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リアクション
2.
「それでは、よろしいのですね」
「好きにしろ。まぁ、それに意味がなくてもいいのならな」
ラドゥ・イシュトヴァーン(らどぅ・いしゅとう゛ぁーん)は腕を組み、そう答えた。
「ありがとうございます」
クナイ・アヤシ(くない・あやし)は、そう丁重に礼を述べる。
クナイとソーマ・アルジェント(そーま・あるじぇんと)は、ラドゥの元に、ある許可を取りに来ていた。
レモを連れ出し、装置の元へと案内するということだ。
「あの小僧も、このところふさぎ込んでいるようだしな。……まぁ、私には関係のないことだが」
レモは、先日アーダルヴェルトの屋敷を訪れてからというもの、ひどく落ち込んでいる。何かがしたいのに、それがわからないという焦燥感にばかり駆られ、無力さにうちひしがれているようだった。
「しかし、レモを連れて行くことで、装置が刺激される可能性はある。ナラカから、死者が増えることもありうるぞ」
「それくらい、覚悟の上だぜ。心配性だな」
ソーマがからかうように言うと、ラドゥはかっと頬を染め、「き、貴様らを心配してるわけではないっ」とそっぽを向いた。
「それでは、念のために通行証を頂けますか。私どもは、用意を調えて、明日レモ様とともに出発いたします」
「わかった」
クナイは深々と頭を下げると、ソーマを促し、ラドゥの部屋を出た。
そこへ、リュミエール・ミエル(りゅみえーる・みえる)が、入れ替わりにやってきた。
「ラドゥ様」
「ああ……お前か」
「お話が、あって」
いつも陽気な彼にしては、雰囲気が違う。その理由を察し、ラドゥはため息をついた。
「ジェイダスを止めろというのは、私には無理だぞ」
そう答えられるだろうということは、リュミエールも覚悟はしていた。
なにより、ラドゥ自身、ジェイダスとその命の最後を共にするつもりなのだろう。
「これが最良だとは、僕には思えないよ。……もっといい物、きっと見つけられる。その為なら僕達は力を惜しまないし、僕はラドゥ様を支えたいって思ってる」
「…………」
リュミエールの青い瞳に、まっすぐにラドゥが映っている。静謐な青は、痛々しいまでに必死に、ラドゥへと訴えていた。
「僕は、来年もその先も、ラドゥ様が笑っているのがいい」
ラドゥは、すぐには答えなかった。そして。
「……『願いの力』」
「え?」
「お前もパートナーから聞いたかもしれないが。……強く願う力は、奇跡を引き寄せることができるかもしれないな」
生徒たちの想い、願い。それが強く一つに結びつくことができれば……。
ラドゥはそう思い、しかし。
どちらにせよ、自分はジェイダスのものだ。彼の決定がすなわち運命となる。そのことに意を唱えるつもりは、もう無かった。
「ラドゥ様……」
彼のそんな気持ちを感じ、リュミエールは切なげに目を伏せた。
「レモさん。明日、出かけられることになったよ」
レモの部屋で待っていた清泉 北都(いずみ・ほくと)は、クナイからの報告を聞き、レモへとそう言った。
「……うん……」
待ち望んでいたというのに、レモの表情は冴えない。窓際の椅子に座ったまま、俯いている。
(よーし、ここは……)
白銀 昶(しろがね・あきら)が、するりと北都の後ろからレモに近づく。狼の姿に、レモは「わ」と驚きの声をあげた。
「僕のパートナーだよ」
北都がそう説明すると、昶は自分から、レモの足にすりよってみせた。豊かな毛並みに、レモは心惹かれたようだ。
「触っても、いいのかな……」
「大丈夫だよ。どうぞ」
最初はおずおず、それから、暖かな感触にほっとしたように、レモの口元が綻んだ。
人々の思惑の中で、自らを追い詰めすぎているレモにとって、その心遣いとぬくもりは大きな癒しになったようだった。
しばらくは昶の毛並みを撫で、慣れてきたころ、ぺろりと昶はレモの顔を舐めてやった。くすぐったそうにレモはようやく声をあげて笑い、それから、ぎゅうっと昶の首に腕を回して抱きついた。
「……ごめんなさい」
そのまま、くぐもった声で、レモは言った。
「僕、装置のところに連れて行ってもらっても、なんにも役に立たないかもしれない……。ううん、それどころか、……ウゲンさん、みたいに、悲しい人を作っちゃうのかもしれないから……」
そう、レモは次第に、記憶そのものを取り戻すことを恐れ始めていた。
「レモさん……」
「せっかく、準備してくれたのに、ごめんなさい」
昶の毛並みに顔を埋め、レモは声を殺し、すすり泣く。そんな少年の頭を、北都はそっと撫でた。
「レモさん。これ、受け取ってもらえるかなぁ」
「……?」
北都が差し出したのは、ハンカチだった。密かに『禁猟区』を施してある。
「怖いと思うよ。だけど、僕らには今、レモさんの協力が必要なんだ。……お願い。必ず僕らが守るから、一緒に来てくれないかなぁ」
受け取ったハンカチで涙を拭い、それから、レモは北都と昶の顔を交互に見比べた。
すると、そこへ。
「話は聞かせてもらった!」
人生で一度言ってみたいような、そうでもないような台詞を口にして、アーヴィン・ヘイルブロナー(あーう゛ぃん・へいるぶろなー)がドアを開ける。
「アーヴィン」
「失礼。しかし、どうしても伝えねばならんと思ってな」
アーヴィンはつかつかとレモの前に歩み寄ると、片膝をつく。
「レモ少年、キミの力になりたい。少年の涙は人類の宝なのだよ。その涙にかけて、俺様は誓おう」
