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リアクション
第1章 蓑虫グレネーデス
教導団第3師団はヒラニプラ北東方面にてワイフェン族と戦闘中である。進出著しい地球人に対し、パラミタにおいてもそれを良しとしない勢力がいる。もちろん、他からやってきた者が自分の故郷で我が物顔に振る舞えば反感を買うのは必定と言えよう。そのため、『尊王攘夷』を掲げ、地球人を追い出し、パラミタ人自身での王国復活を掲げる勢力が出現するのはある意味必然であると言える。
一方で、地球人と仲良くしようとする人々もいる。彼らは数千年と言われるパラミタの停滞を見て取り、地球人と協力しての王国復活を望んでいる。そして地球人とパラミタ人の様々な思惑は、ここヒラニプラ北東部で火を噴いた。皮肉なことではあるが、ワイフェン族が危機感を強めた背景にはこの地でのパラミタ人と地球人の協力がうまくいっていた事による。果たして原因を作ったのはどちらか?その答えを見いだせぬまま戦いは続くのである。
ヒラニプラ北東部モン族領の東部外縁。現在、ここに第3師団が展開している。前回、第3師団はワイフェン族との戦いで敵の動きをぎりぎりで読んでいたものの、倍の敵と戦うこととなり、損害を出した。挟撃できなければ分散している第3師団側が不利である。敵は挟撃を恐れ、師団主力を突破して補給線をつなぐべく後退した。こうなると、敵はタバル砦前面にいる意味がない。一度後退して態勢を立て直しているようだ。一方、第3師団側も態勢を立て直すべく再編に忙しい。大きく損害を受けた第2歩兵連隊をラピトに戻し、入れ替わりで第3歩兵連隊を持ってくる。また、モン族からも兵員を出してもらい、新たに第4歩兵連隊を編成した。また、人員の損害を出した砲兵部隊などへも補充に行ってもらっている。これにより、第3師団はほぼ10000名弱の兵力となる。モン族からも分校へ大勢訓練に向かっており、今しばらく辛抱すれば兵力は大幅に上がるだろう。師団主力はラピト、モン、ワイフェンの街道分岐のT字路を越えたあたり、ワイフェン寄りに展開している。砦に籠もると敵の別働隊がラピト方面に向かう可能性があるからだ。このあたりは緩やかな下り坂になっている。この周辺でまずは様子を見ているのだ。
さて、展開している一角。そこに兵士が大勢集まっている。技術部が開発したAMR(アンチ・マテリアル・ライフル)の試作品ができたので試験がてら運用を試みる事になっているからだ。AMRとは非装甲車両等を吹き飛ばす強力な大型ライフルである。かつて存在した対戦車ライフルの流れをくむ物だ。戦車の装甲が厚くなり、ライフルでぶち抜けないため第二次大戦後は消滅した物だが、近年、復活しつつある。冷戦終結後、大規模な戦車戦の可能性が低くなる一方、低強度戦争(いわゆる局地紛争)が多発するようになり、軽装甲車などが戦場で多用されるようになったからだ。
「うふ、うふ、うふ」
満面の笑みでご満悦なのはレベッカ・マクレガー技術大尉である。
「さ〜あ。コレが開発したアンチ・マテリアル・ライフル、AMR02なのです」
技術部の作業員が台車で運んできたのは全長2mを越える長銃身のライフルだ。
「これが、弾丸?」
ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は手にとって軽く首を振った。
「尋常じゃないぜ」
ガイザックが手に持つAMR用の弾丸はかなり大振りだ。薬莢込みでだいたい500mlのペットボトルくらいある。
「ううう〜。ルーも撃ちたかったもん」
目を赤くして残念そうにしているのはルカルカ・ルー(るかるか・るー)である。
「冗談言っちゃいけません。これ、半端ないですよ」
AMRを構えるガイザックを見てセオボルト・フィッツジェラルド(せおぼると・ふぃっつじぇらるど)が珍しく唸るように言った。構えるとかなり態勢が厳しい。塹壕などで接地して使う場合はともかく両手保持で射撃するのはきっちり押さえなければならないからだ。
「これはかなり体格が良くないと撃てません。大体、ルーとんは機甲科でしょう。戦車は小柄な方がいいんですから、貴女そっちむきですな」
