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【十二の星の華】ヒラニプラ南部戦記(序章)

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【十二の星の華】ヒラニプラ南部戦記(序章)

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 ウルレミラのおにぎり屋さんでは、引き続き資金や投資についての議論が交わされていた。
「戦争は金がかかる」
 クレアは言う。
「まったくもってその通りだが、金を得るために周囲の反感を買い、民心を失ったり周辺勢力の信を失っては本末転倒。
 そのための共同体構想であり、これに参画したい、と周囲に思わせることが肝要」
 ハンス・ティーレマン(はんす・てぃーれまん)も、おにぎりを齧りながら、意見を述べる。アカデミックなおにぎりの齧り方だ。
「まず新政権及び民に対して"金を出せ"と言わないのが要点。
 現時点で得られるお金としては、旧バンダロハム貴族の財産全てを一旦、没収。これを新政権への移譲分と教導団への賠償金に分け……更に賠償金から一定量、民間への無償、有償の開発援助を行います(比率は詳細を確認して決定します)」
 リースも、ここは意見は同じだった。資金についてはまずバンダロハムの貴族を中心に徴収。
「参政権を望む市民からも、それに見合ったお金を出してもらい、それを年運営費(+軍隊駐留費)に当てますわ」
「しかし」ハンス。「先ほどもクレア様のおっしゃったよう、民の発言力が増せば、相対的に統治者の発言力が減る。と」
「なんですの」きらっ。ハンスとにらみ合うリース。「共同体構想も、理想論だけではダメだとうちの戦部は言いましたわ」
「……」「……」
 戦部クレーメックは、梅干おにぎりを食べている。
「まぁ、」クレアが言う。「まずはそこに行くまでのところであろうな。何れにせよ、旧貴族からの賠償金、それに先の有償開発援助の償還分……それだけで師団を賄えるものではないが、後は産業振興にて」
 戦部がお茶を啜り、「プリモ温泉ですね。試験的に三日月湖からのプリモ温泉旅行を募集し、需要があるかどうかの見極めと課題の洗い出しを行い、商業化を目指します。
 あと、鉱山に関してもアンジェラにやらせます」
 パティ・パナシェ(ぱてぃ・ぱなしぇ)が入ってきて、おにぎり屋さんにいる人々に呼びかけた。
「投資家の皆さん、湖賊さんにも投資してください〜
 土地柄、水運が大きな役割を果たすと思われます。水路整備などのインフラに関しては、開発援助金も使いましょう」
 ええっと……パティは、ハンスに書いてもらった書類を読んだ。
「"共同体内の事業に投資する者に対して、税を優遇する"といいと思うのです。
 地元が潤い利益が多く出れば、景気の底上げになって、税率下げても結局お特です」
 パティとにらみ合うリース。「えっ……」おにぎり屋は、お客も巻き込んで、閉店時間を過ぎても議論が続いた。



1-03 そして、これから?

