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五機精の目覚め ――紅榴――

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五機精の目覚め ――紅榴――

リアクション


・最深部の戦い 一


「また、剣呑なもんが居やがるんでしょうねぇ」
 地下三階の通路で、蚕養 縹(こがい・はなだ)が訝しげに呟いた。光精の指輪を使っているが、上の階よりも全体的に暗く感じる。
「みーちゃん、どした?」
 カガチの陰に、パートナーである柳尾 みわ(やなお・みわ)が隠れる。障害物の類がなかったので仕方なく、という感じだった。
「……そういうことかい」
 彼はなぜか気付いていた。超感覚により、先に待ち受けているものが、かなり「ヤバい」事は明らかだった。
「この音……誰かがもう戦っているみたいです」
 リュースが警戒を促す。
 そのまま先へ。すると、地を蹴るような――まるで馬が大地を駆けるかのような、音である事が分かる。
「後ろの方々は?」
 リュースのパートナー、グロリア・リヒト(ぐろりあ・りひと)が背後を振り返る。それほどPASD本隊との距離は離れていないはずだったが、後ろからついて来ている気配はなかった。
「あれは……」
 薄暗い空間の中、の視界に二つの影が入る。
 先遣隊員の生き残りから別れ、最深部到達を目指していた、ウィングショウであった。

「これは、少々厄介ですね」
 口元を歪ませているウィング。今いる空間には、「何か」がいる。暗闇だからその姿を捉えきれないわけではない。純粋に、『疾い』のである。
「くそ、いるはずだ。なのに追いつけねえ!」
 ショウもまた、見えない敵に苦戦を強いられる。
 
 咆哮。

 鞭打たれ、いきり立つ馬のような声だった。
 直後、風が吹き抜ける。
「来ます!」
 姿なき敵の気配を察し、両手に一本ずつ構えたブライトグラディウスでそれを受け止めようとする。だが、正面から受けきるのは難しく、流すだけで精一杯だった。

「どんな相手か、まずは確かめないとねぇ」
 広間に躍り出た、護衛役の面々。カガチの得物は、ナラカの蜘蛛糸だ。
「まずは、相手の動きを止めましょう」
 リュースが、バーストダッシュで迫り来る「何か」を避けつつ、駆けまわる。逃げているわけではない、敵を誘い出すためだ。
 だが、それを実行しているのは彼だけではない。真もまた、回避行動を取りつつ、その時に備える。
 風が示すは、疾走。そして「それ」は、彼らの用意した仕掛けに引っ掛かった。
「今です!」
 リュースが、自らの設置したワイヤートラップに「何か」が接触したのを感じ取る。
「それ……っと!!」
「いくよ!!」
 カガチ、真がナラカの蜘蛛糸を敵に巻きつける。そこへ、真の轟雷閃が加わり、糸全体を電流が伝わっていく。
「こいつは……」
 捕えられたそれは、一言で表すならば、「馬」であった。ただし、普通の馬ではない。

