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リアクション
第7章 とける思い(祠)
「あっち、放っておいていいの?」
「ええ、りっかの説得は任せましょう」
新川 涼(しんかわ・りょう)はユア・トリーティア(ゆあ・とりーてぃあ)に答えると、視線を雪狼達へと向けた。
「大丈夫です、勇さんやリネンさんは、りっかを説得してくれます。僕は……僕たちはだから、その間に出来る事をしましょう」
「出来る事……?」
「宝珠を見つけます。そして一刻も早く学園に帰りましょう」
涼はキッパリと言った。
宝珠を見つける事は必須だ。
先に見つけておけば、りっかの説得と同時に蒼空学園に帰る事が出来るのだ。
「……ちょっと待て、俺のヒナへの気持ちは、キアの影響で……つまりキアがヒナを好きだからで……って事は、俺はヒナを好きじゃないって事か? いやいやそんなまさかそんな事はない……よな、うん、無いハズだけど……ない、よな……?」
りっかや陣達のやり取りが聞こえているのかいないのか、地面に座り込み何やらブツブツ呟き続けている陸斗。
「陸斗殿っ!」
藍澤 黎(あいざわ・れい)は咄嗟に、その首根っこを引っつかみ、グイっと後ろに引っ張った。
飛びかかった雪狼の鋭い爪が、陸斗の胸元を浅く裂く。
「封印剣の主たる陸斗殿の足止め、やはり狙ってきましたか」
油断なく身構える黎に、だが、身を起こした陸斗が詰め寄った。
「俺の気持ちはその、本物……だよな?」
「陸斗殿、それは……」
「あぁぁぁぁぁっもう、ウジウジウジウジといい加減、うるさいで!」
ガゴン、と良い音をさせて陸斗の後頭部をド突いたのは、黎のパートナーであるフィルラント・アッシュワース(ふぃるらんと・あっしゅ)だった。
「そんな難しいコト、陸斗はんの弱い頭で考えたっていつまでも答えなんかでぇへん」
フィルラントは陸斗の混乱をバッサリ一刀両断すると、ヒタと視線を合わせた。
「せやけど、いいか陸斗はん。今、やらなあかん事は他にあるやろ。雛子はんは……今、陸斗はんの助けを待ってるんやないか?」
「!?」
その指摘に、陸斗の瞳に強い光が戻る。
「そ……そうだ、ヒナは今、大変な事になってるって……」
「……陸斗殿、焦りは禁物です」
立ちあがり掛けた陸斗を足払いし、黎。
倒れた陸斗の頭上を、雪狼が掠めゆく。
1、2の、3頭。
「……悪い、助かった」
「それはいいのですが……そうですね、では素直な陸斗殿に一つ質問です」
黎は自分達を取り囲む雪狼を牽制しつつ、尋ねた。
「陸斗殿……今、雛子殿に何かあったら悲しいですか?」
「?! そりゃあ、当たり前だろ。哀しいっていうか、考えただけで居てもたってもいられない……ハッ、そうか、もしかして、この雪狼とかあの精霊の子とか倒せばいいんじゃ?!」
「だから、それはもういいっちゅうんじゃ!」
もう一度、容赦ない突っ込みを入れられる陸斗に、黎はあくまで優しく諭すように告げた。
「その思いこそが、答えですよ陸斗殿」
そう、例え魔剣に絆を断ち切られても。
幾重にも強く……何度でも今一度、強く絆を思って頂けばいいだけだとそう、思うから。
「雛子殿の為にも、宝珠を持ち帰りますよ、陸斗殿」
「まっ、ボクも手伝うたるわ。観客にちょぃと不満ありやけどな」
雪狼の群れを見て構える黎と、竪琴を手に笑むフィルラント。
「……ああ」
陸斗は一度両の頬を張ると、しっかりと頷いた。
「ったく、時間がねぇってのに面倒くせぇ! 宝珠持ちの奴だけ炙り出してやんよ!」
巽のパートナーであるフゥ・バイェン(ふぅ・ばいぇん)は気付き、虎耳、尻尾を出し半獣化した。
りっかの説得に当たる巽達を守るべく、雪狼を威嚇……流石に迫力がある。
そして、そんなフゥに怯まず襲ってくるのは……そう、普通の雪狼ではない。
「向かって来るなら、容赦はしねぇぞ……てめぇら、黙って、下がってやがれぇ!」
「同感です。出来れば無用な殺生は避けたいですからね」
肩を並べて、炎術で炎を生み出すのはレイナ。
こちらも目的はフゥと一緒だ。
「静麻達が片を付けるまでに、こちらも宝珠を手に入れておかなくては」
「宝珠を持っているのは……、そいつと、そっちの雪狼だ!」
そこに、にゃん丸の指示が飛ぶ。
「この子は普通の狼……涼、あの雪狼!」
「はいっ!」
涼もまた、ユアの合図に従い、爆炎波が雪狼を吹き飛ばした。
「宝珠を持っていない雪狼が殺気だっているのは、あれのせいだな」
宝珠を見つけても、雪狼の群れを何とかしないと、時間を食う。
考えた虎鶫 涼(とらつぐみ・りょう)は、銃を構えた。
喧騒の只中、続けざまに引き金を引く。
狙いは、子供の雪狼を捉えた魔法陣。
虎鶫涼の銃弾は正確に、的を捉えた。
地面に書かれた魔法陣を崩し、雪狼の子らを捉えた檻を、檻だけを粉砕する。
「お前達の仲間も助けてやる。だからもう、抵抗するな」
そんな言葉が届いたのだろうか?
