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リアクション
第3章 深淵のその中に(花壇)
「うおおおおーっ!? あんなに綺麗に咲き誇ってた花がー!」
「花が……めちゃくちゃですね……」
蒼空学園教師・櫻井 馨(さくらい・かおる)とそのパートナーである綾崎 リン(あやざき・りん)が学園の異変に気付いたのは、色々と噂の絶えない花壇を目にした時だった。
既に茨はなく、蹂躙された花々と……ただその中央に空いた穴。
深淵を思わせるその穴は、どう見ても普通には思えなかったから。
とはいえ、馨が取り乱していたのは、僅かの間だった。
「触らぬ神に祟りなしっていうし、とっとと土嚢で埋めようか!」
シャベルを手にした馨は爽やかな笑顔でもって、穴を埋めようとし。
「……そして、埋めてどうするんですか? マスター」
「や、やだなぁ、冗談に決まってるじゃん、冗談! ちょっ、苦しいって! ギブギブ!」
リンによって即行、阻止された。
ギリギリ……締められた首、赤くなったり青くなったりしていた馨の顔色がどんどんどす黒くなっていくに気付き、リンはようやく解放した。
「いやホント、埋められると困るんだよね。余計な事しないでね、センセ」
助かった、ヘタり込んだ馨に、如月 正悟(きさらぎ・しょうご)が念を押した。
「あの穴はこのピンチを乗り切る切り札、かもしれないんだから」
「死中に活あり。異空間に突入してみようと思います。影龍そのものを目で見、肌で感じることもが出来るかもしれませんし」
「おぬし、阿呆じゃな」
気負った風もなく告げた御凪 真人(みなぎ・まこと)に、名も無き 白き詩篇(なもなき・しろきしへん)はその可愛らしい顔をしかめた。
「異空間突入など危険じゃ……情報が少なすぎる」
「うん、確かにね。でも、雛子さんが魔剣とも契約状態にあるのなら、影龍から魔剣を引き離せれば負担も軽くなるだろ」
真人の視線の先には、肩で息をする雛子の姿がある。
その胸に広がる、刻印。
認め、白き詩篇もその眉間の皺を深くした。
「ふむ。それに、魔剣を手に入れることが出来れば邪剣や影龍への対抗手段になるかもしれない、とな」
「ええ。この状況なら少しでも手札が多いほうが有利でしょう」
言う真人に、白き詩篇はとうとう溜め息をついた。
「この頑固者めが。好きにせい」
「ははっ。でも、そんな無茶な事しようとするのは俺だけじゃないですよ」
「あんたはいいから、横になってなさい!」
雛子を強引に横たえる白波 理沙(しらなみ・りさ)。
「ですが……」
「あぁっもう、そんなフラフラなんだから!」
「……ごめんなさい」
「だから……謝んなくていいから」
見えてしまった胸元の刻印。
それが少しずつ広がっているのに気付き、理沙は唇を噛みしめた。
(「もう雛子にはツライ思いをさせたくないのに!」)
以前、身勝手で雛子を犠牲にしようとした自分……だけど、雛子は許してくれた。
今は……雛子は大切な友達、なのだ。
だから。
「安心しなさいよ。私がそれ、何とかしてくるから」
穴をじっと見据える理沙。
願いは一つだ。
早く学園を平和にして、雛子に普通の女の子として楽しく学園生活を過ごさせてあげる事。
そんなやりとりを眺め。
「まったくのぅ。どいつもこいつも……」
ぼやきつつ、白き詩篇の口の端に微かな笑みが上る。
知っているのだ。
この厳しい状況を引っくり返すには無茶や無謀も必要なのだと。
「とっ、刀真……良かっ、無事で……」
息を切らした沙幸と美海が飛び込んできたのは、そんな中だった。
「あのね、刀真、皆……今分かっている事を伝えるね」
沙幸は息を整えながら、樹月 刀真(きづき・とうま)達に説明した。
魔剣とソード・オブ・プリンス、彼に従っていた魔剣使いについて。
闇龍と魔剣との関係。
闇龍と影龍との関係。
そして、影龍と魔剣と封印の巫女の関係。
「はぁ……本当に大変な事になってるんですねぇ」
感心とも困惑ともつかぬ表情で浅葱 翡翠(あさぎ・ひすい)は聞き終えた。
「でも、穴の中に全ての基点……原因がありそうなんですよね」
「翡翠そなた、行くつもりですか?」
「うん。そっちはそっちで地上の調査をして欲しいんですけど」
「……仕方ありません」
白乃 自由帳(しろの・じゆうちょう)の溜め息まじりとしか思えない口調に、翡翠は小さく笑みつつ、穴を見据えた。
「三本に砕けた魔剣か……完全に三振りがそろえば、もしかすると闇龍にも効果のある武器を作るチャンスを生み出す可能性があるかもしれない」
一方、正悟は胸中でだけ、考える。
井上 陸斗の持つ封印剣と、大会に乱入したという邪剣、そして、穴の中に在るという魔剣。
もし三振りが揃ったとしたら……?
