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【十二の星の華】ヒラニプラ南部戦記(序章)

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【十二の星の華】ヒラニプラ南部戦記(序章)

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プロローグII

 あの瞬間は今でも頭にこびり付いている。
 ――黒羊兵らの真ん中で、倒れ伏す将・ボテイン
 敵ではあっても、勇敢であり、囚われの間もこちらにこび諂う様子も微塵もなかった。
 円形劇場跡での人質交換。卑劣な策を弄したのはボテインを取り戻した黒羊側であり、彼自身がそういったやり方を好まぬ誇りある将だった。
 その男を狙撃したのは……俺だ。


prologueII-01 ボテイン狙撃の波紋

「霧島? あら、どうしたの。らしくないわね」
 伊吹 九十九(いぶき・つくも)が問うてくる。
 敵はまさかの、ボテインの死に動揺したのだろう、追撃は三日月湖の方までは及ばなかった。
 霧島 玖朔(きりしま・くざく)はあの後、天霊院や救出した捕虜たちを護衛し、無事、最寄の陣営に送り届けた。しかし、
 ……穏便に解決すべきことを、自身の判断で狙撃して本当によかったのだろうか。
「恐らく、師団から追及がくるかも知れない」
「霧島……」
 ――私たちも、行くよ!……天霊院らが霧島の援護を受け劇場跡を脱し、ミストラルの攻撃を防いで霧島を助けていた九十九は言った。霧島は、あのとき――どうする……ボテインが勇将であれば、彼のもとでこの卑劣な将兵どももまた生きながらえ、教導団の敵として何度も襲いかかってくることになるだろう。
 そう霧島は考えたのだった。
 これは戦いである。もう後に退くわけにはいかないのだ。と。
 そして銃口を引いた。
 戦場にあっては冷徹な一人の戦士たる霧島、しかしそうでないとき彼はまた一人の青年でもあるのだ。
「あなたの判断は正しかった筈よ? これまでの経緯に付き合ってた身として言うけどね」
 いつもは頑固なパートナーが珍しく落ち込んでいる、そう思う九十九が彼にしてやれることは……
「九十九。疲れたな。今日はもう眠るだけさ。明日には……」
「明日のことは、明日でいいよ。あなたはほんとによくやったよ。私も」
 九十九も、ミストラルと打ち合い、襲いくる敵を打ち払い、疲れ果てていた。九十九も、霧島も、その日はとても。
 もう、日はとっぷり暮れている。
 今、陣舎上階の宿泊施設はひと気もなくとても静かだった。
「霧島。……」
「九十九……?」



 戦後処理に関する諸々で忙しくしていた御茶ノ水 千代(おちゃのみず・ちよ)が、人質交換におけるボテイン死亡の報を知ったのは、夜中になってからのことだった。
 法務科員の彼女としては、各々の人質が自軍に完全に戻るまでが交渉と認識していただけに、それは最も恐れていた結果であった。
 ただ、この三日月湖戦後処理において、やるべきことは沢山あり(その多忙のために千代も送られてきたわけだが)、人質交換はその一つに過ぎず、それほど人々の関心が向いていたことでもなかった。それは当然、無事になされるものとも思われていたはずなのだったが……
「納得できないわ」
 その日の仕事を終えるところで、千代は最後に目を通すことになったその報告書を机の上に放ってしばらく考えにふけっていたが、もう一度それを手に取ると、
「(霧島玖朔……)」
 ボテインを狙撃した、自軍の一士官候補生である彼の名を、つぶやいた。
 外はもう、真っ暗である。
「何時……二時、か。……私の睡眠時間が。お肌が……」
 千代は立ち上がり、本営の事務室を出た。
 もう廊下の明かりもなく、誰もいない。
 明朝には、その男に会いにいかねば。法務科として。
 彼は、敵将を撃ち殺したこの夜を、どんな思いで過ごすのだろう。それともそんなことは何ともないことで、今頃もうぐっすり眠っているというのだろうか。
 千代はその夜、なかなか寝付かれなかった。
 霧島玖朔。どんな男なのだろう。本営にあった書類を見ると、「まだ18歳?」そんな青年が。だけどそう、彼はその若さでも、まぎれもない軍人なのだ。軍人。その立場に立って考えてみるなら……ボテインを生きて返せば、後に教導団にとって大きな障害になり、人的被害も確実に起きるため、作戦を実行した。それは、軍人としては、正しい判断だったのかも知れない。……しかし。平和な日本にいた私から見るとショックは大きいし……納得はできない。
 私は今まで、人に銃を向けたことがない。だけどこれから教導団で生きていくためには、そういったことも、……私に、できるのだろうか。私がこれからここで生きていく上で、……
 霧島、霧島くん……まだ18なのに、彼はこれまで一軍人として、一体どうやって……? 彼に会ってみなければ。人として。(……それに、女として、……? ……)



