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ホレグスリと魂の輪舞曲

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ホレグスリと魂の輪舞曲

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 その1分程前。
「うーん……」
 救急車が到着してむきプリ君が担架に乗せられていると、そこにクロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)エル・ウィンド(える・うぃんど)がやってきた。
「俺達が付き添いますよ。いえ、友人とか知り合いとかではありません。実質初対面です」
「見ての通り、イルミンスールの生徒として校長に頼まれてきたんだ」
「見ての通り……?」
 救急隊員は、2人の格好を見て怪訝な顔をした。確かにデザインはイルミンスールの制服だが、1人は黒、1人は金色の生地を使っている。
「……コスプレじゃないのか?」
「なんと! このイルミンスールのお茶の間ヒーローを知らないというのですか!」
「ボクはエリザベート様の親衛隊だ! 確認してもらっても構わない!」
 顔を見合わせた救急隊員達が同乗の許可を出すと、クロセルはむきプリ君の鞄がないことに気がついた。アレがないと話にならない。
「この方の鞄はどうしましたか?」
「ん? ぼろ雑巾になってたからあそこに捨てたが……」
 聞くや否や、エルがそのぼろ雑巾を取ってくる。
「ホレグスリは……あ、何本か無事だ!」
「エ、ル、さ、ん?」
 薬を確認して喜ぶエルの背後から、何か恐ろしい空気が漂ってくる。振り返ると、1人残ってむきプリ君にヒールをかけていたケイラが、フェイスフルメイスを持って立ち上がっていた。
「まだホレグスリを使うつもり? そんなにナンパが好き? ホイップちゃんに言いつけちゃうよ?」
「え、い、いや、違うんだ! これは正しいことに……!」
「ホレグスリを正しいことにって……意味がわかんないよ!」
 正義のメイスを振りかぶる。エルは慌てて救急車に乗り込むと、運転席に声を掛けた。
「ちょっ……早く! 早く出してーーーー!」
 スタンバイしていた救急車が早速スタートする。ケイラはちょうど発進しようとしていたもう一台の救急車に駆け寄った。響子もついてくる。
「同じ病院行くんだよね! 乗せてください!」

 担架の上のむきプリ君は、ヒールを受けた為か割合元気だった。とりあえず、会話が出来る程度には。
「あっはっはっはっ、人質による交渉なんてするからそんな目に遭うのです! 三下のやることベスト3に入る所業ですよ! ナンセンスです」
 クロセルはそう言うと、むきプリ君に語り始めた。
「例え環菜校長がホレグスリ研究所を認めたとしても、青少年健全育成委員会がある限り、問題は解決いたしません。彼女はいずれ、学校間の垣根を乗り越えてでもホレグスリを撲滅しにやってくるでしょう。ゆえに、そのような対症療法ではイタチごっことなるのがオチです」
「では……どうすればいいのだ?」
「ここは、この問題の抜本的解決を行いましょう。イルミンスール青少年健全育成委員会が規制を行えないようにするのです」
 むきプリ君は眉をひそめる。
「それは……委員会を消滅させることと同義ではないのか? そんな大それたことができるのか?」
 疑問を呈する彼に、クロセルは自信満々に説明した。
「はっはっはっ、ホレグスリを彼女に使うのです。そしてスキャンダラスな光景をつぶさにカメラに収め、報道機関に匿名で送るのです」
「……なんだと?」
 とんでもない事を考えたものだ。いや、しかし……。案外堅実で、確実な方法なのではないか?
「大衆はスキャンダルを求めています。報道機関も黙殺するような事はないでしょう。そう、つまり、ホレグスリを規制させないために……」
 そこで言葉を切り、漫画だったら大コマになりそうな勢いでクロセルは言った。
「むきプリ君、君が彼女の権威を失墜させるのですよ!」
「…………」
 沈黙が落ちる。救急隊員もびっくりだ。事実、突っ込んだのは彼等のうちの1人だった。
「……コレ、が?」
「作戦実行はボクがやる。ハツネ先生にホレグスリを飲ませたら、命令を撤回するように説得もするつもりだ」
「ホレグスリを量産し続けた功績は君のものです。俺達は裏方でかまいません」
 クロセルは仮面の下で、しらじらしい程の笑顔を浮かべた。
「君はベッドの上でふんぞりかえっていればいいのですよ。良いものが撮れたら届けに行きますから、宛名書きでもしていてください」
(スケープゴートだ……!)
(自分は証拠を残さないつもりだ……!)
「……なるほどな。分かった! では封筒とボールペンを買ってくるのだ。成功を祈る!」
(馬鹿だ……!)
(この筋肉やっぱり馬鹿だ……!)
「成功させる為に、キミに頼みたいことがあるんだけど……いいかな?」
 