「だけど、それなら早くしないとな」
正悟はスッと目を細めた。
「あの穴の中に魔剣があって、魔剣の力を使えば封印が壊れるのを防げるかもしけないんだよね……?」
「そうですね……影龍を何とか出来れば、学園を守る事が出来るでしょうし」
神和 綺人(かんなぎ・あやと)にクリス・ローゼン(くりす・ろーぜん)はごく自然に返してしまってから、その横顔に視線を走らせた。
柔和な面持ちの中に、何がしかの意志……決意を感じ取り、内心で一つ溜め息。
「まぁ……言っても聞かないでしょうしね」
「うん。中の空間がどうなっているかわからないけど……、何とかしないと、雛子さんが、学園が危ないから」
ごめんね?、と謝りつつ、綺人は自らの頬が緩むのを感じていた。
言葉にしなくても分かってくれる、クリスと心が通じ合っているのはこんな時でも嬉しかった。
「……止めてもムダ、だな」
「ですね。……わたくしも手伝います」
そんな綺人達を見つめ、ユーリ・ウィルトゥス(ゆーり・うぃるとぅす)と神和 瀬織(かんなぎ・せお)は穴へと手をかざした。
「……その前に、穴に入れるように瘴気を祓っておかないと」
守護の光が、穴の周辺を柔らかく包む。
それはおそらく、白花の負担も多少なりとも軽減してくれる筈だ。
「……平気そうに見えるが、かなり負荷がかかっているはずだから、な」
何せ蒼空学園の空間を、壊れぬよう支えているのだ。
「雛子ちゃん、思えば今まで口にしていなかったけど、私達、友達だよね?」
清められた周辺に口元を綻ばせてから、アリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)は静かに尋ねた。
「……はい。少なくとも私は、そのつもりです」
「うん、私も」
良かった、とアリアは照れたように笑い、声を張った。
「正直穴から戻る手段か分からないわ。だけど必ず戻るから、信じていて欲しいの。その想いを、絆を手繰って、私達も必ず友達の許へ、愛する人達の許へ帰れると信じているから」
パートナーである天穹 虹七(てんきゅう・こうな)に、雛子に、皆に向けた言葉。
「……絶対帰ってきてね……信じてるよ……」
受け止め、虹七は確りと頷く。
「……お姉ちゃん、虹七、いい子にしてちゃんと待ってるよ」
「くれぐれも無理、なさらないで下さいね」
「うん。雛子ちゃんもね……じゃ、行ってきます」
アリアは一つ笑みを残すと、躊躇なく穴へと突入した。
「そっか……この穴は影龍のいる空間に繋がってて、共に魔剣が眠っていて、みんなはそれをとりに行くんだね」
「ええ。魔剣と話をしてきます……月夜、剣を」
「はい、刀真」
刀真もまた沙幸に頷くと、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)から光条兵器……黒い刀身の片刃剣である『黒の剣』を受け取り。
空間を維持している白花を見た。
「白花、すぐに戻ります」
告げたのは、ただ一言。
その一言に強い意志と誓いを乗せ、刀真は穴へと続いた。
「刀真、ここは私が護るから」
その背に、沙幸は誓った。
今、白花が身を削って封印を保持してくれている。
だから自分はここで花壇を……白花を護ろう。と。
「頼みます」
刀真は言って、穴へとその身を躍らせ。
正悟や真人が後に続く。
「月夜さんは……一緒に行かなくて良かったのですか?」
「私? 私は刀真の剣だから、一緒に貴女を護るよ」
刀真がそれを望んでいるから。
ごく自然に告げる月夜に、白花は何か言いかけ……言葉を呑みこんだ。
そこから僅かに不安を感じ取った月夜は、そっと腕を伸ばす。
「白花、大丈夫。刀真は必ず戻ってくる、そして貴女を護ってくれるよ」
身を引こうとした白花、そっと抱きしめた月夜の腕に伝わる、『重み』。
白花が支える、空間のそれ。
「だから……だから、それまで一緒に待ってよう」
刀真だけではない、月夜もまた白花のパートナーなのだから。
「穴をふさいで、封印強化をめざしたところで、限界があるでしょう。ならば、元から断つしかありませんね」
「あ〜、はいはいはい、言うと思ったよ」
本郷 翔(ほんごう・かける)はソール・アンヴィル(そーる・あんう゛ぃる)の言葉に、ちょっとだけ意外そうに眼を瞬かせた。
単身乗り込むのは危険だと分かっていたから、ついてきてもらおうとは思っていたが、多少ごねのではないか?、と考えていたのだ。
「俺を嫌ってる翔が呼びだすぐらいだ、本気で緊急事態だということだろう?」
ソールも守護天使である。
事の緊迫度は承知しているらしい。
「って事で、ほら♪」
「……何ですか?」
「うん?、穴に飛び込むんだろ? 危険だからお姫様だっこで……ぐはっ!?」
