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リアクション
「しかし、さっきの子はすごかったわね……」
客席で藤林 エリス(ふじばやし・えりす) がごくりと喉を鳴らした。隣にいたマルクス著 『共産党宣言』(まるくすちょ・きょうさんとうせんげん)も素直に頷く。
「あの子がアスカと当たっていたら……」
そこまで言って、エリスははっとして声を荒げた。
「かっ、勘違いしないでよね! 別にあの子が心配だからとか応援がしたいとか、そんなんじゃないんだからね! アスカがどうしてもっていうから付き合ってるだけだし、待ってる間暇だから、客席で見ようがどこで見ようが一緒でしょ!」
「同志エリス、応援したいのは分かりましたからもう少し落ち着いてください」
顔を真っ赤にしながら反論するが隣から軽く窘められて頬を膨らませた。
「ふん……サイリウムくらいなら振ってあげなくもないわよ」
拍手とともにステージに現れたアスカ・ランチェスター(あすか・らんちぇすたー)に向けて小さくサイリウムを振る。
ステージでは魔女っ子衣装に軽やかにステップを踏むアスカの姿があった。
黒と紫で彩られた衣装とアスカの赤い髪はダンスをより妖艶に魅せる。
――大胆過激なMy Body 魅了されたら 覚悟を決めて
ムーディーなkissで唇奪ったら 貴方の命 吸い尽くしてあげる
「アスカ!気合入れて歌いなさい! 革命よ! 芸能界に革命起こす気で歌うのよ!」
先ほどまでの恥ずかしそうな態度から一転して、本気でサイリウムを振りながら応援を始めたエリス。
何だかんだ言ってもやっぱり負けてほしくないんだろうな、と魔道書は思い、隣のエリスに負けないようにと腕を振って応援するのだった。
――甘く危険なWitch’s Love 綺麗な花には 棘がたっぷりよ
本気の愛で 摘み取って Love me to!
たんっと最後にブーツで床を叩くようにポーズを決める。
わぁっと歓声が響き渡り、アスカはカメラに向かって笑顔を送る。
「うん、いいステージだったじゃない」
全力で応援したせいで顔が赤くなっているエリスを見て、隣でそうですね、と柔らかく微笑むのだった。
続いて登場したのはコスプレアイドルデュオ、シニフィアン・メイデンの二人だ。
近未来を舞台にしたオンラインRPGっぽい感じのオリジナルのコスプレ衣装風のもので、そこに少しだけアイドルらしさを突き混ぜた感じのものだ。色違いの衣装は全体にクールにまとまっているが、綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)が着ていると可愛らしさと生き生きした魅力が溢れるような印象で、アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)がまとうと儚げな美貌も相まって硬質な水晶のような印象がそれぞれ際立ち、お互いのいいところを引き立てあっている。
ライブフェスタへ出場する際にどうせなら巻き込んでしまえと半ば強引にパートナーも参加させた。引っ込み思案で内気な彼女にアデリーヌにアイドルとして参加してもらうことで自信をつけてもらえればと思ったのもあったのだ。
もちろんアデリーヌ自身はステージに直前まで舞台に上がってパフォーマンスをすることは無理だと思っていた。
いくら歌やパフォーマンスなどを見せられるレベルまで身につけてはみたものの、いざやるとなると話は別だ。楽屋でアデリーヌは塞ぎこんでしまっていた。
「無理よ……無理。こんなに大勢の人たちが見ている前で、わたくし……歌えませんわ」
お揃いの衣装の裾をぎゅっと掴んで少し震えているアデリーヌ。
「出なきゃ、やらなきゃって分かっているんですが、もしわたくしが失敗したら、あなたに迷惑をかけてしまうかもと……」
不安そうに肩を震わせるアデリーヌにそっと自身の手を重ね、しっかりと目を見てさゆりは口を開いた。
「アディ、私だけを見て。ステージだけじゃない。ここには私とアディしかいないの」
「あなたと、ふたりきり?」
「……そうよ。私と一緒に踊りましょ」
ふわりと笑顔で手を引かれ、ともに上がったステージ。
