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嘆きの邂逅~離宮編~(第3回/全6回)

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嘆きの邂逅~離宮編~(第3回/全6回)

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第3章 蠢き

 体調は万全ではなかったが、離宮側の状況が芳しくはないという理由で、新たな志願者と物資を持って、ソフィア・フリークスは再び離宮に向った。
 離宮で役立てることもあるからという理由で、しばらく戻ってこないつもりらしい。
 本部では頻繁に相談が行われてはいたが、情報整理が行われている程度で、支援体制や指示は殆ど行えていなかった。ほぼ神楽崎優子に任せてあるといった状態だ。
 どこも人手が不足している。
 離宮からの情報を元に作成した中間報告書を菅野 葉月(すがの・はづき)が、役員達に配布していく。
 パートナーのミーナ・コーミア(みーな・こーみあ)も、書類運びを手伝いってた。
 ミーナは長時間パソコンの前で作業に勤しみ、情報を纏めている葉月を手伝いたい、と思うも、行えることはこういった雑用やお茶だしくらいで。
 もどかしく、そして少し寂しい思いをしていた。
 だけれえど、そんな姿は葉月の前で見せることはなく、穏やかな顔で皆を気遣いながら雑務をこなしている。
「これはミーナさんに」
 突然、ラズィーヤに声をかけられて、ミーナは驚いた。
 ラズィーヤが差し出しているのは、可愛らしい封筒だった。
「あ、ありがとうございます」
 礼を言って、ミーナは封筒を受け取る。差出人の欄には『レイ』と書かれていた。
 部屋の隅で、ミーナは封筒を開いてみる。
 中に入っていた手紙には、子供らしい字で元気な文章が書かれていた。
『……家庭教師のお兄さんと勉強してるんだ。たまに百合園にも行ってるけどね! 課外授業には参加したらダメだって言われてて』
 手紙の主は、レイル・ヴァイシャリー。ラズィーヤの実弟だ。
 久しぶりに会って話しをしたり、遊んでみたいと思いながら、ミーナは昨日手紙を書いて、ラズィーヤに預けたのだった。
 早速届いた返事によると、彼はとても元気らしい。
 この事件にも今は関わっていないようだ。
「全て終わったら、遊びたいね」
 そう言葉を漏らした後、ミーナはそっと手紙をしまった。

