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The Sacrifice of Roses 第三回 星を散らす者

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The Sacrifice of Roses 第三回 星を散らす者

リアクション

4.


 薔薇の学舎の一室には、午後の日差しが斜めに差し込んでいた。
「お待たせしてすまないね」
「いえ。面会をご了承いただき、感謝します」
 書類を手に入室してきたルドルフ・メンデルスゾーン(るどるふ・めんでるすぞーん)リア・レオニス(りあ・れおにす)を、教導団の叶 白竜(よう・ぱいろん)世 羅儀(せい・らぎ)が、椅子から立ち上がり出迎えた。ぴしりと伸びた白龍の背中は、いかにも軍人といった風情だ。羅儀はいつも通りの、人当たりのよい笑顔を浮かべている。
 白竜は、その手に携えてきた薔薇の鉢植えを、まずはルドルフに差し出した。
「『粉粧楼』(フェンツァンロ)……残念ながら本物のチャイナローズではないようですが、名前の響きが気に入って」
「僕にかい? ……ありがとう。大切にさせてもらうよ」
 ルドルフは鉢植えを受け取ると、優雅に微笑んだ。
 そこへ、レムテネル・オービス(れむてねる・おーびす)が、タシガンコーヒーを乗せた盆を手に入ってきた。
「失礼します。よろしければ是非、どうぞ」
「ありがとう。あー、やっぱり、薔薇学のコーヒーは上品な匂いがするんだなぁ」
 羅儀はカップを受け取り、明るくそう言った。
 一方で、白竜はさっそく地図をテーブルに広げた。装置周辺の、タシガンの地図だ。
「こちらの要望としては、儀式の際の他学生の立ち入り禁止区域を確認。薔薇の学舍側の儀式参加者、警備協力の他校生の情報を希望します。なお、こちらの警備担当者のリストはこちらです」
 リストは、リアが受け取った。そこにずらりと並んだ名前に、リアは少しばかり、すまなそうな顔をする。
「色々迷惑かけてすまない、宜しく頼む。俺のほうからも、水や食料などは協力するつもりだ」
「いえ。私たちにも、警戒すべき相手がおりますから。羅儀も昨夜、タシガン市内で気にかかる人物を見かけたそうですし」
 その言葉は、表向きは、教導団にとっての要注意人物や、ナラカからわく死者に対してだ。ただ、その裏側には、教導団内部にも様々な考えがあることを伺わせた。
「なんにせよ、エレガントに解決したいものだね」
 ルドルフはいつものように芝居がかった口調で言う。
 その横顔には、苦悩の影は見えない。
(…………)
 白竜と警備計画についての打ち合わせをすすめる傍らで、リアはふと思う。
 {SNM9998984#中村 雪之丞}と最後に顔をあわせた時はわからなかったが、おそらく彼は、この結論を知っていたに違いない。イエニチェリの仕事とは、ジェイダスの命を奪うことだ、と。だからこそ【シリウスの心】を奪おうと画策し、また自身もその姿を消したのだ。
 今ならその気持ちが、リアにもわかる。
 かといって、自分は逃げるわけにはいかない。決して。
 ルドルフも、そうなのだろうか。すでに決意を固めたということなのか。
「君。いかがかな?」
「あ……そ、そうだな」
 唐突にルドルフに水をむけられ、リアははっとして、議題に意識を集中させた。
 そして、話し合いの後、警備計画はまとめられた。
 それらの資料をまとめ、白竜は最後にこう告げた。
「私たちは心から薔薇の学舎に協力します。どうか儀式が、つつがなく終わりますよう、お祈りしております」
「ありがとう。僕たちも、協力に感謝を捧げるよ」
 ルドルフの言葉に、リアとレムテネルは力強く頷いた。
 ……儀式のつつがない終了とは、どんな結末か。それは未だ、わからなかったけれども。