アデリーヌが考えていたものよりもそこは怖くなかった。
スポットライトに照らされて、人の気配はするものの、パートナーが言っていた通り、このステージには二人しかいない。
二人が歌うテクノポップは、同世代の女の子が抱く恋心をごく少量の毒とほんの少しの嫉妬と、そしてなによりも好きになった人への想いを明るく、時に憂鬱に、あるいは届かない想いへのもどかしさと悲しさと、当たって砕けてもいいという大胆さといった、恋する少女の悶々とする悩みと、恋している時の輝きを精一杯表現する。
踊っているうちに段々と歌の中の女の子と自分とが重なって、歌にもそれがにじみ出るになり、どこか他人事じゃなくなって……今一緒にステージを共にしている恋人に向けて歌っている自分に気づく。最愛の恋人とこうして恋の歌を歌うことに掛け替えのないものを感じる。いつまでもこうしていられたら。そんな切ない思いを内包した彼女たちのパフォーマンスは、惜しくも対戦相手には届かないというものだったが、お互いの気持ちは確実に相手に届いたようだった。
続く第七戦目。
始まりは、一際異様な光景だった。
今までにないスモークの量、そして耳に残るどこか懐かしいメロディ。
ピンスポットを浴びて吉永 竜司(よしなが・りゅうじ)は静かにステージ中央へと歩き出す。
中心に来たところで立ち止まって、ゆっくりとお辞儀をした。
吉永竜司は自称超イケメンかつ自称美声の持ち主らしい。これまでポップスやロックを歌ってきたのだが、そろそろ演歌に進出するのもいいかと思って演歌系アイドルのトップを目指すためにこのイベントに参加したとのことだった。
こぶしをきかせて腹から声を出す。演歌だから動きや踊りは最小限に抑えてはいるものの、歌の途中で観客にウインクや投げキッスもするなど、逆に動きを抑えていることで余計な動きが足されてしまったようだ。
不思議な動きと、アイドルイベントでまさか聞くとは思っていなかった演歌が流れて観客たちも戸惑っているようだった。
後ほど新曲のCDの手売りをしながら、ポスターやトレーディングカードを配ってやろうと考えていたのだが、何せ会場はアイドル一色。
地元のイベントで年配の方がいればうけたかもしれないが、結果は惨敗。イベント後の手売りでもほとんどCDが売れなかったとか。
「ちくしょー! どこならオレ様の魅力が分かるやつがいるんだー!」
彼の叫びは人気の消えたスタジアムに響き渡ったという。
そんな吉永を破ったのはインディーズのロックアーティスト緋王 輝夜(ひおう・かぐや)。
「あたしは優勝とか、そんなことどうでもいい。ただ、今日は楽しんでいってほしい。だから、あたしの歌で、魂に火をつけてやんよ! いくぜ!!」
――その身に灯す心の力 猛る火と化し ゆく道を照らせ
先に広がる闇を 恐れること無く 自分を信じて
超強烈なロックを歌う彼女の顔には額から続く大きな傷跡があった。アイドル、と言うには少し路線が違うが、歌いながらステージを走り回り、観客の盛り上げていく様は長年続けてきた歌手としての証か。
――ほら Burn out!! 運命にすら邪魔させない!
傷ついても 立ち上がって 信じた自由貫いて! Burning heart!!
彼女の新曲だという「BURNING HEART」は障害などすべて焼き尽くして生き様を貫く、熱く燃え滾る魂のロックという気持ちが伝わってくる。
優勝とかよりも観客に自分の歌を聴いてもらえることが嬉しい、自分の歌で観客を元気にしたい。
それは何よりも緋王が思っていることだった。
いつかは歌で生きていきたい。
しかし、それは今ではない。
今は異形のものへと姿を変えてしまったパートナーのエッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)を元に戻すことが最優先だ。
そしていつか元の姿を取り戻した彼に、自身の歌を聴いてほしい。
ただ、今はその時のために経験を積んでおくのだ。少しでも人に聞いてもらえるようなものが出来るように。そして、誰かのために歌えるように。
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