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リアクション
■ルシファーの角の防衛
アイアン さち子(あいあん・さちこ)は、こそこそと夜の万博を歩いていた。
その手の中にあったのは、大きな風呂敷。
「せっかく拾ってきたのに捨ててこいと言われてしまったのであります。むう」
不細工に頬を膨らませながらボヤき、
頭の中に、パートナーのロイ・グラード(ろい・ぐらーど)の姿を思い浮かべる。
『SPタブレットを拾って来い、俺は、確かにそう言ったはずだ。
だというのに、おまえが持ってきた、これは、一体なんだ』
「でもでも、綺麗でありますよ」
と、さち子は記憶の中のロイに反論した。
『武器にもならん、薬にもならん、売却ルートもままならん。
……ゴミだな。捨ててこい』
「幻の展示品をゴミと言い切ったでありますよ、この人!」
と記憶の中のロイに突っ込んでも仕方がない。
ひゅる、と夜風に虚しさを撫でられて、さち子は、またとぼとぼと歩き始めた。
さち子が持っているのは、『琥珀の妖精村』という幻の展示品だった。
自販機の下で拾った。
身長1センチほどの妖精の小さな村が樹液に飲み込まれて固まった物で、ティル・ナ・ノーグの1000年近くの前の妖精の村がそのまま残っている非常に貴重な品だ。
捨てて来いと言われても、貧行方正なさち子にそれが出来るはずも無く。
「もったいないので、ハイナ様にぷれぜんとするのでありますよ」
真夜中の万博は人が居なくて迷子になる心配が無いのは良いが、静寂を持て余すので独り言が多くなる気がする。
やがて辿り着いた万博運営本部の前。
さち子は、そっと風呂敷を置いた。
「必要としてくれる人のところで元気にしてるでありますよ」
何となく風呂敷越しに妖精村をぺしぺしと叩いてから、さち子はその場を後にした。
■
「――やはり、賊は地下通路を使っていると考えていいだろうね」
青葉 旭(あおば・あきら)は、現在パビリオンの建築図面を覗きながら零した。
「かといって賊は地下通路から直接パビリオン内に侵入しているわけじゃない。
ダストシュート、通気用ダクト、展示場用の設備……ありとあらゆる物を駆使してきていると考えられる」
「何で今までその侵入ルートを重点的に押さえなかったにゃ?」
山野 にゃん子(やまの・にゃんこ)は、ふわわっと欠伸がてらに言った。
「こちらだって数が限られているからね。
賊がここまで詳細に万博の内部を把握していると分かっていれば、初めからこちらに人員を割いたんじゃないかな」
旭は、うん、と一人うなずいてから続けた。
「とにかく、賊は今のところ地下から侵入してる。
で、ここで押さえられれば万々歳。
逃すのは……あまり考えたくないけど、こっちのルートがバレてるってのが分かれば牽制にもなるしね。
しっかり監視していこう」
「だけど、このダクトに二人でぎゅうぎゅうに収まっているのは、どうかと思うにゃ」
「ここが最も気づかれにくく、かつ、監視に適したベストポジションなんだよ」
そう、旭はダクトにぎゅうぎゅうに収まった格好で熱く語った。
■
『ルシファーの角』展示場。
そこはザナドゥをイメージしてか暗くおどろおどろしい雰囲気に仕上げられていた。
暗い球状の天井をボンヤリと照らす赤い照明。薄闇の中をクネクネとうねり続く、古ぼけたレンガ造りの歩行路。
歩行路の両脇には、腰の曲がった老婆のような枯れ木や謎の魔方陣が描かれた石碑などがある。
歩行路は、お伽話に登場しそうな古城の一角へと続き、石組みで造られた城風の壁の奥へ向かう。
そこには浅い下りの螺旋階段があり、階段の描く円の中央にルシファーの角はあった。
所持者を狂喜に陥れると言われているため厳重に封印をなされているそれは、淡い赤色の照明に照らされ、見ているだけでも何か人の心を惑わすようだった。
「一回くらいは付けてみたいかも」
ルシファーの角を見下ろしていたエルサーラ サイジャリー(えるさーら・さいじゃりー)の言葉が聞こえて、リブロ・グランチェスター(りぶろ・ぐらんちぇすたー)は渋面を上げた。
「物騒なことを言うな」
「だって、とんでもない悪魔のモノなのよ?