雪狼の敵意が、攻撃が、目に見えて減った。
雪狼達は虎鶫涼達をチラと見ると、解放された子供達へと駆けて行った。
「つまり、残ったのが宝珠を埋め込まれた雪狼という事だよな」
「ですね」
フゥもレイナもそうして、残りの宝珠を手に入れたのだった。
「うぁ〜、頭がグルグルするのじゃ」
ペタン、と倒れたままのセシリア・ファフレータ(せしりあ・ふぁふれーた)はそれでも、嬉しそうに笑った。
「まだ起きちゃダメよ」
宝珠の浄化を終えたセシリアの髪を撫でながら、キアが釘を刺す。
守護者とはいえ、身体と精神にかなりの負担が掛かる行為だ。
「じゃが、雪狼達が無事でよかったのじゃ」
宝珠を埋め込まれていた雪狼達も、何とか命だけは取り留めた。
それが何より嬉しかったのだ。
「やはり黒く穢されていますね。ですけど、セシリアさんはもう限界ですよね」
セシリアやにゃん丸のように、シャンバラの守護者でない自分の無力さを、新川涼は悔しく思った。
セシリアのような小さな女の子に、こんなにしんどそうな子に託さねばならないのか、と。
触れていると気持ちが沈んでいくような、拒まれているような、この穢れを。
「あのね、涼。雪狼さん達が学園まで乗せてくれるって、お礼に」
見てとったユアが、そっと手を重ねた。
「うん、本当に……何とか出来ればいいのにね」
励ましと労わりを込め、重ねた手と手。
それは、触れた部分の穢れを、宝珠の穢れを、ぬぐい去っていく。
「「!?」」
同時に生命力……いや、気力が奪われていくが、涼もユアも耐えた。
一人では成せないが、二人なら。
宝珠を浄化出来るのだと。
「静麻!」
「巽!」
確認したレイナトフゥがそれぞれ、パートナーの元へと向かい。
「じゃあコレは俺が……、いでっ?!」
残りの宝珠を手にしようとした陸斗は、唐突によろめきバランスを崩し、ついでにうっかり滑った拍子に宝珠が宙に浮きそれを頭に受ける、といった一人コントを披露していた。
「……陸斗殿、すみません!」
「いや、あの自爆は止められんやろ。ちゅーか、これから何があるか分からん以上、陸斗はんは余力を残しとかな、あかんやろ」
目頭をそっと押さえた黎とフィルラントとが宝珠に手をかざすのを見、「……ごめん」と申し訳なさそうに肩を落とす陸斗。
(「どうやらいつもの陸斗殿に戻ったようですな」)
黎は胸中でだけ、安堵していた。
信じたい、信じられない、信じたいのは誰? 信じられないのは何?
