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The Sacrifice of Roses 第三回 星を散らす者

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The Sacrifice of Roses 第三回 星を散らす者

リアクション

2章

1.


「相変わらずの霧でありますな」
 大熊 丈二(おおぐま・じょうじ)が、そう呟いた。
 このタシガンの山岳地帯、その奥にあるこの洞窟の警備にあたるのは、もう慣れたものだ。
 以前よりさらにこの辺りは整備も進み、タシガン市街地からの道路も出来た。監視用としての小屋も用意されたものの、さすが薔薇学と言えば良いのか、ただの監視用にしては手の込んだ豪華な建物だ。ちょっとしたプチホテルといっても過言ではない。そちらは、薔薇の学舎の生徒のうち、警備に当たっている者たちが利用している。
 使用許可はジェイダスより出されているが、どうにも性に合わず、結局教導団の団員のほとんどは持ち込んだテントにて警備を続けていた。
 ヒルダ・ノーライフ(ひるだ・のーらいふ)は少し残念そうでもあったが、もちろんその裏には、『あくまで自分たちは、薔薇の学舎に対して協力しているのみ』という姿勢を示す意味もあるからだ。食料や水に関しても、朝霧 垂(あさぎり・しづり)を中心とした持ち込み品または現地調達にて済ませている。
 警備箇所は大まかに二箇所。この洞窟前と、ここに至るタシガン市内からの道の検問所である。それを、団員たちは全体で大きく三交代制をとり、常時警備を続けていた。
 教導団のイメージの悪化は、誰もがひしひしと感じている。それぞれに理由はあろうが、結果は結果だ。今は少しでもそれを回復させたいというのが、教導団の団員の胸にある想いだった。
 叶 白竜(よう・ぱいろん)が先日ルドルフと会談した結果、洞窟入り口までが他校生の立ち入り許可となっている。不気味に口を開けた洞窟の奥は、今は至って静かだ。周辺を囲む岩場とその奥の森も、霧の中に静まりかえっている。
 ナラカからのアンデットも、先日数体が発見され、掃討されたものの、大人しいものだ。
「嵐の前の静けさ、って感じだわ」
 ヒルダがそう口にしたとき、静寂を破り、低いエンジン音が近づいてきた。霧をライトの光が切り裂き、教導団のジープの姿がはっきりと見え始める。
「誰でありますか」
 丈二の問いかけに、助手席から顔をだしたのは、同じく教導団の制服を着た、金髪の少年だった。
トマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)だ。マリー・ランカスター(まりー・らんかすたー)少尉に面会したい」
「ランカスター少尉はテントで待機中であります」
「わかった」
 トマスと魯粛 子敬(ろしゅく・しけい)がジープから降りる。
「周辺はいかがでありましたか」
「今のところは、問題ないみたいだ」
 丈二の質問に、トマスはそう答え、それから小さく「どちらも、ね」と付け加える。
 それは、アンデットの存在と同時に、生きている警戒すべき相手をも指していた。
「こちらも、静かなものよ」
 ヒルダもそう答える。正直、彼女自身は、あまり亡霊の類は得意ではない。いざとなればもちろん戦うにやぶさかではないが、できればアンデット関係には大人しくしていていただきたいものだった。
 ヒルダはそのまま警備に残し、丈二がマリーのいるテントへと二人を案内する。
「失礼します。ランカスター少尉」
 テントの中では、マリーがごろりと簡易ベッドに寝そべり、漫画を読んでいるところだった。とはいえ、なにせマリーは巨体のため、ほとんどテントの中にめいっぱいという印象を受ける。
「あ、それは……っ」
 咄嗟に丈二が声をあげた。なぜならその漫画は、丈二が隠し持っていたものだからだ。
「ジョジョ、この続きは携帯してきたでありますか?」
「は、はい……」
 一体どうやって見つけたんだ、と思いつつ、丈二は敬礼のポーズのまま頷いた。
「後で持ってくるであります。で、トーマは何用か?」
「こちらを」
 トマスが持参したのは、友人のイエニチェリ、大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)並びに、彼の意思に賛同した薔薇の学舎生徒たちの自筆連署が添えられた書状だった。内容は、『薔薇学校長ジェイダス様のご意思につき、あらかじめ許可申請のない者、儀式を妨げんとする者、薔薇の学舎生以外の者の立入は固くお断りする』とある。
「なるほど。いざというときの為でありますか」
「使用しないなら、それはそれで良いのですが」
「…………」
 聡明そうな眼差しを向けるトマスを、しばしじっとマリーは見つめた。
「なにか?」
「いや。なんでもないであります」
 おしおきならば、ハグしてチューをするところだが(なお、相手は美少年と美少女に限られる。それ以外は文句なく即座に銃殺だ)。やや残念だ。
「では、失礼します」
 トマスはそう言うと、テントを出た。
「さて、警備に戻らないとな」
「ところで、坊ちゃん。……お預かりしたのは、それだけでしたか?」
「え? あ、ああ……そういえば、なんだか薄い本があったみたいだ」
 子敬に尋ねられ、泰輔から、先ほど書状と一緒に、袋に入った数冊の本を受け取っていたのをトマスは思い出す。
「そちらは私がお預かりしておきますね」
「だって、BLの研究用だって」
「坊ちゃんにはまだ早いですから」
 子敬は穏やかに、しかし頑固にそう言う。
 どうやら、ブラックラビリンスはその姿を現したものの、トマスにとってBLは未だ謎のままで守られそうである。
「そういえば、なんだか良い匂いがしますね」
 むくれるトマスをよそに、子敬はそう話をそらした。
 マリーの隣のテントからは、垂が腕を振るう料理の良い匂いがしている。
 彼女が持ち込んだ他に、薔薇の学舎からの提供品もあり、材料にはことかかない。出来た料理は、警備にあたっている人員全てに行き渡るようにしていた。……あえて問題があるならば、彼女が極端な味音痴であり、料理は見た目が良いものの味付けは……ということだったろうか。
「なにか手伝おっか!?」
 ライゼ・エンブ(らいぜ・えんぶ)が、垂に話しかける。
「いや、大丈夫だ」
「そぉかなぁ……」
 垂の料理の腕をよく知っているだけに、ついライゼはそう呟かずにはおれない。
「さて、と。こんなものか」
 ある程度支度を終えると、垂はちらりとテントの外に顔を出し、周囲を見やった。
 ……洞窟周辺にも、今は怪しい影はない。
 今回、依頼通り、立ち入り禁止のエリアには絶対に足を踏み入れるつもりはない。つまりそれは、万が一にもこの防衛網を突破された場合に、追撃ができないということでもある。
 しかし、そこについては、垂は薔薇学生徒を信頼していた。彼らなら、大丈夫だろう、と。
(俺は、俺の出来る事を全力で行うまでだ!)
 そのためにも、この長い警備をつつがなく過ごすために、後方支援を垂は惜しむつもりはなかった。
「じゃあ、僕は歌うね!」
 元気にライゼは言うと、すうっと息を吸う。彼女の『幸せの歌』が、優しく響き、テントで休んでいるメンバーを癒していくようだった。