『スレイプニル』

 神話において最高神が騎乗したと伝えられるそれは、神話そのままに八本の脚を持っていた。黒い体毛に覆われており、それが闇の中でその姿を覆い隠してもいたのだろう。
 体長は、おそらく十メートルといったところか。かつて『研究所』にいた合成魔獣、ベヒーモスに比べれば小型である。だが、それでも通常サイズに比すれば並み並みならぬ体躯である事に変わりはない。
「うわぁ、おっきい馬だー」
 が茫然と眺める。
「これが合成魔獣、ですか……実に興味深い姿です!」
 が黒い笑みを浮かべ、スレイプニルの巨躯を見上げていた。
「うわぁ……姐ぇ全開でみなぎっとる……」
 そんな幸の様子を横目に、がぼそりと呟く。
「……またか、島村嬢ちゃん……」
 左之助もまた、不安げであった。
「では、少々中身を見せてもらうとしますか」
 一時的に動きを止めたスレイプニルに向かって、クレセントアックスを構えた幸が飛び掛かっていく。
「あー……エヴァ嬢ちゃん……止めた方がいいか、アレ」
「一応、魔獣を倒すチャンスです……もう少しだけ、様子を見ましょう」
 左之助、エヴァがそんなやり取りを交わす。彼女はガードラインで、蒼やみわが飛び出さないように守っている。
「……ったく、またいつものが始まったよ」
 アスクレピオスがそんな彼女の後ろ姿を呆れた目で見る。
「はは、あのように一生懸命になって愛らしいではありませんか」
 もう一人のパートナー、ガートナ・トライストル(がーとな・とらいすとる)は対照的に、微笑みを浮かべていた。
 動きを止めているスレイプニルに、各々が迫っていく。
「く、そろそろ限界か……」
 暴れ狂る敵を糸で足止めをするのも、これ以上は苦しかった。
「動かれちゃ困るんだよぉ、ってなわけで『転んでて』もらわないとねぇ」
 カガチが相手に近付いていく。持っている糸を八本ある脚の一つに縛りつける。
「そらっと!」
 轟雷閃を纏わらせつつ、痺れさせようとする。言葉に表せない、悲鳴にも似た鳴き声が響いた。それは、痛みだった。
 だが、それは轟雷閃によるものではない。
 カガチがスレイプニルの脚に縛りつけた糸。敵の疾走はそれを振りほどくばかりか、かえって自らの脚を切断する結果となった。
 残り七本。
 バランスを崩し、勢いが落ちる。
「そうですね。まずはじっとしてもらわないと……ねぇ?」
 胴体部分を狙おうとしていた幸が、狙いを変える。カガチが切断したのは、右後ろ脚の一本、まだもう一本残っている。
 クレセントアックスで脚を薙いだ。躊躇いのない一撃によって、スレイプニルの脚が宙を舞う。
 残り六本。
 それでもなお、スレイプニルは止まらない。しかも、
「今度はなんや?」
 が驚愕する。スレイプニルの背から生えたのは、二対の翼だった。
「ペガサス? そんなメルヘンなものじゃないよねぇ〜。飛ばれたらさすがに……」
 縁の弾幕援護。スレイプニルの翼に向けて星輝銃の引鉄を引いた。
「援護します」
 真奈もまた、弾幕援護だ。六連ミサイルポッドと轟雷閃、あるいはハウンドドック+轟雷閃で遠距離射撃により敵に動く隙を与えないようにする。
「墜とします、『リミットブレイク』!」
 敵の正体を知り、倒す隙を窺っていたウィングが、スレイプニルの背をめがけ、飛ぶ。 ヒロイックアサルトによる能力強化。それによる渾身の一撃は、スレイプニルの黒い両翼を容赦なく斬り落とした。
 翼を失った駿馬は、地上へと墜ちていく。
 だが、まだ終わらない。
 それでもなお、残る六本の脚で広間を駆け抜けていく。壁に激突しながら。
「もう一度足止めをしないといけませんね」
「手伝うわ」
 リュース、グロリアが再び敵の足止めを図るために、準備を始める。
「ったく、しぶといねぇ……ってみーちゃん!?」
「なによ、あたしもたたかうの!」
 カガチの背後に、いつの間にかみわが近付こうとしていた。
「おいおい、こっちに隠れてな」
 それを、縹が彼女の服を掴み押さえる。
「一歩でも出たら、あの馬みってえのにひかれっちまうかもしんねぇからよ」
 彼とエヴァで、安全圏に蒼とみわを改めて匿う。
「やっぱり、脚を狙うしかなさそうだね」
 再び、真も糸を準備する。二度目だ。
「かかりました!」
 残った左の後ろ脚を狙いに、再び護衛の面々が迫る。
「幸、危ない!」
 ガートナが左脚に蹴りあげられそうになった幸の前に躍り出て、脚を斬り落とす。そのままの形で、幸を横抱きにして離脱する。
「あんまり無理はするものでないぞ」
 残り五本。
「止めるってんなら、やらねーとな!」
 攻撃に転じる機会を窺っていた、ショウがここで残った左後ろ脚を斬り落とす。
 残り四本。
 全ての後ろ脚を失ったスレイプニルは、前脚だけで這うように動いている。まるで、ハイハイを憶えたばかりの赤ん坊のように。
「唸れ、業火よ! 轟け、雷鳴よ! 穿て、凍牙よ! 侵せ、暗黒よ! そして指し示せ…光明よ!」
 猛攻が繰り広げられる中、陣は詠唱を進めていた。彼のヒロイックアサルトの魔力強化による、最大呪文だ。
「セット! クウィンタプルパゥア!」
 陣の持つ魔力派が、スレイプニルの巨躯に直撃する。

