空京

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■仙桃七顆の防衛


 現在パビリオン――
 昨夜の乱入者の件もあり、エリーズ・バスティード(えりーず・ばすてぃーど)らによって、パビリオン周辺に居る者、パビリオン内に入る者、展示場に入る者の身体検査が強化されていた。


 『仙桃七顆』展示場。
 場内の壁はコンロンの山々を模した鈍色の山岳風にまとめられていた。
 高い天井部には軽い煙を放出する仕掛けがあり、運営時間内であれば、黒煙を天井部に漂わせる。
 その他、様々な装飾がパラミタ文明発祥の地にして群雄割拠の時代が続いていたコンロンという土地の重厚さを演出していた。
 その展示場の中央、円形の展示スペース。
 仙桃七顆は、そこに造られた大樹の枝のオブジェが林のようにそそり立つ真ん中に、厳かに置かれていた。


「ふっふっふ、昨夜の襲撃の際に『賊は獣人ではない』と確認されたそーだ」
「何故、満面の笑みでブイサイン?」
 ジュノ・シェンノート(じゅの・しぇんのーと)に半眼で突っ込まれてもウォーレン・アルベルタ(うぉーれん・あるべるた)は立てた二本の指と笑顔を取り下げなかった。
「俺の予想通りだったからよ。
 賊は獣や獣人じゃない、ってな。
 最初の事件の話を聞いた時から、痕跡が少な過ぎると思ってたんだよ」
「ああ、そういえば、そんな事をおっしゃってましたね」
 伊達眼鏡のブリッジを指先で軽く押しながら言って……
 それ以上は何も無く、ジュノが自身のワイヤークローの方へと視線を直す。
「って反応薄いな、おい!」
 と。
「――賊が獣人でないとしたら」
 横から女性の小さな声が聞こえ、ウォーレンは、くるぅりと、そちらの方へ笑顔を向けた。
「『でないとしたら』、賊はどんな者だと思う?
 レジーヌ・ベルナディス(れじーぬ・べるなでぃす)少尉」
「え……あ、あの……その」
 慌てて視線をそらしたレジーヌが、しばし、間を置いてから。
「獣人ではなく、獣と誤認される確率の高い者――
 それは、ゆる族ではないかと……私は、思います」
 彼女がおずおずと視線を上げてくる。
「ウォーレン・アルベルタ少尉」
「意見がピッタリ合うな」
 握手握手、とレジーヌの手をパッと取って振ったところで、
「ていやぁ!」
 唐突に現れたエリーズ・バスティード(えりーず・ばすてぃーど)に手元をチョップされる。
 エリーズがウォーレンから引き剥がすようにレジーヌに抱き着きながら。
「するっとナチュラルにセクハラ働くな!
 あごひげ!」
「似合ってねぇかなあ、あごひげ。
 それはともかく――
 相手はゆる族の可能性が高いわけだ。
 しっかりと姿が確認されていないのは、常識外れのスピードに加え、光学迷彩も併用しているからだと考えて良いかもしれねぇし」
「ゆる族かぁ……可愛い動物の姿だったら良いな」
 エリーズの言葉に、ウォーレンは片眉を下げた。
「もし本当にゆる族が犯人だとしたら、たいむちゃんが悲しむな」
「そんなもん?」
「そんなもんだよ、エリーズお嬢さん。
 うまく説得なり何なり出来るのが一番なんだけどな……。
 と、さて、俺とジュノは賢狼と一緒に配置についておこう。
 光学迷彩を使っていたとしても、匂いで気づいてくれるかもしれないし」
「あ……私は、警備の配置をもう一度見なおしておきます」
 そうして、ウォーレンはジュノと賢狼と共に展示場の守りについた。


