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嘆きの邂逅~離宮編~(第3回/全6回)

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嘆きの邂逅~離宮編~(第3回/全6回)

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 本部にパートナー間通話により、離宮からの情報報告が次々に届いている。
 ラズィーヤも戻り、諸問題や次の転送に関する相談が進められる。
「心配の必要は無い。普段からカオスとも言うべき事件に見舞われている我々だ。暗闇や敵に動じるような『まともな神経』の持ち主などいるわけがない」
 イルミンスール生の調整役を担っているエリオット・グライアス(えりおっと・ぐらいあす)が不安気に離宮の状況を報告をするアレナにそう言った。
「特にイルミンスール生が問題を起こしているということはないのですが、宝物庫にばかり人数が集まっていることが少し問題かと思います。……つまり、お宝に興味のある方が多いらしく」
「で、宝物庫に向っているメンバーの多くがイルミンスール生だと?」
 エリオットの言葉にアレナが頷く。
「元々、イルミンスール生中心の部隊にしようって話だったので、当然といえば当然なのですが……。でも、イルミンスール生って、本当に……凄いんですよ、意欲とか。あの、6騎士さん達の契約状況を見ても……」
 マリザを発見し、契約に至ったのは、イルミンスール生の瓜生 コウ(うりゅう・こう)だが、封印の解除に向っているメンバーのうち、マリル、カルロとの契約を積極的に申し出たのも、イルミンスール生だという。
 そして、ラズィーヤの元に現れた、イルミンスール生のレンもソフィアに契約を持ちかけるようであった。
「……イルミンスールとエリザベート校長の影響力、いや汚染力、恐るべしだな。彼らもきっと昔は真面目な学生だったに違いない。だがすっかりカオスに慣らされてしまった。校長には責任を取ってもらわねば困る」
 ぶつぶつとエリオットが呟く。
「契約、ですが……」
 エリオットのパートナー、精霊のミサカ・ウェインレイド(みさか・うぇいんれいど)が口を開き、皆の視線が集まる。
「精霊祭の時、イルミンスールの皆さんは異質な存在である私達『精霊』を歓迎してくれた上に、問題が起きたらすぐに解決に動いてくれました。彼らがどれだけ信頼に値するか、それは私を見ていただければわかると思います。少なくとも私や、一緒にいた精霊達は、イルミンスールの駆け引きの材料として契約したわけではありません」
「契約とは『信頼』の証だ。単なるシステムではない。少なくともイルミンスールの生徒は『駆け引きの道具』としてパラミタ人と契約したことなど無い。それとも貴女方は、相手を『道具』と見ているのか?」
 エリオットがそう言葉を続ける。
「イルミンスール生にも、例外もいると思いますが……」
 ぼそりとミサカが言う。
「レン・オズワルドか? 確かにあの破天荒っぷりは後天的なものではないだろうな」
「いえ、もっと身近な所に……」
「ではウィルネスト・アーカイヴスだな。あの『放火魔』がかつて真面目だったはずがない。勉強面はかなりいいらしいが」
 ミサカは勿論エリオットのことを言っているのだが、わかっていてエリオットは気付かぬフリをしていた。
 ラズィーヤがくすりと笑みを浮かべる。
「相手を騙して契約する方も多いですから、ネット契約など、特に。道具と見ている方もいるでしょう。ですが、ソフィアさんに契約を持ちかけられた人物も、ソフィアさんを信じると仰ったそうです。百合園生ですわ」
 そう言われると、ソフィアと信じあっている百合園生より、他の人物を推す理由はエリオットにはない。
 ラズィーヤはなにやら考え込んでいたが、軽く息をついて話し出す。
「こちらはエレンさんが動いてらっしゃるようですから……お任せすることにいたしますわ。なるべくわたくしが皆様のお話をお聞きし、表の仕事を進められるよう方針を変更いたしますわね」
 エリオットもまた、軽く息をついて足を組む。
「お茶でもいかがですか?」
 ラズィーヤの手伝いをしているエミール・キャステン(えみーる・きゃすてん)が、茶を淹れて現れ、皆にティーカップを配っていく。
 エミールは真菜華のパートナーであり、ソフィアの様子は逐一エミールを通してラズィーヤの耳に入っていた。
「蒼空学園はクィーン・ヴァンガードの問題、教導団は士官候補生同士の派閥抗争、百合園はこの状態だし、薔薇学は宗教問題、パラ実は生徒会絡みの抗争、明倫館と空京大学は生徒数が少なくて問題。こうして見ると、もっとも平和なのはイルミンスールだけではないか。つまらんつまらん、どうせならイルミンスールが嵐の中心になればいいものを……」
 茶を飲みながらのエリオットのそんな呟きを聞き逃さず、ラズィーヤが一言こう言う。
「あなたは調整役ではありませんの? それなのに嵐を望んでいるなんて」
 ラズィーヤが微笑みを浮かべる。そして「頼もしい方」と続けた。
「次の転送に加わりたいと申し出てくれた方で、少し気になる方がいるのですが、お通ししてもよろしいでしょうか?」
 伊藤春佳(いとう・はるか)がラズィーヤに近づいて耳打ちする。
「……ティセラさんの親衛隊の方、です」
「ええ、構いませんわ」
 ラズィーヤがそう答え、春佳はアレナと生徒会役員に呼びに行かせる。

