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リアクション
4.
あと少しで洞窟の入り口につく、という頃だ。
一行は車を止め、周囲を見回す。
すると、不意ににょっとレモの前に姿を表した骸骨がいた。
「わっ!!」
「レモ殿、拙者は怖くないでござるよ」
光学迷彩を解き、姿を現したのは骨骨 骨右衛門(こつこつ・ほねえもん)だった。
「この先で、榧守が待っているでござるよ」
榧守 志保(かやもり・しほ)は、あらかじめ洞窟の入り口で警備に当たりつつ、レモたちの到着を待っていた。骨右衛門は、その連絡係だ。
あらかじめ同行者たちはそれを知っていたが、初対面のレモにとっては、骨右衛門はナラカの死者と間違えそうな外見だ。驚きに目を丸くしたままのレモに、骨右衛門は精一杯の笑顔を向けた……つもりだ。実際には、カラカラと不気味に顎の骨が開いただけだが。
「……いや、それよりも。伝えねばならぬことがござった」
「どうしたの?」
北都の問いかけに、骨右衛門は頭に刺さったままの矢を揺らして答えた。
「死者が沸いてきているでござる。この先、ゆめゆめ油断なさらぬよう」
一同に緊張が走る。だが、予想はしていたことだ。
「気をつけていきましょう」
翡翠がレモに微笑む。いざとなれば、身を挺して庇う覚悟はあった。
間もなく、入り口に佇む志保の目にも、レモたちの車が見えてきた。骨右衛門は念のため再びその姿を消している。
志保の他に、数名の教導団の警備部隊が周囲を固めていた。
こうして立っているだけでも、首筋に生暖かい風を感じ、なかなかにぞっとしない。本当は、志保はお化けの類は苦手なのだ。しかし、この感じは、あきらかに近づいてきている。ナラカからの、死者が。
「大丈夫だったか?」
到着した一行を、志保は出迎える。
その時。
ざわりと、周囲を取り囲む黒い森が、動いた。
「集まってきたわね」
ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が呟き、手にした武器を構える。レモの存在に刺激されたのだろう、かつてない数の死者の群れが、その姿を現し、周辺を取り囲みつつあった。
不思議なのは、死者たちは、洞窟の外から現れたということだ。
彼らもまた、装置を手にし、ナラカへの通路を確保したいと狙っているのかもしれない。だとしたら、レモを傷つけることも、また、装置へ近寄らせることも危険だ。
「遠慮はいらないわね。ここは死守する!」
「喰っていいか?」
「いいけど、賞味期限は切れてると思うわよ」
カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)の言葉に、ルカルカは軽く肩をすくめてそう答えた。
アンデットたちは、ゆらゆらと不気味に蠢きながら、その距離を詰めてくる。
薔薇の学舎の生徒たちは、レモを守るように輪を作った。
「こちらは、私どもで対処いたしますので」
「どうぞ、行ってください!」
警備にあたっていたグロリア・クレイン(ぐろりあ・くれいん)とアンジェリカ・スターク(あんじぇりか・すたーく)
が、レモたちにそう告げる。
「では、ここは任せる!」
アーヴィンがそう告げると、志保はやや考えてから、「ちょっと、ごめんね」とレモに断りをいれ、彼の身体を抱え上げた。思ったよりも軽く、このまま走るのは充分可能そうだ。レモは驚いているが、志保自身、自分らしからぬ行動だと思う。だが。
(たまには、いいか)
「あ、ありがとう、ございます」
戸惑いながら礼を言うレモは、ウゲンと同じ顔でも随分印象が違う。なんとなく、……撫でたくなる感じだ。
「一気に抜けてしまいましょう」
山南の言葉に頷き、彼らは洞窟内部へと走る。それを狙う骸骨兵士の弓矢を、すかさず夏侯 淵(かこう・えん)が同じく弓矢でもってはじき飛ばした。
「ふん、たいしたことねぇな。受けろ、我が神弓の矢を!」
その言葉とともに、小柄な身体からは想像がつかないほどの力強い矢が放たれる。そして一方では、ルカルカの光条マシンガンの弾幕が、アンデットたちを次々と吹き飛ばしていった。
眩しい光の珠が霧を引き裂き、轟音とともに爆発する。
もとからつぎはぎのようなアンデットの四肢がはじけ飛び、ばらまかれていく。だがそれらはすべて、どろりとした泥状のものに溶け、カタチを失っていった。
「…………」
グロリアの背後にいたレイラ・リンジー(れいら・りんじー)が、無言のまま刀をかまえる。そして、グロリアのほうは、その姿を徐々に変化させつつあった。
「ククク……ワタシの出番ですな」