桜井 静香(さくらい・しずか)校長達の、封印解放についてはどの程度進んでいますか? それによる影響なども気がかりです」
「カルロさんの復活と、封印解除に成功したとの知らせが入っています」
 葉月の質問に、春佳がそう答える。
「それにより、転送可能になった場所はどこなのでしょう?」
 葉月の問いに、皆知らないというように首を左右に振った。
「あとは、騎士ジュリオ、騎士ソフィア、騎士ファビオ、ですか。ジュリオさんとファビオさんの封印の場所についてはどなたかご存知ですか?」
「ソフィアさんの封印はご自身がご存知なようでしたわ。ジュリオ様は封印の石をお持ちのまま、離宮にいらっしゃるようです」
 ラズィーヤがそう答えた。
「慎重に進めていきたいものです。街への影響も考えて」
 葉月はそう言いながら、ラズィーヤの言葉を書き留めていく。
「離宮が地上に戻った際の、場所の特定はできましたか?」
 葉月が問うとラズィーヤは僅かに眉を揺らした。
「イルマさん達が進めてくださっていますわ」
 答えたのはエレンだった。
「ところで、離宮が出てくる場所が分かったとして、その時の避難勧告とかはどうやってするんだ?」
 昨日、推薦状を持って手伝いに訪れてくれた匿名 某(とくな・なにがし)が問う。
「放送で呼びかけると思います。時間があれば、1件1件家も回るつもりです」
 春佳がそう答える。
「いや手段はともかくさ、まさか『地下から建物が出てくるから〜』なんて言うつもりじゃないんだろう? その時の理由と、今できる範囲での誘導方法なんかも考えておいた方がいいんじゃないのか?」
「仰るとおりですわ」
 ラズィーヤが息をついて、グラスに手を伸ばして水を飲む。
「誘導の場所を考えておかなければなりません。ただ、被害に遭う場所はどうもヴァイシャリー家の敷地と、この辺り一帯――つまり百合園女学園周辺のようですの」
 苦笑に似た笑いをラズィーヤは見せた。
「それは不幸中の幸いというべきか。話は簡単に伝わりはするな」
 某も軽く苦笑しながら頷き、資料に目を戻して捲っていく。
 資料にはこちら側の状況も載っている。鏖殺寺院の名前もたびたび出てくるのだが、詳細については何も書かれていない。
「……なぁ、この一件に寺院が関わってるなら、そっちの方面の調査もしておいた方がいいんじゃないのか?」
 某は資料から目を上げると、そう言葉を発した。
「調査は行ってはいますが、そう簡単にはわからないのです」
 春佳の返答に、某は頷いて言葉を続ける。
「そう、この事件に関わってる内部の人間に関してならもうしてるだろうけど、俺達とは全く関わってない、つまり外部の奴らの事とかも含めてって意味でさ」
「外部の?」
「もしも寺院に情報が漏れてるとして、そいつらが自分達の兵器を手に入れるチャンスを逃すなんて事がないとは言い切れないだろ? だから離宮が出てきたのを利用して〜って事だってありえるだろうし」
「そうですね……手が足りませんが」
 春佳が弱い笑みを浮かべる。
「うん……まあ、かなり難しいのはわかってるけど、やれる事はやっておいたほうがいいんじゃないかなって思ってさ。手が足りないとはいえ、百合園生の多くは普通に過ごしてるわけだし……危険なことをさせたくはないんだろうけどさ」
「もう少し、静香さん達に動いていただきましょうか」
 そうラズィーヤが言い、一同は難しげな顔のまま、頷いた。
「ラズィーヤさんの配下に鏖殺寺院のメンバーが潜入しているかもしれないと思い、調査させていただいたのですが」
 先日から加わった櫻井 馨(さくらい・かおる)が声を発する。
 ヴァイシャリー家がらみのラズィーヤの配下が表に出てくることはなく、馨が接触をすることは出来なかったが、百合園生でこの事件に関わっている者について、報告しなければならないことがあった。
「鏖殺寺院と繋がりのある者を確認しました」
 そう、報告をしたのは馨のパートナーの綾崎 リン(あやざき・りん)だ。
「ヴァイシャリー家から出てきた百合園生の方の後をつけたところ、路地裏で麻薬の取引を行っていました。また、離宮がらみの情報をも流しており、とある場所に報告を入れるようにと伝言をしていました」
 馨がそう説明をしていく。
「とある場所とは?」
「キマクにある研究所です」
「購入していた薬もそこで作られているようです」
 馨とリンの言葉に、春佳が頷く。
「その百合園生の名前は?」
 ラズィーヤの問いに、馨は皆を見回しながら八ッ橋 優子(やつはし・ゆうこ)と答えた。
「常日頃から素行に問題のある方ですものね。門前払いにしてよかったですわ。すぐに捕まえて下さい」
 ラズィーヤがそう命じ、白百合団員が八ッ橋優子の拘束に動いた。
「オレグさん、名簿にアクセスして、彼女の情報を纏めておいて下さい」
「わかりました」
 事務を担当しているオレグがパソコンに向かい、八ッ橋優子の情報を集め始める。

 その数分後、校舎裏で喫煙をしていた八ッ橋優子は、白百合団に拘束をされる。
 ただ――白百合団員も本部役員達も知らないが、これは全て芝居だ。
 ラズィーヤの身辺を調査したいと申し出た馨とリンに一芝居売ってもらったのだ。