 こちらはバンダロハムの、とある寂れた酒場。
「ギズム」
「ギーちゃん」
 ここに入ってきたのは、バンダロハムの復興支援や周辺整備に教導団員として力を入れつつ、街に滞在していた鷹村 真一郎(たかむら・しんいちろう)と、松本 可奈(まつもと・かな)だ。
「うっうう、タカムラかぁ……どうだ、街は復興したか?」
 半ば酔いつぶれている様子のもと傭兵ギズム
「ギズム。復興したかって……そんな一言二言で言えることではないが……だが、倒壊した住居や建物はあらかた、新しく立て直され、今では居場所に困る者はないし、それに、孤児院なんかも立てられているんだ」
「じゃあ、まあ、復興したんじゃねの?」
「ああ……それよりギズムお前」
「ギーちゃん。なんで、途中から出てこなくなったのよ?
 せっかく……最初の頃、ちゃんと手伝ってくれてたでしょ。こういう労働で汗かくのも気分いいもんだ、って言ってたじゃない?」
「えーいうるせぇ。なんだってんだよ! それはそれで、本当のことだ。だがな、じゃあ街の復興が終わったら、俺はどうすんだ。いや、街の復興だってそうじゃねえか。たまにはああやって働くのも悪くないと思ったぜぇ。だが俺はずっとこれで生きてきた野郎だぜっ」ギズムは壁に立てかけてあった剣をどんっと床に倒した。「今更……普通の暮らしができるか。人も多く殺した」
「ギズム……」
「へ。タカムラ、お前にはわからないのか」
「ギーちゃん。わかった。飲もう!」
「おい、か、可奈……」
「ああ、わかるね。そう、まぁ飲むしかねぇ」
「ギズム。わかった。いや、実は俺も、ギズムに酒を奢りに来たんだ」
「何だ。そうなのか。ありがたい」
「約束の酒だ」
「約束の酒?」
「ああ、そうだ。だがな、半分だな。街の復興が終わったら奢ろうと言った酒だ。ギズムは途中でほっぽってしまった」
「あ、ああ……」
 鷹村は、可奈と、ギズムのテーブルに腰かけた。
 次々運ばれてくる酒。
「ハハハハ!」
「わかるわよねぇ、ギーちゃん! どれだけ、この真一郎が融通の利かないアホなのか……」
「お、おい可奈。もう……」
「出会ったときから一目惚れなのに、ルカっちに惚れちゃった……! いや、それはいーんだけど! このアホは自覚無いのにもホドがある!」
「ルカっち?」
「ああ。そうだ、ルカルカにメールを打ってるんだが、送れないんだったな。この地方の磁場のせいなのか。無事なのか……気になる」
「ほら、こればっかだよ」
「誰だよ。ルカっちて」
「ああ、婚約者なんだ」
「へーっ。お前、なんださらりと言ってよぉぉ。婚約者いるのかよ。って、こいつ、嫁じゃなかったか?」
「私はっ! 剣の花嫁じゃなくてヴァルキリーだぞ!」
「ぐはっ(ここで酒を浴びせられる、俺様ギズム)。マ、マジか。今唯マスターが間違えてたのか」
 やがて、酒場を半壊させたのち、可奈は眠り込んでしまった。
「復興作業が増えたな……」
「ああ。また、俺も手伝うかな……。さて、タカムラはどうすんだ?」
 ギズムは逆に、頭が覚めたのか少し冷静になってきていた。
「そうだな、帰って眠るかな。可奈は、……このままでも。まぁ、冗談だ。引っ張って帰る。じゃぁ……」
「いや、まあ待て。どうせだ、付き合うがいいさ。もう夜明まで近い。これからのことだぞ、復興が終わってこれからだ」
「……俺たちは、黒羊郷との戦いになるな。教導団の兵として、奴らと戦っていくことになるだろう」
「そうか」
 ギズム……彼が戦いに己の居場所を見出すなら、教導団は彼にとっていい場所のように思えるのだが。第四師団なら、少しは自由だし。
「野盗でもするか。略奪などして食っていくのも楽しいかもしれん」
「何でそうなる……教導団には来ないのか」
「タカムラ。お前こそ俺と来ないか。俺のこないだまでの仲間にはもう、山林や砂漠で徒党を組んでやってるって奴もいる」
「……。な、何?! 傭兵の残った奴らか?」
「ああ。俺の昔の友だ。お前ら教導が討伐隊でも差し向けるなら、俺はあっちの側で戦ってやるぜ。ハハハ。じゃあな」
「おいっ、待て。……なんて奴だ。ギズムらしいのかも知れないが、反省とかそういうものが全くないのな」
 もう、朝の陽射しが差し込んでくる刻であった。

「ギズム。お前はどうする……(そして、俺は)」
 バンダロハムの傭兵。彼らの場合、実際には、これまでバンダロハム貴族の子飼となり、外敵から彼らを守る代わりに、貴族に食わせてもらってきた者たち、と言えるだろう。一口に傭兵と呼ばれてきたが、中世の騎士や、武士などに近い要素も持ち合わせていたかも知れない。
 ヒラニプラ南部、この地方には、オークや山鬼や、それにもっと獣に近い集団が多く存在してきた。そういった集団には獣に近いほど、貨幣という価値がなく、まさしく弱肉強食……食うために、他の集団(人間含む)を襲い、そのまま襲った相手を食べて生きてきたり、オークや山鬼のように多少社会性を持った集団であれば、他の集団の食糧や物資を奪い、として生きてきたと言えるか。
 当然、こういった地域において、人間の集団は、それら獣やそれに近い魔物の集団から身を守る必要があった筈であり、バンダロハムの傭兵などもそういった役割を果たしてきたと言えよう。これから……他にも、グレタナシァ国境付近のならず者集団や、砂漠の盗賊などが出てくることになるが、彼らもまた、周辺諸国との関係において、かつてあった王と諸侯のような関係であったり、あるいは戦乱期に国と、国から黙認された野伏せり集団との間のような関係であったり、それが時代を経て形を変えつつ、今のように至った、のだろう。湖賊など、特殊な勢力も存在するし、皆、偏には語れないそれぞれの歴史を持つ。
 ある意味、それなりに保たれてきたこれら地方の均衡が、教導団と黒羊郷の争いによって崩されることになった、とも言えない面もない。
 だが、変わらぬものはない。
 これは、時代の変遷における必然でもあった筈。
 この地方に数多く点在するそういった独自の集団、独立勢力、流れ者、貧民窟、それぞれがそれぞれの問題や、幸不幸を抱え、生きていたのだろうが、そこへ(生徒らにとっては始まりは上の命に従ったに過ぎないのだが)介入することになった教導団。私たちは、それをどうしていくべきなのか、どのように変えていくことができるのか、あるいはどのように変えないでいくことができるのか。