混乱するりっかを見つめ。
「このまま妨害を続けてればお前は確実に消える」
静麻が静かに宣告した。
「分かって……る……それでも……それでも、私……」
「そしてお前が消滅するって事は、契約相手の死も意味する」
「……え?」
虚を突かれたようにりっかが目を見張った。
「どう……して……?」
「知らないの? パートナーは繋がってる……強く結び付いてるから」
勇の説明にりっかは目に見えてウロたえた。
「死なない程度に妨害し続けても、影龍が復活すれば契約相手は死ぬだろう」
そこに畳み掛ける静麻。
「闇龍を見たからわかる。あれは敵味方の区別をするような存在じゃない。それでも死にたいなら妨害していろ。その時は俺が殺す」
静麻はそして、銃先を静かにりっかへと向けた。
空気が、動く。
反射的にりっかが構える。
攻撃の為、上げた指先はどうしようもなく震えていた。
陣達もまたいつでも攻撃出来る態勢を取り。
そして勇とラルフはそのまま、りっかを庇う姿勢のまま。
「誰にだって譲れない護りたいモノがある」
緊迫する只中に飛び込んだのは緋山 政敏(ひやま・まさとし)だった。
想いの袋小路。
りっかを含め皆が抱える葛藤。
「だからこそ、俺は行き詰まったって思い込みを打ち砕きたい」
脳裏を過ぎる、過去。
譲れないモノ護りたいモノ、守る為と銃を取り戦った。
当たり前の事だった言葉で解決出来ないなら……戦争しかない。
「もう女の涙に濡れるのは御免だ……だから、ダチとケンカしてくるよ」
「女の涙というのは、喧嘩が終わった後にゆっくりと問いただしますね」
「りっかちゃんの事、頼んだわよ」
だから、政敏はカチェア・ニムロッド(かちぇあ・にむろっど)とリーン・リリィーシア(りーん・りりぃーしあ)に合図し、駆けた。
丸腰で、戦いを止める為に。
双方の思いを、救いあげるように。
「こっちも譲れないものがある。でも、ハヤセは助ける。絶対にだ。ダチの仲間は見捨てない!」
攻撃は来ない。
気付いた陣も静麻もりっかも、気づいて止めた。
だがそれはイコール、戦闘停止ではない。
だからこそこれは、おそらく最後のチャンスだった。
「お前を傷付けても譲れないモノを持っているこいつ等は信用出来ないか?」
「そんな、事……だけど……」
その時。
「まったく。これで俺達を閉じ込めたつもりとはねぇ。分かってるのか?、逃げ場を失ったのは……逃げ場を塞がれたのは君の方だって?」
傾くりっかの耳元で声がした。
溶けだす氷の壁を危なげなく蹴った、にゃん丸だ。
「俺のパートナーも影使いに操られていたけど……自分の意思に反するってのは辛いらしいねぇ」
言いつつ、警戒される前にりっかに動画を見せる。
「えーっと……。これ、あんたの連れだろ?」
携帯に写っているのは、まぎれもなくハヤセだった。
傷ついた左腕、浮かべる筈のない笑みを浮かべた、その姿。
「……ぁ」
りっかの中で張り詰めていたものが切れるのを、にゃん丸もリネンも感じた。
「奴を本気で助けたいなら……あんたが自分でやれよ。俺達は会ったことも無い鏖殺寺院なんか助けないぞ」
にゃん丸はその手に宝珠をかざし、突き放すように……優しく告げた。
「だが、あんたの手助けはしてやる……。同じ影使いの被害者だしな」
にゃん丸の手の中、柔らかな光が生まれ。
穢れた宝珠を優しく清めた。
「うん、そうだよ。ボク達と一緒に学園に行って、自分でパートナーの人を助けようよ! ボクの仲間達はきっと君のパートナーを救う手助けをしてくれるよ」
勇の言葉には迷いも揺らぎもなかった。
ただ信じていた。
ただ知っていた。
かつて、白花を夜魅を助ける為に力を尽くした仲間達。
蒼空学園に集う者達なら絶対、りっかとそのパートナーを見捨てたりしないのだと!
勇の声が、政敏の眼差しが、巽達の思いが、りっかに染み入る。
氷の壁がゆっくりと崩れた。
「ほらほら、時間ねぇんだからよ!」
「成る程、これは意外とキツいですね」
「静麻、ちゃんと気持ちを込めて下さい」
「やってるんだがどうもな、こりゃ気恥ずかしいもんだな」
そうして、全ての宝珠が澄んだ光を取り戻し。
「影使いのクソが、もう一度眠ってろ、墓場へ! 影龍復活なんぞ、絶対させるもんかよ!」
陣に、それぞれが大きく頷いた。
「宝珠は六つ、揃った。だが、さっきの地震、感じただろ?」
その中で、ベスティエは薄く笑った。
「楔は既に完全じゃない。さて、たどり着くまでに一体いくつが残っているかな」
「……」
「そもそも、あんたが邪剣を放置してたのが悪い。あいつの願い、知ってたんだろ? なのに自分の希望だけ押しつけて、この様だ」
鋭い指摘が突き刺さるのを、キアはただ受け入れた。
ベスティエのそれは、真実だったから。
「知ってた筈だ、なのに認めたくなかった。自分達はもう、元に戻れないって事を」
キアはただ、唇を噛みしめ。
「さぁ、帰りましょう……学園が、みんなが僕らを待っています」
蒼空学園のある方角を見つめ、涼は強く頷いた。
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