「溝が少しでも埋まるよう、努力は互いに必要だからね」
 白竜と羅儀が退出した後、ルドルフは鉢植えの薔薇に向かって呟いた。



 しかし、その一方では、違う方向での『決着』を望む人々もいた。
 ――新シャンバラ王国首都、空京。タシガンから離れたこの街は、活気は雰囲気はがらりと変わる。地球人も多く目立ち、風景も近代的だ。その街並みを見ながら、ふと違和感を覚えている自分に、ハルディア・弥津波(はるでぃあ・やつなみ)は気づく。いつの間にか、タシガンにすっかり馴染んでいたということだ。
 もっとも、そうだから……タシガンと薔薇の学舎に愛着があるからこそ、ハルディアはデイビッド・カンター(でいびっど・かんたー)とともに、彼の地を離れ、空京にまで出向いてきたのである。
 今、薔薇の学舎がどうなっているか、もちろん気には掛かっている。だが、それよりも、きちんとした『処罰』は必要に思えたのだ。
(……本当は、こんな事に手を煩わせたりしたくない。ハルだってレモを気にかけてるのに)
 ハルディアの心情を察し、デイビットはやや苦々しく思った。
 彼の手には、ユニコルノ・ディセッテ(ゆにこるの・でぃせって)より預けられた記憶媒体がある。これは、彼らにとってのなによりの証拠だった。
 緊張した面持ちで、彼らは待ち合わせ場所である空京の公園へとたどり着いた。そこには、すでに葦原明倫館の宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)と彼女の契約者、湖の騎士 ランスロット(みずうみのきし・らんすろっと)の姿があった。
「宇都宮さん。待たせてしまったかな」
「ううん。私たちも、今来たところよ。……例のものは?」
「オレが持ってるぜ」
 デイビットの返答に、祥子は頷いた。やや強い風が、彼女のロングウェーブの黒髪を揺らす。
「じゃあ、コピーをもらうわ。ランスロット、お願いね」
「ええ、わかりました。祥子」
 祥子がまとめた上申書、および、ハルディアたちが持参した報告書とその映像証拠は二通分ある。一つはこれより、ランスロットが機晶都市ヒラニプラの郊外……すなわち、シャンバラ教導団へと向かう手はずになっていた。
 そしてもう一つは、これよりハルディアおよび祥子の手によって、シャンバラ政府へと届けられる。
 その目的は、先日タシガンでおこった、獅子小隊によるイエニチェリの拘束についてだった。
「今後の薔薇の学舎と教導団のためにも、けじめをつける必要はあるわ」
 それが、祥子の考えだった。
 国軍という権力があろうとも、いや、軍だからこそ、独断の行動にはそれなりのペナルティがあるはずだ。
 彼女は、厳しい処分を政府と教導団へと迫っていた。
「結論が出るまでは、数日かかると思うわ。私はその間は空京で待つことにするけど……ハルディアたちはどうするの?」
「僕たちは、一度タシガンに戻るつもりだよ。やっぱり、気に掛かるからねぇ」
 『儀式』のことは、祥子も聞き及んでいる。確かにそちらも、薔薇の学舎の生徒にとっては、大きな問題だ。
「わかったわ。私は、ランスロットと一緒に、政府と教導団からの返答が来次第、タシガンに向かうことにする」
 ちらとランスロットを見上げると、騎士は了解の意を示して頷いた。
「さて、どうなることかしらね」
 乱れた黒髪を背中へと払い、祥子は呟いた。

 その頃。タシガン駐在の任を終え、ヒラニプラの教導団に戻っていた月島 悠(つきしま・ゆう)もまた、タシガンに一度戻り、報告書を作成していた。
 内容は、麻上 翼(まがみ・つばさ)が、密かにルドルフ・メンデルスゾーン(るどるふ・めんでるすぞーん)に接触を試み、得た情報を元にしたものだ。
 もっとも、ルドルフとて、ぎりぎりの駆け引きだったことは自覚している。全てを包み隠さず明かすわけもない。ただ、悠に必要だったのは、ルドルフがアーダルヴェルトを尋ねたのは、ジェイダス氏が捜索を命じた後だったという情報だ。
 今回起きた一連の捕縛行為は、早川や宇都宮達が正当な捜査権並びに所有権を確認せずに夏の館跡で魔道書を得た事が原因だ。
 仮に当時、権利・権限を得ていたとしても、委任状なりを所持せずに権利・権限行使をすれば違法と見られても致し方有るまい。
 ……それが、彼女の主張だった。
 そして同時に、なによりも、ある問題を話し合うにおいて、一方向からの意見にのみよって裁定されるのは不平等だ。こちらにも、こちらの主張がある。
 報告書を書き終えると、悠は小さく息をついた。
 後はこれを、空京のシャンバラ政府と、金 鋭峰(じん・るいふぉん)に提出するだけだ。
「悠くん、大丈夫ですか?」
 翼の赤い瞳が、まっすぐに悠を見上げる。
「ああ。問題ない」
 悠ははっきりとそう答え、デスクから立ち上がった。