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【十二の星の華】ヒラニプラ南部戦記(序章)

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【十二の星の華】ヒラニプラ南部戦記(序章)

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2-04 雪の谷の戦い(1)

「東の谷は、渡らせないわよ!」
 斥候隊から、谷の向こうにジャレイラ率いる敵軍が待ちまかえている、との報告が入る。
 急行する、李梅琳の隊。
 両者は、吊り橋の南北で対峙することになる。



 李梅琳の強行軍で、隊列は伸びきっていた。
 後軍はまだ、本ルートへ抜ける谷あいの道中にある。
 予想以上に、行軍は難航している模様だった。
 天霊院 華嵐(てんりょういん・からん)は、この状態は少々まずいのでは……と思案し始める。
 地図からするに、谷の中ほどだろうか、仮陣営からは随分離れたが、半ば立ち往生の状態ともいえた。
「……」
 天霊院は、辺りの地形を見渡す。
 谷間に、厚くのしかかる雪雲。……
 ――こちらは、幾らか更に後方。
「ロザリンド殿!」
 救護班班長として、また輜重隊も引き受けているロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)だ。
「えっ天霊院さん? 何事かありましたか」
 現状を説明する、天霊院。そして、天霊院は参謀科としてここで一つの案を出す。
「そこで自分の、臨時の策なのですが……」
「ええ。……なるほど。わかりました。では、私は……」



 程なく……
 中軍。
「シルヴァ様ー! シルヴァ様ー!」
 後方から、ルインが駆けてくる。エレーナ・アシュケナージ(えれーな・あしゅけなーじ)と共に、救護班に付いていた筈なのだが。
「あれシルヴァ様は……?」
「李少尉のもとへ報告書を持って行っているが」
 イリーナが答える、「それより……?」
「そ、そう大変なんだよっ」
「何。後陣が壊滅? レオン!」
 レーゼマンの部隊が後方からの奇襲を防いでいるという。
「ふむ。すぐに李少尉のもとへ」
「わかった、」レオン……の傍にいたいと気持ちが……?
「イリーナ?」
「オレが行くよ!」
 橘 カオル(たちばな・かおる)だ。
「しかし」
 戦場にあっても……やはりイリーナはレオン。カオルは梅琳。か。……ということは互いに、
「わかってる。いや、わかった。では、カオル。頼む」
「ああ。任せなっ」
 カオルが行こうとしたとき、
「あっ」
「カオル?」
「ほ、ほら崖の中腹……」
 ……ここにも、伏兵?
 鴉兵か。人外の敵だ。黒羊軍と結んでいるのだろう。
 ともかく、こうしてはいられない。
 もしかして、すでに敵の罠に引き込まれていたか。
 となると、拠点もまさか?
 しかし、レオンハルトは不敵に笑む。
 こういうときこそ、獅子の力見せ付けてくれん。
「カオルはいいから、早く。先へ!」イリーナは銃を抜くと、すぐさま、ぎゃあぎゃあ喚きながら降り立ってくる敵勢を撃つ。「ここは任せろ!」
「ああ」カオルも、木刀を抜き放ち、そのまま駆ける。
「レオン、どうする? 李少尉は……」
「拠点を奪還に行くか。今なら。後陣壊滅とあれば、後方にある補給物資を奪われてはならん。
 前方にはルカの隊がいる。それにカオルの……」
「あの意気込みならな」イリーナ、微笑む。襲い来る敵。すかさず、打ち込む。
「私がいる限り、レオンの傷は眼帯以外はつけさせないさ」



