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リアクション
4.
一定のリズムで、銅鑼が鳴る。
水晶柱の正面には、一三の燭台が、円を描いて立ち並んでいた。立てられた蝋燭のゆらめきが、影をもゆらゆらと不安定にゆらめかせている。
その中央に、白銀に輝く着物を纏ったジェイダスが、ゆっくりと進み出た。
イエニチェリは、まだ全員が揃ってはいない。だが、「時間だ」とラドゥは呟き、小ぶりな箱を手に進み出た。
その箱の中には、藍色の布の上に、『シリウスの心』が眠っている。
「…………」
誰もが、すぐには動けずにいる中で、最初にその柄を握ったのは南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)だった。
……今の俺様は青ざめて震えていやしないだろうか。そう、内心で光一郎は思う。
光一郎は、ただ、校長に「選んだこと」を悔いさせるような逃げの姿勢は見せたくはなかった。
元々自分が何のためにパラミタに来たのか、今校長が自分たちに求めているものが何なのか、それを考えると逃げることは許されない。そう、思ったのだ。
だからこそ、一番だ。
(手を下すのならば、最初に俺様がやる)
それでも、ジェイダスは倒れないと、信じる。仲間達の想いが通じると信じる。
「待て。まだ揃ってはいないぜ」
そう止めたのは、ヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)だった。
「ええやろ。待っててもしゃーないこともある」
大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)が、どこかすごみを滲ませた声で答えた。
「代わりにやるっちゅー奴やて、おるんや。どうしても揃うまで待つ必要はあらへん」
「…………」
ヴァルは泰輔を睨み付けた。少しでも時間を稼ごうとしているのは、泰輔とてわかっている。彼があくまで反対の態度を取ることは、話し合いの場で確認済みだ。
(僕の心が五月晴れやと思うなよ。梅雨のじとじと、長雨じゃ)
内心で、泰輔はそう呟いた。
不安要素がないなんてことは、ない。けれどもあえて、校長の見る目と、心意気を泰輔は信じた。……それに、どうせ新参者の自分のほうが、憎まれ役は似合うだろうとも思っている。
「気にするな。……さぁ、来るがいい」
ジェイダスはそう言うと、光一郎に向かって両手を広げた。
……微笑み、抱きしめようとするかのように。
「……いやだよ!」
その刃の前に飛びだそうとした皆川 陽(みなかわ・よう)を、レイチェル・ロートランド(れいちぇる・ろーとらんと)が背後から取り押さえた。
「離して!」
「落ち着いてください。校長の死を望まないのは、泰輔さんや私も一緒です。……覚悟ある方の意思を否定するのは、その方をも否定する事になります」
「…………」
陽は唇を噛んだ。
陽にとて、ジェイダスの気持ちはわかる。出来るなら、望むなら、なんでもしたいと思ったことは本当なのだ。でも、今のジェイダスは、ウゲンに踊らされているような気がしてならなかった。
可能な限りずっと、寄り添って過ごした。でもそれはただ、陽は甘えていただけではないのだ。ジェイダスを守りたいと決めたからだった。意思を持つ、一人の人間として。
「陽!」
離せ、とテディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)がレイチェルに手を伸ばす。しかし、その間に。
「…………!!」
震える手で、それでも覚悟を決め、光一郎の刃が……ジェイダスの腹部へと刺さった。
「あ……あ………」
がくがくと揺れる肩に、ジェイダスの手のひらが置かれる。そして、ジェイダスは微笑んだ。
「よくやった」
泣き出しそうになるのを堪え、光一郎は再び柄に力を込めると、その刃を抜く。
白銀の着物に、紅い花が咲いていく。その様を、生徒たちは息を飲んで見つめていた。
「テディ、校長先生を!」
ヒールで癒して、と陽はテディに命じた。かつてはおどおどと躊躇ってばかりでいた陽の、強い覚悟を感じ、テディはそれに従った。――しかし。
「!!」
赤い閃光が、ジェイダスを取り囲むように弾けた。そして、テディの『力』を無効化してしまう。 ジェイダスの身体を伝い落ち、赤い血が床へと滴る。燭台に囲まれた水晶の床が、その血に反応するように、仄かに光りはじめた。低く、機械のようなものが唸る音が洞窟に響く。……反応を、し始めている。装置――いや、『カルマ』が。
光一郎の血に濡れた手から、泰輔はシリウスの心を受け取る。
「ささげられるのは十三度の血と、十三の心。『嫌や』も『悲しい』も、そういう心の数のうち、や」
陽に、そう口にして。
――自分自身、心に傷を負う行為だとわかっている。けれども。
希望は捨てていないのだ。まだ。現に、目の前の男は、一つも悲壮感など抱いてはいない。
「次は、おまえか」
「ああ。……行くで」
歯を食いしばり、泰輔は、己の『心』を捧げた。
この感触を、心の痛みを、きっと自分は生涯忘れることはできないだろう。
「……確かに、受け取った」
新たな血の華を咲かせながらも、ジェイダスはぶれることなく、力強い笑みとともに、その場に立ち続けている。
