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リアクション
幕間劇 ナラカの夜明け、プロジェクトNX・その2
床に頭を打ち付け始めた鹿次郎など目に入っていないのか。
トリニティの真横のボックス席で、姉ヶ崎 雪(あねがさき・ゆき)は駅弁の開発にあふるる熱意を注いでいる。
列車のグッズと言えば駅弁、駅弁と言えば列車、ここを押さえずして他に押さえるところなどない。
特に腹ペコ娘の雪にとっては並々ならぬ関心ごとである。
この神事(弁当開発)を誰にも邪魔されぬよう山中 鹿之助(やまなか・しかのすけ)を見張りに立たす徹底っぷりだ。
もっとも最初は槍を構えてた彼もやがてやつせなくなって酒に逃げ始めたが。
「さて、まずは試作品の試食を……」
雪が弁当に箸を運んでいると、ふと、向かい側に光臣 翔一朗(みつおみ・しょういちろう)がどっかと腰を下ろした。
「おお、弁当か。美味そうじゃのう」
「ええと、あなたは……?」
「すまんすまん、どこも席が空いてなくてのう、ちょっくら弁当食う間座らせてくれ」
そして、販売員のトライブを呼びつける。
「メニュー表に並んである弁当を左から右まで流しで全部くれぇや」
「でぃ……、This買い!?」
何か自分と同じ臭いがする……、雪の直感が訴えていた。
「なになに……『ほかほか焼き肉インフェルノ弁当』か。こりゃあ、なかなか美味そうじゃが……もぐもぐ……、こ、これは! 分厚いにも関わらず柔らかい肉、長い電車の旅でも腹持ちする絶妙なボリューム、そして何より一度箸をつけたら止まらなくなる美味さ! こいつぁ凄ぇ弁当じゃ!! こりゃ当たりじゃけん。んで、こっちの弁当は……」
前回宣言した通り、ナラカの旅を100%いや120%満喫している様子。
「あの……、宜しければこちらの駅弁は如何かしら?」
「む、こりゃ……、試作品の弁当か?」
「ええ、出来れば率直な意見を頂けると嬉しいですわ」
「そんな頼みなら大歓迎じゃ。ほう、『濃厚奈落カツ重弁当』か。どれどれ……」
手渡された弁当をパクリひとくち。
「ぬふぅ……! カツの衣は揚げたてのようにサックサク、玉葱はシャキシャキしてていい歯応え、ダシも利いてて風味も花マル! しかもボリューム満点で、腹ペコサラリーマンや、育ち盛りの中高生にはもってこいじゃあ!」
「ふふふ……、しかも、聞いて驚くなかれ。そちらのお弁当、0キロカロリーなのですわ!」
「な、なんじゃって! このボリュームなら軽く1000キロカロリーはあるはずじゃ!」
「このお弁当、ナラカの死んだ食材を使ってますの。霊のようなものですから、幾ら食べても太らないのです。こってり肉料理もあら不思議! サラダよりもヘルシーなお弁当に! まさに全女子待望のドリーム弁当なのですわ!」
「だがちょっと待て、どうせならカツだけじゃなく、もっと高カロリーなもんを入れたほうがええんじゃないか?」
「ふむふむ、確かにカツだけじゃ飽きますし、足りませんわね」
「まず焼き肉、海老フライ、鰻……、とあとデザートにドーナツも付けてだな……」
◇◇◇
『エー、駅弁トカ言ッテ、普通スギ。イケテナーイ』
「だめだよ、福ちゃん。そんな大きな声で言ったら聞こえちゃうよー」
ドリーム弁当開発がヒートアップしていると、不意に水を差す言葉が聞こえてきた。
腹話術少女橘 カナ(たちばな・かな)とその手に鎮座まします人形『福ちゃん』である。
「むむ……、でしたらあなたはどんなグッズがいいと言うのですか?」
雪は眉間にしわを寄せて言い返す。
「やっぱり、ご当地ナントカは定番で押さえとくべきだわ」
『ツイツイ集メタクナッチャウノヨネ、売上モキット大キクナルワ!』
「とりあえず、ナラカエクスプレス制服福ちゃんでしょ、それから奈落人福ちゃん、死装束福ちゃん……」
『他ニハ?』
「ええとね……」
別の車両にいるハヌマーンの姿が目に留まった。
「お猿さん福ちゃん」
『猿トハ何ヨ!』
「……ってそれ、ナラカエクスプレスじゃなくて、あなたがメインじゃないですの!」
激高した雪はビビビと福ちゃんをひっぱたく。
「うわーん、福ちゃん」
『ブ、ブタレタ……』
「なーんだ、偉そうなこと言ってたわりにダメダメじゃない」
ふらりとやってきたシルフィスティ・ロスヴァイセ(しるふぃすてぃ・ろすう゛ぁいせ)はせせら笑った。