 中軍前方。
 鋼鉄の獅子内ルカ小隊。
 ルカチームの指揮を執るのは……ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)
 鋼鉄の獅子の一員として、隊長レオンハルトの意図を的確に汲み、最効率で実行できるよう、適宜ルカルカたちに指示できるのが、彼だ。
 レオンは、ルカの関係者の中で、団長等特別な立場の者を除いて俺が唯一"知り合い以外の認識を持つ人物"だしな。そう彼は思う。
 ダリルをじーっと見るルカルカ・ルー(るかるか・るー)
「ほえっ? エレーナさんは?」
 くす、といたずらぽく笑む。
「か、彼女は……その……」かぁ。少し赤くなるダリル。「ルカ、な、なんで思いを読みとっている!」
「お見通しよ☆」
 ダリル自身も最近は少し自覚し始めているらしい。これが人が言う、好意という想いと……
 一方でルカルカの方は、
「真一郎さん何してるかなぁ……」
 と急にしょんぼりするので、それを見たカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)。「(パートナー同士はどこでもつながる、俺たちの方が奴よりつながるのは皮肉だぜ)」……そう思い無言でルカの頭をぽふぽふしてあげるのであった。
「ん?」
 そんな折、
 夏侯 淵(かこう・えん)が馬を飛ばしてくる。
「後陣が、伏兵に遭い、壊滅したそうだ!」
「えっ」「なんと」
「それに、中軍にも鴉どもが」
「中軍もだと?」ダリルは、エレーナのことが一瞬浮かんだが……「待て。となれば」
 ダリルの心配は的中。
 ここにも現れる、敵兵。
「わっ。きたきた!」
「あっ。待て、ルカ」
 降り立つ敵勢に突っ込むルカルカ。
「我こそは鴉の賊将ぶらっでぃまっどもーめん、……はっ」
「えいっ」
 どかっっ
「敵将えー、なんでしたっけ……いいや、ルカルカ・ルーが討ち取ったり!」
「ちょ、なんだもう」
 矢をつがえたところの夏侯淵。
 ダリル、カルキノス、「つ、つよい……」
 しかし、戦闘は始まったばかりだ。しかも、この谷のおそらく各所で繰り広げられているに違いない。
「ええい、蹴散らせ、蹴散らせーっ」
 ぎゃあぎゃあ、喚きちらす鴉ども。怯むが、数を頼みに打ちかかってくる。
 前で後ろで、右で左で、斬りまくるルカルカ。
 まるで普段の無邪気さのままに、解放された喜びに微笑みを浮かべるルカ。
「気ぃ引き締めろやー」
 竜の咆哮(驚きの歌)。兵の戦意を上げるカルキノス。自らも、ファイアーストームで上空の鴉どもを一気に焼き尽くす。
「竜族の魔法は一味違うゼ」
 ダリルは周囲を見渡す。次から次へわいてくる敵兵。レオンならどうする……!
 しかし、このことをまずは。
「淵」
「ああ。なら、俺はこのまま梅琳少尉に知らせに」
「待ったっ、はあ、はあ。オレが……」
 後方のことを伝えてきた橘カオルだ。駆けどうしで、息切れしてるが……
「カオル? 大丈夫なのか?」
「ああ。はあ、はあ……」
「よしわかったっ。俺の馬に一緒に乗っていこう!」



 レオンハルトらの後方では、レーゼマン・グリーンフィール(れーぜまん・ぐりーんふぃーる)がよく敵を防いでもちこたえていた。
「レーゼセイバーズ、前へ! 我等が盾となり友軍の消耗を抑えるのだ!」
 そして、そこには、最後尾にあるはずの輜重隊がほぼ無傷で残っており、付近で、エレーナら救護班が回復と補助にあたっていた。
「はぁ、はぁ。前の方も騒がしいな。敵はここだけじゃないか、私達は孤立無援になってしまったのではないであろうな……! てゃぁっ!」
「大丈夫ですわ、イリーナはレオンさんの近くにいり限り倒れませんから〜」
 イリーナ、そしてレオンハルト達が駆けてくる。「あっイリーナ。やっぱり一緒でしたね」
「無事だったか! しかし、壊滅したと聞いたが……」
「ええ、実は……」
 輜重隊を預かっていたロザリンドが語るには、参謀科・天霊院が、敵襲のある幾らか前に立てた作戦を実行したのだという。それは、こういうことだった。
 つまり、天霊院はこの状況で、もっとも恐れることは、(何らかの挟撃を受ける状態になれば)退路を断たれることだと判断。
 後軍に配置される輜重隊のほとんどを、中軍に配置。その上で、後軍は輜重隊を偽装しつつ、軍からはぐれても独自の判断による遊撃が可能な兵士で編成することを提案したのだった。
 では、天霊院は……
 急ぐ、レオン。
 イリーナも、続く。「レーゼ、ここは任せたぞ!」
「ああ。このレーゼマン、シャンバラの獅子の牙は、決して折らせんよ」



