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リアクション
第2章 希望と絶望の狭間で(VS邪剣)
「あいつ……許せないっ!?」
「ええい、落ち着かぬか!」
邪剣を持つ少年をギリ、と睨みつけたリュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)。
昂った感情のまま動こうとしたリュースを留めたのは、リオン・ヴァチン(りおん・ばちん)の一喝だった。
「何で止めるんだよ、リオン先生!? このままあいつを放っておけって言うのか?!」
「ふぅ。リュースは頭に血が昇り易くていかんの。それこそが付け狙われる所じゃというのに」
大きく分かりやすく溜め息をつかれ、リュースはムッとしつつも頭が冷えて行くのを感じた。
「あの邪剣……心の正を断ち切るようじゃの。じゃが、負に呑まれては相手の思うツボじゃ。負に呑まれれば影龍が二人の嬢ちゃん達を食い破って現世に現れようぞ」
「では……リオン先生はどうすればいいと言うのですか?」
「知らぬ」
口調からリュースが冷静さを取り戻したと察したリオンは、重々しく告げた。
「リュース、あんたが何をすれば良いか、ほれ、自分で考えんか」
リオンだけでない。
パートナーであるシーナ・アマング(しーな・あまんぐ)とアレス・フォート(あれす・ふぉーと)もまた、リュースの答えを……選択を見守っていて。
「目に見えないもの、心を砕くというのなら……」
リュースは仲間達に意思を告げた。
「100の絶望を生み出すのなら、1000の希望を生む。その為にオレがすべきことは……」
そして、リュースの答えに、リオンは口の端を釣り上げた。
「……ぅ」
「アーちゃん、大丈夫!?」
邪剣に吹き飛ばされたアシャンテ・グルームエッジ(あしゃんて・ぐるーむえっじ)の姿を見た瞬間、御陰 繭螺(みかげ・まゆら)は動いていた。
「頭、打って無い? 気分は?」
懸命な繭螺の手当てあってか、アシャンテは直ぐに立ち上がり。
邪剣を、見据えた。
「……感じる……あれは、存在してはならないモノだ……」
「……そう、あれは危険すぎる代物だ……使い手にとってもね……」
ラズ・シュバイセン(らず・しゅばいせん)の声は低い。
そう、あの剣は……邪剣はそういう類のモノだ。
おそらくあの少年は使い捨ての……器。
察し、だがそれは口に乗せない。
ただでさえ相手が鏖殺寺院関係者という事で、アシャンテとは戦わせたくない相手である。
なのにこれ以上の、アシャンテを惑わすような情報を与えたくは無かった。
「……アレを破壊する」
繭螺から受け取った、光条兵器……小銃型の形を取る「スィメア」。
本来の武器はやはり、しっくりと手に馴染む。
「ボクが出て行っても足手まといだから……気をつけて、アーちゃん」
「何事もなければ、いいのだが」
繭螺はアシャンテにパワーブレスを掛け、ラズは危惧しながら、アシャンテを送りだした。
その無事を、心の底から祈りながら。
「ただの剣術大会だと思ってたらとんだ強敵じゃねえの、こりゃあ楽しくなってきたなっと」
「よくわかんないけど大変な事になってる?」
東條 カガチ(とうじょう・かがち)は柳尾 なぎこ(やなお・なぎこ)に「まぁそこそこ」とかどこか嬉しそうに笑みつつ、エヴァ・ボイナ・フィサリス(えば・ぼいなふぃさりす)に手を差し出した。
「悪いな、おねえちゃん」
「これを必要とするということは事態は深刻のようですね」
手から手へ、持ち主に渡るは、野分。
「私にこれを預けていたのもそれを予期してたから……」
じっとその顔を見つめ、エヴァは直ぐに小さく首を振った。
「……のわけがないでしょうね、その楽しそうな顔を見るに」
「うん、ま、行ってくるさ」
「がんばって、カガチ!」
なぎこのパワーブレスを受け、カガチは歩を進めた。
邪剣と、相対すべく。
「……ぁ」
赤嶺 霜月(あかみね・そうげつ)にとってその光景はひどく間延びして感じられた。