『爆ぜろ!』

 轟音。爆風が室内を吹き抜ける。
「どうや!」
 スレイプニルの姿は、まだ目の前に存在していた。爆発の衝撃で、残った前脚は折れ曲がり、全身から黒い血を流している。
 もう駆け回る力も残ってはいないようだが、生きてはいる。
「大した生命力ですね」
 静かにすれいぷにるに近付き、幸は呟く。
「合成魔獣の生きたサンプル……これは貴重な収穫です」
 倒れ伏してもなお、獣の眼光は衰えない。彼女はこのままその生体を調べつくしたい、と考えている事だろう。
「落ち着け、焦らなくたってこいつを空大まで連れて帰れば調べ放題なんだからよ」
 そんな彼女をアスクレピオスが呆れながらなだめる。
 戦いは終わったのだ。
 だが、

 キンッ

 一瞬の静寂の中、刀が鞘に納まるような金属音が室内に響いた。そして次に聞こえたのは、スレイプニルの首が地面に落ちる音だった。
「あー、つい斬っちまったわ」
 声の方を、一同は振り返る。そこにいたのは和装の豪傑を思わせる男だ。鉄扇で自らをあおぎ、もう片方の手で頭をかいている。鉄扇には、「盡忠報國士」の文字。
「お前は……!!」
 左之助は反射的に槍を構えていた。その男の事を彼は知ってた。
「久しいな、原田ぁ。まさかこんなところで会うとは思ってもみなかったぜ」
 相手も、左之助の事を知っている。英霊である彼を知っているということは、生前での因縁がある人物、ということだろう。
「芹沢……鴨」
 戦慄が走る。
 壬生浪士組――後の新撰組の初代筆頭局長、芹沢 鴨。それが闖客の正体だった。
「そう身構えなさるな」
 軽い調子で、鴨はその場の者を見遣る。
「今日のところは挨拶だけだ。やり合うんなら、お互い万全な時にしようや」
 彼もまた、上階で戦ったため、決して完全であるわけではなかった。
「どうやってここまで来たんですか? まさか……」
 途中ではぐれてしまった、本隊を案じる。
「何、俺もあんな大人数相手にゃしねぇよ。ただ、ここに何があるのか気になったから来ただけだ。旦那も気にかけてたしなぁ」
「ジェネシス・ワーズワースか?」
 反射的にその名前が出た。
「さあな」
 男がはぐらかす。
「ま、どうしてもってんなら相手になってやらんでもねぇが、そんな事してる場合じゃねぇと思うぜ?」
 その時、
「く、あ……」
「真奈! 何をした!?」
「俺じゃねぇよ」
 真奈が苦しみ出した。突然機晶姫に起こる異変。それは、ちょうどツァンダで起きている事件を想起させた。だが彼らに、その真相を知る術はなかった。
「上に俺なんかよりヤベぇのがいるみてぇだ。大層護衛みてぇな事やってんなら、急ぎな」
 そう言い残すと、鴨は静かに立ち去ろうとした。
「待て!」
 だが、それ以上他の者達は動けなかった。下手に手を出してはいけないと感じさせるほどの気迫を感じたためだ。
「ま、また会おうや」
 男は暗闇の中に消えてった。
「早く、上に行きましょう。調査隊の方々が!」
 一行はそのまま地下二階へと駆け出していった。