 情報を集められるだけ集め、八ッ橋優子の情報も集め、オレグはデータをパソコンに保存していた。
 事務員として本部でも情報収集にも積極的に動くことで、皆もオレグの元に情報を持ってくるようになっていた。
 そして――。
「ラズィーヤさん、お1人気になる方がいます」
 オレグは作業の合間にそっとラズィーヤに耳打ちする。
「クリス・シフェウナさんです。連絡係を務めてくださっている百合園の方ですが……関係のない、八ッ橋優子さんの情報に頻繁にアクセスをしています。個人データへのハッキングも試みたようです。その他の情報へのアクセスもダントツです」
 オレグはラズィーヤと相談しつつ、アクセス状況を調べていたのだ。関係のない人物が頻繁にアクセスをしてくるのなら……それは関係者、鏖殺寺院と繋がりのある人物である可能性があると踏んで。
 誰にも悟られないように、ひっそりと探ってきた。
「クリス・シフェウナさん……パートナーは御堂晴海さん、でしたわね。すぐに連絡を入れましょう」
 ただ、神楽崎優子のパートナーのアレナはソフィアに買出しを頼まれて、街に出てしまっている。本部協力者達も連れているため、クリスも同行している可能性がある。
 ラズィーヤはセラフィーナ・メルファ(せらふぃーな・めるふぁ)を呼んで、事情を話し即座に琳 鳳明(りん・ほうめい)へ連絡を入れてもらうことにした。

○     ○     ○


 ソフィアから必要と思われる追加物資の買出しを頼まれた本部のメンバー達は、薬屋へと訪れていた。
「あ……こんにちは」
 アレナはふわりと笑顔を浮かべて、薬屋の前にいた人物に声をかける。
「こんにちは、アレナ」
 アレナ以外のメンバー達は、その人物に訝しげな目を向ける。
 それはかなりくたびれた外見のろくりんくんの着ぐるみを着たゆる族。
 よく百合園女学院の学院前で見かけるゆる族にして、一部の百合園生的には変質者、浮浪者だ。
 名はキャンディス・ブルーバーグ(きゃんでぃす・ぶるーばーぐ)。百合園生の茅ヶ崎 清音(ちがさき・きよね)を騙して契約したゆる族の男だった。
「えっと、ある村がキメラに襲われている時、村人達を助けるために頑張ってくれた人なんです」
 その事件の時、アレナは変装をしていたのだが、後に校門前で何度も顔を合わせており、現在では知り合い以上友人未満といったところだ。
「良い人ですよ」
 白百合団の友人達が胡散臭げにキャンディスを見ているが、アレナは親しみを感じているようだった。
「良い人ですヨ! 一緒に百合女ライフを送りまショウ〜」
 キャンディスは少女達に手を差し出す。
「行きましょう、アレナさん」
 友人達はキャンディスを無視して、アレナの手を引いて、薬屋の中に入っていった。
 いつものことなので、全く気にせずキャンディスも薬屋の中に入っていく。
 この薬屋にいたのだって、光学迷彩で百合園の門の前で張り込んでいて、彼女達の会話から行き先を推察し、先回りしたからだ。
 このまま一員に紛れて、百合園の中に入り、離宮対策本部とやらに加わって、そのまま学院生活を満喫してしまおうという完璧な作戦だった。
 アレナ達は薬屋でてきぱきと薬の注文をしていく。
「オジョウサン、こっちのお徳用パックがお勧めですヨ」
 キャンディスは横から口を出しては、百合園生に逃げられ、他校生にシッシッと追い払われる。
 ふと、追い払われたキャンディスは皆とは少し離れたコーナーの品物を選び、別の会計へ向った百合園生の姿を見た。
 購入した物は漂白剤と液体洗剤のようだった。会計をすませて、購入したものを鞄の中にいれると、少女は百合園生達に混ざる。
「アレナさん、荷物持ちます」
 その少女がアレナに話しかける。
「お願いします、クリスさん」
 紙袋を一つ少女に預けた後、アレナと百合園生達はそれぞれ荷物を持って薬屋を後にしていく。
 キャンディスも勿論その後についていったが。勿論、彼女達が乗ってきた馬車には乗せてもらえず。急いで校門に駆けつけるも、入ること叶わずいつも通り追い払われたのだった。