崩れ落ちるクコ・赤嶺(くこ・あかみね)、大切な大切な大切な妻。
「クコっ!?」
必死に駆けより抱き寄せたその瞳はピクリとも動かぬままで……息が上手く出来ない。
「あ……私……?」
だから、クコがゆっくりと目を開けてくれた時、霜月は本当に安堵し。
力を込めた抱きしめる腕は、微かに震えていたと思う。
もうこんな思いはたくさんで、だから。
「避難、しておいてください」
ただそれだけを言い残し、霜月は走り出していた。
「え? ちょっ……霜月?」
ぼんやりしていたクコはしかし、意識がハッキリすると共に、その後を追いかけた。
気付いたから……
「やれやれ、いってしまったのぅ」
「あの、何がどうなっているのですか?」
「うむ、そうじゃな……」
アイリス・零式(あいりす・ぜろしき)に問われたグラフ・ガルベルグ著 『深海祭祀書』(ぐらふがるべるぐちょ・しんかいさいししょ)は、邪剣など一通り説明し。
「それは大変です! 放ってはおけません!」
終わった途端、案の定駆けだしたアイリスに、深海祭祀書はもう一度「やれやれ」と溜め息をつき。
「……仕方ないのう」
やはりパートナー達の後を追ったのだった。
「なんでなの……兄様とか霞憐ちゃんがすごく遠くに感じるの……」
緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)は、震える紫桜 瑠璃(しざくら・るり)の小さな身体を、ギュッと包み込むように抱きしめた。
その身体に傷はない。
けれど、その心にこそ深い傷が走っていた。
「こんな寂しい気持ち……一人ぼっちは嫌なの……」
遙遠と緋桜 霞憐(ひざくら・かれん)にしがみつくように、瑠璃。
断ち切られた絆……その喪失感は幼い心を苛んでいた。
「イヤ……嫌なの……こんな考え方する瑠璃が嫌なの……!」
葛藤。
いつもの自分が、遙遠達といる時の気持ちが、笑顔が思い出せなくて。
怖くて怖くて怖くて仕方がなくて。
「兄様の傍に居たい筈なのに……! 傍に居て、兄様!」
「……大丈夫」
抱きしめる腕が、瑠璃の震えを、不安を伝えてきていた。
この温もりでその不安を全て拭えたらいいのに。
「直ぐに、取り戻しますから……ホンの少しの間だけ、待ってて下さい」
叶わぬ願いを口に乗せ、遙遠は瑠璃を繭螺達へと託し。
戦場に、戻る。
「大会見に来ただけなのに、なんか大変なことになってるな……」
瑠璃を気遣いながら、霞憐は殊更明るい声を出した。
そんなもの、今の遙遠には何の慰めにもならないと分かっていても。
「取り合えず遙遠、得物を早く受け取れ!」
光条兵器を差し出し、だから、霞憐は言った。
「あいつを止めるんだよな? 加勢するぜ!」
遙遠は一つ頷き。
「瑠璃を傷付けた報いは受けて貰いますよ」
その瞳に冴え冴えとした殺気を宿し、邪剣を見据えた。
「……心地いい殺意だね。ね、パートナーってそんなに大事なの?」
「当たり前です。ですが、そんな事、あなたに教えてやる義理はありませんね」
「……ふぅん」
「さて……死んで貰いましょうか……って剣相手ですから『ぶち壊す』のほうが合ってますかね」
そうして遙遠は物騒な笑顔を浮かべ、地を蹴った。
「……」
アシャンテの威嚇射撃は予想通り、かわされる。
だが、それは想定内。
続けて着地点を狙った続けざまの銃撃もまた、邪剣に撃ち落とされる。
踊る様に楽しげに釣り上がる、口の端。
目にした瞬間、アシャンテの中で何かが膨れ上がった。
激情。抑えきれない、昂り。
同時に訪れた、偏頭痛とフラッシュバック。
「……こんな、時に……」
アシャンテ自身知らない、それは失われた記憶の欠片。
拭いきれない、過去の断片。
「あれ、疲れちゃった?」
「!?」
「いけない!」
咄嗟に割り込んだのは、ラズだった。
ずっと……アシャンテを見ていた。
ずっと、案じていた。
「ラズ?! 繭螺っ!」
らしくない、悲鳴が迸った。
「おねえちゃん、なぎさん、頼んだ!」