「バカな事、言ってないで……行きますよ」
それでも手を繋ぎ、翔とソールは飛び込んだ。
「行こう、クリス。僕は刀真さん達を守る……皆が魔剣の元に辿りつけるよう」
「お供します……どこまでも」
続いて、綺人とクリスが手を繋ぎつつ、共に穴へとその身を躍らせた。
「大丈夫、でしょうか」
穴の中、消えた綺人とクリスを見送る瀬織の眼差しは、揺れていた。
もし綺人やクリスに何かあったら……そう思うと胸が締め付けられた。
「……無茶しなければ良いけどな……。覚悟を決めたら、止まらない子たちだからな……」
その頭を、ユーリは慰めるように撫でた。
常は子供扱いされる事を嫌う魔道書はしかし、ただされるがままだった。
「……今は、花壇の穴に飛び込んでいったあの子達を、信じるしかないな」
ユーリの役目は花壇を、この場所を、そして雛子や白花達を守る事。
「わたくしは綺人達を守りたい……だから」
綺人達を守りたい、もう大切な人を失いたくない……懐かしい人の面影に、瀬織の胸がズキリと痛む。
それでも、綺人が望むなら。
綺人の望みが蒼空学園を守る事ならば。
「この花壇を、学園を守ることがそれにつながるのでしたら、もちろん、ここを守ります」
瀬織は守るのだ。
綺人の望みを。
「大会であんなに活躍した山葉をディスるとか、許せませんよね」
「ちょっ!? 待て、待てって……俺は曲がりなりにもケガ人だって!?」
志位 大地(しい・だいち)が引きずってきたのは、山葉 涼司だった。
「まあそう言わずに。これで貸し借りなしってことでいいじゃないですか。ね?」
大会で大地のサポートを受けつつアッサリ負けた涼司はそれだけで押し黙った。
「それに、あなたが一緒でないと面白くないですよ」
その隙を見過ごさず、大地は涼司を蹴った。
「って……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ?!」
随分と間抜けな顔でもって、穴に真っ逆さま落ちて行く涼司。
「おおっ、意外と深いですね」
「あなたはどうするの?」
大地のパートナーメーテルリンク著 『青い鳥』(めーてるりんくちょ・あおいとり)……人型をとっている今は、氷月千雨を名乗る少女は、涼司のパートナーである花音・アームルートに問うた。
「行きます。涼司さんを放ってはおけませんし」
「分かった。なら、私も行く……大地をクッションにすれば大丈夫」
「いえ、きっと下で涼司さんが受け止めてくれる筈です、ええ、絶対に」
「うわ、何気に怖い事言ってますね……まぁ頼もしいですけど」
大地は苦笑してから、穴の淵に足を掛け、花壇を振り返り。
「白花、雛子、ドンと大船に乗った気でいなさい。俺たちが本気になって出来ない事などないのですから……まぁ、たまにはあるかもですが」
トンと胸を叩くと、穴へと飛び込んだ。
それぞれ会釈を残し、千雨と花音もまた続き。
「とりあえず……私達も入ってみましょう」
「落ちて死んじゃったらどーするの!?」
リンの提案に即座に異議を整えてから、馨は躊躇うように視線を穴に向けた。
何と言っても既に、生徒が飛び込んでいるのだ。
皆、それぞれ自分の意志で、覚悟の上で向かったとはいえ、教師として放ってはおけないのもまた、事実。
だから。
「大丈夫ですよ、私が下まで運んであげますから」
「それならまだいいけど……じゃ、よろしく頼むよー」
察したリンの提案に、今度は首肯したわけで。
「では、行きます」
けれど、抱えられ穴に文字通り「飛び込む」段になって、馨は慌てた。
「あ、あのな……綺崎」
「喋らないで下さい、舌を噛みますよ」
「あ、いやその……む、胸が顔に当たってるんですが……?」
「え……ッ!?」
胸部を見下ろしたリンは、そこに申し訳なさそうな困ったような顔を赤らめている馨を認識し。
顔を真っ赤にすると同時に、馨を投げつけた。
ここがどこだかどういう状態なのかを、スッパリキッパリ忘れて。
「……ぁ」
ドゴンっ!?
とか何とか威勢のいい音が、結構近くから聞こえたのは不幸中の幸いだっただろう。
「い、痛い……」
「す、すみませんマスター。つい……」
地面と思しきものにめり込んだ馨を助けつつ、殊勝に謝るリン。
「い、いや大丈夫だって! それにしても、やっぱ機晶姫の胸も柔らかいんだな!」
だがそれは続けられた馨の言葉で吹き飛んだ。
ついでに馨もまた、リンの制裁パンチにより、吹き飛んだ。
「し、正直な感想を言っただけなの……に……」
「……言い残す言葉はそれだけですか?」
深淵の闇の中。
馨の悲鳴が響き渡った。
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