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嘆きの邂逅~離宮編~(第3回/全6回)

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嘆きの邂逅~離宮編~(第3回/全6回)

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 ファビオが怪盗をしていたのは、ヴァイシャリー家、主に百合園女学院の実質支配者であるラズィーヤに調査をさせることが目的だった。
 意図に気付かれては、組織の尻尾を掴む前に証拠を隠滅され、逃げられてしまうだろうから。
 組織側に気付かれない方法であること。
 更に、世間の目を引くことで、簡単に人々の心を捉えることが出来ること、更にはヴァイシャリーを崩すことがいかに簡単に出来るかを見せていた。
 また断片的にしか記憶が戻っていない状況であることからも、ファビオ自身誰が頼れる人物を図りかねていたことも怪盗という手段をとった理由の一つだった。ヴァイシャリー家でさえ、信用できるとは言い切れはしないのだから。
 過去の騎士達の関係や過去の戦いについては、ミクルは殆ど聞いてはいない。ファビオ自身は、マリル、マリザの双子の姉妹と、リーダー的立場であった、ジュリオによく世話になっていたらしい。
 闇組織に関しては存在を知っていたわけではなく、暴き出すため動いていたのであり、ファビオ自身は関係はなかったようだ。
「ファビオは魔力の込められた道具を媒介に姿を消すという特技を持っていましたので、姿を消して裏取引の現場を調べていたんだと思います。存在の感知は僕には思いつきません……」
「ん? 感知……感知能力……そういえば、誰かが持っていた気が」
 雷蔵とミクルの言葉を聞いたマリザが眉間に皺を寄せて考え込む。
「ジュリオは神聖系、剣の腕も凄かった。マリルは……なんだったかな。私でもない。ファビオは風、魔力コントロール。ソフィアは転移サポート系。……マリルじゃなければ、カルロかしら」
「つい先日」
 ラズィーヤが言葉を発する。
「カルロさんを解放するために力を借していただいた人物が襲われました。ファビオさんを捕らえた者達がカルロさんの復活を阻もうとして行ったとも考えられますわね」
 もう少し早い段階でその人物の口がふさがれていたのなら、カルロを解放することは出来なかったかもしれない。
「使者を派遣し、可能でしたら探っていただきますわ」
 ただ、パラミタで携帯電話が通じる場所は限られており、身を潜めて休養中である彼への連絡にはそれなりに時間を要してしまうだろう。
「少し、希望が見えてきたな」
 雷蔵がそう笑いかけると、ミクルは目を潤ませて頷いた。
「もし、連絡が取れた場合だが」
 瓜生 コウ(うりゅう・こう)がベッドに歩み寄る。
「ミクルとファビオ、またはマリザとファビオや騎士達の間などで、お互いしか知らない事実や符丁ははいだろうか? ミクルとマリザ以外は初対面だしな。それを利用して互いが味方同士であえると判り合えればと思う。出来れば電話を横から聞いているだけの者には解らないものが望ましい」
「誰が何を覚えているか分からないからなぁ……。でも、盟約の丘で誓いと、再会の約束を交わしたことはお互い覚えていたようね」
 マリザのその返答にコウは頷いた。
「電話が繋がった時には、話をしてもらえるか?」
「そうね。電波の届かない場所にいたとしても、ハンズフリー通話にしてもらって、私が会話をするわ。会話することで、私も何か思い出せるかもしれないしね」
「そうだな。今回は場所が特定可能な情報の交換は避けた方がいいかもな。互いを危険に晒さないために」
 コウのその提案にミクルも皆も頷いた。
「他に質問があるようなら、とりあえず私が聞くわ。皆でわっと質問してたらミクル、疲れちゃうもんね」
 優しい微笑みをマリザはミクルに見せた。
「大丈夫です、何でも聞いて下さい」
 ミクルは空気の混じる声で、それでもしっかりとそう言う。
「じゃ、最後に一番重要なことを、ひとつ聞かせてくれ」
 雷蔵の言葉に、ミクルは真剣な目を向けて頷く。
「自分自身のこと、だ。――ファビオのこと。友達のこと。難しく考えなくて良い。みんなで仲良くしたい、とかそういうのでいい。ミクルの気持ちを聞かせてくれ」
 その問いに、ミクルは戸惑いを見せた。
「離宮のこととか、闇の組織のこととか、過去の戦いとか、いろいろあるよな。でも、一番重要なことは自分達がどうなりたいか、だと思うんだ」
 軽く笑みを浮かべて、雷蔵は続ける。
「俺は、すごく単純だ。皆が傷つけられないようにしたい。ミクルも、ファビオも、校長たちも、学生のみんなも、……ソフィアも、思うところはあるけどな」