グロリアの体内に潜んでいたテオドラ・メルヴィル(ておどら・めるう゛ぃる)が、その意思を露わにする。グロリアの瞳の色が銀色に、金色だった髪は漆黒へと変化しいくにつれ、その身に纏うものはただ殺気のみとなった。
「とっとと住処へ帰るがいい」
低く呟き、彼女は戦場へと身を躍らせた。そして、彼女を守るように、レイラも後を追う。
後方支援担当のアンジェリカは、やや後ろで戦闘の推移を見守っていた。今のところ、アンデットは数が多いものの、火力の前に圧倒されているようだ。
洞窟内部は大丈夫なのだろうか、とちらと頭を掠めたが、そこから先は、薔薇の学舎の生徒たちの領分だ。ただ、彼らを信じるだけだ。
(私には、私の責務があるわ)
アンジェリカは手にしたワンドを掲げ、怪我人はいないかと目をこらした。
戦闘は激しいものだったが、ルカルカたちの活躍によりアンデットの一軍は殲滅された。
洞窟内では、早川 呼雪(はやかわ・こゆき)が彼らを待っていた。
この先の護衛のためだ。ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)と、ユニコルノ・ディセッテ(ゆにこるの・でぃせって)、ラファ・フェルメール(らふぁ・ふぇるめーる)の姿もある。
「よく来てくれたな」
呼雪は優しくレモの頭を撫でた。
志保の腕から降りたレモは、じっと洞窟の奥……装置へと続く道の奥を見つめている。
「何か、思い出せそうですか?」
翡翠の問いかけに、レモは頷いた。
「うん。……なんだか……懐かしい、気がする」
そう呟いてから、レモはふっと俯いてしまう。記憶が戻ることにより、何か悪いことが起きてしまうのではないか。ウゲンという人物の、自分も所詮手駒ではないのかという疑惑が、ふたたび襲ってきたのだ。
「ウゲンはウゲン、レモはレモだよ」
少年の不安を感じ取り、ヘルはそう言うと、にっこりと笑いかけた。
「そうですよ」
他の者たちも、そう肯定してやると、レモは「ありがとう」と答え、顔をあげる。
「行かなくちゃ、ね。カルマが待ってる」
そう言うと、レモは生徒たちに見守れながら、一歩を踏み出した。
洞窟内部は、外よりは死者の数は多くはなかった。以前蔓延っていた幻覚植物も全て排除されている。装置への道も、整備が進み、灯りがぽつぽつと光を放っていた。
バニッシュやファイヤーストームが炸裂し、光と炎が死者を駆逐する。
これだけの人数がいれば、さすがにたいした被害もなく、彼らはレモとともに装置まで辿り着いた。
――尋人の姿は、すでに無い。どうやら、決意を固め、薔薇の学舎に戻ったのかもしれなかった。
「これが、装置ですか?大きいですねえ。……ゆっくり思い出して良いんですよ?此処に要る人達は、みんな見守ってますから」
「うん……」
翡翠の微笑みに、ぎこちなくレモも笑い返し、そして、装置へと向き合った。
辿り着いた装置は、静かにそこにあった。天を突く程の巨大な水晶柱と、そこにつなげられた機械は、発見された時のままに沈黙を守っている。その前に立つレモは、ひどく小さな存在に見えた。
(これが装置か……なるほど……)
リリは密かに、じっくりと装置を確認する。今はまだ静まりかえったままだが、秘められた魔力はひしひしと感じられた。
「カルマ。僕だよ」
少年の声が、囁く。地の底の広間に、それはぼんやりと反響しているようだった。
「なにがおきるんだろうね」
ラファ・フェルメール(らふぁ・ふぇるめーる)が囁いた。
「起きて、カルマ。……僕、レモだよ」
水晶柱に、レモの小さな手が触れる。その、瞬間だった。
「レモ!!」
昶は思わず少年の名前を呼んだ。
レモの手のひらから、全身に向かって。雷のように、赤い光が一気に迸ったのだ。
「あ……う、わああああ!!!!」
レモの喉から、かつて無いほどの大声があがった。それは間違いなく、悲鳴だった。
そして、光がおさまると同時に、レモの身体が崩れ落ちる。咄嗟に桂が腕を伸ばし、レモを抱き留めた。
「レモ君? しっかりしてください、レモ君!」
翡翠がそう声をかけるが、少年の瞳は、閉じられたままだった。
「一体、なんだっていうんだよ!」
ララが焦れたように声をあげる。その傍らで、リリが冷静に口を開いた。
「おそらく、だが。一時に記憶が溢れだし、処理しきれなかったのであろう。……目覚めれば、すべてを取り戻しているやもしれぬよ」
「…………」
次に目を開いた時、レモはここに来た時のままの、大人しく素直な少年のままでいるのか。あるいは、ウゲンと同じ、化け物となってしまうのか。
そんな危惧を誰もが心に抱きながら、彼らは一度、レモを保護し、ラドゥの屋敷へと戻ることとなった。
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