同意し、メニュー候補のひとつに決まった。

 そのころ、厨房では、試作品作りの最後の仕上げをする生徒たちもいた。
「さて、と。もうすぐタルト生地が冷めるな。郁、どうだ?」
「んと、こんな感じなの!」
 柚木 瀬伊(ゆのき・せい)にむかって、柚木 郁(ゆのき・いく)は顔よりも大きなボールをうんせとかかげて見せる。中には、滑らかなカスタードクリームがたっぷり出来ていた。瀬伊に頼まれて、ハンドミキサーで郁が作ったものだ。
「うん。上出来だな」
「えへへ、これカスタードだよね? ちょっとお味見してもいい?」
 きらきらと青い瞳を輝かせて、郁が可愛らしくおねだりをする。
「それより、郁にはこっちかな」
「え?」
 ボールを瀬伊がとりあげると、かわりに、郁の口元に赤い苺が運ばれた。小粒だが、いかにも艶やかで、味の濃い苺だ。
「郁食べていいの、いいの?」
「ああ」
 満面の笑みで、郁は瀬伊の手から苺をほおばった。甘酸っぱい味が、小さな口の中いっぱいに広がる。
「あまーい、あまい、の! いくね、いちごさん、だいだいだいすきなの!」
 興奮したように幼い手を振り回し、郁がその場で踊るように跳ねた。どうやら相当、この苺はお気に召したようだ。
「ありがとう、瀬伊おにいちゃん!」
 とびつくようにして、郁が瀬伊の頬に感謝のキスをする。
「ん、わかったわかった」
「どんな感じ?」
「あ! 貴瀬おにいちゃん!」
 ひょいと厨房に顔を出した柚木 貴瀬(ゆのき・たかせ)に、郁が振り返る。
「あとは、タルトにカスタードクリームをつめて、上に苺を飾るだけだな」
「そっか。ね、試作品できたら一切れお願いね。お礼する約束だから」
「おれい?」
 郁が首を傾げたが、貴瀬はナイショ、といわんばかりに微笑んだだけだった。
 この苺タルトは、もちろん新たな喫茶室のためではあるが、可愛い郁がいつでも苺のデザートが楽しめるように、という気持ちもある。
 瀬伊はそのために腕を振るい、一方貴瀬は、この苺の入荷にあたって、ジェイダス・観世院(じぇいだす・かんぜいん)にちょっとしたお願いをしにいっていた。……他にも少しばかり、改めて話したいこともあったからだ。
「お久しぶりです、ジェイダス校長…あぁ、いや、今は薔薇の学舎理事長兼新エネルギー開発局局長、でしたね。失礼しました」
「いや、かまわん。自分でも時々、間違えるくらいだ」
 ジェイダスはわざとそう戯けてみせ、貴瀬へと向き直る。理事長室、といっても、ようするに今はジェイダスは私邸で過ごしている。貴瀬はあまり、馴染みがない場所だ。
「今日はお時間をいただけて、ありがとうございます。……その。以前は、大きな事をいったのにあまり役に立てず、すみませんでした」
 やや口ごもってから、貴瀬ははっきりとそう伝え、頭を下げた。すると、ジェイダスは微笑し、「気にするな。……私にも、誤りはあった」と静かに答える。
「きちんと言葉で伝えられてほっとした、かな」
 無意識にほっと息をつくと、貴瀬は珍しくはにかんだ微笑みを浮かべた。
「今日は、そのために?」
「あ、それもあるんですが……。ジェイダス理事。苺農家にコネはありませんか?」
「苺?」
「ええ。喫茶室のリニューアルにあわせて、アイデアを皆で出し合っているんですが。苺はやっぱり、スイーツの基本でしょう? お菓子は苦手でも、果物の類は大丈夫という人もいますし。うちの子……いえ、パートナーも、すごく苺が好きで。そりゃもう、苺なら三食でも大丈夫ってくらい。それに食べた時、すっごく幸せそうにするんです」
 そのまま蕩々と、いかに郁が苺が好きなのかを貴瀬は切々と語り続けた。……苺が必要だと訴えるというより、半分くらいは、そんな郁が可愛いのだと力説していた気もするが。
「……なので、まず。美味しくてついでに比較的低安価で取引してくれる方がお知り合いにいたら、紹介してもらえませんか?」
「なるほどな。わかった。大久保が材料手配を請け負うと言っていたし、俺のほうから伝えておこう」
 貴瀬の熱弁に、ジェイダスは苦笑しながら、彼の頭をぽんと撫でた。今はジェイダスのほうが身長は低いのだが、そういった仕草の寛大さは変わらない。
「そうだな。ただ、かわりに、その『幸せそうな笑顔』を俺にも届けてくれるな?」
「はい。あ、試作品ももちろん、お届けにあがりますよ?」
 貴瀬はにこやかにそう答えたのだった。

 そんな経由で、タルトができ次第、貴瀬は郁をつれてジェイダス邸に向かう予定だった。
「んー、でも、他の人の試作品も気になるんだよね。久々におなかいっぱいたべれそうだし」
 本人にはあまり自覚がないが、こう見えて貴瀬は痩せの大食いだった。
「まだ仕上がりまでかかるし、それまでは試食会に参加してきたらどうだ?」
「そうだね。そうしようかな」
 貴瀬が頷いた時だった。

「いかん、いかんぞ、そのようなことはーーーーー!!!!」

 ――突然、試食会場から大声が響いたのは。