 救急車が空京病院に到着すると、エル達はすぐにハツネの病室へ向かった。隊員が担架を運び、看護士達が状態報告を受けていると、2台目の救急車がやってきた。こちらの同乗者も患者には付き添わず、正面入口へと――
「そこの女共、待ってくれ」
 それで自分だとわかってしまうのは、慣れてしまったせいだろうか。響子も女の子だけど、多分呼ばれているのはケイラの方だ。むきプリ君は、遊園地で最後にチョコレートをくれたケイラを、まだ女性だと思っていた。
「なに?」
「さっきはヒールをかけてくれて、助かった。だが、まだ足りん。血も足りん。SPが残っているのなら、かけてくれないか」
 殊勝なことを言うむきプリ君に驚きつつ、ケイラは苦笑した。
「病院に来たんだからもう、大丈夫だよ。お医者さんが診てくれるから」
「いやいやそれでも……! もう少し話をしないか? あの、遊園地での時のこととか……。俺も反省したんだ。お前が撲殺天使になっても仕方ないと……」
「撲殺天使……?」
 むきプリ君は、エルにこう言われていた。
『ボクがホレグスリに近付いたとき、撲殺を司る天使が舞い降りる。というかもう舞い降りている。倒れる前に、作戦を実行するだけの時間が欲しいんだ』
 つまり、足止めをしろということだ。撲殺天使の呼称は、この時むきプリ君の辞書に加えられた。人格が変わったようなこの反省の言葉は――
 ほとんど嘘っぱちである。
「もう少し付き添ってくれないか? プリムともはぐれ、携帯電話も壊れ、心細いのだ」
 ――目に涙すら浮かべようとしたが、さすがに1滴も出なかった。

「ハツネ先生、お見舞いにきました!」
「クロセル……それに、お前は……!」
「ハツネ先生、ボク、あれからいろいろ考えて悟ったんです。先生が正しいのだと。ボクが間違っていました。心を入れ替えてリニューアルした姿を見てもらいたくて、やってきたのです!」
「……本当ザマスか?」
 いつもと同じように見えるが。
「お茶を入れてきました。召し上がってください」
 エルは金色の魔法瓶を出してお茶を注ぐと、ハツネに渡した。
「ハーブティーです。心が落ち着きますよ!」
 色と味の若干の違いを誤魔化すためにそう言う。ハツネは素直に受け取ると、ホレグスリ入りのお茶を一口飲んだ。
「……どうですか?」
 彼女の正面を陣取って、感想を聞いてみる。感付かれてしまうことも危惧していたが、そちらは無事クリアーしたようだ。さて、ホレグスリの効果は……?
 期待して見守る2人に、ハツネはいつも通りの口調で言った。
「身体が温まるお茶ザマスね」
 き、来たか!?
「心を入れ替えたという言葉、信用してもいいザマスよ」
 ん? 軍服の時より何だか穏やかなような気がしないでもないが、あまり変化が見られないような……
 効いてるのだろうか。
 しかしこれでは、写真を撮っても大してスキャンダラスではない。せいぜい彼女の少女趣味がバレる程度のことである。
「そうですか! ありがとうございます! ところで、ハツネ先生……」
「何ザマスか?」
「青少年健全育成委員会の布告内容について提案があるのですが、ホレグスリについての免責事項を作っていただきたいと……」
「好きにするザマス」
「え? 今、何と……?」
「だから、好きにするザマス」
 ナチュラルに効いていたようだ。とりあえず、クロセルはパジャマ姿のハツネをカメラに記録した。
「ありがとうございます!」

「今、この姿を写真に撮ったザマスね……!」
 彼らが出て行った後、ハツネはクロセルに対して怒りを燃やしていた。何気に全然素面である。
 にも関わらず『好きにするザマス』と言ったのは、ホレグスリは世に必要だと言っていた祥子の説も一理あるし、見舞いに来てくれた(1人はひやかしだったようだが)エル達と、キマクのマジケット最終日での出来事を重ね合わせた為だった。
 お茶がとても温かかったのは事実で――
「布告内容を変えても……いいザマスかもね」
 ――むきプリ君の死守した鞄で生き残っていたのは、高層ホテルで受け取った『安心薬』だったのだ。

        ―――――――――→『マジケット攻撃命令』最終行へ