試しに持つだけ持って見たがルーでは抱えるのも一苦労だ。
「あ、あ、あああ〜」
よろけた所をガイザックに抱えられる。戦車兵は小柄な方がいいが、装甲猟兵は大柄な方がいいと言うことだ。
「それじゃ、撃ってみましょうか?」
「へいへい、これが弾倉?」
先ほどの弾薬が三発入った箱形弾倉を下からセットする。フィッツジェラルドは双眼鏡で目標を確認する。
「いいですよお〜」
「よしっ!」
轟音と共に弾丸が射出され、目標の岩に炸裂した。フィッツジェラルドが双眼鏡で見ると、大きく穴が穿たれている。
「こいつはかなり強力ですね。戦車だときついですが、装甲車なら充分ダメージもしくは撃破が期待できます……て、どうしました?」
「きっつぅ〜。なんて反動だ」
顔をしかめてレバーを操作して薬莢を排莢する。
「排莢はボルトアクションなのね」
ルーも感心している。
「こんだけ反動がきっついのはオートではジャム(作動不良)る」
硝煙と共に空のになった薬莢が飛び出して来た。
「この反動はきつすぎませんか?」
「それは考慮したのです。基礎実験では三種類作ったのです」
マクレガーによるとAMR01はガスを後ろに逃がす無反動砲方式を考えたが、塹壕などで使用すると味方が大変な事になる。弾体に推進薬を組み込むジェットピストル方式のAMR03は威力が弱すぎてお蔵入りとなった。もっとも、当のジェットピストルがそうなのだからこれは致し方ない、結局古典的な方式のAMR02が採用される事となった。一応、小型だがマズルブレーキとショックアブソーバーがついているとの事だ。
早速、運用試験を実戦方式で行う。
合図と共に班(3人程度の部隊の最小単位)で走り込んで来た。まず、歩兵が先に立ち、周辺の地形を確認しながら進んでくる。
「左右確認!」
レオンハルト・ルーヴェンドルフ(れおんはると・るーべんどるふ)が叫ぶと、すぐ後ろからレーゼマン・グリーンフィール(れーぜまん・ぐりーんふぃーる)が続いて飛び出してくる。あちこちにある穴を伝って乗り越える。AMRを持っているのはグリーンフィールだ。その後ろからはシルヴァ・アンスウェラー(しるば・あんすうぇらー)が同様にくっついている。
「やれやれ、射撃は苦手なのですけれど」
そう言いつつ瞳はくるくると左右を見ている。ルーヴェンドルフはやや股を広げるようにして途中にある柱に斬りつける。これは防衛する敵歩兵を想定している。百メートルほど斬り込み移動したところでグリーンフィールはいきなり飛び込むようにして伏せる。ルーヴェンドルフとアンスウェラーが左右を警戒している間に照星(照準用の突起)を合わせ、発射した。向こうで観測しているフィッツジェラルドが命中の合図をする。
グリーンフィールは息を吐き出した。
「さすがだな」
「ああ、銃器の扱いなら任せてくれ。それにしても、かなり反動のきつい代物だ。素人が撃ったら肩の骨を脱臼するであろう」
淡々とした口調で話すグリーンフィール。いわゆる対戦車ライフルは訓練された者が使用しないと大変だ。うまく反動を逃がす射撃動作と、体格がいる。肩の骨を骨折する人間が出たというのも事実である。
「後方で観測していようと思ったけどそううまくは行かなかったわ」
アンスウェラーは残念そうだ。
「砲兵ではなく歩兵だったからな。射程は長いがあくまで歩兵の携行兵器だ」
「それにしても、移動して撃たせるというのはあまり聞かないが?」
グリーンフィールの疑問にルーヴェンドルフは軽く帽子を被り直した。
「そうだな。察するところ、通常の対戦車ライフルではなく、攻勢的に使おうというのであろう。歩兵戦闘と組み合わせて射撃すると言うことは、機械化歩兵の車両降車戦闘と考えられる。戦車に随伴、あるいは装甲車両に乗降車しての任務と考えていいだろう。歩兵とチームというのもそこだ」
左30度角に顔を向けて、きりきりきりっとした表情のルーヴェンドルフ。この姿を見れば、どこのNATO情報部少佐ですか?と言った感じだ。この間、執事が来たときは大分調子を狂わされたが今回はリリシズムである。身内が来なかったことを内心喜んでいるかもしれない。
「装甲猟兵と言うことは対装甲車両を想定していると言うことか……。パラミタにそんなものがあるのか?」