「…………」
きょとん、とレモは目を丸くし、アーヴィンの差し出した手のひらを見つめた。
「どうしたらいいかと迷っているなら、この俺様の手を取ってほしい」
……彼が切り札であり、ジェイダスの命を救うための、最後の希望だ。そう思ってもいる。だが、そういった『情報』よりも、アーヴィンは今なによりも、目の前で泣く少年に手をさしのべたいと思ったのだ。
その心は、レモにも伝わったのだろう。ゆっくりと瞬きをし、レモはアーヴィンのアイスブルーの瞳を見つめた。
「僕、の……?」
「ああ。今、俺様の前にいる、少年。キミだ。キミの、力になりたい」
レモはその言葉に、また新たな涙を浮かべる。しかしその涙の色は、先ほどとは違うものだ。
「……あ、り、が、とう……」
喉を詰まらせつつも、レモはそう答える。
「それに、逃げてるばっかりじゃ、仕方がないと思うよ?」
優しく北都が諭し、レモの肩に手を置く。昶もまた、長い舌で少年の頬を舐めた。
「……うん……頑張って、みる」
ハンカチで大切そうに涙を拭い、それから、レモはアーヴィンの手を取った。
「お願い。……僕を、連れて行って」
「もちろんだ」
力強くアーヴィンは頷く。希望を強く、信じて。
(そう。平和になれば、このことを妄想にしようじゃないか! 13人のイエニチェリによるジェイダス校長への愛=総受……! ふふふ、妹が13人ならぬ、ヤンデレ受13人か……! 良いネタになる)
そんな風に、妄想の翼を羽ばたかせるに充分な平和を得るためにも、アーヴィンは尽力を誓うのだった。
一方、薔薇の学舎では、イエニチェリ、クリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)とクリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)が喫茶室にて向かいあっていた。
パラミタ最大規模の喫茶室とはいえ、この時間はあまり利用者は多くなく、二人の周りにも今は他の生徒の姿はない。
「今のところは、半々って感じかな」
イエニチェリの意思を、クリストファーはこの数日確認してまわっていた。何度か生徒たちの間で議論の場も設けられ、そこにも積極的に二人は顔を出している。
クリストファーの意見は、儀式に協力する側だ。
あの装置の信用に関しては、ウゲンが信用できないのは否定しない。
しかしあの装置は校長に博打を強要するチップだ。
もしそのチップが贋物だったら校長は博打から降りても痛みを感じない。
勝負しても降りても痛みを与えるには、チップが本物でないといけない。
彼の性格が捻じ曲がっており、その悪意がジェイダスに向いているのは確実だ。
それに彼はエネルギーを自分で利用するつもりだった、なら贋物のはずがない。
そして、装置が不和の種になるというのなら、それは自分たちが未熟だったというだけではないだろうか。
「校長がエリート達を集めたのはそのためじゃないのか? なら校長の期待に応えてみせるべきだ」
クリストファーはそう意見した。
それについて、賛同者もいる。だが、あくまでも反対意見のものも多い。ちょうどイエニチェリのなかでも、つまり、半々にわかれている状態だ。
「一体、どうなるんだろうね……」
クリスティーは、目を伏せた。気になるのは、ジェイダスがいなくなるとして、その後継者はどうするつもりなのか、ということだ。
それに納得できれば、ジェイダスの望む世界を実現するために力を尽くす覚悟はしている。
「少し、良いかな」
そう声をかけてきたのは、薔薇の学舎講師、マリウス・リヴァレイ(まりうす・りばぁれい)だった。
「どうぞ」
クリスティーが席をすすめ、マリウスは同じテーブルを囲む。
「今、皆に頼み事をしていてね。力を貸してほしい」
「頼み……?」
クリストファーが小首を傾げた。
「ジェイダス校長はシャンバラのため一身を投げ打つ覚悟でおられる。その志は気高く美しいものだ。だが、我々にも出来ることがあると思う。イエニチェリだけではなく、誰でもだ」
マリウスは一旦言葉を切り、クリスティーとクリストファーを交互に見つめ、再び口を開いた。
「そこで、皆の思いを集めることで校長の助けになることはできないだろうか。かつて女王もみんなの願いをエネルギーとして命を救われたと聞いた。パラミタは地球よりも思いの強さが力として反映する場所ではないかと思えている。皆の想いの力を、貸して欲しい」
「…………」
クリストファーとクリスティーは、顔を見合わせた。
「それ、いいじゃん」
いつの間に来ていたのか、南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)とオットー・ハーマン(おっとー・はーまん)が、一同の背後に立っていた。
「俺様は協力する。みんなに、声かけてまわればいいんだろ? 先生がそれをまとめるってことで」
「ああ」
ほっとしたように、マリウスは嬉しげに頷く。
「想いの力……か。悪くないな」
クリストファーもそう答え、クリスティーも同意した。
「して、方法は?」
オットーがマリウスに尋ねる。
「一人一本の薔薇に想いをこめてもらい、それを花束にする。言葉で伝えたい者には寄せ書きをしてもらうつもりだ」
「わかった。どうせなら、でっかい花束作ろうじゃん!」
光一郎が、白い歯を見せて笑った。
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