リアクション
「慎重に進むことも大事だけれど、ここで食い止めることも大事。目覚めた兵器が眠っている兵器を起こしていく可能性があるわ。退路を確保する意味でも、半数はここに留まり、少数で内部を調査しましょう」
風見瑠奈(かざみ・るな)が厳しい顔付きで契約者達にそう言った。
使用人居住区に向っていた者達のうち、半数ほどの契約者が調査に挙手する。
残りの者の中にはヴァイシャリー軍が配置された場所まで退くことを望んだ者もいた。この場に留まることを望んだ者を留まらせ、瑠奈は調査に向かう者と共に遺骨のある居住区の入り口まで足を進めていく。
「私はここで指揮をするわ。危険を感じた場合は一旦退いて――というのは白百合団の考えね。皆に危険が及びそうな場合は、より犠牲を出さない方法を考えてくれると嬉しい」
命を賭せとは命じはしないが、瑠奈は暗にそう言っているようなものだった。
「成果を出さずして退くとかありえないからな! 退いた所で得る物が無い以上、前進し調査を行うべきだ」
当然というように、国頭 武尊(くにがみ・たける)は言い、瑠奈より前を歩く。
常時サングラスを着用している武尊は、眩しさで目が眩むこともなく、負傷も少ないことから冷静でいられた。
武尊は自分の所為で皆に怪我を負わせることになったという気持ちをもってはいたが、瑠奈や仲間としては、逆に先陣を切った彼とパートナーのシーリル・ハーマン(しーりる・はーまん)に助けられていた。
生身の人間が直接罠に触れていたら、死に繋がっていたかもしれないのだから。
「軽傷とは言え、隊に先行するのであれば、用心しないとですからね」
シーリルも武尊と自分にヒールをかけた後、歩きはじめる。
「隊長は大丈夫ですか? 入り口も危険を伴う場所だと思うけど……」
鬼院 尋人(きいん・ひろと)が瑠奈を気遣う。
「大丈夫。回復魔法も多少は使えるから」
瑠奈の言葉に、ほっとして頷いた後、尋人は居住区の中に目を向ける。
見慣れない建物に、見え隠れする人影。
(今まで真っ暗で実感が掴めなかったけど、過去の世界の中に今オレは来ているんだな……)
などと感動に似た感情を抱きながら、尋人は居住区の中を見回していく。恐怖は感じていなかった。
「魔法系の攻撃の対処はあまり得意ではないのだけれど、同じ攻撃は食らわない。次は躱せる」
瑠奈がそう言い、尋人頷くと提案に移ることにする。
「要所と思われる場所は、あそこだろうか。まずは、あの集会所と思われる場所の確保に動こうと思う」
「私は尋人のサポートだ」
呀 雷號(が・らいごう)は尋人の側に立つ。
「ああ、拠点となる場所が必要だ。あの集会所を制圧しよう」
前を歩く武尊もそう言い、瑠奈が首を縦に振る。
「任せるわ。状況によっては私もそちらに移る」
「僕も中に入るよ」
清泉 北都(いずみ・ほくと)は、禁猟区を使って警戒をしながら、尋人に続く。
「オレもな!」
北都のパートナー白銀 昶(しろがね・あきら)は、狼へと姿を変え、超感覚で周囲を探っていく。
「人影が気になるんだよな」
昶は居住区内に鋭い視線を向ける。
居住区に存在する家々に、明かりが灯っていく。動き出す影もまたちらちらと見えはじめていた。
「援護しよう」
「そうだな」
そう歩み出たのはアルフレート・シャリオヴァルト(あるふれーと・しゃりおう゛ぁると)とテオディス・ハルムート(ておでぃす・はるむーと)だ。
「朝が訪れ、人々が目を覚ましたかのように光が灯ってる。行動は迅速に、ね。作戦開始!」
瑠奈がそう言い、一同はそれぞれ警戒をしながら駆け込んでいく。
「行くぞ、テオ!」
「ああ」
アルフレートとテオディスは真っ直ぐ入り口に駆け込んだ。皆の囮となるべく。
こちらから攻撃を仕掛けたりはせず、ただ、前へ進む。
外へ出て来る者はいない。しかし、窓やドアが少しだけ開き、アルフレート達に武器が向けられる。
ボウガンや銃のような武器。そして魔力を増幅させるロッド類。
物陰に隠れて、攻撃をやり過ごし、アルフレートとテオディスは少しずつ歩みを進めていく。
目指しているのは皆が向う集会所ではく。敵の目を逸らすために、広場になっている場所に向っていく。
「……なんだ……っ!」
突如、目の前に現れた物体に、アルフレートは片方しかない目を見開いた。
それはドラゴンのような形をした石の像。動かないはずの像が、本物のドラゴンのような動きを見せる。
「どう見ても、仲間じゃないな。意思も持ってないだろう」
ドラゴニュートのテオディスがそう言い、アルフレートと共に駆ける。
「はあーっ!」
アルフレートが妖刀村雨丸で、像に轟雷閃を放つ。
「静かにしててもらおう」
テオディスは周囲にサンダーブラストを放ち、敵を牽制する。
弓矢や魔法攻撃が収まっていくことから、周囲の敵には意思能力があると思われる。
「終わりだ!」
アルフレートは跳躍し、ドラゴンアーツを用い、怪力の籠手を嵌めた腕をドラゴン像へと叩き込む。
腹を砕かれた像が崩れ落ちる。
しかし、その直後に別方向から同じ像が現れていく。
「油断するなよ」
「……テオもな」
背を合わせ、軽く笑みを浮かべながら拳をコツンと打ち、互いの意思を確認し合う。