 バンダロハムの傭兵については、実質的には、三日月湖に入った教導団が、三日月湖をそれまで支配していたと言えるバンダロハム(貴族)ともども、駆逐してしまったという見方もできる。
 それは仕方なかった……と言えなくもないが、そこにはそうなるよう仕向けたパルボンの影も見え隠れするし、パルボンもまた、上からの命により遠征軍を指揮した……となると、どこからどこまでが誰の意図で、ということは見えなくなるのだが、一言で言えば、教導団の意志……とは言えようか。
 何れにしても、そういったより大きな集団の意図の下に、個人レベルの問題や苦悩も生じてくる。そこに目を向ける者も出てくるわけだ。

 鷹村の場合は、ギズムとのように、より個人のレベルでこの地方に生きてきた他者と接することで、その問題に少しずつ気付かされ、立ち入っていくことになってきた。鷹村は、最初、教導団の一員としての使命感から、教導団に手を貸さないか、と言った。だが、まったく異なる価値観や環境において生きてきたギズムが、それに聞く耳を持つことはなかった。鷹村が個人として接したときに、ギズムは始めて心を開きかけた。そこから気付くべきものとは何なのか。



 【黄金の鷲】。
 ここにいるエル・ウィンド(える・うぃんど)は、教導団の外部の視点から、バンダロハムの戦い〜三日月湖情勢を見てきたことになる。
 最初の戦いの時点から、教導団や、また三日月湖にも、欠けていた部分を補いつつ活動を行ってきた面もある。
 民間人の立場に率先して立ち、とくに成す術も持たず、生気すら失っている貧民窟の人々を救い、また勇気付けてきたとも言えようか。
 復興は、イルミンスールから助力に来た妹分ミレイユや、ウッド&セレンスら、それにロザリンドらを中心になされた(国頭の姿は、その後、見えなくなっているのだが……?)。民といちがんとなって。
 こうして復興作業を行う中で、虐げられてきた民たちには、以前より生気が戻ってきたという感もある。
 また、彼らは黄金の鷲と共に、悪性を敷いてきた土地の貴族を打ち倒した。そのことへの誇りもあった。
 自らの土地は自らで守る……
 そういう彼らの中には、今度は、教導団がバンダロハムに拠点を置き、三日月湖に統治体制を敷いてことに対し、再び、虐げられるのではと懸念を持つ者も当然、出てきた。(これは、民にとって当然の懸念なのではないか。しかし……民のみで今後、ここを守れるのか、ということはある。このあたりで、統治を話し合う者らにとってもどう対処していくかだ。戦の一方に、民の問題もある。)
 もちろん、先の騎狼部隊はじめ、教導団員もまた、復興支援を行うことで、民との交流を深めてはきた。実際、それによって教導団のイメージはよくなってきている。
 しかし、民の中には、戦のにおいを嗅ぎ取り、教導団がこの地にとどまるから、我々民もまた戦に巻き込まれることになる、と声を上げる者も出ている。そもそも、教導団がこの地に来たことで、戦が起こったのだ、教導団は疫病神。出て行け! とまで、声を荒げる者もいるのだ。復興の最中にはそこまでの声は聞かれなかったのだが……復興が終わった今。しかしまた、民とはそういう性質を持つものでもあろう。
 教導団はどうする。
 エルは、そういう民の声を直に聞いていることにもなる。