それは、一種異様なまでに、鮮やかに美しい姿だった。
「……校長先生……」
陽が、目を伏せる。受け入れがたいように。だが、その時だった。
……ゴゴゴ………
洞窟全体が、揺れていた。ぱらぱらと土埃と小石が落下してくる。カルマの目覚めの音とは違う。これは、もっと、禍々しいものだ。
儀式の場で警備に当たっていた野沢 光(のざわ・ひかる)とリリ・ハーレック(りり・はーれっく)が身構える。
たとえ何者であろうと、邪魔はさせない。
「ナラカの死者であろうな。……装置に直結した道もまた、開きつつあるということか」
光たち同様、警備として控えていた神拳 ゼミナー(しんけん・ぜみなー)が呟く。
外にいる死者たちが固定させたがっているゲートが、装置の起動に伴い、その口を開けつつある。視覚的には変化はない。しかし、目に見えぬ歪みを抜け、這い上がってきたのは、実体を持たぬ幽玄たちだ。
ヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)もまた、刀を抜いた。
ジェイダスの悲願を叶えるつもりはない。それは変わらないことだ。
ジェイダス自身が言うべきことは既に無い。賽はこちらに渡されたのだ。
悲願ならば、自分一人で為すべきだった。
自分の言う事を聞くコマだけを、13人集めれば良かった。
ヴァルを選んだということは、このような結論をも受け入れるということだろう。
だからこそ、ヴァルは改めて拒否する。命を奪う事を。
しかし、少なくとも今この場で、死者によってジェイダスの命が奪われるようなこともまた、ヴァルにとってありえない選択だ。
「俺は、誰の命も奪わせたりはしない!」
すかさず、キリカ・キリルク(きりか・きりるく)が、イエニチェリたちを守るように立ちふさがる。
ヴァルにとっては、エネルギーを奪い合い失われる命も、新エネルギーのために失われるジェイダス校長の命も、同じく見捨てられない。だから、こうするのだと、キリカにはよくわかっていた。だからこそ、自らの主として、その背中を守ると決めたのだから。
そして同時に、主とともに、理想「屋」と蔑まれようと、どんな命も見捨てることはしない。守ってみせる。
「君たちは、今は下がっていてください」
キリカはそう言うと、忘却の槍を構えた。
物理攻撃に対し耐性の強い幽鬼相手だ。武器頼りは得策ではない。
リリと光はそう判断し、光術でもって対抗を試みた。
眩しい光が、洞窟の闇を払い、炸裂する。
幽鬼たちが、不気味なうなり声をあげる。それは、断末魔というよりは、忌まわしい呪詛の歌だ。
「それじゃ言葉と音が、合ってないよ!」
すかさず不満げに、フランツ・シューベルト(ふらんつ・しゅーべると)が口にした。
ディフェンスシフトで、光やリリのサポートをしつつ、幽鬼たちに対し顔をしかめる。
「早いところ、お引き取り願います」
「まったくやな!」
光精の指輪を輝かせ、フィルラント・アッシュワース(ふぃるらんと・あっしゅ)と、エディラント・アッシュワース(えでぃらんと・あっしゅわーす)もまた、防衛に参加した。
「光ちゃん、リリちゃん、大丈夫?」
エディラントはそう声をかけると、二人の額にちゅっとアリスキッスを送る。
「無理すんやないで」
フィルラントは怪我の手当だ。
儀式の場には、他にも一般の生徒達はいる。二人は彼らの保護と手当を中心に行っていた。
「ありがと!」
光が無邪気な笑みを浮かべ、エディラントへ礼を述べた。
その間にも、幽鬼の呼び出した青い鬼火が、生徒達と、そしてジェイダスを狙う。
「させるか!!」
ヴァルが咆吼をあげ、自らが盾となり、攻撃を防ぐ。炎と衝撃に、微かに眉がたわむが、それはほんの一瞬のことだった。
「この程度、熱さも感じないぜ」
にやりと笑い、ヴァルは再び剣をかまえた。
その戦いの最中も、儀式は淡々と進行しつつある。起動さえしてしまえば、ナラカへの道を塞ぐことも可能かもしれないのだ。
「迷うな。来い!」
ジェイダスがそう声をかける。
……次にその手に剣を手にしたのは、クリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)だった。
「校長、……ありがとうございます」
自分を選んでくれたことと、信じてくれたことを。クリスティーはそう告げ、腕を広げて待つジェイダスの懐に飛び込む。
「…………」
ジェイダスが、深く息をつく。額には汗がにじみ、彼の苦痛を報せていた。
……すでにシリウスの心もまた、ジェイダスの血に柄までも濡れている。それはジェイダスの血であり、同時に、イエニチェリたちの心が流した血でもあるのだ。
そして、次に進み出たのは、あの魔鎧。ブルタ・バルチャ(ぶるた・ばるちゃ)だった。
リリはすかさず視線を向け、ブルタにディテクトエビルをつかう。立場はイエニチェリといえど、油断するつもりはない。
しかし、リリの感覚に訴えかけるものはなかった。
(どうするつもりでしょうか……)
その目的を計りきれず、リリは密かに当惑した。
水晶柱のたてる音が、次第にうねるように、大きく響き出す。
まるで、カルマの鼓動のごとくに。
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