「任されましたわ」
「こっち、運んで」
庇うべく滑り込むカガチに答え、エヴァとなぎこが繭螺のフォローに入り、ラズとアシャンテとに駆け寄る。
「何だ、もう遊んでくれないんだ」
戦意を喪失したアシャンテに、つまらなそうに……拗ねたように邪剣が口を尖らせ。
「お……おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」
「あれ? 新しい遊び相手?」
突っ込んできた霜月を、歓迎するように笑み迎え。
「そうですね、退屈はさせませんよ。彼女の分も僕等が遊んであげますから」
遙遠もまた、タイミングを合わせて斬りかかり。
「まだ大会は終ってねえぜ。踊ろうぜぇ、ぶっ倒れるまでさあ」
カガチもまた、物騒な笑みと共に野分を……本気の獲物を繰りだした。
「環菜会長」
影野 陽太(かげの・ようた)が御神楽 環菜を見つける事が出来たのは、幸運だった。
機械類が沈黙した現在、各所に指示を出すべく環菜は学園のあちこちを動き回っているからだ。
クイーンヴァンガード隊員らしい生徒と打ち合わせしていた環菜は、ただ視線だけをチラと陽太に向け。
その忙しそうな、余裕のあまり感じられない雰囲気に気圧され、しかし、陽太は踏みとどまった。
ここで引き下がるようなら、何の為に環菜を探していたか、分からない。
だから、勇気を振り絞り、告げた。
「あの……一瞬だけ、はぐをしても良いでしょうか?」
ミラーシェード越し、いつものようにその表情は分からない。
だが、陽太は環菜が自分を注視している事を確信した。
値踏みは、一瞬。
陽太の眼差しに何を感じたのか、環菜はただ一言だけを発し。
「5秒」
「!? ありがとうございますっ!」
陽太はその与えられた僅かな時間を無駄にはしなかった。
触れたのは、宣言通り一瞬。
それでも微かな良い香り、意外な柔らかさを感じ取り、陽太の体温が上がり。
「おっ校長、いたか……っと、邪魔したか」
葉月 ショウ(はづき・しょう)とガッシュ・エルフィード(がっしゅ・えるふぃーど)が現れた事により、瞬間の至福は霧散した。
元より、陽太にそれ以上を望む気はなかったが。
ただ一度、深く深く頭を下げ。
陽太は駆けだした。
行かねばならない場所に、やるべき事を成す為に。
「別に。それより何? つまらない事なら殴るわよ」
残された環菜は何事もなかったようにショウとガッシュを見た。
「いやいや、闇に堕ちた魔剣、邪剣シャドウエッジの事を聞こうと思ってさ。何か知ってるんだろ?」
「……シャドウエッジ?」
「ん? あの邪剣の名前。てか、呼びづらいからテキトーにつけた」
告げると環菜は何故かマジマジとショウを見てから、小さく息を吐いた。
「移動しながらでいいなら、質問を受け付けるわ。的確かつ明確に……時間はそう、残されてないわよ」
「んじゃ、封印の方法は?」
「アレは基本的に影龍と同じ……宝珠はないし、封印剣はいないし、無理ね」
「言い切るなぁ。他に何か方法はないのか?」
「あるかもしれないけど、時間がないわ。それに、あれを野放しにしておいたら魔剣が引きずられるかもしれない……ただでさえ、状況は最悪なのに」
「……そっか。壊すの、勿体ないとか思ったんだけどな」
だが、それを聞けただけでも収穫かと。
「あぁ、輝樹が備品とか色々使っていいかって言ってたぞ……いいよな?」
「必要に応じて使いなさい。この学校がツブれるより、マシよ」
「りょーかい!」
「あれは……彼女は、生まれ落ちた瞬間に封印された。つまり、丸っきりの子供なのよ」
アッサリ諦め、踵を返した背に、環菜がふと声を投げかけた。
「あの子は初めて外に出られて、はしゃいでる、ただの子供……だからこそ、厄介なのだけどね」
気をつけなさい、音にならない激励を受け、ショウはヒラと手を振った。
邪剣を、止める為に。
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