 黒羊郷に近い砂丘帯。
 ボテインの死を知る者が、ここにも一人。
「お、おお何と。将星落つ。
 ボテインよ。我が半身が引き裂かれる思いぞ。貴公を討った者、絶対に許さぬ。このメサルティムが、必ずや討ち果たしてみせよう」



prologueII-02 砂漠へ

 翌朝、千代は、霧島のいる湖畔北の陣営を訪れる。
「霧島さん? ああ、確かにこの舎にいると思うけど。上階の方じゃないのかな……」
 法務科・御茶ノ水だと名乗る女性に、オルキスファルコンは早速処罰されるものかとびびったが、彼女はそう聞くとすぐに行ってしまった。
「な、なんだったんだろ……」
「サア???」
「まあいいか。朝ご飯でも食べよー」
「一刻も早く、岩造様に私めの無事を知らせねば。ああそうだその前に、朝ご飯を食べるか」
 どんどん。
 扉を叩く、千代。
「霧島玖朔。この部屋に泊まっていると聞いたけれど? 色々と君に尋ねたいことがあるわ。私は、法務科、御茶ノ水……」
 がちゃ。扉が開いた。
 霧島が出てくる。
「千代、……御茶ノ水千代よ」
「何だ? この朝から」
 法務科、のところは聞き逃したらしい。霧島からはもう、昨日の落ち込んだ様子は消えている。
「君に、色々と……」
 奥にベッドが一つあり、裸で眠り込んでいる女――九十九の姿があった。
「! 君、いったい何を……霧島くん、……でしょ? 敵将を狙撃して、……」
「師団の使いか? 人質交換の件は、聞いているのだな。俺への個人的連絡があるなら、全て受理して目を通す。
 こちらからは、ロンデハイネ総指揮官にこの手紙を渡してもらいたい」
「えっ、……」
「そちらからは、何もないのか?」
「え、ええ……。あっ。そうだ、私としたことが、書類を忘れて」
「何だ。俺は、出発の仕度をする。それではな」
「……」
 千代は、法務科としての使命と昨夜思いふけった私情とが混ざり、いささかいつもの調子を狂わせていたのかも知れない。その要因は? 千代はまた、考え込みながら、本営に戻る。
「九十九。朝だ。早速、師団の追及が来たな。
 ロンデハイネへの手紙は渡した。俺たちは、出発しよう。九十九、……昨日は……」
「一晩の過ちということで、ね。行きましょうか。って……何処へ?」
「砂漠だ」



「ロンデハイネ中佐、霧島玖朔は何と?」
「ふむぅ。……人質救出、ボテインの暗殺に成功したことについて、簡略に記してあるな。他にもあるのだが……気になることは、最後に、砂漠地帯に赴くとあるな」
「えっ? 砂漠? 何故……」
 千代は、ロンデハイネの病室を飛び出し、本営を駆け下りた。
「? 【第四師団付秘書】になった御茶ノ水殿。お早う……どちらに?」
「あっ、クレア少尉」
 本陣を預かることになった一人、クレアに、一旦出て行く旨を話す千代。
「砂漠??」
 霧島玖朔、御茶ノ水千代、……彼らだけではなかったのだが、この時期、こうして何がしかの思いに囚われたのか、幾人かがそれぞれの意志で三日月湖を去っている。前回において語られた【騎狼部隊】のイレブン・オーヴィル(いれぶん・おーう゛ぃる)デゼル・レイナード(でぜる・れいなーど)らにしてもそうなのだが。これは何を予兆するものであったのか。
「第四師団……どうなるのであろうな」
「第四師団。……典型的なダメ部隊です」
「おお、戦部殿」
「本営に残る我々が何とか立て直すしかありませんね」

 一方で、主力部隊とされた【獅子小隊】のレオンハルト・ルーヴェンドルフ(れおんはると・るーべんどるふ)、【ノイエ・シュテルン】のクレーメック・ジーベック(くれーめっく・じーべっく)ら部隊長がそれぞれ苦難を抜けて三日月湖にようやく辿り着いたのもこの時期であり、【龍雷連隊】の最前線送別、援軍の到着など情勢は動き、来る黒羊軍第二波に向け戦や統治の準備が進められていくのだった。