どんな事が起こるか確かめてみたくない?」
「私たちの任務は、アレを守ることだ」
言って、リブロは機関銃の照準を確かめた。
彼女達は螺旋階段の中腹、テラス状の踊り場に居た。
ルシファーの角に手を出す者を狙える絶好の位置にある。
カモフラージュのために持ってきた周囲と同系色のシートを広げたリブロをエルサーラがまじまじと見やり。
「言ってることは真面目だけど、コンパニオン姿のままなのよね」
リブロは昼間、コンパニオンとして案内にあたっていたままの格好だった。
「……レノアがな」
展示場入り口の方で待機しているはずのレノア・レヴィスペンサー(れのあ・れう゛ぃすぺんさー)の方を見やりながら返す。
と、螺旋階段の上の方から。
「エルー! 出来たよー! ぎりぎり間に合ったー!」
モモンガなゆる族のペシェ・アルカウス(ぺしぇ・あるかうす)が、何やら角の形をした焼き物を手に駆け降りてくるのが見えた。
「追跡用に小型携帯もバッチリ仕込み済みだよ!
後は、これを本物と入れ替え――おろっ?」
ペシェが、すこ、と階段を一段踏み外す。
そして、そのまま、
「おろろろろろろろろろろろっ?」
焼き物の重さのままにペシェはゴロンゴロンと階段をエルサーラたちが居る踊り場まで転がり落ちて来た。
「ああ……もう、何してるのよ」
エルサーラが深く溜息してから、パタパタとペシェの方へと駆け寄っていく。
「角の偽物は無事だよー」
目をぐるぐると回しながら言ってくるペシェの元へしゃがみ込んだエルサーラが口を曲げる。
「それより、怪我は?
賊が来る前に負傷とか意味分からないわよ。ほら、診せて」
地下通路を張っていた旭から連絡が入り、賊が警備に追われながら展示場に入り込んできたのは、それからすぐの事だった。
■
賊が、高速の影となって展示場内を駆け抜ける。
それは、コントラクターたちの手を逃れ、早々に石組み風の展示スペースへと入り込んできた。
螺旋階段の入り口と出口、その片方は漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が適当な物で塞いであった。
賊は、素直に開いて居た方から突入してきた。
それを樹月 刀真(きづき・とうま)は、音で把握しようとしていた。
螺旋階段を降りてくる賊の微かな足音。風切り音。
(――やはり、妙だ)
音から、本来あるべき実像の動きを想像することが出来ない。
繋がらないバラバラのリズム。ありえない気配の流れ。
『単純にスピードが早いってわけじゃないみたい』
昨夜、賊と対峙した明子の報告を思い出す。
しかし、思案に使える時間は少なかった。
接近して来た賊の行き先を、熟練の勘で当たりをつけ、床を蹴る。
賊を掴む事は出来なかった。
そして、その時に感じたのは奇妙な違和感だった。
(……これは――)
賊が、刀真の横を抜けてルシファーの角を封じる箱の方へと駆ける。
その行き先を阻むように放たれた、リブロの銃撃。
賊がルシファーの角を取り損ない……
台座から落ちた角の封印を銃撃が掠めた。
空中で、角の封印具が解かれる。
「チッ」
偶然とはいえ、自ら角の封印を解いてしまったリブロはシートを跳ね飛ばし、踊り場から身を投げた。
着地して。
「角は――アレか」
床に転がっていた角の方へ駆けようとした、その時。
「違いますー! あれは僕が作った偽物ですー!」
台座の影からペシェの声が聞こえてくる。
リブロは交戦する賊とコントラクターたちの音を背に、台座の影へと滑り込んだ。
「本物はどこに……って」
そこに居たのは――
どこから現れたのか分からない黒革のソファーに腰掛け、これまた何処から現れたのか分からない女性たちをはべらせ、優雅に足を組みながら大きなワイングラスを揺らす、ルシファーの角を頭に付けたエルサーラだった。
リブロはゴクッと喉を鳴らし。
「ツッコミ切れる自信は無いぞ」
「飛んできた角がたまたまエルの頭にくっ付いて、気づいたら、こうなってたんですー!」
ペシェが、何やら魔性の微笑みを浮かべるエルサーラの頭をペシペシペシペシと叩きながら泣く。
「しかも、どんどん大変な感じになっていってるんですー!