「さあなあ……」
そこに、ルイン・ティルナノーグ(るいん・てぃるなのーぐ)がタオルを持ってやってきた。この試験はどちらかと言えば競技会的雰囲気がある。
「レー君、まだちょっと動きが硬いんじゃない?」
「無茶いうのではない。これは重さもかなりのものだ」
「次、始まるわよ」
アンスウェラーの言葉に振り返ると、次のチームが始めている。
次のチームは比島 真紀(ひしま・まき)と、金住 健勝(かなずみ・けんしょう)、、レジーナ・アラトリウス(れじーな・あらとりうす)である。うって変わってこちらのチームは匍匐前進でずりずり前進している。
「右、敵歩兵!」
比島はそう言うと、素早く膝立ちで目標の柱に一斉射加える。その間にアラストリウスが回り込み、周囲を確認する。その後ろから金住がAMRを抱えてついて来る。
「ほう、なかなか堅実だな」
ルーヴェンドルフが珍しく感心する。
「前進速度は遅いけど、あれだとやられにくいよね」
ティルナノーグも目をこらしている。
金住が射撃位置についた。比島は短く、三点バーストで周辺に牽制射撃を掛ける。
「ロック解除、作動良し!いくであります!」
金住は長銃身の先端を見つめて銃身を保持、肩当てにがっちりと合わせた。これがずれたら怪我しかねない。発射!肩にすごい衝撃が食い込む。ある意味、大砲を手で撃っているようなものである。目標に有効命中判定が出た。
「よし、いいであります」
比島も満足そうだ。
「健勝さん、大丈夫ですか?」
アラストリウスが心配そうに近寄る。金住は体型的には標準的な体格だ。アラストリウスとしては心配が残る。
「大丈夫であります。持つの大変だけど」
「上手く当てたようでありますな」
「お陰で助かったのであります」
比島と金住は前回も後方から牽制する敵を迎え撃つなど、地味だが着実に成果を上げている。もっとも、二人揃って堅い軍人口調なのでアラストリウスは辟易している。
「このまま上手く装甲猟兵になれれば万々歳であります」
その後も試験は続いた。
高月 芳樹(たかつき・よしき)とリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)、アメリア・ストークス(あめりあ・すとーくす)は速攻型のようだ。
ストークスと、フェルマータが左右で警戒しながら進んでいく、手早くストークスが歩哨を模した杭に斬りつける。そのときである。右脇の方から動く影がある。
素早く走り込んだサイモン・アームストロング(さいもん・あーむすとろんぐ)は火術の高速詠唱を行う。しかし、それを見て取った、フェルマータが素早く襲いかかる、鉄甲をつけた腕で繰り出す格闘技はアームストロングの詠唱を妨害する。
その間に伏せ撃ちの姿勢をとった高月は射撃を行った。命中、有効判定である。高月は他校兵ではあるが、射撃の腕前はなかなかのものだ。
「おしっ!命中だぜ」
ガッツポーズの高月。
「助かったわ」
「何、ここは射手を護るのが第一だものね」
ストークスの礼にフェルマータは答えた。
「さすがに抜けなかったよ」
アームストロングがやってきて言った。試験の際、ランダムに登場する敵歩兵役である。同時にこれは射撃チームの弱点を見る意味もある。
「隙を見て火球をぶち込めればと思ったが」
実際にぶち込むわけではないが、詠唱が完成したら高月らは失敗判定である。
「結構危なかったわ。注意をそらされないようにしないとね」
フェルマータは自分に団体行動、と言い聞かせているのが功を奏している。
「ああ、それなりに撃つには集中力がいる。撃つときは歩兵に護ってもらわないと敵が近くにいるところでは撃てないぞ」
高月は射撃チームの存在意義を理解した。
「それにこのAMR、白兵戦のできる代物じゃないからな」
「ああ、逆に言えば側まで行ければ射手はもろい。お互い注意が必要だな」
訓練は終盤に入っている。
「あーん?こんな感じか?」
閃崎 静麻(せんざき・しずま)はAMRを抱えて進んでいく。
「大丈夫?」
やや不安げについていっているのはレイナ・ライトフィード(れいな・らいとふぃーど)だ。
すると、あちこちで人の動く気配がする。
「うそっ!こんなにたくさん?」