背中を預けられる、信頼できるパートナーだ。
「火傷したい奴だけ来い……!」
「相手になってやろう」
アルフレートは爆炎波を、テオディスが雷術を放っていく。
○ ○ ○
別邸では班長の
宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)指揮の下、救護体制作りが急ピッチで進められていた。
「明かりが灯ったとはいえ、ここを利用していることは知られない方がいいわ。家具類は宮殿側に面した部屋に運び入れ、反対側の部屋にスペースを確保していって」
別邸内にベッドは殆どなかった。
西の塔から不要になった毛布を運び入れて、床に敷いていく。
「重傷者はまずは入り口に近い部屋に。治療を施した後の状態により、部屋を移動させていくわよ」
傷が軽いものを奥、水場からも遠い場所へ運び込むよう体制を作っていく。
重傷者を診る部屋には、回復魔法やアイテムで緊急的な治療を施せる者に、奥の部屋には魔法をあまり使えない者、一般的な治療知識しかない者に担当するよう指示を出していく。
「魔法が使える人も、精神力が尽きたら奥の部屋に。精神力を分け与えることが出来る人は、無駄に使わずに温存してね」
てきぱき指示を出しながら、祥子自身も家具の移動を行っていく。
「母様、こちらも移動させますわね」
パワーアシストアームを装備したパートナーの
同人誌 静かな秘め事(どうじんし・しずかなひめごと)が、大きな棚を持ち上げ、祥子がサポートする。
「……っと」
祥子の体が本棚に軽く触れ、本が数冊床に落ちてしまう。
女性が沢山描かれた本――グラビア写真集のような本だった。
「ああっ!?」
思わず声を上げたのは静香だ。
「あ、いえ、わたくしの本体ではありませんのね。注意しませんと」
と、静香は微笑みを浮かべる。
魔道書である静香の本体の内容はちょっと刺激が強すぎる。こんな場のこんな状況下で見せられるものではない。……どんな状況下でもだけど。
「この部屋は最も人数が必要だろう。精神力が尽きた者が休憩を取る部屋も必要だな」
人員の振り分けを、
本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)が手伝う。
一つ一つの部屋を回り、作業の状況を確認して細やかな指示を出す。
「毛布敷いてみたけど、一枚だと痛いかな?」
クレア・ワイズマン(くれあ・わいずまん)は涼介を手伝って、共に準備を進めている。
「仕方ないだろう。もっと不衛生な場所で治療を行わなければならなくなる可能性もあるから、毛布は残しておきたい」
「うん、それじゃこの部屋はこれで終了。隣の大きな部屋に行こっ」
クレアはポニーテールの髪を揺らしながら、荷物を持って隣の部屋の手伝いに急ぎ足で向っていく。
「そろそろ怪我人が運びこまれてきてもおかしくはない。急ごう」
クレアに続いて部屋に入り、涼介はそのリビングと思われる部屋をメインの治療場と考え、椅子や机を適当な場所に運び、医薬品治療具を並べていく。
本なども台や椅子に出来そうなものは、積み上げて利用できるように整えていく。
大きな家具は静香が中心となり運び出してくれているが、小さな調度品まで他の部屋に移動をするほどの時間はない。部屋の隅に集めて、邪魔にならないよう纏めておく。
「こちらの棚も移動しましょう」
グロリア・クレイン(ぐろりあ・くれいん)が、百合園生達に呼びかける。
非力そうな子が多く、静香のように1人で持ち上げることは出来ないけれど。皆で力を合わせれば、出来ないことはないはず。
「はい」
床や壁の掃除をしていた百合園生達が集まり、4人で棚を持ち上げて、使用しない部屋へと運んでいく。
運び終えて汗を拭う百合園生達に
レイラ・リンジー(れいら・りんじー)がそっと冷たいお茶が入った紙コップを差し出した。
「ありがとうございます」
百合園生達はありがたくいただいて、元気を充電する。
「冷たいお茶がこんなに美味しいなんて……」
淡く笑った百合園生に、レイラはこくりと頷いて「リフレッシュ……大事、です」と、緊張しながらたどたどしくとも声をかけて、茶を配っていくのだった。
あまり眠っていない人には、本当はベッドで休んで欲しかったけれど。それは出来る状態ではないので、コーヒーを淹れて、持っていってあげる。
人見知りが激しいため、言葉で上手く伝えられないけれど、レイラは怪我人だけではなく、治療に当たる仲間達1人1人をも気遣っていた。
「私はプリーストですが、まだまだ未熟です。どこを担当すればいいかしら?」
アンジェリカ・スターク(あんじぇりか・すたーく)が班長の祥子に尋ねる。
「それでも最初は入り口の部屋にいてくれると助かるわ。緊急的に解毒魔法が必要になることもあるでしょうから」
「分かりました。頑張らせていただきます」
そう言った後、アンジェリカは軽く息をついた。
「ただできることなら負傷者が出ないで自分たち治療担当者が暇を持て余す事態になる方がより好ましいのですが……」
「そうね」
祥子は頷いて、励ますようにアンジェリカの肩を叩いた。
頷いて、アンジェリカは持ち場へとついていく。