 そして、もう一度雷蔵は問う。
「ミクルは、どうなりたい?」
「僕は……」
 深呼吸をして、ミクルは話し始める。
「戦争が嫌いです。皆、仲良く出来たらいいと思います。桜井静香校長のお考えが好きでした。でも、仲良くしようとしているだけじゃダメなんだってことも良くわかっています。どうしても、話し合いで分かり合えない人がいることも分かっています。だけど、戦争は嫌いなんです。勉強をして、放課後友人達と遊んで、家族と食事をして、読書をして眠る。そんな日常が好きです。だから、そんな日常をまた送れるようになったら……」
 自信なさそうに、ミクルは声を落としていった。
「ごめん、なさい……」
 謝る彼に、雷蔵はにっこり笑みを向けて、ぽんと布団を叩いた。
「目指そうな、一緒に」
「僕にはその資格ないですけれど……元気になったら、助けてくれて皆さんの望みをかなえることができるように、頑張ります」
 雷蔵、そして傍にいた者達が微笑みや頷きを見せていく。
「さ、無理させる訳にはいかねぇし、これくらいにするぞ」
 ケイが雷蔵の肩に手を置く。
「おう」
 雷蔵はケイと共にベッドから離れていく。
 ケイはソファーの方に戻ると、自分達のことを見守っていたラズィーヤに近づく。
 つい、ラズィーヤを睨み付けそうになる。
 ヴァイシャリーや、果てはシャンバラ、パラミタ、ミクル自身のことまでも考えて、ラズィーヤは動いていたのだろうと、頭では分かっていた。
 でも、心はどうしても納得はできなかった。
「狙撃の件とかで……ミクルを危険な目に遭わせたんだから、全部解決したら、学校への復帰を含め、ミクルの為に力を貸してやってほしい」
 ラズィーヤの行ったことに不服を感じながらも、ケイはラズィーヤに軽く頭を下げてお願いをする。
「わかりました。お約束しますわ」
 ラズィーヤのその言葉に、ケイはそっと息をついた。
 コンコン。
「どうぞ」
 ドアがノックされ、ラズィーヤが返事をする。
「こんにちは」
 現れたのは、品のあるシャンバラ人の青年だった。
「お手伝いをしていただいている方ですわ。遠縁の親戚でもありますの。確実に信頼の置ける人物です」
パイス・アルリダと申します。地球の方と契約をしていますが、特に秀でた能力のないシャンバラ人ですので、皆様ほどの力はありません。どうぞよろしくお願いいたします」
 青年は皆に向って深く頭を下げ、皆も立ち上がって頭を下げて、それぞれ名前を名乗った。
「こちらへ」
 ラズィーヤに招かれて、パイスは彼女の隣に腰掛ける。
「1人だけか?」
 ブルースの問いに、ラズィーヤが頷く。
「相談に交わるのは、リーダーである彼1人で十分ですわ。それに、他の者にはあまり詳しいことを説明しておりませんの」
 首を縦に振って、天音が軽く笑みを浮かべパイスに目を向ける。
「状況を聞かせてくれるかな?」
「現在は人身売買などを行っている闇組織の拠点について調べているところです。各地にある拠点のいくつかは突き止めることが出来ましたが、本拠地の場所は未だ不明です。ただ……どうやらヴァイシャリーに存在している可能性が高そうです」
「どうしてそういえる?」
「人身売買の取引が非常にスムーズに行われているからです。それらをどのように突き止めたのかについては、心情的にご納得いただけない方もいると思われますので、ここでの発言は控えさせていただきます」
「ま、そうだね。学生ばかりだし」
 紅茶を一口飲んだ後、天音はふと思い出したことを尋ねてみる。
「そういえば、さっきの説明によると……離宮の封印解除の為に危険な課外授業に出られているとか。そちらの方では何か進展があったのかな?」
 そう問うと、ラズィーヤとパイスが目を合わせた。
「特に信頼している相手にしか話せない内容だろうか」
 くすりと笑みを浮かべつつ、天音はパイスに視線を向けてみた。
 パイスは僅かに困ったような顔を見せる。
「……同じ理由で情報の出所についてはお話できませんが」
 ラズィーヤが言葉を発した。
「先日、組織の研究所と思われる場所が判明しましたわ。次はそちらに社会科見学に行っていただくつもりですの」
「封印解除については、概ね順調のようですが、毎回事件が発生しており人手が分散してしまっているため、あまり良い状況ではないと言えます」
 ラズィーヤとパイスは密に情報を交換しているようだった。
「なるほど。それが敵側の狙いじゃないといいけどね」
 ティーカップを手にとって、天音は紅茶を飲みながら脳内で情報を整理していく。
「ラズィーヤお嬢様、お客様がお見えです」
 ノック音と、執事の声が廊下から響いてきた。
「では、何か良い案が浮かびましたら、ご提案お願いしますわね」
 ラズィーヤは微笑みとパイスを残し、その部屋を後にするのだった。