「……よろしくお願いします」
 現れたのは――リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)だった。
 ヴァイシャリー家で開かれた舞踏会で、ティセラについた人物だ。
 パートナーの中原 鞆絵(なかはら・ともえ)アストライト・グロリアフル(あすとらいと・ぐろりあふる)も一緒だった。
 アストライトはヴァンガードエンブレムをつけている。彼はクィーン・ヴァンガードのようだ。
「珍しい組み合わせですわね」
「鏖殺寺院関連の問題を抱えていると聞き、来ました。対鏖殺寺院にミルザム派もティセラ派も関係ないはず。増援部隊に志願します」
「お願いしますわ」
「……えっ?」
 ラズィーヤが2つ返事でOKしたことに、リカインの方が軽く驚いた。
「ヴァイシャリー家は、ティセラさんへのお返事をしておらず、どちらについているわけでもありませんの。パートナーと仲良くやれているのであれば、離宮に向ったメンバーとも上手くやってくださると信じますわ」
 ティセラ側についている人物も、ミルザム側についている人物も、同じ学校で同じ教室で学んでいる者も多い。完全な犯罪行為を行って処罰された者以外は、立場は違えど、普通の学生として皆生活しているのだ。
 リカインとしては、煮え切らない思いを感じてもいたが。対鏖殺寺院に関しては敵対するつもりはないという気持ちに偽りはない。
「それはつまり……俺も離宮に行けると?」
 アストライトの言葉に、ラズィーヤは首を縦に振った。
「戦力が足りませんの。助かりますわ」
 ラズィーヤは、ティセラを敵と見做したわけではない。だが、ティセラと連絡を取る手段は今はない。ティセラについている人物と関係を持っておくことで、繋がりを得ておきたいという気持ちもあるのかもしれない。
 アストライトは複雑な思いながらも、ほっと息をついた。自分がどのように見られているのかについて、強い不安を感じていたのだ。百合園に足を踏み入れるのにも勇気が必要だった。
「配置は任せます。全力を尽くします」
 リカインがそう約束をし、ラズィーヤは微笑みながら頷いた。
「私も行くぜ、よろしくな!」
 ぽんとリカインの肩を叩いたのは、白百合団員のミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)だ。
「よろしく」
 と、リカインは特に感情を表さずに答えた。
「で、何もって行けばいい? 食料とか補給物資沢山持ってくぜ〜!」
 ミューレリアが言うと、春佳が離宮からの報告を纏めた資料をミューレリアに渡す。
「明かりがついたので、照明具は若干減らしていいかと思うわ。戦闘が始まったみたいだから、救急用具と、飲食物を中心にお願い」
「了解!」
 ミューレリアは資料を手に、物資が集められている部屋の隅へと向っていく。