このままじゃ、エルが魔界のカリスマ ホストにっっ!!」
「いや、もっと洒落にならん事態になるのではないか、これは」
どんどんと危険な気配を増していくエルサーラの目を見やりながら、リブロは口元を揺らした。
一方。
「せっかくの祭りだったのに無粋なことすんじゃねぇ!!」
鬼神力で額から角を生やした獅子導 龍牙(ししどう・りゅうが)は賊へ叩き付ける気持ちで怒りの歌を叫んでいた。
彼の歌によって強化されたカノン・ガルディエル(かのん・がるでぃえる)と刀真と共に賊を抑えるべく、龍牙は2mを超える鬼の腕を振り出した。
「馬鹿者! 冷静になれ!」
カノンの諫め声が飛ぶ。
「熱くなり過ぎては掴めるものも掴めんぞ!」
「俺様達の楽しみをぶっ壊そうって奴なんざ八つ裂きにしてやる!」
「それが天下を得ようという者の言葉か!」
賊が龍牙と刀真の手を逃れ、床に転がっていた偽物の角と封印具を取った。
が、賊はすぐにそれが偽物だと気づいたらしく、何となく慌てた様子で偽物の角を捨て、台座の裏側へと回り込んでいった。
そして、そこに居たエルサーラの頭から角をスパンッと奪っていく。
「――ハッ!?」
ルシファーの角から解放されたエルサーラは目をぱちくりと瞬かせた。
「……ええと、私は何を……?」
「いいから、粛清されたくなければ私を離せ」
エルサーラの膝に抱かれていたリブロが低く言う。
コチン、とエルサーラは固まった。
「……ペシェ……何がどうなってるんだか、教えて」
「エルがおかしくなって、リブロさんをジゴロ的な勢いでリブロさんを膝に座らせて撫で撫でしてた……」
「何故か私はそれに抗えなかった」
憮然と言ったリブロを解放し、エルサーラは深呼吸を一つした。
それから、抗いようもな赤くなっていく顔を手で覆い隠しながら、彼女は行く当ても無くそこから走り逃げた。
そのまま万博の外まで全力疾走だったという。
一方、賊を追った者たち。
ラルク・アントゥルース(らるく・あんとぅるーす)は賊を追って、パビリオンを出た。
今日はパートナーの秘伝 『闘神の書』(ひでん・とうじんのしょ)の姿は無い。
ともあれ、賊は地下通路を押さえられていた事に気づき、地上を逃れるつもりらしい。
「ってのは、こっちも折り込み済みだぜ!」
プロミネンストリックで飛行しながら更に賊を追う。
そして、建物を超えて、賊の前へと先回りし、ラルクは神速で加速しながら賊へ飛びかかっていった。
途中、壁を蹴って加速し、その勢いのまま拳を突き出していく。
「泥棒覚悟!!」
完璧に捉えた。
そう確信出来る一撃だった――が、その拳は賊を捕らえることは出来なかった。
「――へ?
って、うおあっと!」
今までに無い変てこな感覚に一瞬呆気に取られてから、ラルクは慌てて受身を取った。
地面を転がって、ザッとプロミネンストリックのローラーで地を擦りながら体勢を正す。
「なんだ……? 今の」
賊の姿はもう無かった。あのスピードだ。さっさと逃げていったのだろう。
と、首を傾げていたラルクの元へ馬に乗った龍牙が追いつき。
「賊は?」
「わりぃ、逃した」
「……クソッ。何なんだ、あのスピードは」
「スピード、か……そういうのより、なーんか、こう」
「ん?」
馬から降りた龍牙が怪訝に見やってくる。
ラルクは自分の感じた感覚を伝えられる言葉を探して、うーん、としばし悩んだ後、うん、とうなずき。
「すまん、よく分かんねぇ!」
笑顔で言った。
「あの感覚は確かに妙でした」
刀真は月夜に言った。
「俺が知り得る中で、ああいった芸当が可能だと考えられるのは――」
「じゃあ……やっぱり、あの侵入者は」
月夜がその複雑な気持ちを表すように眉根を寄せる。
「一体、何故……」
「分かりません。
それに、まだ、そうだという確実な証拠があるわけでもありません」
刀真は月夜の頭を軽く撫でやりながら零した。
――ルシファーの角――
防衛 失敗……!
■
朝、欠伸混じりに運営本部に入ろうとしたハイナは、
「おっ!?」
ごけんっと何かにつまずいて転んだ。
「ったた……こんな所に物を置いたのは誰でありんすか?」
打った額をさすりながら、足を引っ掛けていた物の方を見やる。
「ジャパニーズ・フロシキ?」
地面に座り込んだまま、風呂敷を引き寄せて、それを開く。
「…………。
……頑張っている人を応援する妖精さん、とか、そういった類の何かの仕業でありんすか……?」
ハイナは辺りを見回しながら呟いた。