「商品開発がわかってないわね。列車は皆が使うものなのよ、誰にでもピンと来る楽しいグッズじゃなきゃ。そして、楽しいものってのは大抵キャッチーなの。そんな呪いの人形みたいなのじゃ、誰も近寄ってこないじゃないのよ」
『キー! ソンナニ言ウナラ、ソッチノ案モ出シナサイヨ!』
「勿論いいわよ。フィスが提案するのはズバリこれ、裸SKULL!」
そう言って、出されたイラストには何故か頭蓋骨を抱えた可愛いアライグマが描かれている。
『エ? 暴走族カナンカ?』
「レディースの名前じゃないわよ。これはね、うちの契約者の超感覚を使った時の……」
「フィス姉さん」
はっとして振り返ると、背後に笑顔のリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)が立っていた。
「今、何を言おうとしてたのかな? と言うか、何を商品にしようとしてたのかな?」
そこにはリカインの超感覚にまつわるトラウマの挿話があるのだが、それはまた別のお話である。
「待ちなさいっ! フィス姉さん!」
「わわわ、た、たんま!」
逃げ惑うフィスは突然ケッつまづいて転んだ。
「いたたた……、な、なんでこんなところにワイヤーが!?」
何故か座席の間に鈍く光るがワイヤーが張られていた。
その様子に自らの契約者をストーキングしている天夜見 ルナミネス(あまよみ・るなみねす)はニヤリとほくそ笑む。
何をしたいのかはわからないが、ただひとつ、シルフィスティのことが嫌いなのは確かだろう。
◇◇◇
「……なんだか忙しい人達だねー」
『ツカ、あれモ超個人的ナぐっずジャネ?』
「ねぇねぇ、ところでミミは何か新商品のアイディアはないの?」
景色を眺めていた兎野 ミミ(うさぎの・みみ)はきょとんとしてこっちを見た。
「じ、自分ッスか?」
うーんと唸る。
「そうッスねぇ、自分はこのプリペイドカードをピッってできるICカードにしたいッス、あれカッコイイッス」
「もしかして都会で見るあれですか?」
唐突にトリニティが食いついてきた。
「私もあれには関心を抱いているところです。ゆくゆくはナラカエクスプレスも電子改札にして、あれを導入したいのですが……、エクスプレスの駅はほぼ無人駅しかない有り様ですので、どうしても採算が合わないのです……」
「そう言えば死人の谷も無人、と言うか……、打ち捨てられてたッスからね……」
「しかしながらICカードには憧れます。やはり名前は『naraca』が良いでしょうか」
とそこに戻ってきたリカインが話しかける。
「クールに見えて、結構仕事熱心なのね」
「やりがいのある仕事ですので、私も情熱を傾ける価値があります」
「それはそうとトリニティ君だっけ? この列車やナラカのこと、色々と聞いてもいいかな?」
「構いませんが……?」
「……やだなぁ、あんまり警戒しないで、ただの好奇心よ。ここのことを少しでも知っておいて、いざという時にカンナ君の身代わりになろうなんて……、コレッポッチモオモッテナイデスヨ?」
何故か片言だが気にしないでおこう。
「はぁ、それで何を知りたいのでしょうか?」
「そうねぇ……、トリニティ君はどのくらい車掌をやっているの?」
「ちゃんと数えたことはありません。ですが、いつもしているわけではないです。基本的にはたまにするぐらいです」
「たまにって……? それって本業は別にあるってこと??」
「ええまぁ。どちらかと言えば、メインは管理職でございます」
「へぇ、結構偉いのね……」
「あの……、トリニティさん」
ふと声をかけたのは、リカインのパートナーの一人、中原 鞆絵(なかはら・ともえ)である。
「あたしからも聞きたいのですが、本当に環菜さんを連れ戻してしまって大丈夫なんでしょうか。会いにいくだけならまだしも、連れ戻すとなると問題が出てくると思いますし……、死者に与える影響も大きいのではないですか?」
「本来は許されぬ所行でございますが……、今回は事情がありますので特例と言う形になるでしょう」
「ちなみに死者を連れ帰った前例はあるのでしょうか?」
「例えば、地球に伝わっていると言う黄泉の国神話やオルフェウスの神話はご存知でしょうか?」
「ええ、話ぐらいは……」
「これらの神話は、パラミタで実際にあった出来事と言う説がございます。前例と言えるのではないでしょうか」
「なるほど……」
と言いかけて、鞆絵ははっとする。
「……って、ちょっと待ってください、それ全部失敗の神話じゃないですか!」
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