「多すぎるぜ」
閃崎はあらかじめ双眼鏡で見ていたが、さすがにそれほど隠れられる場所は多くはない。
「ふふん、多すぎってことは、見せかけだな……。こういうとき、慌てた方が負けなのよね」
「じゃあ!」
ライトフォードはソニックブレードで周辺をなぎ払った。ぱたぱたと仕掛けの人型が倒れる。
「ちいっ、見破られたか」
隠れていたキュー・ディスティン(きゅー・でぃすてぃん)が姿を現した。ドラゴニュートにしては珍しいベリーショートヘアがよく目立つ。
ライトフォードはじりじりと次の手を警戒しつつ牽制する。その間に、閃崎はゆっくりと引き金に指をかけ、ぎりぎりのところでタイミングを計って撃ち放つ。
「ぐおっ!」
いきなり激しい反動が来た。ぎりぎりでかすった。
「ち、外したか」
どちらかと言えば、却って反動を食らう撃ち方である。必ずしも外れたからといって点数が低いわけではない。一連の戦闘行動全体が評価対象だからだ。
そして、次のチーム。
ナナ・マキャフリー(なな・まきゃふりー)を先頭にルース・メルヴィン(るーす・めるう゛ぃん)と音羽 逢(おとわ・あい)が走ってくる。音羽は背中にAMRの弾倉を背負っている。
マキャフリーはハルバードを手にランダムに並んだ杭に次々と一撃を加えていく。これで敵歩兵に切り込んだことになる。
「目標確認、前方150m」
「目標150m、りょーかいっ!」
マキャフリーの声にやや荒っぽい感じでメルヴィンが答えた。メルヴィンは大きく股を前後に広げると一度ぐいっとAMRを振り回すようにして前に構えた。一撃!、打った瞬間、後ずさりする様にしながら銃身を上に上げて反動を逃がす。
「そーれ!、もういっちょ!」
手早くレバーを動かして排莢すると、もう一発、食らわす。
「どうだ?」
「命中……。今回の目標に関してはオーバーキルです」
「いいでござるか?二発も撃ったのはメルヴィン殿だけでござるぞ」
口調とは裏腹に音羽は素早く弾倉を差し出している。念のためだ。すると、向こうで試験を見ていた師団長和泉 詩織(いずみ・しおり)少将が手招きしている。
「まずったか?」
「目立つことするから……」
そう言いつつ和泉の所に行く。
「なかなか、連続で撃つのは見事だわ……。それにきちんと弾薬も運んでいるし」
そういいつつ和泉はちらりと音羽の方を見た。メルヴィンが連射できるよう弾倉を運んだことを評価しているらしい。
「ちょっと、実験してもらいたい事があるのだけれど」
「実験?ですか?」
「ええ、可能な限り三発連続で目標に撃ち込んで欲しいのよ」
「AMRで三連バースト?」
「そう、連続で当てられればどのくらいダメージが与えられるか、実用的な所を知りたいのよ」
そう言われればやるしかない。メルヴィンは射撃位置につくと、一撃!、すぐに排莢して二撃目、さらにレバーを動かして三発目を立て続けに発射した。
周りからどよめきが起こった。目標の岩は木っ端みじんだ。
「かなりの威力ね……」
「これなら、戦車相手でも当たり所では動きを止められますの」
和泉とマクレガーも頷いている。
「だ、大丈夫……?」
「き、きっつぅぅぅぅ」
メルヴィンは膝をつき、肝心のAMRを杖代わりにしている。マキャフリーが駈け寄る。反動でかなり瞬間的に体力を消耗している。骨がぎしぎし言っている感じだ。音羽も首を振った。
「威力は強いがそうそう使える技ではないでござる」
射撃の後、しばらく射手は使い物にならない。強力だが、使いどころを考えねばならない技である。また、なればこそチームの歩兵が重要と言えるであろう。
(マスター注:AMRの三連バースト射撃は「スプレーショット」技能を持っている者のみ可能です。威力的には三発同時にぶち込んでいるに近いので強力ですが、射撃後、射手は十数分戦闘不能になります。通常は使えない、ここぞという時の必殺技だと思ってください)
「女が撃てないと言うのは不公平ではないだろうか〜?」
試験も終わりかけの頃、ねじ込んでいるのが林田 樹(はやしだ・いつき)である。私にも撃たせろということで、試しに撃たせて見ることとした。
「それにしても、樹ちゃん、さっきから見ていたけど、これってかなり厳しいよ。さすがに簡単には撃てないと思うけど」