○     ○     ○


「マナカも立候補します! ソフィアさん一人大変なの可哀相だもん!」
 エミールを通して、ラズィーヤの考えを聞いた真菜華もまた、ソフィアの申し入れを受け入れることにした。
「ていうかー、ソフィアさん、ほんとにこんな手近なので済ませよーみたいなのでいーの?」
 真菜華のそんな言葉に、ソフィアは軽く笑みを見せた。
「そんな風に見えましたか? 私はお2人を素敵な方だと思いました」
「んーでも。たとえばー、マナカだったらイケメンな人と契約したいデス! そんで彼氏になってもらうのです。運命の契約者同士、燃え上がる恋! 超ドラマティック! ……とかソフィアさん思わない?」
 ぐっと拳を握り締めた真菜華に、ソフィアは苦笑のような笑みを見せた。
「契約はあくまで契約。恋愛などの感情に振り回されるのは……私はよくはないと思います」
「そっかー。6騎士達の間でも恋愛関係で何かあったみたいだしね? それで、真菜華くらいが適任ってことかな」
「くらいとか、自分を卑下しないで下さい」
 6騎士達の話題を出してみたが、ソフィアはその話題に乗ることはなかった。
 真菜華はソフィアに選ばれるほどのものを自分が持っているとは思わなかった。
 ソフィアが契約を持ちかけてきた直後から、携帯電話はハンズフリー機能をONにし、常にエミールとの通話状態にしてある。
 エミールから必要な報告はラズィーヤにいっていた。
 トイレに立った時に聞いたラズィーヤの反応は『出来れば契約を思いとどまらせて欲しい。不可能な場合、離宮にいるメンバーに持ちかけられるよりは、真菜華にしてもらった方がラズィーヤとしては都合が良い。しかし多分ソフィアは円を選ぶだろう』というものだった。
「ひととせまなか、どこまでも一緒にお供したい所存でありますっ!」
 と、真菜華が言うが。
「本当はもっと色々考えてるんじゃない? 今じゃなくてもいいけど、いつかは素直に話せる仲になれたらいいよね」
 円がそう微笑むと、ソフィアも微笑み返して頷く。
 策略面では真菜華がかなり上手く動いているが。
 友情という面では、円との結びつきの方が深まったようだ。
「ソフィアちゃんやっほー」
 明るい声が響き、保健室にぼさぼさの髪の女性が飛び込んできた。
 女性はソフィアの元に跳ねるように駆け寄った。
「ミネルバちゃんだよん! よろしくねー」
 円のパートナーのミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)だ。
「ソフィアさん、よろしくお願いしますねぇー」
 もう1人、色っぽい吸血鬼も歩み寄ってくる。
「円のパートナーでオリヴィアと申しますー、よろしくねぇー」
 明るく笑うミネルバと、微笑むオリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)にソフィアは微笑みを向けて、頭を下げた。
「どうぞよろしくお願いいたします」
「ソフィアさんは貴族なのかしら? 雰囲気的に礼儀正しそうに思うんですけどぉ」
「いえ、私は一般の出です」
「それは良かったわぁー」
 にこにことオリヴィアは微笑む。
 オリヴィアは円に自分は良家の出だと話してあるが、実際は田舎育ち。
 上流階級の作法などよく分かってはいない。
 ソフィアが貴族なら、バレないよう注意して接しなければと思っていたけれど、そうではないことにひとまず安心した。
 とはいえ、女王の騎士だった人物だ。相応の作法は知っているだろうから、気を抜くことは出来ないだろうけれど。
「ん〜。あはははははーっと」
 ミネルバは椅子に腰掛けて漫画を読み始めていた。
「……個性的な方々ですね」
 ソフィアがくすりと笑ってそう言うと、円は「ボクも、キミもね」と笑みを浮かべた。
「ご気分はどうですか?」
 ドアが開き、エレンのパートナーのアトラ・テュランヌス(あとら・てゅらんぬす)が現れる。
「現在の状況を纏めた資料を持ってきました。明日にはまた離宮に行くんだよね?」
「ええ。ありがとうございます」
 ソフィアは資料を受け取って、礼を言った。
「ソフィア様はどなたと契約をすることに決めたんですか?」
 アトラはふと尋ねてみた。
「そうですね……」
 ソフィアは即答はしなかった。
「円なら百合園生だし、エレン姉の親友だから、何かあったときにはモチベーションが違うって言ってたなぁ」
 人数が多くなってきたため、円と真菜華は少し離れて、片付けとソフィアの帰宅の準備を進めていた。
「親友ですか……」
 軽く眉を動かすが、それ以上ソフィアは言葉を続けはしなかった。
「真菜華ならパラ実との繋がりを強められるとかそういう政治的面もあるとか何とか……いざとなったら切り捨てるのも気が楽とか言ってたけど」
「協力してくださっている方なのに……。私も不要になったら切り捨てられてしまうのかしら」
 ソフィアは軽く苦笑した。
 アトラは吐息をついて、微笑した。
「エレン姉はあれで情が深いからより冷え冷えと燃えちゃうんじゃないかな」
「……」
「ソフィア様なら誰と契約するとしても、ちゃんと考えてるだろうから変に口出したりするなってエレン姉に言われてるんだ」
「そうですね。でも、あなたの言葉は口出ししているようなものですよ」
 にっこりソフィアは微笑む。

 翌日、離宮の状況が芳しくないことから、まだ本調子ではないままソフィアは離宮に向うことにした。
 転送直前に、負担を軽減するためにもと、円がソフィアとパートナー契約を結んだのだった。