 そして――
 数時間後、賊の影が展示場へと姿を現した。

「昼は存分に遊ばせてもらったし、気合入れてくよ!」
 竜螺 ハイコド(たつら・はいこど)の放ったワイヤークローとジョノのけしかけた賢狼の牙をかいくぐり、
 影が、コントラクター達の間を縫い抜けて展示ケースに接近する。
 そこで――影の動きがガクンッと下方へ滑った。
「やった!?」
 ソラン・ジーバルス(そらん・じーばるす)が予め仕掛けておいた罠(床上10cmくらいのところに張られた紐)が成功したのだ。
 間髪入れずにハイコドとジュノのワイヤークローが放たれる。
 床に落ちた影は、床を超高速で回転――というより床に転んだままの勢いといった様子で進み、ワイヤークローから逃れた。
 その先、展示スペースの前に立ちはだかっていたのは、ライチャスシールドを構えたレジーヌ。
「コンロンゆかりの品、守りきってみせます……!」
 彼女の放ったライトブリンガーの光筋が、影の避けた地を打つ。
 レジーヌが『外した』と気づくよりも早く、影は彼女の横を過ぎ去っていた。
「っ……しまっ……!」 
 影が桃へと迫り、触れる、その直前。
「まだ、ですよ」
 ディオロス・アルカウス(でぃおろす・あるかうす)エルシュ・ラグランツ(えるしゅ・らぐらんつ)の投擲した二つのミカンが、影と桃とを打った。
 ミカンに牽制された影の目の前で、もう一つのミカンに弾かれた桃が空を舞う。
 そして、わずかに動きの鈍った影を伏見 明子(ふしみ・めいこ)が強襲した。

「って、何でこれで掴めないのよ!?」
 明子は、ゴッドスピードとアクセルギアで加速した世界を駆けながら、今しがた取り逃がした影を睨み吐き捨てた。
 ホークアイで底上げした動体視力と超感覚を併用して賊の動きを何とか追いつつ、影を、未だ虚空を舞ったままの桃へ近づかせないように立ち回っていく。
 無理くり酷使し続けている眼がキリキリと痛んで来る。
 視界と気配と勘を頼りに繰り出した拳が影を確かに捉え――た筈なのに手応え無く虚空を薙ぐ。
「おかしい! 何かおかしい!! 絶対におかしい!!!
 ミカンにはシッカリ当たってたじゃない!」
(ダメージの大小を判断してる?
 判断して、当たらなかったことにしてる?
 あ゛……? わかんなくなってきたっっ!)
 明子と攻防を繰り返していた影が、一度、距離を取ってから、再び桃の方へとアタックを行おうとする。
(ッ――とにかく、多分あいつは単純に『スピードが早い』ってわけじゃないんだわ。
 ……まあ、だからって、こっちのやるこた変わんないけどさ)
 影を追う眼の奥に、ピキッと攣ったような痛みを感じながら明子は叫んだ。
「九郎ー!」
「うん、心得た」
 明子のゴッドスピードで加速を得ていた九條 静佳(くじょう・しずか)が抜刀術からの疾風突きの体勢に入る。
 静佳の間合いへと誘い込むので精一杯だった。
 駄目押しでアクセルギアを最大限までシフトアップさせ、30倍の速度でもって影へと間合いを詰め、則天去私を打ち放つ。
 そして、逃げ場を失った影へ、静佳の疾風突きが奔った。
 それは影を囚えることは出来なかったものの、影を桃から大きく距離を取らせることには成功した。