緒方 章(おがた・あきら)は眉をひそめた。
単に男女と言うがそれなりに違いがある。骨格の違い等が厳密には影響するからだ。例えば男性は歩くとき肩から歩く、これに対して女性は腰から歩く。歩き方自体でも男女では異なる。原則、AMRは肩で反動を受けるため、肩の骨格がしっかりしている男性でないと撃ちにくいのだ。
「ふん、ちゃーんと考えてはあるのよ。ジーナ!」
こっくりとジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)が頷いた。
「はい、私が林田様の体を支えるです」
「名付けて『二人羽織撃ち』、これならやれるわあ!」
林田、意気軒昂である。それを何となく冷ややかな目で見ている緒方。
(カラクリ娘め〜、樹ちゃんに抱きつこうなぞ百年早い)
とにもかくにも位置について走り出す。さすがにAMRは重たい。射撃位置にまでやってくると、銃を構える。後ろからフロイラインが腰に抱きつき、支えるようにする。
「いっきなさあぁぁぁぁぁぁい!」
一撃!、その瞬間、銃口が跳ね上がって方向が逸れた。フロイラインが腰を押さえたのは良かったが、反動は肩で受ける。そのため、腰は支えきったものの反動で撃った瞬間に海老ぞってしまった。見当違いの方向に飛んでいってしまい、周辺は大騒ぎである。
「腰が、腰が痛い……」
林田はのけぞって腰を押さえている。緒方があきれかえっている。
「あ〜あ。ちょっと無茶でしたね。肩の骨を骨折しなかっただけでも幸いですよ」
「あんころ餅は黙るです」
フロイラインは緒方にあかんべすると林田を運び出した。
試験の結果、概ね使用可と判断された。とりあえず、いろいろ勘案の結果、グリーンフィル、金住、メルヴィン、高月が射手に選ばれた。これは試作AMRが四挺しかないからであり、今後、もう少し増やす予定らしい。それ故、今回、落ちた面々も可能性はある。AMR射手とチームの歩兵はまとめて装甲猟兵中隊所属の装甲猟兵(パンツァー・イェーガー)として扱われる。
そこにガラガラと車両が走り込んできた。総数、約30両ほどである。半数はトラックだが、残り半数は装甲車?である。
「車両が届いたようね」
和泉も満足そうである。ある程度数が揃ったので運び込まれてきたのだ。ようやく、戦闘部隊用の車両が配備され始めたのだ。先頭の車両の上では満面の笑みでガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)が乗っている。
「気持ちいい〜ですわ」
ハーレックが乗っているのは技術部がとりあえず作ってみましたAFV(アーマード・ファイティング・ヴィーグル:歩兵戦闘車)である。もっとも基本のシャーシはトラックと同じである。エンジンを強化して車体に装甲(と言っても鉄板程度だが)を張り巡らせて製作した代物だ。残念ながら近代的なAFVと言うより、第二次大戦時のハーフトラックに近い。一両に運転手込みで一個分隊乗れる様になっている。トラックとの違いとしては運転席と荷台が分離されておらず、行き来できる点である。オープントップなので上から身を乗り出したりできる。運転席両脇と荷台の後ろに扉があり、そこから乗降車する。運転席の周辺のみ屋根がついており、そこには機関銃が設置されている。
「おう、ちょうどいい、ちょっと走るぜ」
運転席にはドラゴニュートのネヴィル・ブレイロック(ねう゛ぃる・ぶれいろっく)が鎮座している。なかなかにシュールな光景だ。そのままAFVはでこぼこ道を走っていく。それなりに不整地走行性は高いようだ。
「うふふふふ、いくわよお」
ハーレックは運転席の屋根の上の機関銃を撃ち始めた。AFVの戦闘方法に射撃しながら敵陣を踏みつぶして進むのがある。いわゆる蹂躙攻撃と言うやつだ。AFVの配備により、戦闘方法の幅は広がっている。手当たり次第に撃つものだから周りからは撃つな〜、撃つな〜とか馬鹿〜やめろ〜とか声が上がっている。ハーレックは機関銃が撃ちたくてしょうがないようだ。
「ハーレック、そろそろやめい。皆が迷惑しておる」
シルヴェスター・ウィッカー(しるう゛ぇすたー・うぃっかー)が眉を八の字にして言い放った。