 レオンハルトらが後陣に達すると、ここの惨状はひどく、梅琳歩兵はほぼ壊滅させられていた。
 が、隊が全滅ではない。
 天霊院の指示で、獣人部隊、ニャオリ兵らは、戦いつつ何とかそれぞれが四散することができた。これも天霊院の指示で、そのパートナー豹華とオルキスもまた、別々に脱出しており、各自が四散した兵を拾ってくる筈だ。
 天霊院の姿も見えない。獣人、ドラゴニュートのパートナーらは比較的脱出がラクだったかも知れないが、天霊院のことは心配された。日夜事務に追われていた天霊院であるので、体調面も心配されていたのだが。討たれた兵の中にその姿はないようだ。残った兵らと、上手く隠れていればいいが……。
 ともかく、彼らの働きによって、運んでいた物資は守られることになった。
 レオンハルトは兵を鼓舞し、また、四散した兵の一部も、早味方が来たことを知ると戻って来る者もあり、合同して敵を押し返した。
 が、もとの仮の陣営はやはり……奪われていた。
 物資は守られた。だが、もとあった退路は断たれている状態だ。
 イリーナも、兵に呼びかけ、士気を上げる。
「奪われたら奪い返せばいい。動揺している暇はないぞ」



2-05 雪の谷の戦い(2)

 谷(吊り橋)へ達したカオル。カオルはすぐ、馬を下り、崖を下り、走っていく。
 そのとき、そこでカオルが見たのは……
「あっ」
 吊り橋の真ん中。
「梅琳!」
 得意の武器・幅の広い刀を振るう梅琳、対するは、
「あ、あの女は……?」
 黒い炎の剣が舞い、梅琳の太刀とぶつかる。
「やるわね!」
「……」
 しかし、梅琳の太刀を紙一重で交わすと、ジャレイラのフランベルジュが猛然と襲いかかった。
「! 速い……!」
 梅琳もそれをすんでに交わしたが、黒い炎が燃え上がるように、切っ先が伸び梅琳の喉元に達した。
 一閃が走ったあと、後退る、梅琳。梅琳の手から太刀が落ちる。
「は……っ。嘘。私が、負けた……?!」
 ぐらついて、倒れる、梅琳。
 一騎打ちを見守っていた、教導団の兵らが一斉にどよめく。逆に勝ち誇り、わき立つ黒羊側。
「梅琳……!」
「メイリン様」
 エレーネがすぐに飛び出すが、ジャレイラは膝を崩す梅琳を飛び越え、数歩跳びでこちら側に渡ってきた。
「……あ、ま、待ちなさ……」
「わ、うわぁぁぁ」動揺し、慌てふためく教導兵。
 エレーネはあくまで冷静に二丁拳銃をかまえる。……まずは向かってくる障害物を除去せねば。その後、すぐにメイリン様……
 しかし梅琳は、そのまま吊り橋から落……



 我を忘れ、カオルは、木刀を手に、兵をかき分け、走りかかっていた。梅琳。梅琳……!
「あっカオル」マリーア・プフィルズィヒ(まりーあ・ぷふぃるずぃひ)はとめようとするがそんな間もなく、すごい勢いで駆けていくカオル。
「無茶な。って俺もここは冷静にならなければ……!」淵は矢をつがえる。「気持ちはわからなくないぜ」
 まさかの梅琳の敗北に、敵将の襲来。
 兵は完全に混乱状態に陥った。
「く、邪魔だ。狙えない!」
 敵兵は勢いに乗って、ジャレイラに続きぞろぞろと吊り橋を渡ってくる。



 ヒュンッ
「……!」
 エレーネの拳銃を持ったままの両の腕が飛ばされた。
 ジャレイラはそのまま、次の一撃に移る。迷いもなく次は首を断つつもりだ。ヒュッ……
「むっ。誰だ。我に銃を向けるのは。無駄だやめておくがよい」
 兵が右往左往する中、ジャレイラに狙いを定めたのは、金住健勝(かなずみ・けんしょう)
「さ、下がるであります……!」
 アーミーショットガンを持つ手は、震えている。
「健勝さん!」
 レジーナは盾をかまえ、金住を精一杯守ろうとし、ジャレイラを睨み付ける。
「おまえも剣の花嫁……。ふん、健気なものだな、しかし」
 ジャレイラはフランベルジュをこちらへ向ける。
 そこへ、横合いから勢いまかせに飛びかかってきた者。
「わぁぁぁ!」
 橘カオルだ。
 ぶん! それも容易く、交わされる。「木刀? そんなもので我を。いいだろう我が相手をしてやろう」



 エレーネは、谷の断崖から遥か谷底を見やる。
「……メイリン様」
 梅琳の姿はもうなかった。



「諦めたら終わりであります! 一人でも多く戻るでありますよ!」
 金住が、襲い来る黒羊兵を払い除け、怯み、動揺する兵を収拾する。
 今、状況は、圧倒的に不利。
 ひとまずは、何とか収拾し、撤退をした上で、立て直すであります。
 李少尉が、まさか……。自分は単なる一兵士であります。だけど、今は、自分が。
 ここで死ぬつもりも、捕虜になるつもり気もない。そう金住は言い聞かせた。
 レジーヌは、エレーネを立ち直らせ、後方に連れて行く。
「あとは、……ああっ、橘殿……っ!」