 超速の攻防の末、遠のく影。
 空中に弧を描いていた桃は瓜生 コウ(うりゅう・こう)によってキャッチされていた。
 向こうでは、身体の限界ギリギリまでの加速を終えた明子がゼェハァと肩で息をしており、それを九郎が支えているのが見えた。
 影が、しつこく桃を狙ってコウへと迫る。
「ふむ――」
 視線を強めたコウへと。
「パスだ!!」
 エルシュは、そそり立った枝のオブジェの間を駆けながら、手を伸ばした。
「リナス、彼をフォローしろ」
 コウが鋭く言って煙幕ファンデーションで影を撹乱しつつ、エルシュへと桃を投げ渡す。
 沸き立つ煙の向こうから飛んできた桃を手に、エルシュは、影の死角になりそうなオブジェの裏々を駆けた。
 ふ、と香る桃の甘く瑞々しい匂いに耐えながら。
「くぅ……食べちゃ駄目だ食べちゃ駄目だ食べちゃ駄目だ……!」
 耐え難き誘惑を押し込み、溢れる唾液を拭い捨てつつ、逃げて逃げて逃げた、その先へと。
 影が回り込んで来ていた。
「くそッ」
 脳が一瞬で諸々を考える。
 相手のスピードはもう十分に知っている。
 既にこの距離までを許してしまっている。
 すぐ後ろに居るリナス・レンフェア(りなす・れんふぇあ)がフォローはしてくれるだろうが、逃れ切れるとは考えにくい。
 ならば、どうする?
 賊の手に渡ってしまうくらいならば、いっそ、食べ……
「いや、それはやっぱり駄目だって」
 と、結構冷静に自身へのツッコミを口にした、その時だった。
「いっただきます」
 ぱっくんちょ。
 と、リナスが彼の手から桃を取って、一口の元に食べた。
 ぴしっ――と全体の空気が固まる。
 そして、リナスは小さな喉を鳴らしてから、うっとりと蕩けた表情を浮かべた。
「なんていうか、もう、すっっっごく……美味しかった。おかわり!」
「あるかっっ!!」
 思わず、すぺーんっとリナスの頭にチョップりつつエルシュは心底から叫んだ。
 それから、彼は、ハッと影のことを思い出し、視線を巡らせた。
 影は撤退を決めたようで、展示場の外へと向かっていた。


 パビリオン内、大通路――。
 同人誌 静かな秘め事(どうじんし・しずかなひめごと)の召喚したサンダーバードとフェニックスがゴォゥッと熱光を撒き散らしながら滑り通って行く。
 賊は召喚獣らをかわし、相変わらずのスピードで逃亡していた。
 賊が従業員通路へ入り込み、宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)らは、その後を追った。
「……居ないわね」
 従業員通路で張っていたコントラクターたちと共に捜索してみたが、賊の行方を知ることは出来なかった。
 こじ開けられた形跡は無かったが、従業員通路から物品搬入用の地下通路へと続くエレベーター扉を開き、エレベーター籠の無い空洞のシャフトを見下ろしてみる。
 何本も通ったワイヤーなどを調べ。
「ここを取った形跡も無し、か」
 一応、静かな秘め事が神の目で索敵を行ったが、やはり、何も出ては来なかった。
「パビリオン出入り口の方へ向かった様子は無いようですわ」
「賊はまだパビリオン内に潜んでいるか、別の出口から抜けだしたかってところ?」
「別の出口となると地下通路への出入り口になりますけど、そちらを護っているコントラクターたちは賊を見ていませんわね」
「地下通路へ向かうルートも不明だわ。
 こっちだって、そういうのも想定して警備を固めてるのに誰も気づかないなんて」
 と、祥子の連れていた賢狼が彼女の服裾を軽く噛み引っ張った。
「なに?」
 そちらの方へ振り返ると、通路の奥、祥子のシルバーウルフが天井の通気口を睨み上げていた。


 ――仙桃七顆――

 防衛  失……


 仙桃七顆の展示場。
「ああ……どうせ食べられるなら、いっそ俺が食べておけば良かった」
「何言ってるんですか、あなたは」
 展示スペースの端にグッタリと座り込んだエルシュを見下ろし、ディオロスは、やれやれと息を零した。
 エルシュの隣には、リナスがシャンと背筋を真っ直ぐにしながら正座していた。
 鈴から賊と警備の状況について携帯でやり取りしていたコウが近づいて来て。
「リナス、もういいぞ」
「うん」
 と、うなずいたリナスが上着の下から、袋に包んだ仙桃七顆を取り出した。
「……え?」
 顔を上げたエルシュの方へリナスが顔を向ける。
 そして、リナスは、
「ご馳走様でした、みかん」
 にっこりと微笑んだ。


 ――仙桃七顆――

 防衛  大成功!!