「ええ〜、もうちょっと、駄目?」
「可愛く言っても駄目じゃけん」
仕方なくハーレックも射撃をやめた。そのまま戻っていく。
AFV、トラック共に運転手込みで一両につき一個分隊運べる。10両で一個中隊運べることになる。すなわち三個中隊が機械化できたことになる。この後、概略が公布されたが、まず、機動歩兵連隊から装備していくとのことである。装甲猟兵中隊、魔導擲弾兵中隊、機動歩兵中隊のうち一個、の三個中隊だ。早速ではあるが、装甲猟兵中隊の面々はAFVに乗り込んで降車戦闘を行うこととなる。装甲猟兵の機動運用は強力な戦力になるからだ。
それを聞いたハーレックは装甲猟兵への参加も考えている。
「装甲猟兵なら機関銃撃てるってことよねぇ」
「邪念いっぱいじゃのう」
ウィッカーもあきれ返っている。
「しかし、確かに一理ある。下車した装甲猟兵と連携してAFVで進んでいくとなれば機関銃を攻勢的に使えるけん。陣地で待っているよりいいかもしれん」
AFVで機関銃撃つなら陣地で籠もるのと違い、積極的に機関銃を利用できる。AFVの担当をするならば、であるが。
試験が終わって杭を抜いたりしている時だ。
「どうも〜。今度、補充で来ましたあ〜」
脳みその軽そうな声で挨拶する少女がいる。
「ここは小学生の来る所じゃないぞ?」
グリーンフィールが思わず、そう言ったのも無理はない。小柄でいかにもちんちくりーん、と言った感じだったからだ。
「小学生じゃありません〜。これでも15ですぅ」
頬を膨らませてそう反論する。
「見えん……というか、その格好は何だ?」
メルヴィンが手をひらひらさせながら言う。少女は胸のあたりから膝近くまで体の前面にびっしり手榴弾をぶら下げていたからだ。手榴弾で作った蓑虫のようだ。
「私ぃ、射撃下手なんでぇ、手榴弾投げちゃいますぅ。キアラ・カルティ伍長ですぅ。よろしくお願いしますぅ」
車両と一緒に分校からやってきたのであろう。他にも何人もいるようだが、キアラと名乗った少女は次々挨拶して廻っている。装甲猟兵で手榴弾を投げる様だ。
「珍しいな……悪いものでも食べたのであろうか?」
グリーンフィールが変わった動物を見るような視線でメルヴィンを見た。
「何が?」
「あなたはいつもなら女性と見れば『お嬢さん、この後デートに行きませんか』と来るのが定番ではなかろうか?」
「うーむ、ちょっと考えた、さすがに……ロリは……」
ちょっと考えちゃったらしい。
AMRの試験の一方で、モン族の訓練も行われている。銃を持って匍匐前進するモモンガの集団である。
「ああやって匍匐前進していると案外わかりにくいな」
戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)少尉は平べったく地面にへばりつきながら進むモモンガ兵を見ている。ウサギゆる族のラピト兵は白いがモモンガゆる族のモン兵は背中が茶色いので伏せていると地面の色に近い。
「警戒を怠るなよ!」
そう叫んでいるのは、訓練に参加しているヨーゼフ・ケラー(よーぜふ・けらー)だ。モン族兵と一緒に匍匐前進している。そこに向こうからラピト兵が突っ込んでくる。すぐに射撃が始まった。もちろん、訓練用のペイント弾だ。たちまち、双方塗料まみれになるが、やはりラピト兵の方が被害が少ない。ラピト兵を指揮しているのは曖浜 瑠樹(あいはま・りゅうき)である。前進して撃っては下がり、を繰り返して着実にダメージを与えている。
「さすがにラピト兵の方が慣れているか……」
統裁官状態の戦部は状況を見て言った。モン族兵も一度ワイフェン族とやり合っていることで解るようにそれなりに戦慣れしているが、銃器を使った戦闘はやっていないので勝手が違う。基本、白兵戦に慣れているためか、ついつい前に出る癖があるようだ。そうなると、ラピト兵の方が銃器戦闘は場慣れしている。
「弾幕だ、射撃で足止めするんだ」
ケラーも懸命に叱咤するが、ケラーと曖浜の経験でも曖浜の方が実戦経験が上なので苦しいようだ。
「よし、全員、下がれ!」
曖浜が合図するとラピト兵はわーっと下がる。それを追いかけて追撃しようと進んだところ、側面から射撃を受けた。マティエ・エニュール(まてぃえ・えにゅーる)が一部隊率いて伏せていたのだ。