 エルは、民が立ち上がり、結束するきっかけを作った。
 今、黄金の鷲は、エルらを中心としつつ、あくまで民間の組織、というより今はボランティアに近い状態の団体として、存在している。
「今はまだ、黄金の鷲が必要とされている」ギルガメシュ・ウルク(ぎるがめしゅ・うるく)は言う。「だが、治安は安定しつつある。安定すれば、そのとき、黄金の鷲は必要なくなるかもしれない。それは……きっと悪いことでないだろう」
 今、黄金の鷲はまさに転換期にあり、エルとギルガメシュはその再編計画を考えてもいた。
 一つには、火災や消防に備えた消防団的な役割を加えること。
 そうすることで、自警団からは形を変えて、黄金の鷲が今後も民間の団体として、必要不可欠な存在になっていくことにもなろう。
 だが、組織を存続させるには、当然、資金が必要になる。(以前にエル(ギルガメシュ)は、民から募るという案を出していたが。)
 それについては、ちょうど、教導団の方から、黄金の鷲に声がかけられていた。
「バンダロハム、か。復興はしてきたって言っても、まだまだ物騒な感じもあるわな。
 教導団も全面的に信用されてるわけでもないだろし。
 ってことで、隊長から自警団とも交流こいと」
 その使いとして交流に訪れているのは、エイミー・サンダース(えいみー・さんだーす)。クレア少尉の部下だ。
 三日月湖を統治していく教導団としても、人員は必要になる。第四師団はまだそれほどに兵が多くもない。(教導団は主に、戦に備えることになるわけだが。それに、旧オークスバレー間ともしっかり兵站をつなぐ必要があり、街の消防などといったところまでには手が回らない、かも知れない。)
 そこで自警団として機能してきた黄金の鷲に、消防や防災の役割も付与する、という話だ。
 当然、資金援助と、それに工兵科から消防・防災に備えるノウハウを提供する、といったことになる。
 ギルガメシュが、消防団としての今後に向けて民や、それに教導団側のエイミーらとやり取りを進める。

 一方、エルは、
「三日月湖周辺でも、戦乱に乗じた賊徒や鬼などの小規模な反乱があるだろう」
 こちらも、再編計画の一環として、戦闘の腕に長けた者(エルの考えでは元傭兵や食い詰め浪人)を選抜し、戦闘できる者を中心とした部隊と作ろう、ということである。
 エルは、元傭兵にも会った。だが、彼らは、
「あぁ? 自警団・黄金の鷲。面白そうじゃねぇかよー名前が気に入ったぜぇ、だけどよー、これは貰えるんだろうなぁー、これは。あんた沢山持ってそうだけど」
 金である。食い詰めにしても……
「ありがたい話だな。雇ってくれるのかね。家族を養わねばならん。そのためなら、命を張って戦うよ」
 彼らにとって戦うこととは、生活していくためのことである。
 エルは一旦、ギルガメシュ、エイミーらのいる黄金の鷲の家(貧民窟の一角を借り受け。みすぼらしい家なのでエルらしくはない場所だが……)に戻る。
「消防団の方は、話がつきそうかと思うが、戦闘部隊の方はどうだろうな。一度、本営と相談してみるか」
「自腹かも……?」
 ひとまずは、民の中から、戦いたいという者が集った。自分たちの土地は自分たちで守っていきたいという、者たちだ。だが、彼らはプロの戦闘集団とは違う。民特有の認識も甘さもまたあるだろう。それが綻びともなりかねない。
 北では龍雷連隊が防備に付き、南の街道一帯は、ノイエ・シュテルンが兵を展開させ始めている。
 もちろん、西にも東にも山々はあり、そこでも反乱が起こらないとは限らないが……?(実際、幾つかの小規模な動きは聞こえてくる。討伐に行ってみるのもいいかも知れないが。)



1-04 忘れられた城で

 北の森を越えたところにある、出城……通称岩城。
 しばらく、グレタナシァ方面からの敵の攻勢は緩んでいる。主戦線が東へ、また、政治や交渉のメインも湖賊や南部勢力とこれも東や南へ移っていくと、北で敵を防いできた岩城のことは一時、すっかり皆の間では話に上ることがなくなっていた。
 蔦の絡んだ城壁の下。
 ナイン・カロッサ(ないん・かろっさ)と話しているのは、境界の戦い以降、龍雷連隊に助っ人として力を貸してきた坂下 小川麻呂(さかのしたの・おがわまろ)
「フハハッ! では、暫しのさらばだ。龍雷、そして岩造! 何、またそのうち会えるさ。それが絆というものだろっ、フハハッ」
 少し流浪して、戦局を見極めてみるか、という思いが坂下にはあった。楽しい方に加勢できりゃそれに越したことはないね……と。いや、よし決めた。かわいこちゃんが居る方の味方をしよう。ナインも可愛い女だけどなっ。今のこのオレには、流浪が似合ってる。
 グレタナシァ。その向こうには、砂漠が広がる。
「小川麻呂……。それも一つのやり方ね。じゃあ、今の龍雷は、ワタシが支えなきゃ」
 今、状況は膠着しているかに見える。
 しかし、実際にはどこか地面下で水は流れている筈であり、やがて何らかの目に見える動きにつながる筈だ。
 ナインは、グレタナシァまで近付いていく。
 街道筋には、岩造の部下ファルコン・ナイト(ふぁるこん・ないと)武蔵坊 弁慶(むさしぼう・べんけい)が立っていた。
「おお、ナイン殿」
 弁慶が声をかける。
「どう? 何か、情報は掴めた?」
「ああ、それがなかなか、のう……ファルコン」
「……アア」
 ときどき、商人や旅人の姿が見かけるが、話かけても、他国の内情などに関する詳しいことは聞けないのであった。
「そう。なら、仕方ないわね。ワタシが」
「おおナイン殿。行くのか、危ないでござるよ」
 情報の精度は命に関わる。
 ナインは、何とかこの状況を打破する糸口を見つけねばと思った。
(相手の口が固ければ、色仕掛けで迫るのもありね。……)