 その頃、装置の前で、一人の薔薇学生が膝を抱えて座り込んでいた。
 イエニチェリ、鬼院 尋人(きいん・ひろと)である。
 彼はここ数日、この装置を見つめ、ひたすらに考え込んでいた。ほとんど、食事も睡眠もとらずに。
 叶うなら、もう一度。ウゲンと話をしたい。
 ゾディアック内部で、最後に会う事ができたウゲンはあまりに痛々しかった。
 ウゲンは悪魔だったかもしれない。でもその悪魔を作りあげたのは、誰だったのだろう。
 巨大なクリスタルは、何も語らない。しかし、それは確実にウゲンが遺したもの。
 これを巡って、醜い争いがパラミタと全地球規模でひきおこされること、それをウゲンは望んだのかもしれない。
「……そんなに試したいのか?」
 一度、尋人は自ら傷をつけ、その血を捧げてもみた。しかし、予想通り、変化はなかった。
 本当は。世界を救いたいなんて、尋人は思っていない。戦乱の世の中になるとしたら、それは人々がその未来を選択したからだ。他者を受け入れず、むしろ争いを受け入れたからに過ぎない。
 そうなるかどうかを、ウゲンはここに賽だけを遺し、試すつもりなのか。
「…………」
 尋人は考える。イエニチェリを目指したときの決意。あの薔薇を手にした時の心を、思い出す。
 仲間の、信頼する者の血を越えてでも、進まなければならない事がある。この両手を、血に染めても。あのとき、ジェイダスはそれを試したはずだ。
 だとしたら、この儀式のことも、尋人は受け入れねばならない。そう、少年は心に決めた。
 イエニチェリとして。薔薇の学舎の生徒として。タシガンを守らねばならないのだ。
 ただ、その一方で、希望は最後まで捨てずにいたい。そうとも、思っていた。

 そんな尋人のことを、西条 霧神(さいじょう・きりがみ)呀 雷號(が・らいごう)は、密かに見守り続けていた。
 雷號は幾度か周囲の森から、水や獲物を尋人に届けていた。しかしそのどれにも、尋人は手を付けないままだった。
 霧神も、尋人の傷の手当てはしたものの、その心までもすくいあげることはできない。
「無力ですね……私は」
 霧神が呟く。ウゲンと尋人が、もう少しその距離を縮めることができていたら。それを叶えることができていたら、もう少し尋人の状態は違ったかもしれないのだ。
「……行ってくる」
 雷號はそれだけを口にして、踵を返した。洞窟の内部には教導団の警備は立ち入れないため、時折姿を現す死者を倒し、雷號は尋人を守っていた。その姿もまた、ひどく思い詰めたもののようだった。
 雷號の後ろ姿を見送ってから、霧神はふと、尋人が心の中で語りかけているだろう相手……ウゲンのことを思う。
 ウゲンの側で、霧神はただ、色々なことを感じた。ウゲン自身の心にまでは、ついに触れることはかなわなかったけれども。
「……もう少し時間が欲しかった気がしますね。でも……まだ、砂時計の砂の一粒が残っている、そんな気がします」
 パンドラの箱の底には、希望が残っていたように。
 願いと祈りの全てが無駄になることは、決してないはずなのだ。