「そーれ、やっちゃえー」
側面から撃たれて染料まみれになるモン族兵。総崩れになる。
「大体、終わったようです。やはり人数は多いですけど、今回はモン族の負けですわ」
リース・バーロット(りーす・ばーろっと)が負傷判定の人数を数えて言った。
「それは仕方ない。何、今回の訓練で大分身についただろう」
そこに曖浜とケラーが戻ってきた。
「ほい、ご苦労さん」
「面目ない」
やや元気のないケラー。
「何、モン族は銃器は初めてだからな。手綱をしめればそうそうやられることはあるまい。慣れればすぐにラピト兵と同じになる」
「そうだねぇ。ラピト兵は兵の経験値は少ないからね。基礎的な訓練ではむしろモン族兵が上だ」
戦部の見解に曖浜も同意する。
「今日はこの辺にしておこう」
「有志を集めて銃器の点検を行わせます」
ケラーはやる気満々だ。
「ああ、それはいい。だけど無理させすぎないようにね」
戦部の見たところ、とにかくも模擬戦闘を行ったことでかなりモン族も戦い方を理解したようだ。無理はさせられないがとりあえず実戦には何とか投入できそうだ。
その向こうではエニュールが何人かのラピト兵と連れだって歩いていく。向かう先は補給部のトラックだ。もふもふが連れだって歩く姿は微笑ましいのか、不気味なのか。
補給部のトラックにはいくつか改装?しているのがある。代表的なのが荷台にコンロや調理台を設置したフィールド・キッチン車両である。非戦闘態勢時に皆の食事を作る車両であるが、エニュール達が向かったのはPX車両である。PX(酒保)とは軍の購買のことで、わかりやすく言えばコンビニエンスストアである。シート屋根を設置し、商品棚を引き出していろいろ売っている。もっとも、コンビニエンスストアという物がそもそも軍のPXをモデルにして作られたのであるから本来の形であると言える。言うまでもなく、スナック菓子なども売っている訳で訓練の終わったゆる族兵士がポテトチップスなんぞを頬張る光景が見受けられた。
「まもなく、冬ですなあ〜」
「今年は祭りもできなかったし」
「祭り?」
エニュールはちょっと首をかしげた。ラピト族は農業が盛んであるが、その結果秋になれば収穫を感謝して祭りを行うのは人情である。しかし、今年は戦争に男手をとられたりしているので、全般的に歌舞音曲は自粛傾向である。
「来年は、盛大に祭りができるといいですだあ〜」
「そうだねえ」
エニュールはうなずきつつ思った。そのころ、戦争は終わっているだろうか……。
和泉のところにはイリーナ・セルベリア(いりーな・せるべりあ)が何やら押しかけていた。セルベリアは現状の教導団進出に極めて懐疑的である。戦車開発部品の奪回作戦の際も遺跡を戦場にするくらいなら部品はあきらめるべき、と発言している。機甲科のルカルカ・ルーあたりが聞いたら激怒するであろう。
「我々教導団の行為が戦火を拡大している、という可能性はないでしょうか?現状を見ていると、地球から技術などいろいろ持ち込んでいますが、それは正しいのでしょうか?」
「難しい問題ね。確かに安易な技術の持ち込みは避けるべきと言うのは事実だけれど。逆に慎重すぎるのも問題ね」
「そうでしょうか?」
「セルベリア候補生。私はシャンバラの人々と友人でありたいと思っています。しかしそれは相手の言うことを何でも聞くことではない、と考えるわ。一つ忘れていけないことは『私達は出会ってしまった』と言うことね。今更出会ったことをなかったことにはできない……。ならば歩み寄りを模索しなければならない。その過程には当然間違いもあるでしょう。しかし、それを恐れて問題を避け続ければ歩み寄りは永遠にない……。もし、どうしても避けたいというならシャンバラを再び鎖国させるしかないわよ?それに、地球のやり方を否定するだけなら、ワイフェン族と変わりないけど?」
「!」
「意見としてそう考えるのはかまわない。けれど何とかしたいなら方策を示さねばならない。ただ反対するだけなら、残念ながら貴女はワイフェン族側だと言わざるを得ないわよ」
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