「許せない……!」
 ジャレイラ、橘カオルの一騎打ちとなった。
「何故。戦いであろう、我が黒羊の仲間も、おまえたちにすでに多くが討たれたぞ」
 周囲をすでに黒羊兵が取り囲んでいる。
「そっちの仕かけてきた戦じゃないのか?」
 カオルは木刀を振るう。
「ヒラニプラの領土を守る聖戦だ。おまえたちはヒラニプラあちこちの遺跡や鉱山に手をつけ荒らしているではないか。
 南の峡谷にだって入り込んできたではないのか。この地にも」
「わっ」ジャレイラの切っ先を何とか交わすカオル。「それは……」
 オレたち教導団は、どうして戦争をしているのだろう。それはこれからも……だけど。
 カオルは思う。
 オレにとっては、ただ大事な人を守る、それが今オレにできたばっかりの、生きる目標だったのに。木刀捌き、ジャレイラを追い詰める。
「むっ」
 カオルは一歩踏み込んだ。
 ジャレイラの腕に達する、かのところで、炎の剣によって、木刀の先は灰と化してしまう。
「あっ」
「木刀でなければ、いいとこをいってたかもな。
 だが、同じか。並の武器では、この我が黒い炎には……」
「まだだ」
 カオルは二本目の木刀を取り出す。
「カ、カオル〜」
 カオルに打ちかかろうとする黒羊兵を、グレートソードを軽々と振り回して牽制するマリーア。
「加勢は要らぬぞ」
「た、大将! このロリ、手練れです……!」
「何だ……そっちに加勢が要り様か」
 ジャレイラはカオルの木刀をまた灰にすると、すぐさま転じてマリーアに襲いかかった。
「エッ……」
「マリーア危ない」カオルは三本目の木刀を取り出す。
「む……」
 ジャレイラの一撃を、鋭い矢が阻んだ。間髪入れず、二射目が来る。三射、四、……
「五!」
 教導兵が退いた後方から、狙いを定めた夏侯淵の弓矢だった。
 矢は、吸い込まれるようにジャレイラの光条剣が薙いで灰になる。
「戦いながら、この夏侯淵の矢を防ぐとは、何という将だ!」
「カ、カオル〜退がろうよ、ここは」
 マリーアがカオルに駆け寄る。
「もう遅い。ここまでだ」
 ジャレイラの剣が向けられる。黒羊兵が、迫る。
「総員抜刀、シャンバラの獅子の牙から逃れ得る者など居らぬという事、敵将の首を以って示せ!」
 下がっていた梅琳部隊の後方から、猛る勢いで、駆け上がってきた。
 レオンハルトをその先頭に、鋼鉄の獅子。
「淵!」「ルカ! あの敵将、手強いぞ」
 こうなれば、敵陣へ深く斬り込み軍指揮官を討伐、ないし捕縛する電撃戦を決行することで敵性国軍の撤退を促す! 持久戦が困難な現状にある今。
 イリーナ、レーゼマンがレオンハルトの左右から兵を繰り出す。
「えぇい、かかれ!」
「これが第四師団の戦いなのだよ!」



 鋼鉄の獅子は、こちら側へ渡っていた敵部隊の多数を谷底へ落とし、ジャレイラを向こう岸まで撤退させた。
 だが、討った敵はまだまだ一部に過ぎない。
 それよりも、こちらの兵の多くを、伏兵によって失ってしまった。すでに伏兵が置かれていたように、谷のこちら側にも、すでに敵部隊がいくつか配置されている。
 鋼鉄の獅子は、この困難な状況下で、東に谷において敵と対峙してゆくこととなる。
 しかも、谷の向こう岸にはジャレイラがいるのだ。強敵である。
 部隊を率いる李梅琳が、この最初の戦いでジャレイラに討たれてしまうことになるとは。兵らにとってその衝撃は大きかった。
 仮の陣舎では、シルヴァ・アンスウェラー(しるば・あんすうぇらー)が情報管制を担当している。
 今一度、目を通している書類。……李少尉に、目を通してもらう筈だった。南部諸国の動向に関する調査結果をまとめた報告書だ。まだ、集められた情報は多くない。
 この東の谷をおそらく長くなろうこの戦における、獅子の拠点と考えるなら、南部諸国も視野に入れる必要があるかも知れない。