 岩城内の小ぢんまりとした最上階(屋根裏?)。
 今の龍雷は……穴に潜みし虎。
 埃っぽい城主の椅子に腰かけ、チョコレートの飲み物を口に、そう呟くこの男、松平 岩造(まつだいら・がんぞう)。【龍雷連隊】隊長。
 わんわん。愛犬の竜介がしっぽをふっている。
「ははは。餌はもうないぞ」
 くーん……
 フェイト・シュタール(ふぇいと・しゅたーる)が部屋をノックし、入ってくる。戦に明け暮れる岩造を支えてきたパートナーであり、今や婚約者でもある。
「フェイト」
「岩造」
 二人で、城の改修をし、周囲などもよく調べてみたが、とくに何というでもない小さな城で、おそらく国境を示す程度のものなのだろう。こないだは隊員らの奮戦と、援軍もあり敵を退けたが、もし大軍で攻められれば、ひとたまりもないだろう。
 フェイトが岩造の隣に来る。
「教導団が国軍になったら、あなたが将官になることを想像してしまうわ。国軍ができたら龍雷連隊もいつか大部隊にしていきたいわね」
「そうだな。その後は……」
「そうね。教導団に残って新兵達を鍛えていくのもいいかしらね。また退役するのも良いかしらね? 岩造が好きなようにすればいい事よ」
「退役かァ。私にそんな日が来るのだろうかな。……ふふ。そうしたらフェイト……」
「何? 岩造」
「……。いや、なんでもないよ。フェイト」
「岩造」
 そのとき、枯れた花瓶の置いてある小さな窓の下から、岩造殿ーと呼ぶ声が聞こえた。
 見ると、弁慶、ファルコンが来ていた。
「岩造殿ーー! 大変でござるよ。国境に、黒羊軍、グレタナシァのならず者の他に、大軍が集まってくるらしいでござる!」
「ぬぅ。とうとう、来たか。
 フェイト!!!」
「はっ。岩造様!! フェイトはここにございます!」
「甲賀! 草薙! ナイン! ミランダ!」
「……」
「岩造様。甲賀様は、先頃の戦いの傷を三日月湖にて療養中。草薙様は、諸国見聞の旅中でございますわ」
 ミランダ・ウェイン(みらんだ・うぇいん)は……行方不明だった。
「岩造殿ーー! 拙者らがいるでござるよーー!」
「ああ、無論だ。ファルコン! 弁慶!
 そうだ……ナインはどうしたのだ?」



「ほうほう、こんな国境に一人で……捨てられたのかい?」
 数台の馬車の列が、止まる。廃墟の影に身を寄せるローブの少女。
「ウ、ウン……おじ様はどちらのお方?」
「わしはグレタナシァへ行く東の商人じゃが」
 なかなかにいい身なりをしている。裕福な商人だろうか。後ろの荷車は。奴隷商人?
「ワタシ……先の戦乱で独りになってしまって」
 その少女……ナインは、商人男の方へすり寄る。
「ほうほう、可愛い子猫ちゃんや。わしについておいで。
 これよりは、ならず者が屯っておる。グレタナシァとの通行手形を持っておれば襲っては来ぬ。子猫ちゃんが行けばきっと身包み剥がれて……おお、恐ろしいことになるぞ。さあわしと行くのがよい」
「アリガトウ……」
 馬車は、やがてグレタナシァの長城へ遠く見えなくなっていった。




※三日月湖において依然音信が途絶えている者
ミヒャエル・ゲルデラー博士(みひゃえる・げるでらー)アマーリエ・ホーエンハイム(あまーりえ・ほーえんはいむ)ロドリーゴ・ボルジア(ろどりーご・ぼるじあ)イル・プリンチペ(いる・ぷりんちぺ)